長さ7センチほどの魚ホンソメワケベラは、写真に写った自分を顔で見分けていた
鏡で自分に気づいたホンソメワケベラは、自分の写真をほとんど攻撃しなくなった。決め手は顔だった。自分より少し大きい相手の写真には、ケンカをひかえた。

30秒で読む
- 鏡を知った魚は、自分の写真をほとんど攻撃しなくなった
- 顔が自分で体が他人の写真も、ほとんど攻撃しなかった
- 自分より少し大きい相手の写真には、ケンカをひかえた
人に話すなら
ホンソメワケベラっていう小さい魚、鏡で自分を知ったあとは、自分の写真を見てもほとんど攻撃しないんだって。しかも顔で見分けてて、自分より10%大きい魚の写真にはケンカをひかえるらしいよ。
読む前に予想しよう
ホンソメワケベラは、自分の顔と他の魚の顔を写真で見分けられる
鏡を知ったあと、顔だけ自分の合成写真はほとんど攻撃せず、顔が他人の写真は攻撃した。
鏡の前に立てば、人はそこに映るのが自分だとすぐ分かります。チンパンジーも、しばらく鏡を見ると分かるようになります。では、長さ7センチほどの小さな魚はどうでしょうか。
大阪公立大学の幸田正典(こうだ・まさのり)さんたちのチームは、ホンソメワケベラという魚で何年も実験を重ねてきました。2023年の論文では、鏡で自分に気づいた魚が、自分の写真を「顔」で見分けているらしいことを示しました。鏡を見る前は写真の自分を5分間に平均24.5回攻撃していたのに、鏡を知ったあとは平均1.4回に減ったのです。
鏡の自分に気づけるかどうかは、50年以上前から「自分を知っているか」の目安とされてきました。ただ、鏡なら自分が動けば像も動くので、動きを合わせているだけかもしれません。写真は動きません。写真の自分を見分けられるなら、魚は頭の中に「自分の顔」を覚えていると考えられます。
01ホンソメワケベラは、大きな魚の体を毎日そうじしている
ホンソメワケベラは、インド洋と太平洋の暖かい海のサンゴ礁や岩場にすむ魚です。体は細長く、頭から尾まで黒い太い線が走っています。
この魚の仕事は「そうじ」です。ほかの魚の体についた小さな寄生虫を食べて暮らしています。お客さんの魚は1日に約2,300回、100種類以上がやって来ると報告されています。相手の顔や体を見分けながら付き合う、にぎやかな暮らしです。
なかま同士では、体の大きさで順位が決まります。体の大きさが近いメス同士は、たがいのなわばりに入らせません。ケンカになると体が大きいほうが有利で、小さいほうはけがをしやすくなります。
幸田さんたちは2019年、この魚が「鏡のテスト」に合格したと発表しました。鏡のテストでは、自分では見えない体の場所に色の印をつけます。鏡を見て印を取ろうとすれば合格です。のどに茶色の印をつけた4匹のうち3匹が、鏡の前で、のどを水槽の底にこすりつけました。鏡がないときや、色のない印のときは、こすりませんでした。
02鏡を知る前、魚は自分の写真を見知らぬ魚として攻撃した
2023年の実験では、お店から買った野生のホンソメワケベラを1匹ずつ別の水槽で飼いました。体の長さは6〜8センチほどです。研究チームは、魚に麻酔をかけて水槽の外で写真をとりました。
写真はパソコンで4種類に作り分けました。①自分の写真、②会ったことのない魚の写真、③顔は自分で体は知らない魚の合成写真、④顔は知らない魚で体は自分の合成写真です。大きさはどれも本人と同じにそろえました。自分の顔は左右を反転させ、鏡で見える向きに合わせました。
写真は防水のフィルムで包み、水槽のガラスの外に5分間見せました。魚は写真にさわれません。チームはその間の動画をとり、写真に突進する、体当たりする、かみつく、という攻撃の回数を数えました。
まだ鏡を見たことのない10匹に、①と②の写真を見せました。すると魚は、自分の写真も知らない魚の写真も、同じくらい激しく攻撃しました。5分間の攻撃の回数は平均で、自分の写真に24.5回、知らない魚の写真に26.6回でした。鏡を知る前の魚には、写真の自分は「なわばりに入ってきたよそ者」に見えていたようです。
03鏡を知ったあと、魚は「顔が自分」の写真だけ攻撃しなくなった
次に、同じ10匹の水槽に鏡をつけました。1週間ほど鏡を見せたあと、のどに茶色の印をつけて鏡のテストをしました。10匹全部が、鏡の前でのどを底にこすりつけ、合格しました。
そのあと、4種類の写真を順番に見せました。5分間の攻撃の回数は平均で、①自分の写真に1.4回、②知らない魚の写真に20.2回でした。鏡を知る前とくらべて、自分の写真への攻撃だけがはっきり減りました。
合成写真の結果が、この研究の決め手です。③顔が自分で体が知らない魚の写真には、平均2.1回しか攻撃しませんでした。④顔が知らない魚で体が自分の写真には、平均19.0回攻撃しました。魚は体ではなく、顔を見て「これは自分だ」と決めていたと考えられます。
ただ、もう一つの説明も考えられます。魚は写真の自分を「よく知っている見慣れた魚」と思っただけかもしれません。チームはこれも確かめました。
ホンソメワケベラは、となりのなわばりの決まった相手にはあまり攻撃しません。でも、その相手が1日いなくなって戻ってくると、攻撃が増えます。チームはこの性質を使いました。1日見えなかったあとに写真を見せると、となりの魚の顔の写真には平均9.1回、知らない魚の顔には17.5回攻撃しました。自分の顔の写真には平均1.5回でした。魚は自分の顔を、見慣れたとなりの魚とも別のものとして見ていたことになります。

04のどに印をつけた「写真の自分」を見ると、魚は自分ののどをこすった
最後の実験はもっと直接的です。鏡を1週間見せたけれど、まだ印をつけられたことのない8匹を使いました。この魚たちに、のどに茶色の印を描き加えた自分の写真を1時間見せました。
8匹のうち6匹が、自分ののどを水槽の底にこすりつけました。印のない自分の写真を見たときは、どの魚もこすりませんでした。のどに印のある「となりの魚」の写真を見たときも、こすりませんでした。
論文についている動画には、別の魚の例も映っています。その魚は、写真を見ては底の砂のかたまりへ行き、30秒の間に10回、のどをこすりました。この魚は2か月前に鏡のテストに合格していましたが、そのときの印はもう消えていました。自分ののどには何もないのに、写真の印を見てのどをこすったのです。
05自分より10%大きい相手の写真には、ケンカの構えをすぐにやめた
2024年、同じ研究室の Taiga Kobayashi さんたちは、魚が「自分の大きさ」を覚えているかを調べました。この魚にとって体の大きさは、ケンカに勝てるかどうかを決める大事な情報です。
チームは15匹を2組に分けました。8匹には途中で鏡を1週間見せ、7匹には最後まで鏡を見せませんでした。写真には、会ったことのない魚を使いました。大きさは、本人より10%大きいもの、同じもの、10%小さいものの3種類です。前もって試すと、20%大きい写真には、鏡を知らない魚でも向かっていきませんでした。そこで、見ただけでは分かりにくい10%の差を選びました。
鏡を見る前、魚は3つの大きさの写真のどれにも同じように向かっていきました。ひれを広げて近づき、写真をにらむ「ケンカの構え」です。鏡を知ったあとは、10%大きい写真と同じ大きさの写真に、構えをとる時間が短くなりました。10%小さい写真には、そのまま向かっていきました。鏡を見せなかった7匹は、最後までどの写真にも向かっていきました。
水槽の真ん中には、ついたてを立ててありました。写真の前にいる魚には、鏡が見えません。それでも鏡を知った魚は、大きい写真を見たときほど、鏡の前まで泳いで行きました。そして鏡に体の横を向けて平行に泳ぎ、また写真の前へ戻りました。10%大きい写真のときは、8匹全部がこの行き来をしました。
チームはこの行動を、鏡で自分の大きさを確かめ直しているのだと考えています。ただし、魚の頭の中で本当に何が起きているかは、行動から推しはかるしかありません。
06「魚は自分を知っている」に、反対する研究者もいる
この一連の研究には、はっきりした反対意見があります。2019年の最初の論文と同じ号の雑誌で、アメリカのエモリー大学の霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)さんが疑問を書きました。
ドゥ・ヴァールさんの指摘は2つです。1つ目は、印のつけ方です。印は皮ふの下に色のついた材料を注射して入れるので、魚は痛みか、少なくとも何かの刺激を感じているかもしれません。目で見た印と体の感じが合わさって、こする行動が出た可能性があります。2つ目は、体を底にこすりつける動きは、多くの魚がもともとする決まった動きだという点です。チンパンジーが手で印をさわるのと同じ意味だと言えるのか、という疑問です。ドゥ・ヴァールさんは、この魚の鏡の分かり方は、類人猿よりもサルに近い段階だろうと書いています。
幸田さんたちは2022年の論文で、この指摘に答えました。新しく調べた14匹は全部、のどに茶色の印をつけると、鏡があるときだけのどをこすりました。青や緑の印では、こすりませんでした。印をわざと深く注射すると、鏡がなくてもこすりました。チームは、ふつうの深さの印なら魚は体で感じていないと考えています。2019年と合わせると、18匹のうち17匹(94%)が合格したことになります。写真を使ったテストは、さらに「鏡の中で動きを合わせているだけ」という説明を外すために考えられました。それでも、実験はほぼ同じ研究室で行われ、1回の実験に使った魚は4〜15匹ほどです。ほかの研究室で同じ結果が出るかどうかが、次の大事な点です。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
鏡のテストは、チンパンジーから始まった
鏡のテストを最初に考えたのは、アメリカの心理学者ゴードン・ギャラップ(Gordon Gallup)さんです。1970年、ギャラップさんはチンパンジーが鏡の自分に気づくことを報告しました。チンパンジーは鏡を見ながら、体についた印を手でさわりました。同じことを試しても、アカゲザルなどのサルはさわりませんでした。そこから「自分を知る力は、人と大型の類人猿だけのもの」という考えが長く続きました。その後、アジアゾウ、ハンドウイルカ、カササギ(カラスの仲間の鳥)などが合格したと報告されています。
魚が自分の顔を覚えるのは、なぜか
幸田さんたちは、ホンソメワケベラがもともと「他の魚の顔」を見分ける力を持っていることに注目しています。なじみの魚と知らない魚を、顔で見分けて態度を変えます。2023年の論文は、その力が自分の顔にも向けられたのが「自分の顔の記憶」ではないか、という仮説を出しています。鏡のテストに合格してきた動物の多くは、群れで暮らし、相手を見分けて付き合う動物です。仲間を見分ける力と自分を知る力は、つながっているのかもしれません。
鏡を見て、すぐに自分だと分かるのか
2025年、同じ研究室の十川俊平(そがわ・しゅんぺい)さんたちは、鏡を一度も見たことのない9匹を調べました。今度は、鏡を見せる前にのどに印をつけておきました。すると9匹のうち6匹が、鏡を見せて2時間以内にのどをこすりました。早い魚では、鏡を見てから約30分でした。それまでの実験は、鏡を何日も見せてからテストしていました。チームは「魚はもともと自分という感覚を持っていて、鏡で自分の姿だと気づくのは速い」と考えています。この解釈が正しいかどうかは、まだ議論の途中です。
07まとめ
ホンソメワケベラは、鏡で自分に気づいたあと、自分の写真への攻撃をほとんどやめました。顔だけ自分の合成写真も攻撃しなかったので、魚は顔で自分を見分けていると考えられます。のどに印のある自分の写真を見ると、自分ののどをこすりました。さらに、自分より10%大きい相手の写真には、ケンカの構えをすぐにやめるようになりました。
ただし、こすりつけの行動の意味には反対意見もあり、ほかの研究室での確認はこれからです。長さ7センチほどの魚が、鏡の前を行き来して自分の大きさを確かめ直しているように見える。水族館でホンソメワケベラを見かけたら、大きな魚の体をつついてそうじする姿を探してみてください。
研究カルテ
日本・大阪
- 研究チーム
- 大阪公立大学(旧・大阪市立大学)の幸田正典さんらのチーム。スイスのヌーシャテル大学も参加
- 調べた場所
- 大阪公立大学の実験室(大阪市)
- 調べた動物
- ホンソメワケベラ(学名 Labroides dimidiatus)。お店から買った野生の魚
- 調べ方
- 鏡を見せる前と後で、自分・他の魚・顔と体を入れかえた合成写真を見せ、攻撃の回数を数えた
- 分かったこと
- 鏡を知った魚は自分の顔の写真を攻撃せず、のどに印をつけた自分の写真を見ると、のどをこすった
- まだ分からないこと
- こすりつけの行動を「自分を知っている証拠」と言えるかには、反対意見もある
- 論文
- PNAS(2023年)、Scientific Reports(2024年・2025年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
The cleaner wrasse is a small fish that lives on coral reefs. It eats tiny parasites from the bodies of other fish. In 2019, scientists in Osaka said that this fish can know itself in a mirror.
In a new study, the team showed photos to ten fish. Before the fish saw a mirror, they attacked photos of themselves and photos of strangers. After they learned about mirrors, they almost stopped attacking their own photos.
The scientists also made mixed photos. The fish almost never attacked a photo with their own face and another fish's body. But they attacked a photo with another fish's face and their own body. So the fish seem to know themselves by their faces.
In another study, the fish saw photos of fish that were ten percent bigger than them. After they knew mirrors, they fought less with the bigger fish in the photos. Some scientists still doubt these results, so more tests are needed.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What does the cleaner wrasse eat?ホンソメワケベラは何を食べますか。
ほかの魚の体についた小さな寄生虫を食べて暮らしています。
Q2. Which photo did the fish NOT attack after they learned about mirrors?鏡を知ったあと、魚が攻撃しなかった写真はどれですか。
顔が自分なら、体が別の魚でもほとんど攻撃しませんでした。顔で見分けていると考えられます。
Q3. How much bigger were the fish in the photos in another study?別の研究で、写真の魚はどれくらい大きくしてありましたか。
本人より10%大きい写真を使いました。鏡を知った魚は、その相手とのケンカをひかえました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Kohda, M. et al. (2023) Cleaner fish recognize self in a mirror via self-face recognition like humans. PNAS 論文確認済みdoi:10.1073/pnas.2208420120
- 2Kobayashi, T. et al. (2024) Cleaner fish with mirror self-recognition capacity precisely realize their body size based on their mental image. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-024-70138-7
- 3Sogawa, S. et al. (2025) Rapid self-recognition ability in the cleaner fish. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-025-25837-0
- 4Kohda, M. et al. (2019) If a fish can pass the mark test, what are the implications for consciousness and self-awareness testing in animals? PLOS Biology 論文確認済みdoi:10.1371/journal.pbio.3000021
- 5Kohda, M. et al. (2022) Further evidence for the capacity of mirror self-recognition in cleaner fish and the significance of ecologically relevant marks. PLOS Biology 論文確認済みdoi:10.1371/journal.pbio.3001529
- 6de Waal, F. B. M. (2019) Fish, mirrors, and a gradualist perspective on self-awareness. PLOS Biology 論文確認済みdoi:10.1371/journal.pbio.3000112
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





