眠らせないハエは20日ほどで死んだ。腸の活性酸素を消すと、ふつうの寿命まで生きた
眠らせないハエは20日ほどで死に、腸にだけ活性酸素がたまっていた。活性酸素を消す物質を与えると、ほとんど眠らないままふつうの寿命を生きた。

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- 眠らせないハエは、10日目ごろから死にはじめた
- 脳ではなく、腸にだけ活性酸素がたまっていた
- 活性酸素を消す物質を与えると、ふつうの寿命を生きた
人に話すなら
眠らせないハエって20日くらいで死んじゃうんだけど、そのとき腸にだけ活性酸素がたまってたんだって。活性酸素を消す物質をえさに混ぜたら、ほとんど眠らないまま、ふつうの寿命まで生きたらしいよ。
読む前に予想しよう
眠らせないハエの体では、脳に活性酸素がいちばん多くたまっていた
脳を含む多くの部分はふつうのハエと変わらず、腸にだけ活性酸素が大きくたまっていた。
眠らずにいると、生き物は死んでしまうことがあります。ラットを眠らせ続けた実験では、すべてのラットが1か月ほどのうちに死ぬか、死にかけました。ところが、なぜ死ぬのかは、長いあいだ分かっていませんでした。ラットの体を調べても、死の原因になる傷が見つからなかったのです。
アメリカのハーバード大学医学大学院のチームは、ショウジョウバエでこの謎に取り組みました。眠らせないハエは、10日目ごろから死にはじめ、20日ほどで全部死にました。死ぬ前のハエの体を調べると、ほかの場所は変わらないのに、腸にだけ「活性酸素」が大きくたまっていました。そこで活性酸素を消す物質をえさに混ぜると、ハエはほとんど眠らないまま、ふつうの寿命を生きました。
この研究で目立った変化が見つかったのは、脳ではなく腸でした。チームを率いた研究者は、死を招くうえで腸が大きな役割を果たしていたことに驚いたと話しています。
01眠らないと死ぬ。でも、なぜ死ぬのかは分かっていなかった
眠りを奪うと死ぬことを示した、有名な実験があります。1989年、アメリカのシカゴ大学のチームは、ラット10匹を眠らせない実験をしました。ラットはすべて、11〜32日のうちに死ぬか、死にそうになりました。ラットはえさを多く食べているのに、体重が減りました。体が使うエネルギーは、平均でふだんの2倍をこえました。それでも、体のどこを調べても、死の原因になる傷は見つかりませんでした。
眠りを奪ったときに、体の中で何が起きているのか。ハーバード大学医学大学院のドラガナ・ログリャ(Dragana Rogulja)さんのチームは、この問いに取り組みました。論文の第一著者は、アレクサンドラ・ヴァッカロ(Alexandra Vaccaro)さんと、ヨセフ・カプラン・ドール(Yosef Kaplan Dor)さんの2人です。2020年に、生物学の専門誌「セル」に発表されました。
チームが選んだのは、ショウジョウバエです。果物のまわりに集まる小さなハエで、遺伝子の研究に昔からよく使われています。
02温度を上げると眠れなくなるハエを作った
ハエを眠らせないのは、簡単ではありません。チームは、ハエを1匹ずつ細い管に入れ、赤外線の光で動きを記録しました。けれども、管をゆらして起こす方法では、ハエがゆれの中でも眠ってしまうことがありました。
そこでチームは、遺伝子を変えたハエを作りました。眠りをおさえる働きをする神経で、熱に反応するたんぱく質を作らせたのです。まわりの温度を29℃に上げると、この神経が働き続けて、ハエは眠れなくなります。ゆすらなくても、ハエを起こしておけるわけです。
眠らせないハエは、10日目ごろから次々に死にはじめました。20日ほどで、すべてのハエが死にました。比べるために用意した、ふつうに眠るハエは、40日ほどまで生きました。
03死ぬ前のハエでは、腸にだけ活性酸素がたまっていた
チームは、眠らせないハエの体のいろいろな部分を、ふつうのハエと比べました。細胞が傷ついたり死んだりしていないか、その目じるしを探したのです。脳を含む多くの部分は、ふつうのハエとほとんど変わりませんでした。ところが、腸だけは違いました。
腸には、活性酸素が大きくたまっていました。活性酸素は、酸素からできる、まわりの物質とすぐに反応する物質です。たまりすぎると、DNAを傷つけたり、細胞を死なせたりします。活性酸素の量は、眠らせはじめて10日目ごろにいちばん多くなりました。ハエが死にはじめる時期と、ほぼ重なります。
眠らせるのをやめると、腸の活性酸素は減りました。追加の実験で、たまった活性酸素は主に腸でつくられていることも確かめました。

04活性酸素を消す物質を与えると、眠らないままふつうに生きた
次にチームは、活性酸素が死の原因の一つなのかを確かめました。活性酸素を消す働きのある物質を、何十種類も試したのです。物質をえさに混ぜて、眠らせないハエに与えました。
すると、11種類の物質で、眠らせないハエがふつうか、それに近い寿命を生きました。その中には、メラトニン、リポ酸、NADという物質がありました。どれも、腸の活性酸素をよく消しました。ふつうに眠るハエに同じ物質を与えても、寿命はのびませんでした。
チームは、遺伝子を変える方法でも確かめました。活性酸素を消す酵素を、腸でたくさん作るハエを作ったのです。このハエは、眠らせても長く生きました。一方、同じような酵素を神経でたくさん作るハエは、眠らせると長く生きられませんでした。死を防ぐには、神経ではなく、腸で活性酸素を消すことが大事だったのです。
眠らせないハエの中には、えさを多く食べるものもいました。そこで、えさの量を減らしてみましたが、生きる日数は変わりませんでした。食べすぎが原因ではないようです。
05マウスでも、眠らせないと腸に活性酸素がたまった
ハエで見つかったことは、ほかの動物でも起きるのでしょうか。チームは、マウスでも調べました。マウスに、やさしい刺激を休まず与えて、最長5日間眠らせないようにしました。
眠らせなかったマウスでは、小腸と大腸に活性酸素がたまっていました。ほかの臓器では、ふつうのマウスとの違いは見られませんでした。ハエとマウスは、体のつくりが大きく違います。それでも、眠らないと腸に活性酸素がたまるという点は同じでした。
ただし、チームは、なぜ眠らないと腸に活性酸素がたまるのかも、まだ分かっていないとしています。きっかけが脳にあるのか、腸そのものにあるのかも分かりません。腸が傷つくことで死ぬのか、活性酸素が全身に広がって死ぬのかも、これからの課題です。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
「眠りは命に欠かせない」と考えられてきた理由
眠りは、知られているほとんどの動物に見られます。2020年の論文の要旨は、眠りが命に欠かせないと考えられてきた理由を3つあげています。眠りがどの動物にも見られること、とても古いタイプの動物にも眠りに似た状態があるらしいこと、ひどい寝不足が死を招きうることです。
3つ目の強い根拠になってきたのが、1989年のシカゴ大学のラットの実験です。この実験では、水の上に置いた円い台にラットを乗せ、ラットが眠ると台が動いて起こされるようにしました。のちの論文は、この方法ではラットが1日に何百回も水に落とされることがあったと指摘しています。そのため、死んだ理由に、眠れなかったこと以外のストレスなどが混ざっていた可能性も否定できないとしています。
「ほとんど眠らなくても、ハエは死ななかった」という研究もある
一方で、反対の結果もあります。2019年、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンのチームは、別の方法でハエを一生眠らせない実験をしました。ハエが20秒じっとしていると、入っている管を1秒だけ回して起こすのです。ハエは眠りの95.6%を失いました。
ところが、オスのハエの寿命は、ふつうのハエと大きく変わりませんでした。寿命の中央値は、眠らせないオスで41.5日、ふつうのオスで46.0日で、差ははっきりしませんでした。メスでは、寿命の中央値が3.5日短くなっただけでした。このチームは、ほとんどの眠りは命を保つためには欠かせないわけではない、と論文の題で述べています。
2つの研究は、ハエを起こしておく方法が違います。ハーバードのチームは、神経を熱で働かせる方法でした。インペリアルのチームは、管を回して起こす方法でした。この違いが結果にどう関わるのかは、まだはっきりしていません。
マウスでは「脳から始まる炎症」という説も
2023年には、中国の北京生命科学研究所などのチームが、マウスで別の結果を発表しました。新しい方法でマウスを96%の時間起こしておくと、4日後にはひどい炎症が起き、およそ8割が死にました。このチームは、眠らないと脳で増えるプロスタグランジンD2という物質が、脳の外に出て、体じゅうの炎症を引き起こすと報告しました。
腸の活性酸素と、脳から始まる炎症。どちらか一方だけが正しいとは限りません。眠りを奪われた体の中では、いくつかのことが同時に起きているのかもしれません。
人に当てはめるには
2020年の研究は、ハエが中心で、マウスのデータは限られています。チームも、この結果を人の寝不足の治療にすぐ使えるとは言っていません。人で何日も眠らせない実験はできないので、人で同じことが起きるかを確かめるのは難しいのです。
06まとめ
ハーバード大学医学大学院のチームは、温度を上げると眠れなくなるハエを作りました。眠らせないハエは10日目ごろから死にはじめ、そのころ腸にだけ活性酸素がたまっていました。活性酸素を消す物質をえさに混ぜたり、腸で活性酸素を消す酵素を増やしたりすると、ハエはほとんど眠らないまま、ふつうの寿命を生きました。神経で同じ酵素を増やしても、ハエは助かりませんでした。
研究カルテ
アメリカ マサチューセッツ州ボストン
- 研究チーム
- アメリカのハーバード大学医学大学院のチーム(第一著者はアレクサンドラ・ヴァッカロら2人、率いたのはドラガナ・ログリャ)
- 調べた場所
- アメリカ・ボストンのハーバード大学医学大学院の研究室
- 調べた動物
- ショウジョウバエ(学名 Drosophila melanogaster)とマウス
- 調べ方
- 温度を上げると眠れなくなるハエを作り、体のどこに活性酸素がたまるかを調べた。マウスは5日まで眠らせなかった
- 分かったこと
- 眠らせないと腸に活性酸素がたまった。腸で活性酸素を消すと、眠らないハエもふつうの寿命を生きた
- まだ分からないこと
- なぜ腸にたまるのか。人でも同じことが起きるのか
- 論文
- Cell(2020年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Animals can die when they cannot sleep for a long time. But scientists did not know why.
A team at Harvard Medical School made special fruit flies. At 29 degrees, these flies could not sleep. They started to die after about ten days. All of them died in about twenty days.
The team looked at many parts of their bodies. Only the gut was very different. Harmful chemicals were building up there.
Then the team put some chemicals into the food. These chemicals can clean up the harmful ones. The flies still did not sleep much, but they lived a normal life. Mice that could not sleep also had these harmful chemicals in their guts. But another team found that flies can live with very little sleep.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. When could the special flies not sleep?特別なハエが眠れなくなったのは、どんなときですか。
温度を29度に上げると神経が働き続けて、ハエは眠れなくなりました。
Q2. Which part of the body was very different?大きく違っていたのは体のどの部分ですか。
脳を含むほかの部分は変わらず、腸にだけ活性酸素がたまっていました。
Q3. What happened when the flies ate the special chemicals?特別な物質を食べたハエはどうなりましたか。
ほとんど眠らないままでも、ふつうか、それに近い寿命を生きました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Vaccaro, A. et al. (2020) Sleep Loss Can Cause Death through Accumulation of Reactive Oxygen Species in the Gut. Cell 論文確認済みdoi:10.1016/j.cell.2020.04.049
- 2Harvard Medical School(2020)Sleep, Death and … the Gut?hms.harvard.edu/news/sleep-death-gut
- 3Everson, C. A. et al. (1989) Sleep Deprivation in the Rat: III. Total Sleep Deprivation. Sleep 論文確認済みdoi:10.1093/sleep/12.1.13
- 4Geissmann, Q. et al. (2019) Most sleep does not serve a vital function: Evidence from Drosophila melanogaster. Science Advances 論文確認済みdoi:10.1126/sciadv.aau9253
- 5Sang, D. et al. (2023) Prolonged sleep deprivation induces a cytokine-storm-like syndrome in mammals. Cell 論文確認済みdoi:10.1016/j.cell.2023.10.025
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





