船から流したクジラの呼び声に、野生のザトウクジラ1頭が20分間鳴き返してきた
アラスカで仲間の呼び声を海に流すと、1頭のザトウクジラが船のそばで20分間、36回鳴き返した。返す間合いをそろえた時間もあった。

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- 船から流したクジラの呼び声に、1頭のメスが20分間鳴き返した
- 声を流す前と後の20分間は、この声は1回も録れなかった
- ただし記録は1回だけで、何を伝え合ったのかは分からない
人に話すなら
アラスカで、ザトウクジラの呼び声を船から海に流した研究があってね。1頭のメスが船のそばに来て、20分間も鳴き返してきたんだって。返す間合いまでこっちに合わせた時間があったらしいよ。
読む前に予想しよう
船から流したクジラの声に、野生のザトウクジラが20分間鳴き返した記録がある
アラスカで2021年、メスのトウェインが流した声に36回鳴き返した。
2021年8月、アラスカの海に1そうの調査船が止まっていました。船からは、水中スピーカーで、ザトウクジラの短い呼び声が流されていました。すると、近くにいた1頭のメスが、その声に鳴き返し始めたのです。
鳴き返しは20分間続きました。メスが出した声は36回です。しかも始めのうち、メスは鳴き返すまでの間合いを、こちらが声を流す間合いにそろえていました。アメリカのカリフォルニア大学デービス校などのチームが、この20分間の記録をくわしく調べて、2023年に発表しました。
動物の声を流して反応を見る実験は、昔からたくさん行われてきました。でも多くは、決まった声を決まった間隔で流すだけでした。動物が鳴き返しても、そこから先のやりとりは続きません。この研究では、クジラの返事に合わせて、流す間合いをその場で変えました。そうして、人と野生のクジラの間で、声の行き来が20分間続いたのです。
01前の日に録った「呼びかけの声」を、海に流した
研究チームの中心は、カリフォルニア大学デービス校のブレンダ・マコーワン(Brenda McCowan)さんです。アラスカ鯨類財団のフレッド・シャープ(Fred Sharpe)さんたちも加わりました。宇宙人からの信号を探す研究をしている、アメリカのSETI研究所の研究者も入っています。
ザトウクジラは、長い「歌」で知られるクジラです。でも歌のほかに、40種類をこえる短い声も持っています。その1つが、英語で「ワップ(whup)」と呼ばれる低く短い声です。この声は、仲間と連絡をとり合うための「呼びかけの声」だと考えられています。
2021年8月18日、チームはアラスカ州南東部のフレデリック湾にいました。船はエンジンを止めて、海に流されるままにしていました。近くには、9頭のクジラが散らばっていました。その群れから、とても聞き取りやすいワップの声が1つ録れました。
次の日の8月19日、チームは約5.5キロはなれた場所で、この声を流す実験をしました。船の先の左側から、深さ約6メートルに水中スピーカーを下ろしました。船の両側には、水中の音を録るマイクを2本下ろしました。
02声を流したのは20分だけ。前と後の20分には、その声はなかった
実験は、3つの20分間に分かれていました。声を流す前の20分、声を流す20分、流し終わった後の20分です。前と後の20分は、比べるための時間です。
声を流し始めて3回目まで、メスは鳴きませんでした。その後、メスが鳴き返し始めます。そこからは、メスが鳴いたらこちらも流す、というふうに、流すタイミングを相手に合わせて変えていきました。流した回数は全部で38回です。メスの声は、20分間で36回録れました。
前の20分と後の20分には、ワップの声は1回も録れませんでした。声のやりとりが起きたのは、こちらが声を流していた20分間だけだったのです。
このメスは、尾びれの模様から「トウェイン」と呼ばれる個体だと分かりました。38歳をこえる大人のメスです。トウェインは、20分間ずっと、スピーカーから100メートル以内にいました。その間に7回、水面に上がって潮を吹きました。
チームは、声を出したのが本当にトウェインなのかも確かめました。近くの200メートル以内には、ほかのクジラはいませんでした。トウェインが離れていくにつれて、録れる声もはっきり小さくなりました。
03返す間合いが、始めのうちはこちらとそろっていた
チームは、甲板の上に4人の観察係を置きました。この4人には、どんな手順で声を流しているのかを教えていません。4人は、トウェインの泳ぐ向き、船からの距離、潮の吹き方だけを記録しました。反対に、声を流す係の2人は、クジラの姿を見ていませんでした。
観察係の記録から、20分間は3つの時間帯に分けられました。1つめは、トウェインが近づいてやりとりを始めた時間帯です。2つめは、ゼーゼーと音のする強い潮吹きを3回した時間帯です。この吹き方は、クジラが興奮したり、いらだったりしたときに見られると言われています。3つめは、トウェインが船に背を向け、遠ざかっていった時間帯です。
チームが調べたのは、声と声の間の「間合い」でした。こちらが流してからトウェインが返すまでの時間と、トウェインが鳴いてからこちらが流すまでの時間を比べたのです。2つの時間がほぼ同じなら、間合いがそろったことになります。
結果、1つめの時間帯は、2つめの時間帯より、間合いがそろう見込みが9.9倍高くなっていました。そして、トウェインがこちらの声に直接こたえたときは、次に鳴くまでの時間が短くなっていました。チームは、トウェインがこちらの声の間合いに気づき、交代で鳴くやりとりに加わっていたと考えています。

04記録は1回だけ。何を伝え合ったのかは分からない
ただし、この研究には大きな限界があります。チーム自身も、結果は「まだ予備的なもの」だと書いています。
まず、記録はトウェイン1頭との、1回だけのできごとです。チームは前後の別の日にも、録音して保存してあった15個のワップの声を流しました。でも、近づいてきたり鳴き返したりしたクジラはいませんでした。
次に、流した声にも理由があったかもしれません。この声は、前の日にトウェインもいた群れから録ったものでした。トウェイン自身の声だったのか、群れの仲間の声だったのかは分かりません。チームは、知っている相手の声だったから強く反応したのではないかと考えています。
そして、こちらが変えられたのは、声を流すタイミングだけでした。同じ1つの声を、くり返し流すしかなかったのです。スピーカーも、低い音の一部をうまく出せていませんでした。チームは、トウェインが途中でいらだったのは、返事がいつも同じだったからかもしれないと書いています。
いちばん大事な点は、2頭が何を伝え合ったのかは、まったく分からないということです。論文の題名も、「会話」という言葉をかぎかっこに入れています。この研究で分かったのは、声の行き来が続き、間合いがそろう時間帯があった、というところまでです。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
「交代で鳴く」ことは、なぜ大事なのか
人の会話では、話し手と聞き手が交代します。一方が話し終わると、もう一方が約0.2秒で話し始めると言われています。このように交代しながら声を出すしくみは、ほかの動物にも見られます。たとえば南米のサル、マーモセットは、3〜5秒ほどの間をあけて交代で鳴きます。
交代で鳴くには、相手の声の終わりを待つ必要があります。声が重なると、どちらも聞き取れないからです。動物の研究では、仲のよい相手ほど、声の出し方が似てくる例も報告されています。そのため、間合いがそろうことは、相手とのやりとりに気持ちが向いているしるしの1つと考えられています。トウェインの記録で、研究者が間合いを調べたのはこのためです。
ワップの声は、何十年も変わらずに使われてきた
ザトウクジラの歌は、毎年のように変わっていくことが知られています。ところが、短い声のほうは違います。2018年、アメリカの研究チームは、アラスカ南東部で録られた鳴き声を比べました。1970年代から2010年代まで、40年近くにわたる録音です。
その結果、知られていた16種類の短い声のうち、12種類が1976年にも2012年にも録れていました。どの声も、少なくとも3つの年代で見つかりました。チームは、短い声は何世代にもわたって受けつがれていると考えています。マコーワンさんたちの論文も、世代をこえて変わらない声があることを、ザトウクジラの声を調べる理由の1つに挙げています。
「流すだけ」の実験から、「やりとりする」実験へ
これまでの声を流す実験には、弱点がありました。決まった声を決まった間隔で流すと、動物が鳴いても、それが返事なのかどうか分かりにくいのです。群れ全体で鳴く回数が増えても、流した声がきっかけとは言い切れません。
チームは、相手の声に合わせて、声の高さや長さまでその場で変えられる仕組みを提案しています。声を録る、作りかえる、流す、の3つを、3台のコンピューターで同時に行う方法です。そうすれば、どの変化にクジラが反応するのかを確かめられるかもしれません。
クジラに話しかけてよいのか、という意見もある
クジラの声の研究には、慎重な意見もあります。2024年、オランダとドイツの研究者は、クジラの声をAIで読み解く研究の問題点をまとめました。声の意味を調べることは、クジラを守るのに役立つと認めています。一方で、クジラに話しかけようとすることは、クジラの心や体、文化を傷つけるおそれがあると指摘しています。
05まとめ
2021年8月、アラスカの海で、船から流したザトウクジラの呼び声に、メスのトウェインが鳴き返しました。やりとりは20分間続き、トウェインは36回鳴きました。声を流す前と後の20分間には、この声は録れませんでした。始めのうちは、返す間合いまでこちらにそろえていました。
ただし、これは1頭との1回だけの記録です。何を伝え合ったのかは分かっていません。それでも、38歳をこえる野生のクジラが、人の流した声に20分もつき合ったことは確かに記録されています。
研究カルテ
アメリカ・アラスカ州
- 研究チーム
- アメリカのカリフォルニア大学デービス校、アラスカ鯨類財団、SETI研究所のチーム(第一著者ブレンダ・マコーワン)
- 調べた場所
- アメリカ・アラスカ州南東部のフレデリック湾(2021年8月)
- 調べた動物
- 野生のザトウクジラ(学名 Megaptera novaeangliae)のメス「トウェイン」
- 調べ方
- 前の日に録った呼び声を水中スピーカーで流し、クジラの声の間合いに合わせて流し方を変えた
- 分かったこと
- 20分間で36回鳴き返した。始めの時間帯は、返す間合いをこちらに合わせていた
- まだ分からないこと
- 記録は1頭・1回だけ。声の意味や、なぜ応じたのかは分からない
- 論文
- PeerJ(2023年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
In August 2021, scientists were on a small boat in Alaska. They put a speaker into the sea. Then they played a short call of a humpback whale. They recorded the call the day before.
A female whale named Twain came near the boat. She answered the call again and again for 20 minutes. She stayed within 100 meters of the speaker. The scientists played the call 38 times, and Twain called 36 times. Before and after those 20 minutes, they heard no such calls.
At first, Twain waited about as long as the scientists did. They took turns calling. Later, she seemed upset and swam away.
This happened only once, with only one whale. On other days, they played other calls, but no whale answered. Nobody knows what the call means. But the scientists hope to learn more in the future.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. Where did this happen?これはどこで起きましたか。
研究者はアラスカの海で、船からクジラの声を流しました。
Q2. How many times did Twain call?トウェインは何回鳴きましたか。
研究者は38回声を流し、トウェインは20分間で36回鳴きました。
Q3. What do we still not know?まだ分かっていないことは何ですか。
声の行き来は記録されましたが、何を伝え合ったのかは分かっていません。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1McCowan, B. et al. (2023) Interactive bioacoustic playback as a tool for detecting and exploring nonhuman intelligence: "conversing" with an Alaskan humpback whale. PeerJ 論文確認済みdoi:10.7717/peerj.16349
- 2SETI Institute(2023)Whale-SETI: Groundbreaking Encounter with Humpback Whales Reveals Potential for Non-Human Intelligence Communicationseti.org/press-release/whale-seti-groundbreaking-encounter-h
- 3Fournet, M. E. H. et al. (2018) Some things never change: multi-decadal stability in humpback whale calling repertoire on Southeast Alaskan foraging grounds. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-018-31527-x
- 4Ryan, M. & Bossert, L. N. (2024) Dr. Doolittle uses AI: Ethical challenges of trying to speak whale. Biological Conservation 論文確認済みdoi:10.1016/j.biocon.2024.110648
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





