イルカの母親19頭は、子どもと一緒のときだけ声を高くしていた。人の赤ちゃん言葉に似た変化

野生のバンドウイルカの母親19頭は、子どもと一緒のとき、自分の名前のような笛の音を高く、音の幅を広くしていた。人の赤ちゃん言葉に似た変化だ。

No.127 7分で読めるえっ度 論文 2025年
明るい浅い海で、大人のバンドウイルカのすぐ横に、小さな子どものイルカがぴったり寄りそって泳いでいる。

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  1. イルカは1頭ずつ、名前のような自分だけの笛の音を持つ
  2. 母親は子どもと一緒のとき、その音を高く、幅広くしていた
  3. 人の赤ちゃん言葉に似ているが、何のためかはまだ不明

人に話すなら

イルカのお母さんも、子どもと一緒のときは声が高くなるんだって。人が赤ちゃんに話すときと同じような変化らしいよ。19頭全部の母親で高くなってたんだって。

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読む前に予想しよう

イルカの母親は、子どもと一緒のときに鳴き声を高くする

赤ちゃんに話しかけるとき、大人の声は自然に変わります。いつもより高い声になり、声の上がり下がりが大きくなります。「赤ちゃん言葉」と呼ばれるこの話し方は、文化や言語が違っても、世界の多くの場所で見られます。

アメリカのウッズホール海洋研究所などのチームは、野生のバンドウイルカの母親19頭の声を調べました。すると、子どもと一緒のとき、母親は自分の「名前」のような笛の音を高くしていました。19頭全員がそうでした。音の高い所と低い所の幅も広がっていました。

人以外の動物で、赤ちゃん言葉の証拠はほとんど見つかっていませんでした。同じ1頭の、同じ鳴き声を、子どもがいるときといないときで比べた研究は、人以外の哺乳類では初めてだと、チームは書いています。

01イルカは1頭ずつ、名前のような自分だけの笛の音を持っている

バンドウイルカは、1頭ずつ、自分だけの決まった節回しの笛の音を持っています。研究者はこれを「シグネチャー・ホイッスル」と呼びます。日本語にすると「署名の笛の音」です。音の高さが上がったり下がったりする形が、イルカごとに違います。

この音は、仲間に自分がだれかを知らせたり、はぐれないように連絡を取り合ったりするのに使われます。2006年の研究では、声の質を取り除いて音の形だけにしても、イルカはだれの音かを聞き分けました。2013年の研究では、野生のイルカに自分の笛の音のまねを聞かせると、鳴き返しました。研究者たちは、この音が人以外の動物で人の名前に一番近いものだと考えています。

この研究のよいところは、母親が子どもといるときも、いないときも、同じ笛の音を出すことです。人の赤ちゃん言葉も、同じ言葉が、赤ちゃんに向けたときと大人に向けたときで違って聞こえることを指します。イルカでも、同じ音どうしをそのまま比べられるのです。

021984年から続く健康診断の録音が、研究の材料になった

調べたのは、アメリカ・フロリダ州のサラソタ湾とその周りにすみついているイルカの群れです。この群れは、50年以上にわたって研究されてきました。

研究チームは、ときどきイルカの健康診断をしています。1〜4頭ほどのイルカを網で囲み、短い時間だけ捕まえて調べ、また放します。そのあいだ、イルカの丸い額に吸盤で小さな水中マイクをつけます。こうすると、どのイルカが鳴いたかがはっきり分かる録音がとれます。

この録音は1984年から積み重ねられてきました。1990年より前はカセットテープ、2005年まではビデオテープ、2006年からはデジタルで記録されています。

チームはこの中から、子どもと一緒に捕まったときと、子どもがいないときの両方の録音がある大人のメスを探しました。条件に合ったのは19頭で、録音の年は1984年から2018年までの34年間にわたりました。それぞれの録音から、名前の笛の音を20回ずつ、ランダムに選んで調べました。

0319頭すべての母親で、笛の音の一番高い所が上がった

結果ははっきりしていました。子どもと一緒のとき、母親の笛の音の一番高い所は、平均で2.4キロヘルツ高くなりました。19頭すべての母親で高くなっていて、1頭ずつ調べても、19頭中17頭で確かな差がありました。

一番低い所は、少しだけ下がっていました。その結果、音の高い所と低い所の幅が広がりました。人の赤ちゃん言葉でも、声が高くなり、声の高さの幅が広がることが知られています。

浅い海の中で、大人のバンドウイルカと子どものイルカが並んでいる。2頭の丸い額に、小さな吸盤つきの録音機がそれぞれくっついている。そばに人の手が見える。

チームは、人の赤ちゃん言葉のように、音の区切りも短くなると予想していました。ところが、こちらは変わりませんでした。チームは、イルカの4頭に1頭ほどは同じ形をくり返さない笛の音を持つため、長さは赤ちゃん言葉の目印になりにくいのかもしれないと考えています。

04ストレスやほかのイルカのせいではないか、と確かめた

捕まえて録音すると聞くと、「ストレスで声が変わっただけでは」と思うかもしれません。チームもその点を確かめました。

同じサラソタ湾のイルカでは、ストレスがかかると、笛の音を出す回数や、同じ形をくり返す回数が増えることが分かっています。もし子どもと一緒のときに強いストレスを受けていたなら、くり返しの回数が増えるはずです。けれど、そうした違いは見つかりませんでした。健康診断に慣れているかどうかも、子どもがいるときといないときで大きな差はありませんでした。

母親の年齢や子どもの年齢も、結果に影響していませんでした。子どもがいないときにほかのイルカと一緒だったかどうかも、結果を変えませんでした。高い音になったのは、自分の子どもと一緒のときだけだったのです。

05何のために声を高くするのかは、まだ分かっていない

ここで大事な注意があります。チームは、母親がなぜ声を高くするのかは分からない、とはっきり書いています。

人の赤ちゃん言葉には、赤ちゃんの注意を引く、きずなを強める、言葉を覚えやすくする、といった働きがあると考えられています。イルカでも同じ働きがあるのかもしれません。けれど、ほかの可能性もあります。たとえば、お乳を出す時期の体の変化で、たまたま声が高くなっているだけかもしれません。その場合、声の変化に特別な意味はないことになります。

子どものイルカが、高い声のほうを好むのかも分かっていません。人の赤ちゃんは、大人向けの話し方より赤ちゃん言葉を好むことが知られています。イルカで同じことを確かめるには、新しい実験が必要です。

また、録音はすべて、網で囲まれた短い時間のものです。広い海を自由に泳いでいるときにも、母親が同じように声を変えているのかは、この研究では分かりません。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

なぜイルカで赤ちゃん言葉が見つかったのか

赤ちゃん言葉には、子どもが声を覚えるのを助ける働きがあると考えられています。そうだとすると、声を「まねして覚える」動物にこそ、赤ちゃん言葉が必要になるはずです。

バンドウイルカは、一生を通じて新しい音を覚えられる動物です。子どもは生まれて数か月のうちに、自分の名前の笛の音を作り上げます。母親と子どもは3〜6年ほど一緒に暮らし、そのあいだ声で連絡を取り合います。人とイルカは、体のつくりも進化の道すじも大きく違います。それでも、長い子育てと、声を覚える力という条件がそろっています。チームは、イルカと人が別々に同じしくみにたどり着いた例かもしれないと書いています。

ほかの動物ではどうか

人以外で似た例として、チームはキンカチョウという小鳥を挙げています。オスは若い鳥がそばにいると、歌の音の特徴を変えます。一方、リスザルやアカゲザルは、若い仲間に向けて別の種類の声を使います。これは、同じ声を少し変える人の赤ちゃん言葉とは違う、とチームは述べています。

2025年には、スイスのチューリッヒ大学などのチームが、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンという4種類の類人猿の野生の赤ちゃんが聞く声を、人の赤ちゃんと比べました。類人猿は、人に近い大型のサルの仲間です。すると、人の赤ちゃんは、ほかの類人猿の赤ちゃんよりずっと多く、自分に向けた声をかけられていました。チームは、人の遠い祖先の赤ちゃんは、自分に向けた声よりも、まわりで交わされる声を聞いて育った可能性が高いと考えています。この論文も、イルカの研究を例に挙げ、声を覚える力と赤ちゃん言葉が関係しているかもしれないと書いています。

研究の工夫と限界

この研究の強みは、同じ母親の同じ笛の音を、子どもがいるときといないときで比べられたことです。1頭ずつの声の高さの違いをならしてから比べているので、「もともと声の高いイルカだった」という説明は入りこみません。

一方で、子どもと一緒の録音とそうでない録音は、別々の健康診断のときのものです。チームは年齢の影響がないことを確かめましたが、録音の機械も年代で変わっています。1980年代の機械では高すぎて測れない笛の音を持つイルカが1頭いて、そのイルカは調べる対象から外されました。

06まとめ

野生のバンドウイルカの母親19頭は、自分の子どもと一緒のとき、名前のような笛の音の一番高い所を平均2.4キロヘルツ上げていました。音の幅も広がっていました。人が赤ちゃんに話しかけるときの声の変化に似ています。

ただし、それが子どものための工夫なのか、子育て中の体の変化でたまたま起きるのかは、まだ分かっていません。

イルカの母親が子どもと一緒にいるとき、海の中では、いつもより少し高い名前の笛が鳴っているのかもしれません。人も赤ちゃんに話しかけるとき、自分の声がどれくらい高くなるか、一度耳をすませてみてください。

RESEARCH FILE

研究カルテ

アメリカ・フロリダ州サラソタ湾

研究チーム
アメリカのウッズホール海洋研究所のレイラ・サイーさん、スコットランドのセントアンドルーズ大学などのチーム
調べた場所
アメリカ・フロリダ州のサラソタ湾とその周り
調べた動物
野生のバンドウイルカ(学名 Tursiops truncatus)の大人のメス19頭
調べ方
健康診断で短い間だけ捕まえたとき、額に吸盤で録音機をつけた。同じ母親の、子どもといるときといないときの声を比べた
分かったこと
子どもと一緒のとき、母親は名前のような笛の音の一番高い所を上げ、音の幅を広げていた
まだ分からないこと
何のためにそうするのか。子どもがその声を好むのか。体の変化でたまたま高くなるだけなのか
論文
Proceedings of the National Academy of Sciences(2023年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Dolphin Moms Use Baby Talk

When people talk to babies, their voices often get higher. We call this baby talk.

Each bottlenose dolphin has its own special whistle. Other dolphins can tell who is calling from this whistle. It works a little like a name.

Scientists studied 19 wild dolphin mothers in Florida. They recorded each mother with her baby and without her baby. With her baby, every mother made her whistle higher. The range of the sound also became wider. This is similar to human baby talk.

But nobody knows why the mothers do this yet. It may help babies learn sounds. Or it may just be a change in the mother's body. Scientists also want to know if baby dolphins like the higher whistle.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. How many dolphin mothers did the scientists study?研究者は何頭のイルカの母親を調べましたか。

Q2. What happened to the whistle when the baby was there?子どもがいるとき、笛の音はどうなりましたか。

Q3. Do we know why the mothers change their whistles?母親がなぜ笛の音を変えるのか、分かっていますか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Sayigh, L. S. et al. (2023) Bottlenose dolphin mothers modify signature whistles in the presence of their own calves. Proceedings of the National Academy of Sciences 論文確認済みdoi:10.1073/pnas.2300262120
  2. 2Janik, V. M. et al. (2006) Signature whistle shape conveys identity information to bottlenose dolphins. Proceedings of the National Academy of Sciences 論文確認済みdoi:10.1073/pnas.0509918103
  3. 3King, S. L. & Janik, V. M. (2013) Bottlenose dolphins can use learned vocal labels to address each other. Proceedings of the National Academy of Sciences 論文確認済みdoi:10.1073/pnas.1304459110
  4. 4Wegdell, F. et al. (2025) The evolution of infant-directed communication: Comparing vocal input across all great apes. Science Advances 論文確認済みdoi:10.1126/sciadv.adt7718

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい