人は赤身肉だけでは生きられない。氷河期の冬に余った肉が、オオカミを犬にしたという説
人は赤身肉ばかり食べると体をこわす。氷河期の冬は獲物の赤身が余ったはずで、それをオオカミに回せたことが犬の始まりを助けた、という説が出ている。

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- 人は、たんぱく質だけでは必要なエネルギーをまかなえない
- 氷河期の冬の獲物は脂が少なく、人が食べきれない赤身が余った
- 余った肉をオオカミに回せば、人と取り合いにならなかった
人に話すなら
人って赤身の肉ばっかりだと体をこわすんだって。氷河期の冬は余った赤身をオオカミにあげても困らなかったはずで、それが犬の始まりかも、っていう説があるよ。
読む前に予想しよう
人はオオカミと同じように、赤身の肉だけで何か月も元気に暮らせる
オオカミは赤身だけで暮らせるが、人はたんぱく質ばかりだと体をこわす。
イヌは、人が最初に飼いならした動物です。しかも、畑を作らずに移動しながら狩りをしていた人たちが飼いならした動物は、イヌしかいません。でも、イヌの祖先のオオカミは、人と同じ大きな獲物をねらう狩りの名手でした。人とオオカミは、食べ物を取り合う相手だったのです。
フィンランドの研究チームは、この取り合いがどう解決したのかを、肉の栄養から考えました。人は赤身の肉ばかり食べると体をこわしますが、オオカミは平気です。チームがオオカミの獲物を28項目に分けて計算すると、イタチの仲間をのぞくすべてで、人が食べきれない赤身が出るという結果になりました。
余った赤身をオオカミの子に与えても、人は困りません。取り合いが起きないので、オオカミを何世代も手元で育てられた。チームはそう提案しています。ただし、これは計算から組み立てた説です。発掘で直接確かめられたわけではありません。
01オオカミは、人と獲物を取り合う手ごわい相手だった
人もオオカミも、群れで大きな獲物を追いかける狩りをします。食べ物が少ない時期には、同じ獲物をねらう動物どうしは争いやすくなります。人とオオカミは、たがいを殺すこともできる関係でした。
それなら、昔の人はオオカミを敵として追い払ったはずです。どうして家族の一員になれたのか。この「取り合いの問題」をどう乗りこえたのかは、これまでうまく説明されていませんでした。
イヌの始まりの時期もはっきりしません。研究機関の発表によると、オオカミが飼いならされたのは少なくとも1万5千年前で、もっと前かもしれません。ユーラシアの何か所かで、別々に起きた可能性もあります。
02人の体は、たんぱく質を大量には処理できない
チームが注目したのは、人の体のしくみです。人が必要なエネルギーのうち、たんぱく質でまかなえるのは約2割までです。たんぱく質を多くとりすぎると、血の中のアンモニアが増えたり、おなかをこわしたりします。ひどい場合は命にかかわります。
だから人は、肉を食べるなら脂も一緒にとる必要があります。北の寒い地域でくらす人たちは、今でも脂の多い魚やクマなどを選び、やせた肉はさけることがあります。氷河期の狩人も、脂の残る脚の先や頭を大事にしていたと考えられています。骨から脂を取り出していた跡も、氷河期の遺跡から見つかっています。
一方、オオカミはもともと肉食の動物です。しばらくの間なら、たんぱく質だけの食事でもやっていけます。人とオオカミでは、同じ獲物の中で「欲しい部分」がずれていたことになります。

03獲物を1種類ずつ計算すると、ほとんどで赤身が余った
チームは、オオカミが食べる獲物の体の中身を、資料から集めました。ヘラジカ、アカシカ、トナカイ、ウマ、ウサギの仲間、鳥などです。大人と子どもを分けたものもあり、全部で28項目になります。それぞれについて、水分をのぞいた重さ1kgあたりのたんぱく質と脂の量を使いました。
計算では、人が食べられるたんぱく質の量を、わざと多めに見積もりました。人の食事のエネルギーのうち、45%までをたんぱく質でとれるとしたのです。これは、北の狩猟民がたんぱく質に一番たよる季節の値です。約2割という目安より、ずっと多く食べられると仮定したわけです。
それでも、イタチの仲間をのぞくすべての獲物で、人が食べきれない赤身が出ました。たとえばウマでは、赤身のエネルギーの半分以上が余る計算です。逆に、脂の多いトナカイの大人では、余りはわずかでした。脂が少ない冬の獲物ほど、赤身は余りやすくなります。
04寒い冬だからこそ、オオカミを育て続けられた
狩猟民は、動物の子をペットにすることがよくあります。昔の人がオオカミの子をつかまえて育てたことも、十分ありえるとチームは考えます。ただし、ペットを何世代も飼い続けるには、1年中、人とペットの両方に足りる食べ物が必要です。
氷河期の北ユーラシアでは、冬がとても厳しくなりました。今と比べると、夏の気温は多くの地域で4〜8度ほど低いだけでした。ところが冬は、10度以上も低かったとみられています。草や木の実がとれない冬、人は動物の肉にたよるしかありません。そのとき余る赤身があれば、オオカミの子に回せます。
チームが調べた範囲では、氷河期のイヌやイヌの祖先らしい骨が出た遺跡は、どれも当時、今の北極やその近くとよく似た寒い環境でした。取り合いさえなければ、オオカミを飼って得られる良いことは小さくてもかまいません。狩りの手伝いや、ほかの猛獣への見張りくらいでも、飼い続ける理由になったとチームは考えています。
05「ゴミあさり説」と「狩りの相棒説」の弱いところ
これまで、イヌの始まりは主に2つの説で説明されてきました。1つは、人をこわがらないオオカミが、人の出すゴミに近づくうちに人になれたという説です。もう1つは、人が狩りの相棒としてオオカミをならしたという説です。
チームは、どちらにも弱いところがあると指摘しています。氷河期の人は移動しながらくらしていて、ゴミの山ができるほど1か所に住んでいなかったようです。また、昔のイヌの骨の成分を調べると、人とは違う食事をしていたことが分かっています。人の食べ残しではなく、陸の動物の肉を食べていたらしいのです。
狩りの相棒説にも問題があります。なれていないオオカミが、いきなり人と協力して狩りをするとは考えにくいからです。チームの説は、ゴミではなく「余った赤身を与えた」という形で、2つの説のすき間をうめようとしています。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
研究の歴史:イヌはいつ、どこで生まれたのか
イヌの始まりを探る研究は、骨と遺伝子の両方から進んできました。ラハティネンさんたちの論文が引く遺伝子の研究では、イヌの祖先は、今のオオカミとは2万7千〜4万年前に分かれた、今はいないオオカミの集団だとされています。ただ、分かれた時期と、人に飼われ始めた時期は同じとは限りません。
2021年には、別の国際チームが、人とイヌの遺伝子の歴史を比べた論文を出しました。この研究は、イヌが約2万3千年前までにシベリアで飼いならされたと見ています。氷河期の厳しい気候の中で、人とオオカミが同じ地域に閉じこめられていた時期だった可能性があるといいます。寒い時期に始まったという点は、ラハティネンさんたちの説と合っています。
反対の見方:場所はまだ決まっていない
2022年には、過去10万年分のオオカミの化石72体の遺伝子を調べた研究が出ました。イヌは全体として、ユーラシアの東側の古いオオカミに近いことが分かりました。一方で、中東やアフリカのイヌは、祖先の最大半分を別のオオカミの集団から受けついでいました。
さらに、調べたどの化石のオオカミも、イヌの直接の祖先とは一致しませんでした。つまり、イヌの祖先がどこにいたのかは、まだ見つかっていないのです。「余った赤身」の説は場所を北の寒い地域にしぼりますが、遺伝子からの答えはまだ出ていません。
肉食の動物どうしの関係から見ると
大きな獲物をとる肉食の動物どうしは、ふだんから張り合う関係にあります。獲物が多い時期は、強い動物の食べ残しをほかの動物があさるような、ゆるい共存も起きます。しかし獲物が少ない時期には、たがいにじゃまをし合う関係が強くなります。
人は、もともと草や虫を食べていたサルの仲間から進化しました。肉を食べる力は、オオカミほど完全ではありません。チームは、この「不完全さ」こそが、肉食の動物どうしではめずらしい協力を生んだと考えています。そして、なれたイヌは後に、狩りの供や荷物運び、見張りなどに使われるようになったとみています。
研究方法の工夫と限界
この研究の強みは、肉の栄養という、だれでも確かめられる数字から考えたことです。人がたんぱく質をわざと多めに食べられると仮定しても、まだ赤身が余る。そういう形で、結論が言いすぎにならないようにしています。
ただし弱点もあります。獲物の脂の量は季節で変わりますが、計算では平均の値を使っています。そして何より、「人がオオカミに肉を与えた」場面そのものは、計算からは見えません。この説は「そうできた」ことを示すもので、「そうした」ことの証明ではありません。
06まとめ
人は、赤身の肉だけでは生きられません。オオカミは、赤身だけでもしばらく生きられます。この体の違いが、氷河期の冬に人とオオカミの取り合いを消したのかもしれない。それがフィンランドのチームの説です。
計算では、オオカミの獲物のうちイタチの仲間をのぞくすべてで、人が食べきれない赤身が出ました。ただ、実際に肉を与えた証拠はまだありません。イヌが生まれた場所も、遺伝子の研究でまだ決まっていません。
次にイヌがおやつの肉をほしがる顔を見たら、思い出してください。人が食べきれなかった肉の余りが、1万5千年以上前の出会いを支えたかもしれないのです。
研究カルテ
フィンランド(ヘルシンキ)
- 研究チーム
- フィンランド食品局とヘルシンキ大学などのチーム(第一著者マリア・ラハティネン)
- 調べた場所
- 氷河期の北ユーラシア(ヨーロッパ〜シベリア)について計算した
- 調べた動物
- オオカミ(学名 Canis lupus)と、その子孫のイヌ
- 調べ方
- オオカミの獲物を28項目に分け、人が食べられる量をこえる赤身がどれだけ出るかを計算した
- 分かったこと
- イタチの仲間をのぞく全部の獲物で、人の食べられる量をこえる赤身が出た
- まだ分からないこと
- 実際に人がオオカミに肉を与えていた直接の証拠はない
- 論文
- Scientific Reports(2021年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Dogs were the first animals that people tamed. But wolves, the ancestors of dogs, hunted the same big animals as people. So how could people and wolves live together?
Scientists in Finland looked at the human body. People cannot live on lean meat alone. If we eat too much protein, we can get sick. Wolves, on the other hand, can eat lean meat for a long time.
In the Ice Age, winters were very cold, and animals had little fat. The scientists did some math with many kinds of animals. In almost every case, there was more lean meat than people could eat.
People could give this extra meat to young wolves. Then there was no fight over food. This idea is not proven yet, but it may explain how dogs began.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What can wolves do that people cannot?オオカミにできて、人にできないことは何ですか。
人はたんぱく質をとりすぎると体をこわしますが、オオカミは脂の少ない肉を長く食べられます。
Q2. What were animals like in Ice Age winters?氷河期の冬の動物はどんな様子でしたか。
寒い冬の獲物は脂が少なく、人が食べきれない赤身が余りました。
Q3. Is this idea proven?この考えは証明されていますか。
計算から考えた説で、人が肉を与えた直接の証拠はまだありません。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Lahtinen, M. et al. (2021) Excess protein enabled dog domestication during severe Ice Age winters. Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-020-78214-4
- 2Finnish Food Authority(2021)プレスリリースruokavirasto.fi/en/themes/scientific-research/news-about-sci
- 3Perri, A. R. et al. (2021) Dog domestication and the dual dispersal of people and dogs into the Americas. PNAS 論文確認済みdoi:10.1073/pnas.2010083118
- 4Bergström, A. et al. (2022) Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature 論文確認済みdoi:10.1038/s41586-022-04824-9
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





