マウスの顔にも表情があった。甘い水や痛みで変わる顔を、AIが9割以上の正確さで見分けた
甘い水や痛みで、マウスの顔は出来事ごとに違う形に変わり、AIは9割以上見分けた。同じ砂糖水でも、のどがかわいているほど表情は強かった。

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- マウスの顔は、甘い・苦い・痛いなど出来事ごとに違う形に変わった
- AIは顔の動画だけで、何が起きたかを9割以上当てた
- 同じ砂糖水でも、のどがかわいているときほど強い表情が出た
人に話すなら
マウスの顔って無表情に見えるけど、甘い水や苦い水、痛いときで顔の形が違うんだって。AIに見せると9割以上当てられて、のどがかわいてるときほど甘い水でうれしそうな顔になるらしいよ。
読む前に予想しよう
マウスは甘い水を飲むと、いつも同じ強さの表情をする
のどがかわいているときのほうが、同じ砂糖水でも強い表情が出た。
イヌやネコの顔を見て、うれしそうだとか、不満そうだとか感じることがあります。では、マウスの顔はどうでしょう。小さな顔は、いつ見ても同じ表情に見えるかもしれません。
2020年、ドイツのマックス・プランク神経生物学研究所のチームが、マウスの顔を動画で撮り、AIで調べました。甘い水、苦い水、痛み、気持ち悪さ、恐怖。出来事ごとにマウスの顔は違う形に変わり、AIは9割以上の正確さで見分けました。
しかも表情は、同じ刺激でも、マウスの体の状態によって変わりました。同じ砂糖水を飲んでも、のどがかわいているときのほうが、強い表情が出たのです。顔を見れば、外からは見えないマウスの気持ちに近い状態を測れるかもしれない。研究チームはそう考えています。
01人間の目では、マウスの顔の「良い・悪い」は見分けられなかった
人の顔の表情は、文化が違っても共通する部分があると考えられてきました。進化論で知られるチャールズ・ダーウィンも、1872年に動物と人の表情についての本を書いています。
マウスの顔でも、手がかりはありました。2010年には、マウスが痛みを感じているときの顔を点数にする方法が発表されています。顔のいくつかの部分の変化を、人が見て点数をつけるものです。
ただ、人の目には限界があります。研究チームは科学のイベントで、63人の来場者にマウスの顔写真を見せました。来場者は、いつもと違う顔であることには気づきました。ところが、それが「良い」出来事の顔か「悪い」出来事の顔かは、正しく答えられませんでした。
02頭を固定したマウスの顔を、カメラで撮り続けた
第一著者はネイツ・ドレンセク(Nejc Dolensek)さんです。研究を率いたのは、ナディーネ・ゴゴラ(Nadine Gogolla)さんです。
マウスは、頭を器具で固定された状態で、顔をカメラで撮影されました。顔のまわりには、赤外線のライトが置かれました。そのうえで、マウスにいくつかの出来事を体験させました。
- 甘い砂糖水を、細い管から2秒間、口に流す。
- 苦い液体(キニーネという物質の水よう液)を、同じように口に流す。
- しっぽに、痛みを感じる強さの電気刺激を与える。
- 気持ち悪さを起こす薬(塩化リチウム)を注射する。
- 恐怖を感じたときの「固まる」「逃げる」という行動を、動画から見つける。
多くの出来事は、2分おきに3回くり返しました。
撮った動画は、1コマずつ数字に置きかえました。使ったのは、画像を小さなマス目に分け、それぞれのマスで明るさの境目がどの向きに走っているかを数える方法です。こうすると、顔の形の変化を、人の目にたよらずに比べられます。
03AIは顔の動画だけで、何が起きたかを9割以上当てた
まず、1匹のマウスの動画で、出来事の前と後の顔を比べました。すると、どの出来事でも、前の顔と後の顔がはっきり2つのグループに分かれました。何も起きていない時間の動画では、こうした分かれ方は出ませんでした。
次に、1匹ずつ、すべての出来事の顔をまとめて並べると、出来事ごとに顔がまとまりました。甘い水の顔、苦い水の顔、痛みの顔は、それぞれ違う形だったのです。
そこでチームは、顔の画像から出来事を当てるAIを作りました。別のマウスの顔を見せても、AIは9割以上の正確さで出来事を当てました。甘い水・苦い水・何もないときは99%、痛みは96%、固まる恐怖は92%でした。動画のコマの順番をでたらめに並べかえたデータで学ばせると、正解率は平均で15%を下回りました。
チームは、出来事と気持ちを次のように対応させて、それぞれの「典型的な顔」を作りました。苦い水は「嫌悪」、甘い水は「快」、しっぽの刺激は「痛み」です。塩化リチウムは「気持ち悪さ」、逃げるのは「動く恐怖」、固まるのは「動かない恐怖」としました。
ドレンセクさんの博士論文によると、しっぽに刺激を受けたマウスは、目を閉じ、耳を体に押しつけるような顔になりました。刺激されたのは顔から一番遠いしっぽなのに、顔が大きく変わったのです。
04同じ砂糖水でも、のどがかわいているときほど「快」の顔が強くなった
この顔の変化は、ただの反射かもしれません。チームは、気持ちに近いものかどうかを確かめました。人の気持ちには、強さがあり、状況で変わり、しばらく続く、という性質があります。マウスの顔にも、同じ性質があるかを調べたのです。
1つめは強さです。砂糖水を濃くするほど「快」の顔に、苦い液体を濃くするほど「嫌悪」の顔に近づきました。しっぽの刺激も、強いほど「痛み」の顔に近づきました。
2つめは、同じものでも意味が変わることです。塩水は、うすいと「快」の顔、濃いと「嫌悪」の顔になりました。ネズミの仲間にとって、うすい塩水は好ましく、濃い塩水はいやなものです。また、16〜20時間水を飲んでいないマウスと、水を飲んで満たされたマウスを比べました。同じ砂糖水や水でも、のどがかわいているときのほうが「快」の顔は強くなりました。
3つめは、経験で変わることです。砂糖水を飲ませたあとに気持ち悪くなる薬を注射すると、マウスは砂糖水を嫌うようになります。この経験のあと、マウスは砂糖水を飲んで「嫌悪」の顔をしました。
4つめは、続く長さです。2秒の刺激で出た表情の約6割は5秒以内に消えました。一方で、約23%は5〜15秒、約17%は15秒より長く続きました。消えた表情が、刺激なしにまた現れることもありました。

チームはさらに、脳の側から表情を動かす実験もしました。光で神経を動かす方法(オプトジェネティクス)を使い、感情にかかわる脳の場所を刺激したのです。島皮質という場所のうしろ側を刺激すると「嫌悪」の顔に、前側などを刺激すると「快」の顔になりました。島皮質の中には、刺激よりも、顔の表情の動きによく合わせて活動する神経細胞も見つかりました。
05顔に出ていたのは、本当に「気持ち」なのか
ただし、この研究で「マウスが人と同じ気持ちを感じている」と証明されたわけではありません。論文自身が、動物が人と似た感情を経験するのか、感情をどう定義するのかは、今も議論が続いていると書いています。
この研究の「嫌悪」「快」といった名前は、チームが出来事に合わせて付けたものです。苦い水を飲んだときの顔を「嫌悪」と呼ぶのは自然ですが、マウスの頭の中を直接のぞいたわけではありません。また、論文は人についても、顔から気持ちを読むことの確かさには議論がある、と書いています。
実験の条件にも限りがあります。マウスは頭を固定され、仲間のいない状態で撮影されました。論文は、仲間がいると表情がどう変わるかを調べるのは今後の課題だとしています。表情がはっきり分かれた「種類」なのか、なだらかにつながったものなのかも、まだ分かっていません。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
研究の歴史:ダーウィンから「しかめっ面の点数表」まで
動物の表情の研究は、ダーウィンが1872年に出した本までさかのぼります。2021年にゴゴラさんたちが書いた解説によると、人の表情の研究では、ポール・エクマン(Paul Ekman)が文化をこえて共通する6つの基本感情を提案しました。顔の筋肉の動きで表情を分類する方法も作られ、のちにチンパンジーやマカクにも使われました。
ネズミの仲間では、1970年代に大事な研究がありました。ラットに甘いものと苦いものをなめさせると、「好き」と「いや」で違う口の動きをすることが示されたのです。2010年には、マウスの痛みの顔を点数にする方法(マウス・グリマス・スケール)が発表されました。グリマスは「しかめっ面」という意味です。この方法は、のちにラットにも広がりました。
表情は、何のために生まれたのか
人の表情は、相手に気持ちを伝える道具だと考えられがちです。けれど今回のマウスは、頭を固定され、見せる相手のいない状態でも表情を出しました。
ドレンセクさんは博士論文で、表情にはまず「体を守る」役目があったのではないかと考えています。苦いものを口にすると、口を閉じて舌を引っこめ、それ以上入らないようにする。甘いものなら口を開けて、もっと取りこむ。マウスでは、いやな出来事のときは顔の感覚器官を守るような顔に、心地よい出来事のときはそれを開くような顔になっていた、と書いています。
人でも、恐怖の顔は鼻から吸う空気を増やし、嫌悪の顔は減らすという研究があります。危ないときは情報を多く集め、有害なものからは身を守る。表情の役目はそこから始まり、のちに仲間への合図にも使われるようになったのかもしれません。ただし、これはまだ仮説です。
2025年の続き:手がかりは耳だった
2025年、別の研究チームが、マウスの表情をさらにくわしく調べました。顔の上の多くの点をAIで追いかけると、表情は「快か不快か」と「興奮の強さ」という2つの軸で整理できました。そして、細かな気持ちの違いをとらえる手がかりとして、耳の動きが特に大事だと分かりました。
方法の工夫と限界
今回の方法の強みは、人の目にたよらず、表情の強さを1秒より細かい時間で測れることです。ただし、マウスの頭を固定する必要があります。自由に歩き回るマウスの顔を、同じ正確さで測れるかは別の問題です。また、1つの実験に使ったマウスは3〜10匹ほどでした。
06まとめ
マウスの顔は、甘い水、苦い水、痛み、気持ち悪さ、恐怖で、それぞれ違う形に変わっていました。人の目には分かりにくい変化でも、AIは9割以上の正確さで見分けました。
表情の強さは、刺激の強さ、のどのかわき、それまでの経験によって変わりました。顔は、ただの反射ではなく、外からは見えないマウスの状態を映していると研究チームは考えています。ただし、マウスが人と同じ気持ちを感じているかどうかは、まだ分かりません。
のどがからからのときに飲む水が、いつもよりおいしく感じる。マウスでも、のどがかわいているときほど、同じ砂糖水で強い「快」の顔が出ていました。
研究カルテ
ドイツ・マルティンスリート
- 研究チーム
- ドイツのマックス・プランク神経生物学研究所のチーム(率いたのはナディーネ・ゴゴラ)
- 調べた場所
- ドイツ・ミュンヘン近郊の研究所の実験室
- 調べた動物
- 実験用のマウス(ハツカネズミ。学名 Mus musculus)。実験ごとにおよそ3〜10匹
- 調べ方
- 頭を固定したマウスに甘い水・苦い水・しっぽへの電気刺激などを与え、顔の動画をAIで分析した
- 分かったこと
- 顔は出来事ごとに違う形になり、AIは9割以上見分けた。表情の強さは、のどのかわきや経験で変わった
- まだ分からないこと
- マウスが人と同じような「気持ち」を感じているのか。仲間がいると表情は変わるのか
- 論文
- Science(2020年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
To most people, a mouse's face always looks the same. But scientists in Germany found that mice make different faces.
The team gave mice sweet water, bitter water, and other experiences. A camera recorded each mouse's face. Then a computer program studied the videos. The program could tell what had happened to a mouse more than 90 percent of the time.
The faces also changed with the mouse's state. Thirsty mice made a stronger pleased face when they drank sugar water. Mice that were not thirsty showed a weaker face.
We still do not know if mice feel the same way people do. But their faces may help us learn how feelings work in the brain. Next time you drink cold water on a hot day, think of the thirsty mice.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What recorded the mice's faces?マウスの顔を記録したのは何ですか。
カメラでマウスの顔を撮影し、その動画をコンピューターで分析しました。
Q2. How often could the program tell what had happened to a mouse?プログラムは、マウスに何が起きたかをどのくらいの確率で当てましたか。
顔の動画だけで、9割以上の確率で出来事を当てました。
Q3. Which mice made a stronger pleased face with sugar water?砂糖水で、より強い「快」の顔をしたのはどのマウスですか。
同じ砂糖水でも、のどがかわいているときのほうが「快」の顔が強く出ました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Dolensek, N. et al. (2020) Facial expressions of emotion states and their neuronal correlates in mice. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.aaz9468
- 2マックス・プランク精神医学研究所 ゴゴラ研究室のニュース(2020)The facial expressions of micepsych.mpg.de/2849976/facial-expressions-of-mice
- 3Langford, D. J. et al. (2010) Coding of facial expressions of pain in the laboratory mouse. Nature Methods 論文確認済みdoi:10.1038/nmeth.1455
- 4Zych, A. D. & Gogolla, N. (2021) Expressions of emotions across species. Current Opinion in Neurobiology 論文確認済みdoi:10.1016/j.conb.2021.01.003
- 5Chen, Y. et al. (2025) Cracking the Valence Code: Patterned Facial Kinematics and Neural Signatures of Emotional Expressions in Mice. Advanced Science 論文確認済みdoi:10.1002/advs.202417156
- 6Dolensek, N. (2021) 博士論文(ミュンヘン大学)edoc.ub.uni-muenchen.de/30887/1/Dolensek_Nate_Nejc.pdf
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





