オランウータンの母は敵が去るまで黙っていた。警告の声は見てから平均7分後
トラ柄などの布をかぶった人を見せると、オランウータンの母はその場では黙っていた。敵が消えてから警告の声を出し、遅れは平均7分だった。

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- 敵の姿が見えている間、母はほとんど声を出さなかった
- 敵を見てから平均7分、最長で約20分たってから鳴いた
- 子どもが小さいほど、母は早く鳴く傾向があった
人に話すなら
オランウータンのお母さんって、敵を見てもその場では黙ってるんだって。敵がいなくなってから、何分もたって警告の声を出すらしいよ。子どもが小さいほど、早く鳴くんだって。
読む前に予想しよう
オランウータンの母は、敵を見るとすぐに大声で警告する
実験では、敵が見えている間に鳴いたのは24回中1回だけだった。
キツネザルやサル、類人猿に敵の模型を見せると、その場で警戒の声を上げる。これまでの実験では、そうした反応が報告されてきました。ところが、子どもを連れたオランウータンの母親は違いました。敵が目の前にいる間は黙っていて、敵がいなくなってから鳴き始めたのです。
インドネシアのスマトラ島で、実験役の人がトラ柄などの布をかぶり、四つんばいで木の下を歩きました。それを見たメスのオランウータンは、声を出すまでに平均で7分、最も長いときは約20分かかりました。声を出した12回のうち、敵がまだ見えている間に鳴いたのは1回だけでした。
人の言葉は、「さっき、あそこにヘビがいたよ」のように、今ここにないものの話ができます。研究者は、これを言葉の大事な特徴の1つと考えてきました。人以外のサルや類人猿が、野生でこれに近いことをする証拠は見つかっていませんでした。オランウータンの「遅れた声」は、その最初の手がかりかもしれないのです。
01布をかぶった人が、森の地面を四つんばいで歩いた
実験をしたのは、イギリスのセント・アンドルーズ大学のアドリアノ・ラメイラ(Adriano Lameira)さんです。舞台は、スマトラ島北部のケタンベという森です。ここでは40年近く観察が続いていて、野生のオランウータンが人のそばにいても落ち着いていられます。
調べたのは、この森に住む大人のメス7頭です。2010年6月から2011年3月にかけて、全員で合わせて24回の実験をしました。7頭のうち6頭は子育て中で、1頭はまだ子どもを産んでいませんでした。
敵の役をしたのは人です。全身に布をかぶり、四つんばいで森の地面を歩きます。布の模様は4種類でした。トラのしま模様、色の入った模様、白地に色の水玉、そして無地の白です。この森では昔、トラがオランウータンを襲った記録があります。森のネコの仲間は、音を立てずに待ちぶせして狩りをします。そこで研究者は、鳴き声を流すより、姿を見せるほうが本物に近いと考えました。
手順は決まっていました。メスが地上5〜20mの高さで、食べたり休んだりしているときを選びます。直前の5時間に声を出したり、仲間に会ったりしていないことも条件でした。布の「敵」はメスの前を通り、メスが気づいたら2分間その場で止まります。その後、姿の見えない所へ去りました。同じ場所では二度と実験せず、同じメスに見せる間かくは5日以上あけました。
02鳴いた12回のうち、敵が見えている間は1回だけだった
24回の実験のうち、半分の12回では、メスは最後まで声を出しませんでした。残りの12回では、メスは警戒の声を上げました。ただし、どれも遅れていました。
いちばん遅かったのは、色の模様の布を見たときでした。最初に気づいてから1189秒、つまり約20分たってから鳴きました。敵が見えていた2分を引いても、約17分の遅れです。
一度鳴き始めると、声は長く続きました。鳴いていた時間は平均で25分以上でした。敵を見てから50分以上たっても鳴き続けたメスが、何頭もいました。敵はとっくにいないのに、です。

03「こわくて声が出なかった」だけでは説明できない
すぐに思いつく説明は、「こわくて固まっていた」というものです。研究者は、この説明が合わない理由を4つ挙げました。
1つ目は体の動きです。メスたちは敵を見た直後から、少しずつ高い枝へ登り始めていました。体は動いているのに、声だけが遅れていたことになります。
2つ目は、こわさを示すほかの反応です。強いストレスを受けると、オランウータンはおしっこやうんちをします。この回数は、鳴いた実験と鳴かなかった実験で違いがありませんでした。
3つ目は、鳴き始めた後です。こわさで遅れたのなら、遅れが長いほど声の続き方も変わりそうです。でも、遅れた時間と、その後に鳴き続けた時間には関係がありませんでした。
4つ目は、メスの年齢です。年上のメスほど敵に会った経験が多いはずです。こわさが原因なら、年上ほど早く鳴きそうです。しかし、年齢による違いは見られませんでした。
04子どもが小さいほど、母は早く鳴いた
遅れ方には、はっきりした傾向がありました。まず、敵が近いほど鳴きにくかったのです。メスが低い枝にいたとき、つまり敵との距離が近いときほど、声を出す確率が下がり、遅れも長くなりました。
もう1つは、子どもの年齢です。連れている子どもが小さいほど、母はよく鳴き、早く鳴きました。子どもが大きいほど、なかなか鳴きませんでした。
オランウータンは、仲間と群れずにほぼ1頭でくらす類人猿です。ふだん一緒にいるのは、母と子だけです。警戒の声は遠くまで届きますが、実験で声を聞いて近寄ってきた仲間は1頭もいませんでした。では、母は誰に向けて鳴いていたのでしょうか。
研究者が考えた答えは「子ども」です。スマトラオランウータンの子どもは、長いと9年ほど母と一緒にくらします。その間に森で生きる知恵を学びます。もし母が一度も鳴かなければ、子どもは「さっきのは危ない相手だった」と知る機会がありません。かといって、敵の目の前で鳴けば、自分たちの居場所を教えてしまいます。母は、敵が十分に離れるまで待ち、それから子どもに知らせているのではないか。研究者はそう考えています。
ラメイラさんは2026年の論文で、スマトラトラやスンダウンピョウのように、木をすばやく登れる敵がいることも理由に挙げています。母は、敵が通り過ぎるまで十分に待つ必要があります。一方で、子どもが出来事と声を結びつけられるうちに、鳴かなければなりません。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
「今ここにないもの」を伝える力は、なぜ言葉の大事な特徴なのか
1960年、言語学者のチャールズ・ホケット(Charles Hockett)は、この力を「場所や時間が離れたものについて伝えること」と説明しました。ラメイラさんたちの論文によると、この力は世界のどの言語にもある、言葉の基本的な特徴です。
人以外の動物でこれをはっきり持つ例として、よく挙げられるのがミツバチです。ミツバチは巣の中のダンスで、花畑の方向と距離を仲間に伝えます。ただ、論文はこれを、人とは別のしくみで同じ働きにたどり着いた例だとしています。サルの仲間では、ベルベットモンキーが敵のいない所で警戒の声を出した例があります。けれどもこれは、仲間をだます行動と考えられてきました。飼育されている類人猿は、指さしなどで、見えない物について伝えることができます。ただしそれは、人がきっかけを作った場面にかぎられていました。野生の仲間どうしでは見られていません。
類人猿の「時間の感覚」には、別の研究もある
オランウータンが先のことを伝えている、という研究もあります。スイスのチューリッヒ大学のカレル・ファン・スハイク(Carel van Schaik)さんたちは、スマトラ島の大人のオスを調べました。オスが夜の寝床の近くで出す長い声の向きから、翌日の夕方近くまで、そのオスが進む方向を偶然より高い確率で当てられました。聞いたメスは、この声を手がかりにオスとの距離を保っていると考えられています。
一方で、慎重な見方を支える研究もあります。スペインなどの研究チームは、飼育されているチンパンジー、ボノボ、オランウータン、ゴリラの12頭を調べました。「何が・どこで・いつ」を組み合わせて思い出す課題です。3つの課題のどれでも、偶然より良い成績は出ませんでした。類人猿が過去のできごとをどこまで細かく思い出せるのかは、まだ意見が分かれています。
この実験で言えること、言えないこと
この実験の強みは、本物の野生のオランウータンで、条件をそろえて24回くり返したことです。敵の距離と子どもの年齢という2つの手がかりが、遅れ方とつながっていました。
弱みもあります。調べたのは1つの森の7頭だけで、子どもを産んでいないメスは1頭でした。そして、遅れた声を聞いた子どもが「さっきの敵」と結びつけて覚えているのかは、調べられていません。論文も、子どもへの伝達という説明は、これから確かめるべき仮説だと書いています。
05まとめ
スマトラ島の森で、布をかぶった人が「敵」の役をしてオランウータンの母に姿を見せました。母は敵がいる間はほとんど黙り、姿が消えてから警戒の声を上げました。遅れは平均7分、最長で約20分でした。敵が近いほど、子どもが大きいほど、遅れは長くなりました。
この遅れた声が、子どもに「さっきの敵」を教えているのかは、まだ分かりません。それでも、今ここにいない相手についての声が、野生の類人猿で記録されたことになります。家族や友だちに「さっき、ここに何があった?」と聞くとき、人は同じ力を毎日使っています。
研究カルテ
インドネシア・スマトラ島
- 研究チーム
- イギリスのセント・アンドルーズ大学のアドリアノ・ラメイラとジョゼップ・コール
- 調べた場所
- インドネシア・スマトラ島北部(アチェ州)のケタンベの森
- 調べた動物
- 野生のスマトラオランウータン(学名 Pongo abelii)の大人のメス7頭
- 調べ方
- 模様の布をかぶった人が四つんばいで木の下を通り、メスがいつ警戒の声を出すかを記録した
- 分かったこと
- 声を出した12回のうち、敵が見えている間に鳴いたのは1回だけ。平均7分遅れて鳴いた
- まだ分からないこと
- 遅れた声で、子どもが本当に「さっきの敵」を学んでいるのかは確かめられていない
- 論文
- Science Advances(2018年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Many monkeys call out when they see a danger. But orangutan mothers in Indonesia did something different. A person in the study covered their body with a cloth. Some of the cloths had a tiger pattern. Then the person walked on hands and knees under the trees.
The mothers saw the person, but they stayed quiet. When they called, it was almost always after the person went away. On average, they waited about seven minutes after they first saw the person. One mother waited about twenty minutes.
The mothers were not just too scared to call. They started to climb higher right away. Mothers with younger babies called sooner.
The scientists think the mothers wait until it is safe. Then they may tell their babies about the danger from the past. Human language can talk about things that are not here now. These calls may show a small step toward that skill.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What did the person in the study wear?実験役の人は何をかぶりましたか。
トラ柄などの布をかぶり、四つんばいで歩いて「敵」の役をしました。
Q2. When did the mothers call?母親たちはいつ鳴きましたか。
敵の役の人が見えている間は黙り、去ったあとで鳴きました。
Q3. Which mothers called sooner?どの母親が早く鳴きましたか。
連れている子どもが小さいほど、母親はよく、早く鳴きました。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Lameira, A. R. & Call, J. (2018) Time-space–displaced responses in the orangutan vocal system. Science Advances 論文確認済みdoi:10.1126/sciadv.aau3401
- 2Lameira, A. R. (2026) Silence as an Overlooked Catalyzer for Primate Vocal Evolution. Evolutionary Anthropology 論文確認済みdoi:10.1002/evan.70040
- 3van Schaik, C. P. et al. (2013) Wild Orangutan Males Plan and Communicate Their Travel Direction One Day in Advance. PLOS ONE 論文確認済みdoi:10.1371/journal.pone.0074896
- 4Pladevall, J. et al. (2020) No evidence of what-where-when memory in great apes (Pan troglodytes, Pan paniscus, Pongo abelii, and Gorilla gorilla). Journal of Comparative Psychology 論文確認済みdoi:10.1037/com0000215
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