「ウサギは600年ごろ修道士が家畜化した」は誤り。根拠の文書は誤って引用されていた

ウサギは600年ごろ、教皇の命令をきっかけに修道士が家畜にした、とよく言われる。調べ直すと命令はなく、根拠の文書は誤って引用されていた。

No.173 8分で読めるえっ度 論文 2021年
草の生えた土手にいくつも巣穴が開いていて、茶色い野生のアナウサギが1匹、穴の入り口から体を半分出してこちらを見ている。後ろには古い石造りの建物の壁が見える。

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  1. 「600年ごろ修道士がウサギを家畜にした」話には根拠がなかった
  2. 話のもとになった昔の文書は、誤って引用されていた
  3. ウサギが家畜になった「年」は、1つに決められない

人に話すなら

ウサギって、600年ごろにフランスの修道士が家畜にしたって話があるんだけど、あれは誤りなんだって。教皇の命令なんてなかったし、別の人の文章が誤って引用されていたらしいよ。

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ローマ教皇が「ウサギの胎児は肉ではない」と命令したので、修道院でウサギの飼育が始まった

ペットや食用のウサギがいつ家畜になったかについては、よく知られた話があります。西暦600年ごろ、ローマ教皇グレゴリウス1世が、ある決まりを認めました。「生まれたての子ウサギや、おなかの中の子ウサギは肉ではない」というものです。そのため子ウサギは、肉を食べてはいけない期間にも食べられるようになりました。こうしてフランスの修道院でウサギが飼われ始めた。こういう話です。

イギリスのオックスフォード大学などのチームは、2018年にこの話を調べ直しました。昔の文書、遺跡から出た骨、遺伝子の3つの方向から確かめたのです。その結果、教皇の命令は見つかりませんでした。話のもとになった6世紀の文書は、誤って引用されていました。しかも話の中では、別々の2人の「グレゴリウス」が混ざっていました。

この話は、研究者の論文にも書かれてきました。2011年のウサギの遺伝子の論文でも、家畜化の始まりの説明として使われています。チームの結論はこうです。ウサギの家畜化は特定の年に起きたのではなく、長い時間をかけて少しずつ進んだ。

01「教皇が子ウサギを肉ではないと認めた」という話

キリスト教には、復活祭の前に、肉を食べるのをひかえる期間があります。話によると、この期間にも、胎児や生まれたばかりの子ウサギなら食べてよいとされました。この料理は、ラテン語で「ラウリケス(laurices)」と呼ばれます。修道士たちはこれを食べるためにウサギを飼い、それが家畜化の始まりになった、というのです。

この話は、研究の世界でも広く信じられてきました。2011年、ポルトガルのポルト大学などのチームは、ウサギの遺伝子を調べた論文を出しました。その論文には、本当の家畜化は600年ごろにフランスの修道院で始まったらしい、と書かれています。教皇グレゴリウス1世の命令が、そのきっかけとして紹介されていました。

この2011年の論文自体は、遺伝子を調べた研究です。家畜のウサギは、フランスの野生のウサギから1回だけ生まれたらしいと示しました。そして、その結果は「家畜化をフランスの修道院とする歴史の記録」とも合う、と書いていました。

02話の出どころをたどると、別人の文書の誤った引用だった

2018年の研究の中心は、オックスフォード大学のエヴァン・アーヴィング=ピーズ(Evan Irving-Pease)です。家畜の起源を研究するグレガー・ラーソン(Greger Larson)も加わりました。チームは、この話がどこから来たのかを順にさかのぼりました。

行き着いたのは、1936年と1963年に出た、家畜の歴史についての2冊の本でした。2冊とも、6世紀の終わりにトゥールの司教グレゴリウスが書いたラテン語の文書を、根拠として引いていました。ところが、その引き方が誤っていたのです。「子ウサギは肉ではない」という考えは、この誤った引用から生まれました。「肉をひかえる期間に人気の料理だった」という話も同じです。

ラウリケスという料理そのものは、1世紀の古代ローマの学者プリニウスが、とても上等な食べ物として書いています。けれども、それが「肉ではない」とされていた証拠はありませんでした。

さらに、話の中では2人の人物が混ざっていました。ローマ教皇グレゴリウス1世と、トゥールの司教グレゴリウスです。2人は同じ時代の人ですが、別人で、関係もありません。チームのまとめはこうです。教皇の命令はなかった。子ウサギを食べる特別な許しもなかった。それが広く行われていた証拠もない。

中世のウサギ飼育場の場面。細長い盛り土の土手にたくさんの巣穴があり、茶色いアナウサギたちが出入りしている。人は描かない。

03骨を見ても、家畜らしい変化は18世紀まで出てこない

遺跡の記録からは、別の歴史が見えてきます。ウサギのもともとのすみかは、イベリア半島とフランス南西部です。この地域では、1万年以上前の石器時代から、人がたくさんのウサギをとって食べていました。

約2,500年前には、地中海の島にウサギが運ばれた例がいくつかあります。ただ、人がヨーロッパ各地にウサギを広く運んだのは、中世になってからでした。そのころのウサギは、身分の高い人が食べるぜいたくな食べ物でした。

古代ローマの記録もあります。紀元前1世紀のローマの学者ウァロは、妻にこう書き残しました。ウサギをノウサギと一緒に囲い地で飼い、殺す前には小屋で太らせるように。囲い地でウサギを飼うことは、修道院の話より600年以上前に行われていたのです。

それでも、骨の形に家畜らしい変化が現れるのは、18世紀になってからでした。中世に各地へ運ばれたウサギの骨は、野生のウサギとほとんど区別がつきません。骨の変化が出てくる時期は、ウサギがペットとして飼われ始めたことを示す、一番古い証拠の時期と重なっていました。

04遺伝子の計算では、家畜化よりずっと昔の年が出てしまった

遺伝子からも、いつ家畜のウサギが野生のウサギと分かれたのかを計算できます。DNAが一定の速さで変わっていくことを使い、2つのグループの違いから、分かれた時期を逆算するのです。

チームは、フランスの野生のウサギと家畜のウサギで計算しました。すると、分かれたのは1万2,200〜1万7,700年前と出ました。これは家畜化の時期よりも、最後の氷河期のころに近い数字です。

理由はいくつか考えられます。ウサギのDNAが変わる速さとして発表された値は4つあり、最大で45%も違っていました。また、計算に使った野生のウサギが、家畜のウサギの直接の祖先の集団ではなかったのかもしれません。その場合、計算で出るのは家畜化の時期ではなく、野生のウサギの集団どうしが分かれた昔の時期になります。チームは、遺伝子で家畜化の年を決めるのは慎重にすべきだと書いています。

05家畜化は「ある年の出来事」ではなく、長い道のりだった

チームは、ウサギと人の関係を、時代の順に並べました。石器時代には狩りをしました。地中海の島へ運びました。胎児を料理として食べました。古代ローマの囲い地で飼いました。中世には、人工の土手や巣穴の場所で育てました。小屋の中で子を産ませました。そしてごく最近になって、ペットとして、変わった姿の品種を作り出しました。

チームによると、このどれか1つを「家畜化の始まり」と決めることはできません。全部が積み重なって、ウサギは家畜になったのです。論文は、正確な家畜化の年というものは存在しない、と結論しています。

研究者たちは、600年という話を疑わずに受け入れてきました。家畜化を「ある時の出来事」と考えてしまうことが多いからだ、とチームは書いています。

ただし、この見方にも残る問いがあります。家畜のウサギがフランス南部の野生の集団から生まれたこと自体は、遺伝子の研究で支持されています。2021年の別の総説は、家畜化はこの1,500年以内に起きたとする研究を紹介しています。家畜のウサギの遺伝子の多様性が、大きく減った跡があるからです。一方で、ローマ時代やそれより前のフランス南部の遺跡では、野生より大きなウサギの骨が見つかっています。人が育てていた可能性も指摘されているのです。どこからを家畜と呼ぶかで、答えは変わってしまうのです。

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もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

研究の歴史:古代ローマの囲い地は家畜化だったのか

1936年にドイツ語で家畜の歴史の本を書いたナハツハイム(Nachtsheim)は、古代ローマの囲い地でウサギを飼ったことは、家畜化にはつながらなかったと考えました。囲い地の中でもウサギを狩っていたので、人になれたウサギほど狩られてしまい、なれる性質は残りにくかった、というのです。また、ウサギは地面の下で子を産み続けたので、人の手で子育てを管理することはできなかった、とも考えました。2018年の研究は、このように、どこから家畜化と呼ぶかを先に決めてしまうことで、家畜化の時期の答えが変わってしまうと指摘しています。囲い地を基準にすれば紀元前1世紀、骨の変化を基準にすれば18世紀です。

ほかの動物との比較:アメリカのウサギはなぜ家畜にならなかったのか

ウサギやノウサギ、ナキウサギの仲間で家畜になったのは、アナウサギ1種だけです。2021年の総説によると、アメリカ大陸には、ヨーロッパより多くの種類のウサギがすんでいます。メキシコの古代都市テオティワカン(西暦1〜550年ごろ)では、住まいの単位でウサギを飼い、トウモロコシなどを食べさせていたらしい跡も見つかっています。それでも、アメリカのウサギは家畜になりませんでした。総説は、その理由を暮らし方の違いに求めています。アナウサギは、ウサギやノウサギの仲間で唯一、野生でも安定した群れを作り、深さ3メートルにもなる巣穴の中で集まって暮らします。北アメリカで一番多いトウブワタオウサギは、ふだん単独で暮らし、一緒に囲うとけんかをしやすいのです。アナウサギは群れで暮らせるので、まとめて囲って育てやすかったのだろう、と総説は考えています。

研究方法の限界:DNAの「時計」はずれやすい

DNAの変わる速さからさかのぼる計算は、「分子時計」と呼ばれます。2018年の研究によると、ウサギで使われてきた速さの値は、化石の年代をもとにした大まかな推定から出されていました。チームは、こうした値が人間で使われる値より10倍ほど速く、マウスで出された値より最大3倍遅いことも示しています。値がずれれば、出てくる年もずれます。さらに、家畜化の途中でも野生の集団と行き来があれば、2つの集団が分かれた時期は、はっきりした1つの時期として出てこないこともあります。

06まとめ

「600年ごろ、教皇の命令をきっかけにフランスの修道士がウサギを家畜にした」という話は、研究者の論文にまで書かれてきました。オックスフォード大学などのチームが調べ直すと、教皇の命令はなく、話のもとは6世紀の文書の誤った引用でした。別人の2人のグレゴリウスも混ざっていました。

ウサギの家畜化は、狩り、囲い地での飼育、中世の飼育場、ペットの品種づくりと、長い時間をかけて進みました。骨の形に家畜らしい変化がはっきり現れるのは、ウサギがペットとして飼われ始めた18世紀ごろです。

RESEARCH FILE

研究カルテ

イギリス・オックスフォード大学

研究チーム
イギリスのオックスフォード大学のエヴァン・アーヴィング=ピーズ(Evan Irving-Pease)、グレガー・ラーソンら
調べた場所
昔の文書、ヨーロッパの遺跡から出たウサギの骨の記録、ウサギの遺伝子のデータ
調べた動物
アナウサギ(学名 Oryctolagus cuniculus)と、その家畜のカイウサギ
調べ方
「600年ごろ修道士が家畜化」の出どころをたどり、遺跡の記録と遺伝子の計算と比べた
分かったこと
教皇の命令はなく、根拠は誤った引用だった。家畜化の年を1つに決めることはできない
まだ分からないこと
どの段階から「家畜」と呼ぶのか。研究者の間でも決まっていない
論文
Trends in Ecology & Evolution(2018年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

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The Story of Monks and Rabbits Is Not True

Many people say that French monks started to keep rabbits around the year 600. The story says a pope allowed people to eat baby rabbits on days without meat. Even some science papers used this story.

In 2018, a team from Oxford checked old books, old bones, and DNA. They found no order from the pope. Two old books had quoted a writer from the 6th century in the wrong way. The story also mixed up two different men named Gregory.

Romans kept rabbits in fenced areas more than 2,000 years ago. But the bones of rabbits did not change shape until the 18th century. That was when people began to keep rabbits as pets.

So there is no single year when rabbits became domestic animals. It happened slowly over a very long time.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. What did the Oxford team find about the pope's order?オックスフォードのチームは、教皇の命令について何を見つけましたか。

Q2. When did rabbit bones begin to change shape?ウサギの骨の形が変わり始めたのはいつですか。

Q3. How many different men named Gregory were mixed up in the story?話の中で混ざっていたグレゴリウスという人は何人ですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Irving-Pease, E. K. et al. (2018) Rabbits and the Specious Origins of Domestication. Trends in Ecology & Evolution 論文確認済みdoi:10.1016/j.tree.2017.12.009
  2. 2Carneiro, M. et al. (2011) The Genetic Structure of Domestic Rabbits. Molecular Biology and Evolution 論文確認済みdoi:10.1093/molbev/msr003
  3. 3Somerville, A. D. & Sugiyama, N. (2021) Why were New World rabbits not domesticated? Animal Frontiers 論文確認済みdoi:10.1093/af/vfab026
  4. 4Oxford University Research Archive(著者の受理版の原稿)ora.ox.ac.uk/objects/uuid:0f2e42d5-9686-4a06-a692-5245233a2e

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい