冬眠しないマウスの脳の一部を刺激すると、冬眠に似た状態が数日続き、そのあと元にもどった

冬眠しないマウスの脳の神経細胞のグループを刺激すると、体温と代謝が数日下がった冬眠に似た状態になり、そのあと自然に元にもどった。

No.210 7分で読めるえっ度 論文 2023年
実験室のケージの中で、黒い毛の実験用マウスが体をのばして横たわり、じっと動かずにいる。床には木くずがしかれ、ケージの外は暗い。

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  1. 冬眠しないマウスの脳に、体温を大きく下げる神経があった
  2. 刺激すると、冬眠に似た状態が数日続き、自然に元にもどった
  3. 元にもどったあと、行動にも内臓にも異常は見られなかった

人に話すなら

マウスって冬眠しないんだけど、脳のある神経を刺激すると、体温も酸素を使う量もぐっと下がって、何日も冬眠みたいな状態になるんだって。元にもどったあとも体に異常はなかったらしいよ。

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読む前に予想しよう

冬眠をしないマウスでも、脳の一部の神経を刺激すると、冬眠に似た状態になることがある

ほ乳類の中には、冬眠する動物がいます。冬眠中の動物は、ふだんの数%しか酸素を使いません。体温は、まわりの空気より数度高いくらいまで下がります。それでも、体を傷めることなく、自分で元の状態にもどります。人がもし同じことをできたら、大けがをした人を病院に運ぶまでの時間をかせげるかもしれません。

筑波大学の櫻井武さん、髙橋徹さんと、理化学研究所の砂川玄志郎さんたちは、冬眠しない動物であるマウスの脳を調べました。すると、脳の奥の小さな場所に、ある神経細胞のグループが見つかりました。このグループを刺激すると、マウスは冬眠に似た状態に入り、それが数日続きました。そのあとは、自然に元にもどりました。

冬眠のしくみは、これまでほとんど分かっていませんでした。理由の一つは、実験でよく使うマウスやラットが冬眠しないことです。冬眠する動物を実験室で思いどおりに冬眠させるのも、かんたんではありません。冬眠しないマウスで冬眠に似た状態を起こせれば、そのしくみを調べやすくなります。

01マウスは冬眠しないが、おなかがすくと短い休眠をする

まず、言葉を整理しておきます。動物が自分で体温と代謝(体がエネルギーを使うはたらき)を下げてエネルギーを節約する状態を「休眠」といいます。1日より短い休眠は「日内休眠」、季節に合わせて何日も続くものは「冬眠」とよばれます。

マウスは冬眠をしません。ただし、えさがない状態が続いたり、寒い所に長くいたりすると、日内休眠をすることが知られています。つまり、マウスの体にも、体温を下げる力はもともとあるのです。それでも、何日も続く冬眠のような状態には入りません。

冬眠中の動物の体温は、ふつうのほ乳類のように37℃前後には保たれません。かといって、体温がただ下がりっぱなしなのでもありません。体温の「目標の温度」が低く設定し直され、その低い温度に合わせて体温が調整されています。この点が、冬眠と、ただ体が冷えてしまった状態との違いです。

02脳の奥の小さな神経細胞のグループを刺激すると、体温がぐっと下がった

研究チームが目をつけたのは、QRFPという物質を作る神経細胞です。QRFPは、2006年に櫻井さんたちの研究グループが動物の脳から取り出して報告した物質です。この神経細胞は、脳の視床下部の、前のほうの小さな場所に集まっています。

研究チームは、遺伝子を組みかえたマウスを作りました。このマウスでは、QRFPを作る神経細胞にだけ、ある薬に反応するたんぱく質(受容体)がついています。薬を注射すると、その神経細胞だけが興奮して信号を出します。

薬を注射すると、マウスはほとんど動かなくなり、えさも食べなくなりました。体温が大きく下がり、酸素を使う量も大きく減りました。この状態は数日間続きました。研究チームは、この神経細胞のグループを「Q神経」と名づけました。Q神経が起こした低い代謝の状態は「QIH」と名づけました。

マウスの頭を横から見た断面図。脳の奥の下のほうにある小さな部分が光っていて、そこから脳の別の場所へ細い線がのびている。

室温を23℃にした部屋では、体の表面の温度が、部屋の温度の近くまで下がりました。注射の30分後には、体の表面が31℃まで下がっていたのに、しっぽから熱を逃がしていました。体をさらに冷やそうとしていたのです。研究チームは、体温の目標の温度そのものが下がったしるしだと考えました。

03体温はただ下がったのではなく、低い温度に調整されていた

QIHは、ただ体が冷えただけの状態なのでしょうか。それとも、冬眠のように低い目標の温度に合わせて調整された状態なのでしょうか。研究チームは、部屋の温度を8〜32℃のいろいろな温度に変え、マウスの体温と酸素を使う量を測りました。

その結果をもとに計算すると、QIHのマウスの体温の目標の温度は、ふつうのときより約9℃低くなっていました。さらに、部屋の温度を下げていくと、QIHのマウスは起き上がって体を丸め、ふるえ始めました。酸素を使う量が急に上がり、体温は20℃台の前半で保たれました。

比べるために、麻酔をかけたマウスでも同じことをしました。麻酔で体が冷えたマウスは、部屋を寒くしても酸素を使う量はふえず、姿勢も変わりませんでした。QIHのマウスは、体温を低い目標に合わせて守っていたのです。「目標の温度が下がる」ことと「寒さに合わせて体温を調整する」ことは、同時に起きていました。研究チームによると、この2つがそろうのは、これまで冬眠中の動物でしか報告されていませんでした。

04元にもどったあと、行動にも内臓にも異常はなかった

QIHのマウスでは、心臓の動きもゆっくりになりました。注射の2時間前に1分間572回だった拍動は、2時間後には202回になりました。呼吸はとても浅くなり、1分間333回だった呼吸の回数は、測れないほどになりました。脳の電気の信号も小さくなりました。

それでも、マウスは外から温めなくても、自然に元の状態にもどりました。研究チームは、QIHを経験したマウス5匹と、経験していないマウス5匹を比べました。動き回る量、物を覚える力、回る棒の上を歩く力などを調べても、違いは見られませんでした。脳・心臓・腎臓・肝臓・筋肉を顕微鏡で見ても、目立った変化はありませんでした。同じマウスに、くり返しQIHを起こすこともできました。

次に、冬眠も日内休眠もしないラットで試しました。ラットの体はマウスの10倍ほどあります。ラットでも、Q神経をふくむ神経細胞を刺激すると、体温の低い状態が数日間続きました。約3日後には体温が元にもどりました。Q神経は、ほ乳類に広く共通してある神経かもしれない、と研究チームは考えています。

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もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

Q神経は、ふだんの日内休眠にもかかわっていた

研究チームは、Q神経が信号を出せないようにしたマウスも作りました。このマウスにえさを与えずにおくと、ふつうのマウスに見られる日内休眠の形がくずれました。Q神経は、自然な休眠を起こすためにも必要な神経だと考えられています。

Q神経は、主に視床下部の別の場所(背内側核)に信号を送っていました。この場所は、体の熱を作る働きを調整していることで知られています。信号を伝える物質としては、主にグルタミン酸を使っていました。名前のもとになったQRFPという物質そのものは、QIHを起こすのに必要ありませんでした。

同じ号に、アメリカのチームの発見ものった

同じ2020年の同じ号の雑誌に、アメリカのハーバード大学医学大学院のシニシャ・フルヴァティン(Sinisa Hrvatin)さんたちの論文ものりました。えさをぬいたマウスが日内休眠に入るとき、視床下部の「視索前野」という場所の神経細胞が働いていることを見つけたのです。その神経細胞を刺激すると、えさが十分にあるマウスでも休眠に似た状態になりました。2つのチームが別々に、脳の同じあたりに休眠のスイッチのような神経があることを示したことになります。

2023年には、アメリカのワシントン大学セントルイス校のチームが、頭の外から超音波を当てて同じあたりを刺激しました。マウスの体温は最大で約3℃下がり、体温を見ながら超音波を調整すると、約33℃の状態を約24時間保てました。この方法は、体を傷つけずに外から刺激できるのが特徴です。ただし、ラットでは体温の下がり方がマウスより小さくなりました。

人工冬眠までの、長い道のり

研究チームは、この研究が人の「人工冬眠」につながると期待しています。体が必要とする酸素を安全に減らせれば、心筋梗塞や脳梗塞、大けがのときに、臓器が受けるダメージをおさえられるかもしれません。長い間動かなくても筋肉が衰えにくいという冬眠の特徴を、寝たきりの人の治療に生かす考えもあります。将来は、宇宙の長い旅にも役立つかもしれません。

ただし、課題はたくさんあります。この研究では、遺伝子を組みかえたマウスに薬を使って神経を刺激しました。人に同じ方法は使えません。人の脳にQ神経があって同じように働くかも、まだ確かめられていません。研究チームも、人のQ神経の存在が確かめられ、刺激する技術ができてはじめて、人の人工冬眠が現実味を帯びると書いています。冬眠する動物が、低い体温になぜ長く耐えられるのかという、冬眠の一番大事な謎も残っています。

05まとめ

筑波大学と理化学研究所のチームは、冬眠しないマウスの脳の視床下部に、Q神経とよぶ神経細胞のグループを見つけました。Q神経を刺激すると、体温と代謝が数日間大きく下がり、体温の目標の温度も約9℃下がりました。元にもどったあと、行動にも内臓にも異常は見られませんでした。

ただし、人の脳でも同じしくみが働くかはまだ分かっていません。冬眠中の動物が使う酸素は、ふだんの数%にまで下がります。

RESEARCH FILE

研究カルテ

日本・茨城県つくば市

研究チーム
筑波大学の櫻井武さん・髙橋徹さんと、理化学研究所の砂川玄志郎さんたちのチーム
調べた場所
茨城県つくば市の筑波大学などの実験室
調べた動物
実験用のマウスとラット
調べ方
脳の視床下部にある神経細胞のグループだけを、薬や光で刺激できるマウスを作り、体温や酸素を使う量を測った
分かったこと
刺激すると体温と代謝が数日間大きく下がり、体温を保とうとする目標の温度も下がった。元にもどったあとも異常はなかった
まだ分からないこと
人の脳にも同じ神経があって働くのか。遺伝子を変えずに安全に刺激できるのか
論文
Nature(2020年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Mice Can Enter a State Like Hibernation

Some animals hibernate in winter. Their bodies get cold, and they use very little oxygen. Later, they wake up without any damage. Mice do not hibernate.

Scientists in Japan studied a small group of nerve cells in the mouse brain. They gave the mice a drug to turn these cells on. The mice stopped moving and eating. Their body temperature went down for a few days. Their hearts beat much more slowly.

When the room got colder, the mice shook to stay warm. Their bodies were set to keep a lower temperature. After a few days, the mice came back to normal. Tests showed no problems in their bodies or behavior. The same thing worked in rats.

Someday, a similar method might help very sick or injured people. But we still do not know if people have the same nerve cells.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. What did the scientists use to turn on the nerve cells?研究者たちは何を使って神経細胞を働かせましたか。

Q2. What did the mice do when the room got colder?部屋が寒くなると、マウスはどうしましたか。

Q3. Which other animal showed the same result?同じ結果が出たほかの動物はどれですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Takahashi, T. M. et al. (2020) A discrete neuronal circuit induces a hibernation-like state in rodents. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/s41586-020-2163-6
  2. 2筑波大学・理化学研究所(2020)冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見(プレスリリース)tsukuba.ac.jp/journal/images/pdf/202006110000-2.pdf
  3. 3理化学研究所(2020)冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見riken.jp/press/2020/20200612_1/index.html
  4. 4Hrvatin, S. et al. (2020) Neurons that regulate mouse torpor. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/s41586-020-2387-5
  5. 5Yang, Y. et al. (2023) Induction of a torpor-like hypothermic and hypometabolic state in rodents by ultrasound. Nature Metabolism 論文確認済みdoi:10.1038/s42255-023-00804-z

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい