鏡に12日間なれたマウスは、頭に白いインクをつけると、鏡の前で頭の毛づくろいを増やした

頭に白いインクをつけたマウスは、鏡があるときに頭の毛づくろいをはっきり増やした。脳の海馬には、鏡を見たときに働く細胞の集まりがあった。

No.183 9分で読めるえっ度 論文 2026年
実験用の箱の中で、黒い毛のマウスが壁の鏡の前に座り、両方の前足で頭のてっぺんをこすっている。頭のてっぺんには白いしみが1つある。鏡にはマウスの姿が映っている。

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  1. 頭に白いインクをつけたマウスは、鏡の前で頭の毛づくろいを増やした
  2. 鏡になれていないマウスや、ひとりで育ったマウスはしなかった
  3. 脳には、鏡を見ても、同じ黒いマウスを見ても働く細胞があった

人に話すなら

黒いマウスの頭に白いインクをつけて鏡を見せると、頭をよく毛づくろいするんだって。でも、鏡になれていて、仲間と育ったマウスじゃないとやらないらしいよ。

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ふつうの実験用マウスでも、鏡を見て頭のインクに反応することがある

黒い毛のマウスの頭に、白いインクで小さなしみをつけます。マウスは、自分の頭のてっぺんを直接見ることはできません。けれど、目の前に鏡があれば話は別です。

アメリカのテキサス大学サウスウェスタン医学センターの横瀬淳さんと北村貴司さんたちは、この実験をくり返しました。すると、鏡に12日間なれさせたマウスは、白いインクを多めにつけて鏡を見せたときに、頭の毛づくろいをはっきり増やしました。黒いインクのときや、鏡がないときには増えませんでした。研究チームは2024年、この結果を発表しました。

鏡に映った姿を自分だと分かるかどうかを調べるテストは、1970年にチンパンジーで始まりました。その後、「自分を自分として分かる力」を調べる代表的な方法として使われてきました。そのテストに似た行動が、ふつうの実験用マウスで見られたのです。研究チームは、マウスの脳の中で、鏡を見たときに働く細胞の集まりも見つけました。ただし研究チーム自身も、マウスの行動は人やチンパンジーの鏡の理解とは分けて考えるべきだ、と書いています。

01チンパンジーで始まった鏡のテストを、黒いマウス用に作り直した

鏡を使ったこの種類のテストは、1970年に発表されました。発表したのは、アメリカのテュレーン大学のゴードン・ギャラップ(Gordon G. Gallup)さんです。チンパンジーを長いあいだ鏡になれさせたあと、赤い染料で印をつけます。すると、チンパンジーは鏡に映った姿を自分だと分かっている様子を見せました。サルでは、同じことは見られませんでした。

横瀬さんたちは、このテストをマウス用に作り直しました。使ったのは、C57BL/6J という系統の、黒い毛の実験用マウスです。まず、真ん中で2つに分かれた箱に入れ、片側にだけ鏡を置きました。鏡の位置は毎日変えました。マウスは12日間、この箱で鏡になれました。

マウスは、鏡のない側より鏡のある側によく入りました。最初の6日ほどは、鏡に向かって後ろ足で立ち上がる行動が多く見られました。この行動は、日がたつにつれて減っていきました。

テストの前には、マウスに麻酔をかけて、頭にインクをつけました。白いインクは黒い毛の上でよく目立ちます。黒いインクは毛と同じ色なので、ついていても見分けにくくなります。テストは4回、1回30分ずつ行いました。

1回目は、白いインクをつけ、鏡のない箱に入れました。2回目は、白いインクをつけ、部屋の明かりを消しました。3回目は黒いインクで、4回目は白いインクで、どちらも鏡と明かりのある箱に入れました。研究チームは、マウスが頭の毛づくろいをした時間を4回のテストで比べました。

02白いインクと鏡がそろったときだけ、頭の毛づくろいが増えた

インクの量によって、結果は変わりました。ふつうの量(0.2平方センチ)では、4回のテストで頭の毛づくろいの時間に差は出ませんでした。ところが、3倍や10倍の量の白いインクをつけると、4回目だけ頭の毛づくろいがはっきり増えました。

増えたのは頭の毛づくろいだけでした。ひげや体、しっぽの毛づくろいは、4回のテストで変わりませんでした。研究チームは、この行動を「鏡によって引き起こされる、自分に向けた行動」と名づけました。

ただし、すぐに増えたわけではありません。4回目の頭の毛づくろいが3回目より多くなるまでに、約11分かかりました。くわしく見ると、4回目のマウスは、最初の15分のあいだ、鏡のほうに顔を向けることが多くなっていました。そして、初めて鏡のほうを見たあと、すぐに頭の毛づくろいを始めていました。研究チームは、この時間に、マウスが鏡で白いインクを見つけていたのだろうと考えています。

なぜ、インクが多いときだけなのでしょうか。インクが多いと、頭に何かついている感じが、さわった感覚として伝わるようです。実際、インクの量が多いと、鏡がないテストでも、少しだけ頭の毛づくろいが増えました。

そこで研究チームは、黒いインクを10倍ぬった上に、白いインクをふつうの量だけのせてみました。すると、白いインクがふつうの量でも、鏡の前で頭の毛づくろいが増えました。マウスには、「目で見えること」と「頭に何かついている感じ」の両方が必要だったのです。

03鏡になれていないマウスや、ひとりで育ったマウスはしなかった

鏡になれる時間がないマウスは、4回目のテストでも頭の毛づくろいを増やしませんでした。4日間だけなれさせたマウスも、増やしませんでした。7日間なれさせると、増えました。メスのマウスでも、オスと同じ結果が出ました。

仲間との暮らしも大事でした。乳ばなれのあと、1匹だけで育てたマウス(9匹)は、鏡の前で頭の毛づくろいを増やしませんでした。生まれて数日後から、毛の白い別の系統のマウスの中で育てた黒いマウス(8匹)も、増やしませんでした。自分と同じ黒い仲間と暮らした経験が必要だったのです。

鏡の中のマウスを「インクのついた他人」と見て、つられて毛づくろいしただけではないか、という疑問もあります。研究チームは、鏡の代わりに、透明な仕切りの向こうに頭に白いインクをつけた仲間を置きました。この場合、見ている側のマウスの毛づくろいは増えませんでした。

上から見た長方形の箱。真ん中の仕切りで左右に分かれ、片側の壁にだけ鏡がついている。黒いマウスが1匹、鏡の側に向かって歩いている。

04脳の海馬に、鏡を見ても同じ黒いマウスを見ても働く細胞があった

研究チームは、テストのあとのマウスの脳全体を調べました。白いインクで鏡を見たマウスでは、脳の前のほうの部分と、海馬という部分が強く働いていました。海馬は、記憶にかかわる脳の部分です。

次に、遺伝子の操作と薬を組み合わせて、海馬の一部の細胞の働きを一時的に弱めました。すると、マウスは鏡の前で頭の毛づくろいを増やさなくなりました。働きを弱めても、ふだんの毛づくろいは変わりませんでした。

さらに研究チームは、鏡を見たときに働いた細胞に、目印をつける方法を使いました。1日目に鏡を見せて、働いた細胞に印をつけます。2日目に、もう一度鏡を見せます。すると、1日目に働いた細胞の一部が、2日目にもまた働きました。2日とも働いた細胞の重なりは、2日目に鏡を見せなかった場合の2倍以上でした。

2日目に、鏡の代わりに知らないマウスを見せる実験もしました。見せたのが自分と同じ黒い系統のマウスだと、鏡のときに働いた細胞の一部がまた働きました。白い毛の系統のマウスでは、そうなりませんでした。1匹だけで育ったマウスでは、鏡の細胞が2日目にまた働く様子は見られませんでした。

最後に、鏡を見て働いた細胞だけを選んで、働きを弱めました。すると、鏡の前での頭の毛づくろいが減りました。研究チームは、マウスの「自分の見た目」の記憶が、仲間との暮らしと鏡の経験を通してでき、海馬のこの細胞に記録されているのかもしれない、と考えています。

05研究チーム自身が書いた、この実験の限界

この結果から、「マウスは鏡の中の自分が分かる」と言ってよいのでしょうか。研究チームは、慎重な書き方をしています。

人やチンパンジーは、何も印がなくても、鏡を使って自分の体のふだん見えない部分を自分から調べます。訓練したマカクザルも同じことをします。ところがマウスは、鏡の前でそうした行動を見せませんでした。頭のインクに反応するときも、さわった感覚という強い手がかりが必要でした。

そこで研究チームは、人やチンパンジーの鏡の理解を「はっきりした(自覚のある)タイプ」とし、マウスの行動を「気づかないうちに起きるタイプ」と分けました。そして、マウスの鏡のテストは、深い意味での自己意識を調べるのには向かないかもしれない、と書いています。そのかわり、自分の見た目を覚え、鏡で今の姿と比べる脳のしくみを調べるのには役立つ、と考えています。

同じ雑誌には、この研究について「マウスの鏡の自己認識は、自己意識の脳のしくみを解き明かせるか?」という題の解説ものりました。題が問いの形になっていることからも、この点はまだ決着していないことが分かります。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

鏡のテストは50年以上使われ、結果は動物によって分かれてきた

ギャラップさんの1970年の実験では、チンパンジーは鏡に長くなれたあと、赤い印に反応しました。サルでは反応が見られませんでした。このテストは、自分を自分として分かる力を調べる方法として、50年以上使われてきました。

テストの結果は、動物によって分かれてきました。論文は、人やチンパンジーは何の手がかりもなく自分から鏡で体を調べること、マカクザルは目と体の感覚を結びつける訓練をすると同じことができることを紹介しています。研究チームは、鏡の理解は「できる・できない」の2つに分かれるものではなく、動物によって段階がある、と考えています。

「海馬は自分の見た目に関係ない」という昔の考え

H.M.という患者は、海馬をふくむ脳の一部を手術で取りのぞかれたあとも、鏡に映った自分の姿が分かりました。そのため、海馬は自分を見分ける働きにはかかわらない、と考えられてきました。

研究チームは、これに別の見方を示しています。H.M.さんの脳を死後に調べると、海馬の一部の細胞が残っていました。その残りが、自分の姿を見分けるのを助けていたのかもしれません。また、海馬は新しい記憶を作るときに働き、時間がたつと記憶はほかの場所に移るのかもしれない、とも書いています。

毛づくろいの時間は、AIでも数え直した

マウスが頭を毛づくろいした時間を、人が動画を見て数えると、数える人のくせが入るおそれがあります。そこで研究チームは、動画から動物の体の位置を読み取るAIの道具でも数えました。人とAIの数え方はよく一致しました(相関係数0.90)。AIで数えても、白いインクと鏡がそろったときに頭の毛づくろいが増える、という結果は同じでした。

鏡のテストそのものへの批判

2026年、イギリスのアングリア・ラスキン大学のチームは、鏡のテストに関する89の研究、62種の動物の結果をまとめ直しました。そして、このテストにはいくつものかたよりがあると指摘しました。

1つは、「目で見て自分を分かる」ことを、どの動物にも当てはめてしまう人間中心の考え方です。チームは、目以外の感覚を使うテストや、その動物の暮らしに合わせたテストも必要だとしています。2つ目は、「合格か不合格か」の2つにしか分けないことです。3つ目は、脳の大きな動物ばかりが調べられていることです。さらに、育ち方や性格などの違いも、結果を左右しうると書いています。

脳の大きな動物ばかり、というかたよりから見ると、マウスの研究は新しい試みです。一方で、目で見ることにたよったテストだという点は、マウスの研究も同じです。横瀬さんたちも、海馬の別の部分が、においを使った自分の記憶にかかわる可能性にふれています。

06まとめ

アメリカのテキサス大学サウスウェスタン医学センターのチームは、黒いマウスの頭に白いインクをつけて鏡を見せました。鏡に12日間なれたマウスは、白いインクと鏡がそろったときだけ、頭の毛づくろいを増やしました。鏡になれていないマウスや、1匹だけで育ったマウスはしませんでした。脳の海馬には、鏡の自分と、自分と同じ黒い仲間の両方に反応する細胞の集まりがありました。

ただし、マウスには「頭に何かついている」というさわった感覚の手がかりも必要でした。研究チームは、この行動を人やチンパンジーの鏡の理解とは分けて考えています。

テスト中に鏡の裏側をのぞきこんだマウスは、102匹のうち2匹だけでした。その2匹は、頭の毛づくろいの増え方がいちばん小さいマウスでした。

RESEARCH FILE

研究カルテ

アメリカ・テキサス州ダラス

研究チーム
アメリカのテキサス大学サウスウェスタン医学センターの北村貴司さんたちのチーム(第一著者 横瀬淳さん)
調べた場所
アメリカ・テキサス州ダラスの実験室
調べた動物
黒い毛の実験用マウス(C57BL/6J という系統。学名 Mus musculus)
調べ方
鏡になれさせたあと、頭に白か黒のインクをつけ、鏡のあるなしで頭の毛づくろいの長さを比べた
分かったこと
白いインクと鏡がそろうと頭の毛づくろいが増えた。海馬の一部の細胞がこの行動に必要だった
まだ分からないこと
マウスが「鏡の中は自分だ」と分かっているのか。チンパンジーや人の鏡の理解とどれくらい同じか
論文
Neuron(2024年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Mice Clean Their Heads in Front of a Mirror

Scientists in Texas put white ink on the heads of black mice. A mouse cannot see the top of its own head. But it can see it in a mirror.

First, the mice lived with a mirror for twelve days. Then the mice with white ink cleaned their heads much more in front of the mirror. Mice with black ink did not do this.

Mice that grew up alone did not do it either. The scientists also found special cells in a part of the brain for memory. These cells worked when a mouse saw itself and when it saw another black mouse.

But the scientists were careful. The mice needed a lot of ink, so they probably felt it on their heads too. The scientists say this is different from how people and chimpanzees know themselves.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. What color was the ink that made the mice clean their heads more?マウスが頭をよく毛づくろいするようになったのは、何色のインクでしたか。

Q2. How long did the mice live with a mirror first?マウスは最初に何日間、鏡のある箱で過ごしましたか。

Q3. Which mice did not clean their heads more in front of the mirror?鏡の前で頭の毛づくろいを増やさなかったのは、どのマウスですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Yokose, J., Marks, W. D. & Kitamura, T. (2024) Visuotactile integration facilitates mirror-induced self-directed behavior through activation of hippocampal neuronal ensembles in mice. Neuron 論文確認済みdoi:10.1016/j.neuron.2023.10.022
  2. 2Gallup, G. G. (1970) Chimpanzees: Self-Recognition. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.167.3914.86
  3. 3Keysers, C. & Michon, F. (2024) Can mirror self-recognition in mice unpack the neural underpinnings of self-awareness? Neuron 論文確認済みdoi:10.1016/j.neuron.2023.12.005
  4. 4Priestley, A. & Wascher, C. A. F. (2026) Rethinking self-awareness: insights and biases from self-recognition research. Animal Behaviour 論文確認済みdoi:10.1016/j.anbehav.2026.123510

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい