テッポウウオは人の顔写真を覚えた。初めて見る44人の顔と比べても見分けた
テッポウウオに、画面の2つの顔のうち正しいほうへ水を吹く訓練をした。すると、覚えた顔を、初めて見る44人の顔と並べても見分けられた。

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- 人が顔を見分けるときに使う脳の部分を、魚は持っていない
- それでも訓練すると、覚えた顔を初めて見る44人の顔と区別できた
- 色や明るさ、頭の形をそろえても見分けられた
人に話すなら
テッポウウオっていう、水を吹いて獲物を落とす魚がいるでしょ。あの魚、人の顔写真を覚えて、知らない人の顔と見分けられたんだって。人が顔を見分けるときに使う脳の部分もないのにだよ。
読む前に予想しよう
テッポウウオは、色や明るさをそろえた白黒の顔写真でも、覚えた顔を見分けられた
頭の形をかくし、白黒にして明るさをそろえた18人の顔でも区別できた。
人の顔は、どれも目が2つ、その下に鼻と口があります。形はほとんど同じなのに、私たちは知り合いの顔を一瞬で見分けます。人の脳には、この仕事に深くかかわる部分があることが分かっています。では、その部分を持たない動物は、人の顔を見分けられるのでしょうか。
オーストラリアとイギリスの研究チームは、テッポウウオという魚で確かめました。画面に出した人の顔写真のうち、正しいほうに水を吹けばエサがもらえる訓練です。すると魚は、覚えた顔を、初めて見る44人の顔と並べても見分けました。
魚は人の顔を見分ける必要がない生き物です。人と一緒にくらしてきた歴史もありません。そんな魚にもできたので、この結果は「顔を見分けるには特別な脳が必要か」という古い問いへの新しい手がかりになりました。
01顔を見分けるのは、脳の特別な部分の仕事なのか
人の脳には、大脳新皮質という、しわの多い外側の層があります。顔を見るときは、この中の決まった場所がよく働きます。この場所が、顔のために進化した特別なしくみなのかどうかは、長く議論されてきました。
考え方は大きく2つです。1つは、顔を見分ける力は生まれつきで、専用の脳のしくみが必要だという考えです。もう1つは、たくさんの顔を見てきた経験で身につけた力で、ものを見分ける普通のしくみで足りるという考えです。
これまでにも、ヒツジやイヌ、ウシ、ウマが人の顔を見分けると報告されていました。ハトやカラスなどの鳥や、ミツバチでも報告があります。ただ、哺乳類は大脳新皮質を持ち、家畜として人と長くくらしてきました。鳥は、大脳新皮質に似た構造を持つことが分かってきました。ミツバチの実験は、使った顔が4つだけでした。
02画面に2つの顔、正しいほうに水を吹けばエサ
そこで研究チームが選んだのが、テッポウウオです。水の上にいる獲物を、口から吹いた水で撃ち落として食べる魚です。小さな獲物を目で見つけるため、ものを見分ける力が高いと考えられていました。そして魚は、大脳新皮質に似た細胞を持たないとみられています。
研究したのは、オーストラリアのクイーンズランド大学とイギリスのオックスフォード大学のケイトリン・ニューポート(Caitlin Newport)たちです。水そうの真上に、画面を水面と平行に取りつけました。画面の左右に1枚ずつ顔写真を出し、正しい顔に水を当てた魚には、エサの粒を1つあげます。まちがった顔に当てると、その回はそこで終わりです。
顔写真は、ドイツのマックス・プランク研究所が作った顔のデータから選んだ、女性の正面の顔62枚です。髪や服は消してあり、顔だけで見分けるしかありません。

03「外れの顔」を覚え、知らない44人の顔と並べても選ばなかった
最初の実験には、4匹の魚が参加しました。まず、エサがもらえる顔と、もらえない顔の2枚だけで練習します。1回の練習では、21〜31回選ばせます。2回続けて71%以上正解するまで続けたところ、4匹とも2〜14回の練習で合格しました。早い魚は、1回の練習のうちに覚えてしまいました。
次が本番です。もらえない顔、つまり「外れの顔」を、初めて見る44人の顔と1人ずつ並べました。魚は外れの顔をさけて、もう一方の顔に水を吹かなければなりません。テッポウウオは、エサがもらえる図柄よりも、もらえない図柄のほうを強く覚えることが、同じチームの前の研究で分かっていました。そこで、この形にしたのです。
結果、4匹とも、外れの顔を44人の顔から見分けました。でたらめに選べば正解は50%ですが、それよりはっきり高い正解率でした。統計で調べても、偶然では説明できない差でした。
04色・明るさ・頭の形をそろえた18人の顔でも見分けた
ただ、最初の実験には弱点があります。魚が顔ではなく、写真の明るさや肌の色、頭の輪郭で選んでいた可能性があるのです。そこで2つ目の実験では、別の4匹を使い、写真の条件をそろえました。
すべての写真に同じ楕円の枠をかぶせ、頭の形が見えないようにしました。写真を白黒にし、明るさの平均も同じにしました。この条件で、外れの顔を初めて見る18人の顔と並べました。4匹とも7〜17回の練習で合格し、テストでも外れの顔を見分けました。テストを4つに区切った最後の区切りでは、4匹の平均正解率は86.25%でした。2つの実験を通して、魚たちの最高の正解率は77〜89%でした。
チームは、魚が人と同じ情報を使っているかは分からないと書いています。それでも、大脳新皮質がなくても、顔を見分ける仕事の一部は学べることが示されました。チームは、もともとあった「ものを細かく見分けるしくみ」が、霊長類で顔専用のしくみに発展したのかもしれないと考えています。
05海の野生の魚は、ダイバーを顔ではなく潜水の装備で見分けていた
この研究は、実験室の魚が画面の写真を見た結果です。では、野生の魚は本物の人を見分けるのでしょうか。2025年、ドイツのマックス・プランク動物行動研究所のチームが、フランスのコルシカ島の海で調べました。
チームは、地中海にすむタイの仲間2種に、ダイバーについて50m泳げばエサがもらえることを12日間で教えました。次に、エサをくれるダイバーと、くれないダイバーが別々の方向へ泳ぎます。2人が違う潜水服やフィン、マスクを身につけていると、魚はエサをくれるほうについて行くようになりました。
ところが、2人が同じ装備をそろえると、魚は2人をはっきりとは区別できなくなりました。水中ではマスクで顔がゆがみ、見えるのは髪やひげ、手くらいです。チームは、この魚たちが主に装備の見た目で人を区別していたと考えています。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
研究の歴史:人の顔を見分ける動物は、どこまで広がるか
人の顔を見分ける動物の研究は、まず家畜や身近な動物で進みました。ヒツジ、イヌ、ウシ、ウマです。次に、ハトが正面や回転させた顔を見分け、表情や性別でも分けられることが報告されました。カラスは、人がかぶったお面を覚えて、だれがかぶっても同じお面に反応したといいます。
ただ、これらの動物は人の近くでくらし、人を見分ける得があったかもしれません。テッポウウオの研究は、人とほぼ関わりのない魚を選ぶことで、この説明をできるだけ外そうとしました。その後、2018年には同じチームが、向きを変えた顔写真でもテッポウウオが見分けられたと報告しています。
ほかの動物との比較:魚どうしは顔で見分け合う
魚は、人の顔を見る必要はありません。しかし、仲間の顔を見分ける魚はいます。大阪公立大学の幸田正典さんたちの総説によると、仲間の顔の模様で相手を見分ける魚がいます。アフリカのタンガニイカ湖にすむシクリッドの一種などです。こうした魚は、0.5秒もかからずに顔で仲間を見分けるとされています。
この総説は、顔で相手を見分ける力が、約4億5000万年前、硬骨魚が仲間どうしの社会をつくり始めたころに生まれたのではないか、という仮説を出しています。テッポウウオが人の顔を学べたのも、こうした「細かい模様を見分ける力」がもとからあったからかもしれません。ただし、これはまだ確かめられていない考えです。
反対意見:それは「顔」ではなく「写真」の見分けでは
人の顔の認識を研究する研究者たちは、2019年に注意をうながす論文を出しました。ヒツジやミツバチ、イヌ、テッポウウオなど、動物の研究のほとんどは、練習とテストで同じ写真を使っている、という指摘です。
同じ写真なら、写真の中の模様を照らし合わせるだけでも正解できます。それは「その人の顔」を覚えたのではなく、「その写真」を覚えた可能性があります。人は、髪形や光が違う別の日の写真でも、知り合いなら見分けられます。動物でそこまで確かめた研究はまだ少ない、というのが彼らの考えです。テッポウウオでは、2018年に向きを変えた写真でも見分けられたと報告されています。幸田さんたちの総説は、この結果を「向きが変わっても同じ顔だと分かる力が少しある」ことを示すものと紹介しています。
研究方法の工夫と限界
この実験の工夫は、魚が答えを「水を吹く」動きで示せることです。テッポウウオは水面の上をねらって吹くので、画面を上に置けば、どちらを選んだかがはっきり分かります。
一方で限界もあります。使ったのは正面からの静止画で、表情も向きも変わりません。本物の人の顔は、角度や光、表情で見え方が大きく変わります。魚が使っていた手がかりが、目や口の配置なのか、ほおの小さな点なのかも分かっていません。チームも、魚ごとに見ている場所が違った可能性を指摘しています。
06まとめ
テッポウウオは、人が顔を見分けるときに使う脳の部分を持ちません。それでも訓練すると、覚えた外れの顔を、初めて見る44人の顔と並べても見分けました。色や明るさ、頭の形をそろえた18人の顔でも同じでした。
ただし、魚が人と同じ見方をしているとは限りません。海にすむ別の野生の魚(タイの仲間)は、ダイバーを顔ではなく潜水の装備で見分けていました。テッポウウオが顔のどこを手がかりにしているのかは、まだ分かっていません。
テッポウウオの中には、たった1回の練習で人の顔写真を覚えた魚もいました。水族館で見かけたら、水面の上をじっと見る大きな目に注目してみてください。
研究カルテ
オーストラリア(ブリスベン)
- 研究チーム
- オーストラリアのクイーンズランド大学とイギリスのオックスフォード大学のチーム(第一著者ケイトリン・ニューポート)
- 調べた場所
- オーストラリアのクイーンズランド大学の実験室
- 調べた動物
- テッポウウオの一種(学名 Toxotes chatareus)8匹
- 調べ方
- 水そうの上の画面に2つの顔を出し、正しい顔に水を吹けばエサをあげる訓練をした
- 分かったこと
- 覚えた顔を、知らない44人や、条件をそろえた18人の顔と区別できた。正解率は最高で77〜89%
- まだ分からないこと
- 魚が顔のどこを手がかりにしているのか。人と同じ情報を使っているのか
- 論文
- Scientific Reports(2016年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Archerfish shoot water from their mouths. They use the water to knock down food above the water. They need good eyes to find small food.
Scientists put a screen above a fish tank. The screen showed two photos of women's faces. When a fish shot water at the right face, it got food.
The fish learned which face never gave food. Then the scientists showed this face next to 44 new faces, one at a time. The fish still did not shoot at the face with no food. They could do it with black and white photos, too. In those photos, the scientists hid the shape of the head.
Fish do not have the brain part that people use for faces. But they can still learn to tell faces apart. In the sea, some wild fish knew divers by their diving gear, not their faces. When two divers wore the same gear, the fish could not tell them apart well.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What did the fish get when it shot the right face?魚は正しい顔に水を当てると何をもらえましたか。
正しい顔に水を当てると、エサの粒が1つもらえました。
Q2. How many new faces did the scientists show?研究者は新しい顔をいくつ見せましたか。
最初の実験では、覚えた顔の横に44人の新しい顔を出しました。
Q3. How did wild fish in the sea know the divers?海の野生の魚は、ダイバーを何で見分けていましたか。
同じ装備をつけると区別できなくなったので、装備の見た目を手がかりにしていたと考えられています。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Newport, C. et al. (2016) Discrimination of human faces by archerfish (Toxotes chatareus). Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/srep27523
- 2Tomasek, M., Soller, K. & Jordan, A. (2025) Wild fish use visual cues to recognize individual divers. Biology Letters 論文確認済みdoi:10.1098/rsbl.2024.0558
- 3Towler, A. et al. (2019) Are face recognition abilities in humans and sheep really 'comparable'? Royal Society Open Science 論文確認済みdoi:10.1098/rsos.180772
- 4Kohda, M., Sogawa, S. & Sowersby, W. (2024) The ability of teleost fishes to recognize individual faces suggests an early evolutionary origin in vertebrates. Frontiers in Psychology 論文確認済みdoi:10.3389/fpsyg.2024.1497386
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