コロナ禍で観光客が減ると、奈良のシカがせんべいを見てするおじぎは平均10回から6回に減った

観光客が減ったコロナ禍に、奈良公園のシカのおじぎは1頭平均10.2回から6.4回に減った。観光客の多い場所に来るシカの数も減っていた。

No.083 7分で読めるえっ度 論文 2023年
芝生の上で、大人のメスのニホンジカが耳を前に向け、頭を下げておじぎをしている。シカの前には、鹿せんべいを持った人の手だけが見えている。

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  1. 奈良のシカのおじぎは、ほぼ奈良公園でしか見られない
  2. コロナ禍で観光客が減ると、おじぎの回数も減った
  3. 一方で、シカが人を攻撃する割合は変わらなかった

人に話すなら

奈良公園のシカって、せんべいを見せるとおじぎするよね。コロナで観光客が減ったら、おじぎの回数も1頭10回くらいから6回くらいに減ったんだって。

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コロナ禍で観光客が減ると、奈良公園のシカのおじぎの回数は増えた

奈良公園で鹿せんべいを手に持つと、シカが近づいてきます。シカは耳を前に向け、頭をぐっと下げ、また上げます。何度もくり返すこのしぐさは「おじぎ」とよばれ、奈良の名物になっています。

2020年、新型コロナウイルスの流行で、奈良公園の観光客が大きく減りました。奈良女子大学の上原春香さん、遊佐陽一さんたちは、この時期のシカを調べました。せんべいを見せたときのおじぎは、1頭あたり平均10.2回から6.4回に減っていました。東大寺南大門のまわりに来るシカの数も、1回の調査の平均で、2019年の167頭から2020年の65頭に減りました。

人のくらしが動物にどれだけ影響しているかは、ふだんは分かりにくいものです。人がいる状態しか見られないからです。コロナ禍は、世界中で人の動きが急に大きく減った、めったにない時期でした。研究チームはこの時期を使って、人とシカの長いつき合いの中で生まれた行動が、人が減るとどう変わるのかを確かめたのです。

01おじぎは、ほぼ奈良公園のシカだけに見られる行動

論文によると、研究のころの奈良公園とそのまわりには、野生のニホンジカが1050〜1400頭ほどいました。シカは公園で売られている鹿せんべいを観光客からもらいます。そのとき見せるのがおじぎです。

奈良のシカのおじぎは、2015年に発表された論文でくわしく調べられています。この研究では、奈良公園と、広島県の宮島のシカにせんべいを見せてくらべました。宮島では、せんべいは売られていません。奈良公園のシカは、宮島のシカよりもずっと多くおじぎをしました。

奈良公園の中でも、人の多い場所のシカのほうが、静かな場所のシカより多くおじぎをしました。おじぎの回数は、大人が一番多く、次が1歳のシカ、一番少ないのがその年に生まれた子ジカでした。また、大人のおじぎを見たあとの若いシカは、見る前より多くおじぎをしました。研究チームは、おじぎは人とのふれあいの中で身につき、まわりのシカの影響も受ける行動だと考えています。

02せんべいを見せても渡さずに、おじぎの回数を数えた

コロナ禍の研究は、奈良公園の3か所で行われました。東大寺南大門のまわり、奈良国立博物館のまわり、浮雲・春日野のまわりです。どこも鹿せんべいの売店があり、シカがせんべいをもらいやすい場所です。

シカの数は、午後1時、2時、3時の1日3回、決まった道を歩いて数えました。コロナ禍の前は2015年から2019年の毎年4月に数えました。コロナ禍の間は、2020年6月から2021年6月まで毎月数えました。2020年の4〜5月は、緊急事態宣言のため調べられませんでした。

おじぎの回数は、奈良国立博物館のまわりで調べました。毎月20頭ほどのシカを選び、調べる人がシカから1メートル離れて立ちます。そして、せんべいを見せますが、渡しません。シカがあきらめて離れるか、人を攻撃する(かむ・ける・頭で突く)までの間に、何回おじぎをしたかをビデオで数えました。コロナ禍の前の記録は、2016年9月から2017年1月の同じ調べ方のものです。

03東大寺のあたりのシカは、1回平均167頭から65頭に減った

奈良市を訪れる観光客は、2015年から2019年にかけて増えていました。東大寺南大門のまわりのシカも、同じように増えていました。2019年には、1回の調査で平均167頭のシカがいました。

ところが2020年には、平均65頭に減りました。前の年の39%です。奈良県に1回目の緊急事態宣言が出ていた2020年4月16日から5月14日には、奈良公園の観光客は前の年より84.8%減っていました。

コロナ禍の1年間も、観光客は増えたり減ったりしました。2020年の6月から11月にかけて増え、12月から2021年2月に減り、3月からまた増えました。3か所のシカの数も、その月の観光客の数に合わせて増減しました。

奈良公園の芝生で、1頭のニホンジカのおじぎを4つの場面で順に並べた絵。前を向く、耳を前に出して頭を下げる、頭を上げる、また前を向く。

ただし、シカが死んで減ったわけではなさそうです。奈良の鹿愛護会が毎年数えている奈良公園全体のシカは、2019年度が1388頭、2020年度が1286頭でした。論文も、シカが公園の中での場所の使い方を変えたと考えています。論文によると、シカが物を食べる行動のうち、鹿せんべいなど人からの食べ物を食べる割合は、1年の平均で2.1%にすぎません。シカはふだん、芝や落ち葉、どんぐりを食べています。

04おじぎは減ったのに、人を攻撃する割合は変わらなかった

せんべいを1回見せたときのおじぎの回数は、コロナ禍の前は1頭平均10.2回でした。コロナ禍の間は6.4回で、前の62%に減りました。コロナ禍の1年間でも、観光客が多い月ほど、シカは多くおじぎをしました。

一方で、せんべいをもらえないときに人を攻撃するシカの割合は、変わりませんでした。コロナ禍の前も後も、平均すると半分近く(45%)のシカが、最後は人を攻撃しました。この割合は、観光客の数とも関係していませんでした。

研究チームは、この違いを次のように考えています。おじぎは人に好まれるので、せんべいをもらうことでくり返し強められてきた。人への攻撃は好まれないので、そうした強められ方をしにくい。だから観光客が減ったときに、おじぎのほうだけが減ったのではないか、というわけです。なお、コロナ禍の調査では調べる人がマスクをしていましたが、マスクのあるなしはシカの行動に影響しませんでした。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

おじぎはどこから来たのか

遊佐さんは、取材に対してこう説明しています。野生のシカには、ストレスを感じたとき、攻撃する前に頭を下げるしぐさがもともとあります。昔の奈良のシカは、人をこわがってこのしぐさをしていた。それがせんべいをもらえると学ぶうちに、せんべいを求めるおじぎに変わったのではないか、という仮説です。この仮説はまだ確かめられていません。

2015年に発表された論文では、子ジカのおじぎが少なく、大人のおじぎを見たあとの若いシカのおじぎが増えました。おじぎが生まれつきの行動ではなく、育つ中で身につき、まわりから影響を受ける行動であることを示しています。

1000年以上、人に守られてきたシカ

奈良公園のシカは、春日大社のまわりで神聖な動物として、1000年以上守られてきました。2023年の遺伝子の研究では、紀伊半島のシカを調べました。すると、春日大社のまわりのシカは、まわりのシカとは別の、はなれたグループになっていました。そのグループが分かれた時期は、春日大社ができたころと重なっていました。人に守られてきた歴史が、シカの遺伝子にも残っているのかもしれません。

論文によると、奈良公園のシカは13世紀から人と交流してきました。おじぎは、この長いつき合いの中で生まれた、人とシカのあいだのやりとりの方法だと考えられています。

コロナ禍で変わった、ほかの動物の行動

人の動きが止まったコロナ禍には、世界中で動物の変化が報告されました。アメリカのサンフランシスコでは、外出制限の間に、ミヤマシトドという小鳥の歌い方が変わりました。イタリアでは、トウブワタオウサギが昼間によく動くようになりました。どちらも、人のじゃまが減った結果と考えられています。

奈良のシカは、これとは逆でした。人が減ると、人の多い場所を使うことも、人に向けた行動も減ったのです。人から食べ物をもらう関係ができあがった動物では、人がいなくなることが「静かになってよかった」だけでは終わらないことを、この研究は示しています。

人とのつき合いから生まれた行動は、ほかの動物にもあります。論文は、牛乳びんのふたを開けることを覚えたイギリスのシジュウカラや、ブラジル南部で漁師と協力して魚をとるバンドウイルカの例を挙げています。イルカと漁師の協力も、人とのつき合いが続かなければ消えるかもしれないと考えられています。

研究の限界と、残る疑問

この研究は、シカを観察して記録したもので、条件を変えて試す実験ではありません。研究チーム自身も、観光客とおじぎの関係は今後、実験で確かめる必要があると書いています。また、コロナ禍の前のおじぎのデータは、2016〜2017年の5か月分にかぎられます。同じシカを2回数えてしまった可能性も、完全には消せないとしています。

研究チームは、おじぎは人とのつき合いが続かなければ、いずれ消えるかもしれない行動だと考えています。観光客がもどったあと、おじぎの回数が元にもどるのかどうかは、この研究の時点では分かっていませんでした。遊佐さんは、観光客がもどりはじめた奈良公園で観察を続けると、取材に話しています。

05まとめ

コロナ禍で観光客が減ると、奈良公園の観光地に来るシカの数も、せんべいを見せたときのおじぎの回数も減りました。おじぎは1頭平均10.2回から6.4回になり、観光客の多い月ほど多くなりました。おじぎは、人とのつき合いの中で身につけた行動だと考えられています。

ただし、これは観察による研究で、観光客がもどったあとにおじぎがどうなったかは、まだ分かっていません。

奈良のシカのおじぎは、広島県の宮島のシカにせんべいを見せても、奈良ほど多くは見られません。

RESEARCH FILE

研究カルテ

日本・奈良県奈良市

研究チーム
奈良女子大学の上原春香さん・遊佐陽一さんたちと、北海道大学のチーム
調べた場所
奈良県奈良市の奈良公園(東大寺南大門・奈良国立博物館・浮雲と春日野の周辺)
調べた動物
奈良公園の野生のニホンジカ(学名 Cervus nippon)
調べ方
2015〜2021年にシカの数を数え、せんべいを見せたときのおじぎの回数をコロナ禍の前と後で比べた
分かったこと
コロナ禍にはシカの数もおじぎも減り、月ごとの観光客の増減に合わせて増減した
まだ分からないこと
観光客がもどった今、おじぎは元にもどるのか。人がいなくなればおじぎは消えるのか
論文
PLOS ONE(2023年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Nara's Deer Bowed Less When Tourists Stayed Away

Many wild deer live in Nara Park in Japan. When people show them deer cookies, the deer often bow. Deer in other places almost never do this.

In 2020, very few tourists came to Nara because of COVID-19. Scientists at Nara Women's University studied the deer during this time. They stood one meter from a deer and showed it a cookie. They did not give the cookie to the deer.

Before COVID-19, each deer bowed about ten times on average. During COVID-19, each deer bowed only about six times. Fewer deer also came to the busy area near Todaiji Temple.

The deer probably learned to bow through their long life with people. If people stop coming, the bowing may disappear someday.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. What did the scientists show the deer?研究者はシカに何を見せましたか。

Q2. About how many times did a deer bow during COVID-19?コロナ禍の間、シカは約何回おじぎをしましたか。

Q3. Why did very few tourists come to Nara in 2020?2020年に奈良に来る観光客がとても少なかったのはなぜですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Uehara, H. et al. (2023) Impacts of the novel coronavirus SARS-CoV-2 on wildlife behaviour via human activities. PLOS ONE 論文確認済みdoi:10.1371/journal.pone.0285893
  2. 2奈良女子大学(2023)新型コロナウイルスによる人間活動の変化が野生動物に与える影響を解明(プレスリリース)pr.nara-wu.ac.jp/news/uploads/20230517_3.pdf
  3. 3Akita, S. et al. (2015) Variation and social influence of bowing behavior by sika deer (Cervus nippon). Journal of Ethology 論文確認済みdoi:10.1007/s10164-015-0451-7
  4. 4Takagi, T. et al. (2023) A historic religious sanctuary may have preserved ancestral genetics of Japanese sika deer (Cervus nippon). Journal of Mammalogy 論文確認済みdoi:10.1093/jmammal/gyac120
  5. 5一般財団法人 奈良の鹿愛護会 奈良公園の鹿生息頭数調査naradeer.com/learning/number.html
  6. 6科学技術振興機構 サイエンスポータル(2023)奈良公園のシカ コロナ禍で「おじぎ」しなくなるscienceportal.jst.go.jp/stories/20230524_g01/

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい