おびえる仲間を見た魚もすくんだ。人のオキシトシンにあたるホルモンがないと起きなかった
おびえる仲間を見たゼブラフィッシュは、自分もすくんで動かなくなる。オキシトシンにあたるホルモンが働かない魚ではこれが起きず、ホルモンを作れない魚に注射で補うと起きた。

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- おびえる仲間を見ると、見ている魚もすくんで動かなくなった
- オキシトシンにあたるホルモンが働かない魚では、うつらなかった
- ホルモンを注射で補うと、恐怖がうつるようになった
人に話すなら
ゼブラフィッシュって、隣の水そうで仲間がおびえてるのを見ると、自分もかたまっちゃうんだって。しかも、人のオキシトシンにあたるホルモンがないと、それが起きないらしいよ。
読む前に予想しよう
ゼブラフィッシュは、おびえる仲間を見ただけで、自分もすくんで動かなくなることがある
においの届かない隣の水そうでも、仲間のおびえる姿を見ると、すくむ反応が増えた。
友だちが青い顔をしてふるえていると、理由が分からなくても、こちらまで不安になります。相手の気持ちがこちらにうつるこの現象は、共感のいちばん古い形だと考えられています。では、魚にも気持ちはうつるのでしょうか。
ポルトガルなどの研究チームが、ゼブラフィッシュで確かめました。隣の水そうで仲間がおびえるのを見ると、見ている魚もすくんで動かなくなります。ところが、オキシトシンというホルモンにあたる物質が働かない魚では、この反応が起きませんでした。
オキシトシンは、哺乳類で共感にかかわる行動を調節することが知られるホルモンです。魚と人の祖先が分かれたのは、ずっと昔です。それでも、恐怖が仲間にうつるしくみには、同じ系統のホルモンが使われていました。
01共感のいちばん古い形は「気持ちがうつること」
共感には、いくつかの段階があると考えられています。いちばん単純なのが、相手と同じ気持ちになる「情動伝染」です。その上に、困っている相手をなぐさめたり、助けたりする、もっと複雑な共感が成り立つとされます。
情動伝染は、群れでくらす動物にとって役に立ちます。1匹が敵に気づいておびえると、その恐怖がすぐに群れに広がります。敵を自分の目で見ていない仲間も、身を守る行動をとれるのです。
こうした情動伝染は、もともと哺乳類と鳥の特徴だと考えられてきました。ネズミでは、オキシトシンを与えると、仲間を見て生じる恐怖の反応が強くなることも分かっていました。では、魚でも同じホルモンがかかわっているのか。チームはここを調べました。
02隣の水そうの仲間がおびえると、見ている魚もすくむ
ゼブラフィッシュは、研究によく使われる小さな淡水魚です。この魚は、傷ついた仲間の皮ふから出る「警報物質」をにおいで感じとると、おびえた反応を見せます。まずでたらめな向きに激しく泳ぎ、そのあとじっと動かなくなるのです。
実験では、水そうを2つ並べました。片方には、何も知らない1匹の魚を入れます。もう片方には仲間の群れを入れ、その水に警報物質か、ただの水を入れました。水そうは分かれているので、警報物質のにおいは見ている魚に届きません。届くのは、群れがおびえる姿だけです。
それでも、普通のゼブラフィッシュは、おびえる群れを見ると、自分もすくんで動かない時間が増えました。ただの水を入れた群れを見たときには、こうはなりませんでした。チームは、より安定して見られた「すくむ時間」を、恐怖がうつったかどうかのものさしにしました。
03ホルモンが働かない魚では、恐怖がうつらなかった
次にチームは、遺伝子をこわしたゼブラフィッシュを使いました。1つはオキシトシンにあたるホルモンそのものを作れない魚です。残りの2つは、そのホルモンを受け取る「受容体」がない魚で、魚には受容体が2種類あります。
この3種類の魚に、おびえる群れを見せました。すると、どの魚も、すくむ時間がはっきりとは増えませんでした。仲間のおびえる姿は見えているのに、恐怖がうつらなかったのです。
ホルモンを作れない魚には、もう1つ実験をしました。おなかにオキシトシンを注射してから、おびえる群れを見せたのです。すると、この魚たちもすくむ時間が増えました。ホルモンがないとうつらず、補うとうつる。チームは、オキシトシンが恐怖のうつりに「必要で、しかも十分」だと結論しました。

04動きのまねではなく、「おびえていた相手」を見分けていた
ただ、別の説明もありえます。魚は相手の気持ちを感じたのではなく、相手の動きを反射的にまねしただけかもしれません。チームは、この可能性を確かめるために、動画を使った実験をしました。
見ている魚の前に、2つの画面を置きます。同じ1匹の魚の動画を2本流し、片方では普通に泳ぎ、もう片方ではときどきおびえた動きをします。そのあと、両方の画面を「普通に泳ぐ」動画に切りかえました。今度は、どちらの画面の魚もおびえていません。
それでも、普通のゼブラフィッシュは、さっきおびえていたほうの魚に早く近づき、そのそばにいようとしました。動きのまねなら、今はどちらも同じなので差は出ないはずです。一方、ホルモンが働かない魚は、普通に泳いでいたほうのそばを選びました。ホルモンを作れない魚に注射で補うと、この見分けもできるようになりました。
05働いていた脳の場所は、ネズミと対応していた
チームは、恐怖がうつったときに脳のどこが働くかも調べました。注目したのは、前脳の下側にある2つの場所です。1つは哺乳類の「外側中隔」に、もう1つは「線条体」にあたると考えられている場所です。
普通の魚がすくんでいるとき、この2つの場所の働きは下がっていました。主な受容体がない魚では、おびえる群れを見たとき、逆に働きが上がっていました。そして、オキシトシンを作る神経細胞から、この2つの場所へ神経の線維がのびていることも確かめました。ネズミで恐怖のうつりにかかわる場所と、対応する場所です。
人でも、気持ちを表したり、相手の気持ちを読み取ったりするときに、線条体や外側中隔が働きます。チームは、オキシトシンが共感の基本の部分を動かすしくみは、魚から哺乳類まで受けつがれてきたと考えています。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
進化の理由:恐怖がうつると、何が得なのか
群れでくらす魚にとって、仲間のおびえは「近くに敵がいる」という知らせです。ゼブラフィッシュの警報物質は、仲間が傷ついたときに出ます。それを感じた仲間がおびえ、そのおびえがさらに周りに広がれば、敵を見ていない魚もすぐに身を守れます。
ただし、おびえる仲間のそばは、敵が近いかもしれない危ない場所です。それでも普通の魚は、さっきおびえていた魚のそばに行こうとしました。チームは、これが相手を落ち着かせる「助ける行動」かもしれないと書いています。ゼブラフィッシュでは、仲間がいるとおびえがやわらぐことも報告されています。ただし、チーム自身も、そう言い切るにはさらに証拠が必要だとしています。
研究の歴史:哺乳類の特徴とされてきた情動伝染
情動伝染は長い間、哺乳類と鳥にあるものと考えられてきました。ネズミでは、仲間のおびえを見て自分もすくむ反応が、情動伝染の研究に使われてきました。ゼブラフィッシュでも、おびえた仲間を見た魚のストレスホルモンが、相手と同じくらいに上がることが報告されていました。
この研究が新しかったのは、魚の情動伝染に、哺乳類と同じ系統のホルモンと、対応する脳の場所が使われていると示したことです。似た行動が別々に進化したのか、共通の祖先から受けついだのか。チームは、受けついだ可能性が高いと考えています。2023年にこの研究を紹介した解説も、共感の土台となるしくみは、背骨のある動物の間で受けつがれているのかもしれないと述べています。
ほかの研究との比較:うつるのは恐怖だけではない
ゼブラフィッシュでは、おびえとは逆の「落ち着き」がうつるという報告もあります。2021年の別の研究では、1匹だけに不安をやわらげる薬を与え、何もしていない4匹と一緒にしました。薬を与えた魚は、不安なときに見られる「底のほうにこもる」行動が減りました。そして、この変化がほかの4匹にも広がりました。影響は薬を与えた魚からほかの魚への一方向だった、と報告されています。
反対意見と限界:本当に「気持ち」がうつったのか
動物の情動伝染を研究者がどう確かめるかについては、慎重な見方があります。2022年の総説は、動物の情動伝染を直接示すのは思ったより難しいと指摘しています。行動と、ストレスホルモンなど体の反応の両方を、やりとりする2匹で同時に測る必要がある、というのです。
この研究では、おもに「すくむ時間」という行動を測りました。魚の中で本当に恐怖に似た気持ちが生まれているのかは、行動からは直接見えません。また、遺伝子をこわした魚は、生まれたときからホルモンが働きません。その影響を確かめるため、チームは注射でホルモンを補う実験を加えています。
06まとめ
ゼブラフィッシュは、においの届かない隣の水そうで仲間がおびえるのを見ただけで、自分もすくみました。オキシトシンにあたるホルモンや、その受容体がない魚では、この反応が起きませんでした。ホルモンを作れない魚に注射で補うと、この反応が起きるようになりました。
さらに、普通の魚は、さっきおびえていた仲間を見分けて、そのそばに行こうとしました。働く脳の場所も、ネズミで恐怖のうつりにかかわる場所と対応していました。ただし、魚の中に人と同じような「怖さ」があるのかは、まだ行動からしか分かっていません。
仲間のおびえを見てすくむしくみに、ゼブラフィッシュでは、私たちのオキシトシンと同じ系統のホルモンが働いていました。魚と人の共通の祖先の時代から、このホルモンが仲間の気持ちを受け取る役をしてきたのかもしれません。
研究カルテ
ポルトガル(オエイラス)
- 研究チーム
- ポルトガルのグルベンキアン科学研究所などのチーム(第一著者イブクン・アキンリナデ、責任著者ルイ・オリヴェイラ)
- 調べた場所
- ポルトガルのオエイラスにあるグルベンキアン科学研究所の実験室
- 調べた動物
- ゼブラフィッシュ(学名 Danio rerio)
- 調べ方
- 隣の水そうでおびえる仲間を見せ、ホルモンの遺伝子をこわした魚と普通の魚の反応を比べた
- 分かったこと
- ホルモンが働かない魚では恐怖がうつらず、作れない魚に注射で補うとうつった。働く脳の場所もネズミと対応していた
- まだ分からないこと
- 魚が仲間に近づく行動が、相手を助けるためのものなのか
- 論文
- Science(2023年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
When a friend looks scared, we often feel scared, too. Scientists wanted to know if fish feel this way.
They used small fish called zebrafish. One fish watched a group of fish in the next tank. The scientists put a special smell into the water of the group. This smell comes from hurt fish and makes other fish afraid. When the group got scared, the watching fish stopped moving, too. It could not smell the other tank, so it only saw them.
Next, the scientists used fish that could not use a hormone called oxytocin. These fish did not catch the fear. Some of them could not make oxytocin. When they got oxytocin, they caught the fear, too.
Later, normal fish also chose to stay near a fish that was scared before. Mice and people also use oxytocin in their brains. So this system may be very old. But we still do not know what fish really feel.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What did the watching fish do when the group got scared?群れがおびえたとき、見ている魚はどうしましたか。
見ている魚も、すくんで動かない時間が増えました。
Q2. Why could the fish only see the other group?なぜ魚は、隣の群れを見ることしかできなかったのですか。
水そうが分かれていたので、警報物質のにおいは届かず、見えるのは姿だけでした。
Q3. What happened when the scientists gave oxytocin to the fish?研究者が魚にオキシトシンを与えると、どうなりましたか。
ホルモンを作れない魚に補うと、仲間のおびえを見てすくむ反応が起きるようになりました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Akinrinade, I. et al. (2023) Evolutionarily conserved role of oxytocin in social fear contagion in zebrafish. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.abq5158
- 2Akinrinade, I., Kareklas, K. et al. (2021) Oxytocin regulation of social transmission of fear in zebrafish reveals its evolutionary conserved role in emotional contagion. bioRxiv 論文確認済みdoi:10.1101/2021.10.06.463413
- 3Reddon, A. R. & Swaney, W. T. (2023) Fellowship of the fin: Fish empathy and oxytocin. Learning & Behavior 論文確認済みdoi:10.3758/s13420-023-00593-1
- 4Burbano Lombana, D. A., Macrì, S. & Porfiri, M. (2021) Collective emotional contagion in zebrafish. Frontiers in Behavioral Neuroscience 論文確認済みdoi:10.3389/fnbeh.2021.730372
- 5Pérez-Manrique, A. & Gomila, A. (2022) Emotional contagion in nonhuman animals: A review. WIREs Cognitive Science 論文確認済みdoi:10.1002/wcs.1560
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





