野生のオランウータンが、顔の傷に薬草をかんで塗っていた。傷は5日でふさがった
顔にけがをした野生のオスが、薬に使われる草の葉をかみ、汁を傷に塗って葉でおおった。傷は5日後にはふさがっていた。

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- 顔をけがしたオスが、薬に使われるつる草の葉をかんで汁を傷に塗った
- 最後は、かんだ葉で傷を全部おおった。傷は5日後にふさがっていた
- 記録は1回だけで、草が傷を治したかどうかはまだ分からない
人に話すなら
インドネシアの森で、顔をけがしたオランウータンが、痛み止めに使われる草の葉をかんで、その汁を傷に塗ってたんだって。最後はかんだ葉っぱで傷をおおったらしいよ。
読む前に予想しよう
野生のオランウータンが、草の葉をかんで自分の傷に塗る様子が記録された
インドネシアの森で、オスが薬に使われる草の汁を顔の傷に塗り、葉でおおった。
けがをしたら、傷を洗って薬を塗り、ばんそうこうをはる。人にとってはあたりまえの手当てです。でも、薬を自分で選んで傷に塗る動物がいるとしたら、どうでしょう。
インドネシアのスマトラ島の森で、2022年6月にその場面が書き留められました。顔にけがをした野生のオスのオランウータンが、薬に使われるつる草の葉をかみました。その汁を指で傷に何度も塗り、最後はかんだ葉で傷を全部おおいました。傷は5日後にはふさがっていました。
葉を丸のみしたり苦い草の茎をかんだりして、おなかの虫を減らす動物がいることは、前から知られていました。腕や脚に草の泡をすりこむオランウータンの報告もあります。けれども、薬効が知られる植物を野生動物が自分の傷に直接塗る様子は、くわしく記録されたことがありませんでした。研究チームは、知るかぎりこれが初めてのくわしい記録だと述べています。
01顔にけがをしたオスが、3日後につる草を食べ始めた
舞台は、スマトラ島北部のグヌン・ルセル国立公園です。その中のスアック・バリンビンという調査地は、広さ約350ヘクタールの湿地の森です。マックス・プランク協会の発表によると、ここには絶滅のおそれがとても高いスマトラオランウータンが約150頭くらしています。1994年から、人が近づきすぎずに見守る観察が続いています。
観察のやり方は決まっています。1頭を選び、朝に寝床を出てから夕方に新しい寝床を作るまで、一日じゅう追いかけます。2分ごとに何をしているかを記録し、めずらしい行動は別にくわしく書き留めます。
主役は「ラクス」と呼ばれるオスです。2009年に初めて確認され、1980年代の終わりごろの生まれと考えられています。2021年には、大人のオスの印である、ほおの横の大きなふくらみが育ちました。
2022年6月22日、観察チームは、ラクスの右のほおのふくらみに新しい傷があるのに気づきました。傷は口の中まで続いていました。その日の早い時間には、オスどうしが争うような声が聞こえていました。けがの原因ははっきりしません。ただ、大人のオスは、ほかのオスとのけんかでこうした傷を負うことが多いそうです。
02ラクスは葉をかんで汁を傷に塗り、最後はかんだ葉で傷をおおった
けがから3日後の6月25日、午前11時16分のことです。ラクスは、つる草の茎と葉を食べ始めました。「アカル・クニン」という名で知られる植物です。
13分後、ラクスの動きが変わりました。葉をかんでも、のみこまなくなったのです。そして口の中の汁を指につけ、顔の傷に直接塗り始めました。これを何度もくり返し、7分間続けました。
午前11時36分、種類の分からないハエが傷にとまりました。するとラクスは、かんでどろどろにした葉を傷に塗りつけました。赤い肉が見えなくなるまで、緑の葉で傷を全部おおったのです。その後もこの草を食べ続け、食べていた時間は合わせて34分になりました。
翌日の26日にも、ラクスはこの草の葉を2分間食べました。その後の観察日には、この草を食べる姿は見られませんでした。
03使われたつる草は、痛み止めの薬草として知られていた
アカル・クニンは、東南アジアの熱帯の森に生えるつる草です。地元の伝統的な薬として、痛み止めや熱さましに使われてきました。赤痢や糖尿病、マラリアの治療に使われることもあります。
これまでの化学の研究で、この草からはいくつもの成分が見つかっています。菌をふせぐ働きや、炎症をおさえる働きが報告されている成分です。炎症とは、けがの周りが赤くはれたり熱を持ったりする反応のことです。実験では、この草の葉や茎が、黄色ブドウ球菌や大腸菌など数種類の菌のふえ方をおさえました。ネズミの足のはれをおさえたという実験もあります。
この草は、スアックのオランウータンにとって、ふだんはほとんど食べないものです。食事の記録約39万回のうち、この草を食べていたのは0.3%だけでした。ただ、記録のある132頭のうち47頭は、少なくとも1回は食べていました。この森のオランウータンにとって、知らない草ではないのです。

04傷はふさがった。でも、草のおかげとはまだ言えない
その後の数日、傷が化のうする様子はありませんでした。6月30日には傷はふさがっていました。7月19日には、うっすらと傷あとが残るだけになりました。
観察していた研究者は、もう1つの変化にも気づきました。ラクスは、けがの後によく休んでいたのです。休んでいた時間の割合は、けがの前が平均約15%でした。けがの後の約1か月は、平均33%に増えました。傷がふさがった後は、平均約24%に下がりました。論文は、眠っている間に成長ホルモンが多く出て、細胞の分裂も盛んになることを挙げています。よく休んだことも、治りを助けたのかもしれません。
ここで、気をつけたい点がいくつかあります。まず、手当ての場面そのものは、写真にも動画にも残っていません。記録は、その場で観察した研究者のくわしいメモです。また、ラクスが使った草は写真で見分けましたが、許可がなかったので実物の標本は取っていません。
そして、記録は1頭の1回だけです。草を塗らなかったら治りが遅れたのかは、比べようがありません。大人のオランウータンの傷が、自然に早くふさがることもありえます。論文も、これは「自分で治療している」という仮説に合う観察だと書くにとどめています。
0521年の観察で、草で傷を手当てしたのはラクスだけだった
スアックでは21年間、合わせて2万8,000時間も観察が続いてきました。その間に、この草で傷を手当てするオランウータンは、ほかに1頭も見られていません。
理由の1つは、けがをしたオランウータンが少ないことです。スアックは食べ物が多く、ふだんは争いが少ない場所です。ただ2022年は、地域の中心になる強いオスがいない時期でした。大人になったばかりのラクスは、ほかのオスとの争いをくり返していたようです。
もう1つの理由として、ラクスがよそから来たオスであることが考えられます。オランウータンのオスは、大人になるころに生まれた場所を離れ、遠くへ移ります。ラクスの生まれた場所は分かっていません。生まれた土地では、ほかのオランウータンもこの手当てをしているのかもしれません。
研究チームが考えるもう1つの筋書きは、偶然から始まったというものです。草を食べているときに、たまたま汁が傷についたとします。この草には痛みをおさえる働きがあるので、すぐに痛みがやわらいだかもしれません。それで同じことをくり返すようになった、という考えです。ただし、どれが正しいかはまだ分かっていません。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
動物が自分の体を手当てする研究は、チンパンジーから始まった
動物が自分で病気やけがに対処する行動は、研究者の間で「セルフメディケーション」と呼ばれます。始まりは1960年代はじめです。イギリスの研究者ジェーン・グドール(Jane Goodall)さんが、タンザニアの野生のチンパンジーのふんの中に、かまずにのみこんだ葉が入っているのに気づきました。その後、毛の生えた葉をのみこむことや、苦い草の茎をかむことが、おなかの寄生虫を減らす働きを持つと分かってきました。
傷への手当ては、もっと新しい話題です。2017年には、ボルネオ島のオランウータンの報告が出ました。メスなど7頭が、ドラセナの仲間の葉をかんで白い泡を作り、腕や脚に15〜45分もすりこんでいたのです。人の細胞を使った実験で、その葉には炎症をおさえる働きがあることも確かめられました。地元の人は、この葉を体の痛みをやわらげる湿布に使っています。オランウータンも、傷ではなく腕や脚に塗っていました。
2022年には、アフリカのガボンでチンパンジーの報告がありました。飛ぶ小さな虫をつかまえ、自分の傷に当てていたのです。自分の傷への記録が19回、仲間の傷への記録が3回ありました。2025年には、ウガンダのブドンゴの森のチンパンジーの記録がまとめられました。傷をなめる、指で押さえる、かんだ植物を当てるといった行動です。仲間の傷を手当てした例もありました。
人の傷の手当ては、どこまでさかのぼれるか
論文によると、人の傷の手当てが書かれた最も古い記録は、紀元前2200年ごろの医学の文書です。そこには、傷を洗い、薬をはり、包帯を巻く方法が書かれていました。研究チームは、アフリカとアジアの類人猿の両方に傷の手当てが見つかったことに注目しています。人と類人猿の共通の祖先が、すでに似た行動をしていたのではないか、と考えているのです。ただ、これは今のところ仮説です。
1回の観察から言えること、言えないこと
今回の記録の強みは、手順の細かさです。決まった草を選んだこと、傷にだけ塗ったこと、何度もくり返したこと、最後に葉でおおったこと。こうした点から、研究チームは、ラクスの行動は偶然ではなく目的があったように見えると書いています。一方で、手当てが治りを早めたかを確かめるには、もっと多くの記録が必要です。ほかの調査地で同じ行動が見つかるかどうかも、これからの課題です。
06まとめ
スマトラ島の森で、顔にけがをしたオスのオランウータンが、薬に使われるつる草の葉をかみました。その汁を7分間、傷に何度も塗り、最後はかんだ葉で傷を全部おおいました。傷は化のうせず、5日後にはふさがっていました。
ただし、これは1頭の1回の記録で、動画も残っていません。草が治りを早めたのかも、ラクスがどうやって覚えたのかも、まだ分かりません。それでも、薬効のある植物を自分の傷に塗る野生動物の姿が、時刻まで細かく書き留められたことに変わりはありません。人の「傷に薬を塗る」という行動の始まりは、人が生まれるよりずっと前にあったのかもしれません。
研究カルテ
インドネシア
- 研究チーム
- ドイツのマックス・プランク動物行動研究所とインドネシアのナショナル大学のチーム(第一著者イザベル・ラウマー)
- 調べた場所
- インドネシア・スマトラ島、グヌン・ルセル国立公園のスアック・バリンビン調査地
- 調べた動物
- 野生のスマトラオランウータン(学名 Pongo abelii)のオス「ラクス」
- 調べ方
- 毎日朝から夕方まで1頭を追う観察の中で、傷の手当てを細かく書き留め、写真で傷の変化を記録した
- 分かったこと
- 顔の傷に、薬効が知られる草の汁を塗り、葉でおおった。傷は5日後にふさがり、化のうしなかった
- まだ分からないこと
- 記録は1頭の1回だけ。草が治りを早めたのか、どうやって覚えたのかは分からない
- 論文
- Scientific Reports(2024年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
In a forest in Indonesia, scientists watch wild orangutans every day. In June 2022, they saw a new wound on the face of a male named Rakus. He probably got it in a fight with another male.
Three days later, Rakus started to eat the leaves of a climbing plant. People in Southeast Asia use this plant as medicine for pain. Rakus chewed the leaves but did not swallow them. He put the juice on his wound with his fingers again and again. Then he covered the whole wound with the chewed leaves.
Five days later, the wound was closed. But the scientists saw this only one time, and there is no video of it. We do not know yet if the plant really helped.
Still, the scientists think this may help us learn about the start of human medicine.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. Where was the wound on Rakus?ラクスの傷はどこにありましたか。
ラクスは顔(右のほお)にけがをしていました。
Q2. What did Rakus do with the leaves at the end?ラクスは最後に葉をどうしましたか。
汁を塗った後、かんだ葉で傷を全部おおいました。
Q3. Why can't the scientists say the plant really helped?研究者が、草が本当に役に立ったと言えないのはなぜですか。
記録は1頭の1回だけで、草を塗らなかった場合と比べられないからです。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Laumer, I. B. et al. (2024) Active self-treatment of a facial wound with a biologically active plant by a male Sumatran orangutan. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-024-58988-7
- 2Morrogh-Bernard, H. C. et al. (2017) Self-medication by orang-utans (Pongo pygmaeus) using bioactive properties of Dracaena cantleyi. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-017-16621-w
- 3Mascaro, A. et al. (2022) Application of insects to wounds of self and others by chimpanzees in the wild. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2021.12.045
- 4Freymann, E. et al. (2025) Self-directed and prosocial wound care, snare removal, and hygiene behaviors amongst the Budongo chimpanzees. Frontiers in Ecology and Evolution 論文確認済みdoi:10.3389/fevo.2025.1540922
- 5Max Planck Society(2024)First evidence for medical wound treatment in a wild animalmpg.de/21886982/0429-ornr-first-evidence-for-medical-wound-t
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





