マッコウクジラのカチカチ音は、人の言葉の母音と5つの点で似たふるまいをしていた

マッコウクジラのカチカチ音は、4つの部品の組み合わせでできていた。音の響きにも2種類あり、人の母音と似たふるまいを5つ見せた。

No.013 9分で読めるえっ度 論文 2026年
青い海の水面近くで、2頭のマッコウクジラが頭を近づけて並んで泳いでいる。四角く大きな頭と、しわのある灰色の体が見える。

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  1. マッコウクジラは、カチカチ音の短い並びで会話する
  2. その並びは、4つの部品の組み合わせでできていた
  3. 音の響きにも2種類あり、人の母音と似たふるまいをした

人に話すなら

マッコウクジラって、カチカチ音の並びで会話するんだって。その音の響きに2種類あって、人の言葉の母音みたいに長い短いの区別まであるらしいよ。意味はまだ分かってないけどね。

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読む前に予想しよう

マッコウクジラのカチカチ音の意味は、もう解読されている

マッコウクジラは、カチカチという短い音を出します。その音を何個か、決まった間かくで並べて、仲間とやりとりします。この音の並びを「コーダ」と呼びます。

この音を長年調べてきた研究者たちが、2つの発見を発表しました。1つめは、コーダが4つの部品の組み合わせでできていることです。それまで21種類と数えられていたコーダは、組み合わせで考えると143通り以上がよく使われていました。2つめは、カチカチ音の「響き」に2種類あり、人の言葉の母音と似たふるまいを5つ見せたことです。

これまで、コーダは音の数と間かくだけで区別されると考えられてきました。一方で、複雑な社会でくらす動物ほど、複雑なやりとりの手段を必要とする、という考え方があります。マッコウクジラは、群れで行き先を決めるなど、複雑な社会を持つ動物です。今回の2つの研究は、音の数と間かくのほかにも、コーダを形づくるしくみがあることを示しました。

01マッコウクジラは、カチカチ音の並びで会話する

マッコウクジラは、母親とその子どもたちを中心にした家族の群れでくらしています。いくつかの群れは「クラン」という大きな集まりに属していて、クランごとに使うコーダが違います。

コーダは、3個から40個ほどのカチカチ音の並びです。ふつうは2秒もかかりません。クジラたちは、仲間と過ごすときや、深く長い潜水の合間に、コーダをやりとりします。2頭が交代で出すこともあれば、ほぼ同時に重ねて出すこともあります。

これまでの研究では、コーダは「音が何個あって、どんな間かくで並ぶか」で種類分けされてきました。世界全体では約150種類、カリブ海のクジラでは21種類が知られていました。

調べたのは、カリブ海のドミニカ島の沖にすむクジラです。録音を積み重ねてきたのは「ドミニカ・マッコウクジラ計画」です。率いるのは、カナダのカールトン大学のシェーン・ジェロ(Shane Gero)さんです。

0221種類と思われていた音は、4つの部品の組み合わせだった

この録音を使ったのが、プラチューシャ・シャルマ(Pratyusha Sharma)さんたちです。アメリカのマサチューセッツ工科大学の研究者です。2005年から2018年までの、8719個のコーダです。どれも同じクランのクジラのもので、このクランには約400頭がいます。

チームはまず、新しい図の描き方を考えました。横軸に会話の中の時刻、縦軸に1つのコーダの中の時刻をとります。こうすると、2頭のクジラのやりとりの中で、コーダがどう少しずつ変わっていくかが一目で見えます。

この図から、コーダは4つの部品でできていると分かりました。

1つめは「リズム」です。カチカチ音どうしの間かくの比で、18種類に分かれました。2つめは「テンポ」で、コーダ全体の長さです。こちらは5種類にまとまりました。この2つは、会話の流れに関係なく決まります。

3つめと4つめは、会話の流れによって変わる部品です。チームはそれぞれ「ルバート」と「装飾音」と名づけました。ルバートは、音楽でテンポをゆらすことを指す言葉です。

03相手に合わせて長さを変え、最後に1音を足していた

ルバートは、コーダの長さをゆっくり変えていくことです。同じ種類のコーダでも、となり合うコーダどうしは長さがよく似ていました。平均の差は0.05秒です。会話のあちこちから同じ種類を選んで比べると、差は0.08秒ありました。長さはでたらめにばらつくのではなく、少しずつ変わっていたのです。

さらに、2頭がコーダを重ねて出すとき、相手と長さをそろえていました。重なったコーダどうしの長さの差は平均0.099秒です。重なっていない同じ種類のコーダどうしでは、0.129秒でした。

装飾音は、コーダの最後に足される1つの音です。たとえば、5個の音のコーダが続く中に、1つだけ6個の音のコーダがまじります。最初の5個の間かくは、まわりのコーダとほぼ同じです。装飾音は、全体のコーダの約4%に見られました。

装飾音のついたコーダは、一続きの声の始めと終わりに多く出ました。また、装飾音のあとには、相手のクジラが重ねて鳴きはじめたり、鳴きやんだりすることが多くありました。チームは、クジラが装飾音を聞き取っていると考えています。

4つの部品は、ほぼ自由に組み合わさっていました。どのリズムも1種類以上のテンポと、どのテンポも3種類以上のリズムと組み合わさっていました。チームは、区別できるコーダの種類はこれまでの考えより10倍近く多いと見積もっています。この組み合わせの表を、チームは「マッコウクジラの音声アルファベット」と呼びました。

深い青の海の中を、マッコウクジラの親子が並んで泳いでいる。大人のクジラの背中に、吸盤で小さな録音機がくっついている。

04カチカチ音の響きに、母音に似た2種類があった

ここまでの研究は、音の「数」と「間かく」しか見ていませんでした。そこに目をつけたのが、ガシュペル・ベグシュ(Gašper Beguš)さんたちです。アメリカのカリフォルニア大学バークレー校の言語学者で、1つ1つのカチカチ音の「響き」を調べました。

使ったのは、クジラの背中に吸盤でつける録音機の声です。録音機が声を出すクジラの体にくっついているので、海の中の音のゆがみの影響が小さくなります。

人が「あ」と「い」を言い分けられるのは、口の形で、声の中の強く響く高さ(フォルマント)が変わるからです。ベグシュさんたちがクジラの音の響きを調べると、強く響く高さの山が1つのコーダと、2つのコーダがありました。チームは人の母音になぞらえて、山が1つのものを「a」、2つのものを「i」と名づけました。1つのコーダの中では、たいてい全部の音が同じ種類でした。

2026年の論文で、チームはこの「a」と「i」が、人の母音と似たふるまいを5つ見せると報告しました。

  • 1つめ、コーダの種類によって、「a」と「i」の出やすさが違いました。一番よく使われる種類では半々でしたが、「a」がずっと多い種類もありました。
  • 2つめ、「a」のコーダは「i」のコーダより、平均して長くなりました。人の言葉でも、「あ」は「い」より長くなりやすいことが知られています。
  • 3つめ、「i」には短いものと長いものの2つのまとまりがありました。日本語の「おじさん」と「おじいさん」のような、長さの区別に当たります。
  • 4つめ、同じ種類のコーダでも、クジラによって基本の長さが違いました。人にも、話すのが速い人と遅い人がいます。
  • 5つめ、コーダの端の1音だけ、響きの種類が違うことがありました。その1音は、多くの場合、となりのコーダと同じ響きでした。人も、となりの音につられて発音が少し変わります。

チームは、マッコウクジラの音は、動物の声の中で、人の言葉の音のしくみに最も近い例の1つだとしています。

05「意味」はまだ1つも分かっていない

ここで、大事な注意があります。どちらの研究も、音の「組み立て方」を調べたもので、音の「意味」は調べていません。

人の母音は、意味を区別します。「あき」と「いき」は別の言葉です。けれど、クジラの「a」と「i」が意味を区別しているのかは、まったく分かっていません。ベグシュさんたちも、響きの違いが何かを伝えている証拠はまだないと書いています。

シャルマさんたちも、研究の限界をはっきり書いています。録音したコーダを、クジラに聞かせる実験はしていません。クジラがどの違いを本当に聞き分けているのかを確かめるには、そうした実験が必要です。ただ、このクジラの群れはとても弱い立場にあります。チームは、実験の前に声のしくみを深く理解しておく必要があると述べています。

別の研究者による見直しも始まっています。2026年には、シャルマさんたちが公開したデータを使って、結果を確かめ直した論文が出ました。専門家の審査を受ける前の論文です。それによると、ルバートのような長さの変化は本当にありました。けれど、それが相手に合わせたものだという証拠は、条件を変えて調べると確かめられませんでした。装飾音が始めと終わりに多いという傾向も、声の区切り方を変えると、現れたり消えたりしました。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

人の声とクジラの声は、どこが同じでどこが違うのか

人の声は、のどの声帯がふるえることで生まれます。そのふるえが、口やのどの空間を通るときに、特定の高さの音が強く響きます。これがフォルマントです。口の形を変えると、強く響く高さが変わり、「あ」や「い」になります。

マッコウクジラは、頭の中の「音の唇」と呼ばれる部分をふるわせて、カチカチ音を出します。ベグシュさんたちは、その音が頭の中の空気の袋を通るときに響きが決まる、と考えています。音の出どころと、響きを決める部屋。この2つに分かれる点は、人の声と同じつくりだというのです。

ただし、クジラの空気の袋の形がどう変わるのかは、よく分かっていません。響きの高さは、クジラがもぐる深さとも関係がありました。深くもぐると、袋の中の空気が少なくなるからだと考えられています。チームは、浅い所でも深い所でも「a」と「i」が両方出ることから、深さだけでは説明できないとしています。

組み合わせることの強さ

人の言葉は、それだけでは意味を持たない少ない音を組み合わせて、ほぼ無限の言葉を作ります。日本語の何万もの言葉も、五十音の組み合わせで書き表せます。動物の声で、こうした大きな組み合わせのしくみが見つかることは、ほとんどありません。

シャルマさんたちは、リズム18種類、テンポ5種類、装飾音のあるなし、ルバートの3通りを組み合わせると、1つのコーダが運べる情報の量は、これまでの見積もりの最大2倍になると計算しました。さらに、コーダどうしを並べる組み合わせもあります。チームは、マッコウクジラの声が、意味を持たない部品を並べて意味を作る、人の言葉と同じしくみの最初の例になるかもしれないと書いています。ただし、それは「可能性がある」という段階です。

AIが手がかりをくれた

ベグシュさんたちが響きに注目したのには、きっかけがありました。クジラのコーダをまねして作るようにAIを訓練し、そのAIが何を大事な特徴として覚えたかを調べたのです。すると、AIは音の数や間かくのほかに、響きの性質も覚えていました。人が気づいていなかった違いに、AIのほうが先に目をつけていたのです。

研究方法の限界

今回のデータは、カリブ海の1つのクランのものです。ほかの海のクジラが同じ「a」と「i」を使うのかは、まだ調べられていません。2026年の論文では、長さを細かく調べたクジラは4頭だけでした。そのうち1頭では、「i」の短い・長いの区別が見つかりませんでした。区別を使わないクジラもいるのか、録音が足りないだけなのかは、まだ分かりません。

06まとめ

マッコウクジラのコーダは、リズム、テンポ、ルバート、装飾音という4つの部品の組み合わせでできていました。区別できるコーダの種類は、これまでの考えより10倍近く多いと見積もられています。

さらに、カチカチ音の響きには「a」と「i」の2種類があり、人の母音と似たふるまいを5つ見せました。ただし、それぞれの音が何を伝えているのかは、まだ1つも分かっていません。

マッコウクジラのコーダは、ふつう2秒もかからない短い音の並びです。その2秒の中に、音の数、間かく、長さの流れ、最後の1音、そして響きが重なっています。

RESEARCH FILE

研究カルテ

ドミニカ島の西の沖(カリブ海)

研究チーム
アメリカのマサチューセッツ工科大学、カリフォルニア大学バークレー校、クジラの声を調べる研究計画「プロジェクトCETI」などのチーム
調べた場所
カリブ海のドミニカ島の西の沖
調べた動物
野生のマッコウクジラ(学名 Physeter macrocephalus)のメスと若いクジラ
調べ方
2005〜2018年に録音した約8700の音の並びを分析。体につけた録音機の声で、音の響きも調べた
分かったこと
音の並びは4つの部品の組み合わせだった。響きには2種類あり、母音と似たふるまいを5つ見せた
まだ分からないこと
それぞれの音が何を伝えているのか。相手のクジラが違いを聞き分けているのか
論文
Nature Communications(2024年)、Proceedings of the Royal Society B(2026年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Sperm Whale Clicks That Act Like Vowels

Sperm whales talk with short series of clicks. Scientists call each series a coda. A coda usually takes less than two seconds.

One team studied 8,719 codas from whales near the island of Dominica. They found that each coda is built from four parts. Whales also seemed to change the length of their codas to match a partner.

Another team listened to the sound of each click. Some codas had one strong sound peak, and some had two. The scientists named them the a coda and the i coda. These two types act like human vowels in five ways. For example, the i coda has a short form and a long form.

But nobody knows what the codas mean yet. Scientists have not played the sounds back to the whales. That is the next big step.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. How many codas did the first team study?1つ目のチームは、いくつのコーダを調べましたか。

Q2. What did the second team study?2つ目のチームは何を調べましたか。

Q3. Which sentence is true?正しい文はどれですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Sharma, P. et al. (2024) Contextual and combinatorial structure in sperm whale vocalisations. Nature Communications 論文確認済みdoi:10.1038/s41467-024-47221-8
  2. 2Beguš, G. et al. (2026) The phonology of sperm whale coda vowels. Proceedings of the Royal Society B 論文確認済みdoi:10.1098/rspb.2025.2994
  3. 3Beguš, G. et al. (2025) Vowel- and Diphthong-Like Spectral Patterns in Sperm Whale Codas. Open Mind 論文確認済みdoi:10.1162/opmi.a.252
  4. 4Cordivari, A. (2026) Calibrating exchange-level claims about sperm whale codas against surrogates: overlap, ornamentation and rubato under independent pre-registered control. EcoEvoRxiv 論文確認済みdoi:10.32942/x2f100

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい