深さ200〜500mの海で、ヤドカリの家を広げるイソギンチャクの新種が見つかった
熊野灘と駿河湾の深海で、ヤドカリの貝殻の上に「宿」を作るイソギンチャクの新種が見つかった。ヤドカリのフンを食べている可能性もある。

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- イソギンチャクが、ヤドカリの貝殻をおおう「宿」を作っていた
- イソギンチャクはヤドカリのフンなどを食べている可能性がある
- 相手のヤドカリは、同じ仲間の24種の中で体が大きいほうだった
人に話すなら
深海に、ヤドカリの貝殻の上に乗って、自分の分泌物で貝殻を広げてあげるイソギンチャクがいるんだって。そのかわり、イソギンチャクはヤドカリのフンを食べてるかもしれないんだって。
読む前に予想しよう
このイソギンチャクは、ヤドカリの貝殻をおおう「宿」を自分で作る
体から出す物質で、貝殻をおおう構造物を作る。ヤドカリの住む場所を広げていると考えられている。
ヤドカリは、巻貝の空いた貝殻を家にしています。貝殻は成長しないので、ヤドカリは体が大きくなるたびに、大きな貝殻へ引っ越さなければなりません。
ところが深海には、ヤドカリの家を広げてくれるイソギンチャクがいます。三重県と静岡県の沖、水深およそ200〜500mの海底で、そんなイソギンチャクの新種が見つかりました。名前はツキソメイソギンチャクです。2025年に、熊本大学などのチームが発表しました。
イソギンチャクは、サンゴと同じ仲間の動物です。けれどもサンゴと違い、ふつうは硬い骨格を作りません。体には前後や左右の区別もありません。そんな動物が、なぜ貝殻のような形を作れるのか。チームはその謎に、新種の暮らしから迫りました。
01深海の底引き網から、ヤドカリを乗せた貝殻が上がってきた
研究の中心になったのは、熊本大学の吉川晟弘さん、福山大学の泉貴人さん、千葉県立中央博物館の柳研介さんたちです。東京大学、国立科学博物館、三重大学、鳥羽水族館、新江ノ島水族館なども加わりました。
深海の生き物は、直接見ることがむずかしい相手です。そこでチームは、深海の底引き網漁に注目しました。2017年11月から2024年3月まで、熊野灘と駿河湾で、ヤドカリの貝殻に乗ったイソギンチャクを36個体集めました。とれた深さは、192mから470mでした。
イソギンチャクが乗っていたのは、どれも同じ種類のヤドカリが使う貝殻でした。アカモントゲオキヤドカリというヤドカリです。ふつうは、貝殻1つにイソギンチャクが1つ乗っていました。ただし、イソギンチャクを乗せていないアカモントゲオキヤドカリも見つかっています。
チームは、イソギンチャクの形を外からも中からもくわしく調べました。体をうすく切って顕微鏡で見たり、毒の針が入った小さな袋(刺胞)の種類や大きさを調べたりしました。さらに、5つの遺伝子の配列を読み、ほかの種と比べました。その結果、これまで知られていたどの種とも違うと分かりました。この仲間(パラカリアクティス属)が日本で見つかったのも、初めてでした。
深海から引き上げたこの仲間は、すぐに弱ってしまいます。触手を広げた姿を見られることは、とてもまれです。チームは生きた1組を岩手県の東京大学の施設に運び、10℃の水そうで飼いました。そして、触手を広げたり縮めたりする様子を動画に残しました。
02イソギンチャクは、貝殻をおおう「宿」を自分で作っていた
このイソギンチャクの一番の特徴は、ヤドカリの「宿」を作ることです。イソギンチャクは、貝殻にはりついている体の底の部分から、物質を出します。その物質が、貝殻の表面をうすくおおいます。こうしてできるのが、こげ茶色の、貝殻に似た構造物です。ところによっては、貝殻の入り口のふちまでのびていました。
チームはこの構造物の内側の面を、電子顕微鏡でも調べました。砂などのつぶは、まじっていませんでした。
構造物が入り口の方へのびていくと、貝殻の中の空間が広がります。ヤドカリにとっては、家が大きくなることになります。

ここでふしぎなのは、形の作り方です。巻貝の殻は、入り口を前へ前へとのばしながら、決まった角度で巻いていきます。前と後ろの区別がない動物に、そんな作り方ができるのでしょうか。
チームは、国立科学博物館のマイクロCTで、貝殻に乗ったままの25個体を立体的に写しました。マイクロCTは、物の中まで立体的に写せるX線の装置です。そして、イソギンチャクの口のはしにある細いみぞが、どの位置にあるかを測りました。すると、そのみぞはいつも、貝殻の入り口や宿のふちの近くにありました。イソギンチャクは、体の向きをそろえて貝殻にくっついていたのです。大学の発表は、これを「特定の方向を認識しているかのような行動」と表しています。
03体の成分を調べると、ヤドカリのフンを食べている可能性が出てきた
ヤドカリは家を広げてもらっています。では、イソギンチャクの得は何でしょうか。昔から、ヤドカリの食べ残しや、まわりの水のえさを得やすくなるのではないかと言われてきました。けれども、それを数字で確かめた研究はありませんでした。
チームは、「安定同位体分析」という方法を使いました。炭素や窒素には、重さの少し違う種類があります。動物の体の中の、その割合を測ると、何を食べているかの手がかりになります。食べる側の体には、重い窒素が食べ物より少し多くたまるからです。
調べたのは、イソギンチャクとヤドカリ15組の筋肉です。イソギンチャクの窒素の値は、相手のヤドカリより少し高く出ました。どちらも、まわりの海にただよう小さなつぶの推定値より、ずっと高い値でした。
チームは計算から、イソギンチャクの値は2つの食べ物のあいだにあると考えました。1つは、ヤドカリのフンです。もう1つは、まわりの水にただよう小さなつぶです。つまり、イソギンチャクはヤドカリのフンなども食べている可能性があります。
ただし、チームは注意も書いています。フンと、そのもとになった食べ物で、値がどれだけずれるかはよく分かっていません。そのため、それぞれの食べ物をどれだけ食べているかの割合までは出せません。
04このイソギンチャクと暮らすヤドカリは、同じ仲間の24種の中で大きいほうだった
ヤドカリの得も、数字で確かめようとしました。ヤドカリが大きく育ち、たくさん子を残せるかは、使える貝殻に大きく左右されると言われます。イソギンチャクの宿が本当に家の役目をしているなら、ヤドカリは大きく育てるはずです。
チームは、アカモントゲオキヤドカリと同じ仲間のヤドカリ24種、1107匹の大きさを比べました。博物館の標本を測り、足りない分は昔の論文の記録を使いました。大きさの目安には、頭と胸をおおう甲らの長さを使っています。
すると、アカモントゲオキヤドカリのメスは、比べた20種のうち11種より大きいと分かりました。オスは、24種のうち14種より大きくなっていました。差は、オスの方がはっきりしていました。さらに、このイソギンチャクと一緒にいると確かめられた個体は、昔の論文に記録された個体より大きくなっていました。オスの甲らの長さの平均は、5.49mmと4.08mmでした。
この結果からチームは、イソギンチャクの宿が、持ち運べる家の役目をしていると考えています。両方に得があるので、2種は「相利共生」の関係だとしました。このつながりで、両方の得を数字で示したのは初めてだと、チームは書いています。
05ただし、宿がヤドカリを大きくしたかどうかは、まだ確かめられていない
ここは、うのみにしないで読みたいところです。
体の大きさの比べ方には、限りがあります。この研究は、すでにいる個体の大きさを比べたものです。同じヤドカリを、宿のある貝殻とない貝殻で育てて比べたわけではありません。また、比べた数字の一部は、昔の論文の記録でした。
じつは同じ吉川さんたちが、2022年に別の深海のイソギンチャクを新種として発表しています。学名を Stylobates calcifer という、やはりヤドカリの宿を作る種です。行動を観察すると、相手のヤドカリは、イソギンチャクが乗っていても貝殻を引っ越しました。ヤドカリはイソギンチャクをはがして、新しい貝殻へ移しました。そのとき、イソギンチャクの方から手伝うような動きは見られませんでした。
このときチームは、宿はヤドカリの成長に合わせて作られるとはかぎらない、と考えました。ヤドカリの成長が、宿だけにたよっているわけでもないかもしれない、とも書いています。今回の論文でも、宿が「貝殻の代わり」になるかどうかは議論が分かれる、と認めています。
食べ物についても、フンを食べるのは「可能性」の段階です。イソギンチャクが特定の1種のヤドカリとだけ暮らすのかも、まだ調べている途中です。アカモントゲオキヤドカリは、インド洋から西太平洋まで、水深188〜1000mに広くすんでいます。ツキソメイソギンチャクも、もっと広い海にいるかもしれません。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
研究の歴史:イソギンチャクが「殻」の材料を作れると分かったのは1983年
深海でヤドカリの宿を作るイソギンチャクは、おもに3つの仲間(属)が知られています。その宿は何でできているのでしょうか。
1983年の研究で、深海のイソギンチャクが作った巻貝の形の殻が調べられました。すると、カニやエビの殻にもふくまれる「キチン」という物質が見つかりました。重さの1.7%がキチンで、残りの多くはたんぱく質だと考えられました。イソギンチャクがキチンを作れることが、このとき確かめられたのです。
2019年には吉川さんたちが、日本の深海の別の種の宿を調べました。その宿には、キチンが11%ふくまれていました。砂や泥のようなつぶも取りこまれていました。今回の新種の宿には、そうしたつぶは見られませんでした。種によって、宿の材料や作り方には違いがあるようです。
この共生は、何度も別々に生まれた
イソギンチャクとヤドカリの共生は、深海だけでなく、温帯や熱帯の海に広く見られます。2020年に発表された研究は、ヤドカリと暮らすイソギンチャクの遺伝子を比べて、系統樹を作りました。
その結果、ヤドカリとの共生は、イソギンチャクの中で何度も別々に生まれていたことが分かりました。宿を作る力も、いくつかの系統で別々に進化したと考えられています。多くの場合、イソギンチャクを貝殻に乗せるのはヤドカリの方です。ヤドカリがイソギンチャクをはがして、自分の貝殻にくっつけるのです。
進化の理由:「宿」と「えさ」の取り引きが続いてきたのかもしれない
吉川さんたちは、今回の結果をもとに、一つの仮説を出しています。
イソギンチャクは、宿を作るのに自分の体の材料を使います。そのぶん、自分の成長や子作りに回せる分が減ります。それでも、ヤドカリのそばにいればえさが得られます。一方ヤドカリは、宿のおかげで大きく育ち、貝殻を引っ越す回数も減らせるかもしれません。えさの少ない深海では、引っ越しの手間が減ることも得になります。
このように、両方の損と得のつり合いが長い時間をかけて調整されてきた。その結果、宿を作る力と、決まった相手とだけ暮らす関係が進化した。これが、チームの考えです。仮説なので、ほかの種での確かめが必要だと、チーム自身も書いています。
方法の工夫:博物館と水族館の標本を使う
深海の生き物を何年も観察し続けるのは、とてもむずかしいことです。そこでチームは、新しく集めた個体だけでなく、博物館に長く保管されていた標本も使いました。その中には、水族館で飼われていた個体や、東京大学のかつての調査船が集めた個体もふくまれています。大学の発表は、博物館や水族館が生き物を集め、保管し続けることが、深海の生き物の暮らしを知るのに役立つと書いています。
06まとめ
三重県と静岡県の沖の深海で、ヤドカリの貝殻の上に「宿」を作るイソギンチャクの新種が見つかりました。イソギンチャクは自分が出す物質で貝殻をおおい、ヤドカリの家を広げていました。体の成分を調べると、ヤドカリのフンなどを食べている可能性も出てきました。
相手のヤドカリは、同じ仲間の種の中で体が大きいほうだと分かりました。ただし、宿がヤドカリを大きくしたのかは、まだ実験では確かめられていません。
ツキソメイソギンチャクは、深海の底引き網でよくとれる種です。大学の発表は、いつか水族館や博物館で展示されるかもしれない、と書いています。
研究カルテ
三重県・熊野灘の沖
- 研究チーム
- 熊本大学の吉川晟弘さん、福山大学の泉貴人さん、千葉県立中央博物館の柳研介さんらのチーム
- 調べた場所
- 三重県の熊野灘と静岡県の駿河湾の沖、水深およそ200〜500m
- 調べた動物
- ツキソメイソギンチャク(学名 Paracalliactis tsukisome)とアカモントゲオキヤドカリ
- 調べ方
- 底引き網で集めた36個体の形とDNAを調べた。食べ物を体の成分から探り、ヤドカリの体の大きさを比べた
- 分かったこと
- 新種と判明。貝殻をおおう「宿」を作る。ヤドカリのフンを食べる可能性。相手のヤドカリは同じ仲間の種の中で大きいほう
- まだ分からないこと
- 宿がヤドカリの成長を本当に助けているのか。体の大きさの差は、比べた結果から推測したもの
- 論文
- Royal Society Open Science(2025年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Hermit crabs live in empty shells. When they grow, they must move to bigger shells. But in the deep sea near Japan, some crabs get help.
Scientists found a new kind of pink sea anemone 200 to 500 meters deep. It lives on the shell of one kind of hermit crab. It covers the shell with a thin brown layer. This layer makes the crab's home bigger.
What does the anemone get? The scientists checked the bodies of both animals. The anemone may eat the crab's waste. The crabs were also bigger than many other kinds of crabs in the same group.
Its Japanese name comes from a very old book of poems. The word means a light pink color. The color is light, but the anemone and the crab seem to have a strong bond. The scientists still need to test if the anemone really helps the crab grow.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. Why do hermit crabs move to new shells?ヤドカリはなぜ新しい貝殻に引っ越すのですか。
貝殻は成長しないので、体が大きくなると引っ越す必要があります。
Q2. What does the anemone do to the shell?イソギンチャクは貝殻に何をしますか。
イソギンチャクは、うすい茶色の層で貝殻をおおい、ヤドカリの家を広げます。
Q3. What may the anemone eat?イソギンチャクは何を食べているかもしれませんか。
体の成分を調べると、ヤドカリのフンなどを食べている可能性が出てきました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Yoshikawa, A. et al. (2025) Mutualism on the deep-sea floor: a novel shell-forming sea anemone in symbiosis with a hermit crab. Royal Society Open Science 論文確認済みdoi:10.1098/rsos.250789
- 2熊本大学(2025)プレスリリース[新種発見]ヤドカリの「宿」を作る“淡い桃色”のイソギンチャクkumamoto-u.ac.jp/whatsnew/sizen/20251021
- 3Yoshikawa, A. et al. (2022) Carcinoecium-forming sea anemone Stylobates calcifer sp. nov. (Cnidaria, Actiniaria, Actiniidae) from the Japanese deep-sea floor: a taxonomical description with its ecological observations. The Biological Bulletin 論文確認済みdoi:10.1086/719160
- 4Gusmão, L. C. et al. (2020) Origin and evolution of the symbiosis between sea anemones (Cnidaria, Anthozoa, Actiniaria) and hermit crabs, with additional notes on anemone-gastropod associations. Molecular Phylogenetics and Evolution 論文確認済みdoi:10.1016/j.ympev.2020.106805
- 5Dunn, D. F. & Liberman, M. H. (1983) Chitin in sea anemone shells. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.221.4606.157
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





