ゾウアザラシの「方言」は約50年で消えた。代わりにオスの声は1頭ずつばらばらになった
1968年、ゾウアザラシのオスの声には浜ごとの方言があった。約50年後に同じ浜で録音すると方言は消え、声は1頭ずつ違うものになっていた。

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- 1968年のオスの声には、浜ごとにリズムの違いがあった
- 約50年後、浜ごとの違いは消え、1頭ずつの違いが大きくなった
- 方言が生まれた理由も消えた理由も、まだ仮説の段階
人に話すなら
ゾウアザラシのオスの声には、昔は浜ごとに方言みたいなリズムの違いがあったんだって。でも50年後に同じ浜で録音し直したら、方言は消えて、1頭ずつ声がばらばらになってたらしいよ。
読む前に予想しよう
キタゾウアザラシの方言は、50年たっても同じように残っていた
約50年後に同じ浜で録音すると、浜ごとのリズムの違いは消えていた。
人の言葉には方言があります。同じ日本語でも、土地によってアクセントや言い回しが違います。そして方言は、人の行き来が増えると、少しずつ薄れていくことがあります。
動物の声にも、場所による違いがあります。北アメリカの西海岸にすむキタゾウアザラシでは、1968〜69年の録音で、繁殖する浜ごとにオスの声のリズムが違っていました。アメリカのカリフォルニア大学サンタクルーズ校のチームは、2014〜15年に同じ4つの浜で録音し直し、2018年に結果を発表しました。すると、約50年のあいだに浜ごとの違いは消えていました。代わりに、オスの声は1頭ずつ大きく違うものになっていました。
動物の方言は、ある時点で「違いがある」と記録されることがほとんどです。寿命の長い動物では、何世代にもわたって録音を続けるのが難しいからです。昔の録音テープが残っていたことで、方言が生まれてから消えるまでを追うことができました。
01キタゾウアザラシは、一度20頭たらずまで減った
キタゾウアザラシは、1800年代の終わりに人に大量にとられ、ほとんどいなくなりました。生き残ったのは、メキシコのグアダルーペ島にいた20頭たらずだったと考えられています。
1922年に保護されると、数は少しずつ戻りました。2018年の論文の時点で21万頭をこえ、毎年3〜4%ずつ増えていました。繁殖地は、メキシコとカリフォルニアの海岸の12か所に広がりました。そして、今いるすべてのキタゾウアザラシは、100年ほど前のわずかな生き残りの子孫です。
そのため、キタゾウアザラシは遺伝子の多様さがとても小さい動物です。論文によると、DNAの違いを調べるある方法では、ほ乳類で最も低い値が出ています。
オスは、繁殖期にメスの群れをめぐって争います。そのとき、大きな声を出し、上半身を高く起こし、胸を地面にたたきつけます。この声は、1頭のオスの中では、同じシーズンの中でも、年をまたいでもほとんど変わりません。声の特徴として最も当てになるのは、声の高さよりもリズムだとされています。
021968年の録音では、浜ごとに声のリズムが違っていた
1968年と1969年、研究者のバーニー・ル・ブーフ(Burney Le Boeuf)さんたちは、4つの繁殖地でオスの声を録音しました。カリフォルニア州のアニョヌエボ島、サンミゲル島、サンニコラス島と、メキシコのグアダルーペ島です。
オスの声は、短い音がくり返し続く形をしています。録音を比べると、サンニコラス島のオスは、528キロ北にあるアニョヌエボ島のオスの2倍以上の速さで、短い音を出していました。ほかの2つの島のオスは、その中間でした。そして1つの浜の中では、オスどうしの声のリズムはよくそろっていました。
1969年に発表されたこの結果は、人以外のほ乳類で方言が見つかった初めての例だと、2018年の論文は書いています。
ル・ブーフさんたちは、この方言は、アザラシが昔の繁殖地に戻ってくるときに、たまたま生まれたものだと考えました。浜どうしの行き来が少ないうちは違いが残る。でも数が増えて行き来が増えれば、違いは消えていくだろう、と予想したのです。
03同じ4つの浜で、約50年後に171頭の声を録音し直した
第一著者のキャロライン・ケイシー(Caroline Casey)さんたちは、この予想を確かめることにしました。チームには、昔の録音をしたル・ブーフさん本人も加わっています。
まず、1968〜69年の古いオープンリールのテープを、2015年にデジタルの音に変えました。録音には、鳴いたオスの場所や年齢のメモも吹きこまれていました。この中から、大人のオス105頭の声を選びました。
次に、2014年と2015年に、同じ4つの浜を訪れました。1つの浜に4〜6日いて、自分から鳴いたオスの声を、5〜15メートル離れて録音しました。録音したオスの背中には、一時的な染料で記号を書きました。同じオスを2回録音しないためです。こうして171頭の大人のオスの声が集まりました。
1頭ごとに1回分の声を選び、リズムを測りました。測ったのは、くり返す音のまとまりの長さ、1秒に何回くり返すか、テンポがどれだけ一定か、などです。
そして、コンピューターに「この声は、どの浜のオスの声か」を当てさせました。昔の声と今の声で、比べる頭数はそろえました。

04声から浜を当てる正解率は、昔の82%から今は32%に落ちた
1968〜69年の声では、コンピューターはオスのいる浜を、平均82%の割合で当てました。アニョヌエボ島のオスは100%でした。でたらめに当てたときの正解率は、浜によって14〜55%です。
ところが、2014〜15年の声では、平均32%しか当たりませんでした。アニョヌエボ島は23%、サンミゲル島は11%まで下がりました。声のリズムからは、どの浜のオスか、ほとんど見分けられなくなっていたのです。
一方で、1頭ずつの声の違いは、大きく広がっていました。昔の声は、1種類の音を一定のテンポでくり返す、単純な形でした。今のオスの中には、声の途中でだんだん速くなったり、遅くなったりするオスがいました。2種類以上の音を組み合わせたまとまりをくり返すオスもいました。どちらも、昔の録音にはなかった特徴です。
オスどうしの声のばらつきの大きさを表す値は、4つの浜すべてで増えていました。最も増えたアニョヌエボ島では2044%増、最も少なかったサンニコラス島でも643%増でした。
05方言が消えたのは、浜どうしの行き来が増えたからかもしれない
なぜ方言は生まれ、なぜ消えたのか。チームは、確かめた事実ではなく、考えられる筋道として説明しています。
生まれた理由については、昔の予想と同じく、生き残りが少なかったことを挙げています。グアダルーペ島には、ごくわずかなオスしかいなかったと考えられます。若いオスは、手本になる大人のオスの声をほとんど聞けないまま育ったのかもしれません。それが、昔の単純な声につながった可能性があります。
消えた理由としては、浜どうしの行き来を挙げています。標識をつけた調査では、1960年代、サンミゲル島とサンニコラス島で生まれたアザラシが、アニョヌエボ島の数を増やす主な源になっていました。よその浜から来たオスが、新しい声を持ちこんだと考えられます。
では、なぜ声は1頭ずつばらばらになったのでしょうか。カギとして挙げられているのが、オスどうしの争いです。2017年の研究では、オスは、ライバルの声のリズムと音色を覚えて、相手を見分けていることが分かりました。数が増えると、1頭のオスが出会うライバルも多くなります。チームは、そのとき1頭ずつ違う声が、相手を見分けるのに役立つと考えています。
ただし、オスが声をほかのオスから「学んで」いるのかは、確かめられていません。チームは、2回の録音のあいだは約4世代しかなく、遺伝子の多様さも小さいので、遺伝子の変化では説明しにくいと考えています。そして、学習で生まれた「写しまちがい」が新しい声を生んだのかもしれない、と書いています。これを確かめるには、1頭のオスの声を一生追いかける研究が必要です。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
研究の歴史:動物の方言は、まず鳥で調べられてきた
動物の方言は、鳥、サル、コウモリ、ネズミの仲間、クジラ・イルカ、アザラシなどで見つかっています。中でも最もくわしく調べられているのが、スズメの仲間の鳴き鳥です。
鳴き鳥の研究からは、方言の理由は1つではないことが分かっています。メスが地元の歌のオスを選ぶことで方言が保たれ、やがて別の種に分かれていく例があります。すむ場所に合った歌が残っていく例もあります。また、若い鳥が歌を学ぶときのずれが積み重なり、世代ごとに少しずつ変わっていく例もあります。
反対意見:この方言は「学習の証拠」とは言えない
イギリスのセント・アンドルーズ大学のヴィンセント・ジャニク(Vincent Janik)さんたちは、2021年に、ほ乳類が声を学ぶ力についての研究をまとめ直しました。その中で、キタゾウアザラシの方言は、生き残りが少なかったことと、少数の祖先から広がったことの結果だった、と位置づけています。
ジャニクさんたちは、場所による声の違いだけでは、声を学ぶ力の証拠にならないと注意しています。少数の祖先から広がること、すむ場所の違い、遺伝子の偶然の変化など、学習以外の理由でも、方言のような違いは生まれるからです。
近い仲間では、若いオスがまねをしているらしい
一方、南半球にすむミナミゾウアザラシでは、学習を示す観察があります。南大西洋のフォークランド諸島で、1995年から2002年まで8年間、オスの声を追いかけた研究です。
研究チームは、約285頭のオスから、争うときの声を約2400回録音しました。そのうち29頭は、声が大人の声になるまでを通して録音されました。すると、声の型の割合が年ごとに変わっていました。その変わり方は、群れのはしにいる若いオスが、繁殖に成功している年上のオスの声の型をまねしている、と考えるとよく説明できました。
方法の工夫と限界
この研究の強みは、約50年前と同じ浜で、同じ種類の声を比べたことです。大人のオスの声は年をまたいでも変わらないので、1頭につき1回分の声で特徴をつかめます。
一方で、昔と今では、録音の機械も録音した人も違います。チームが比べたのは、声の特徴として最も当てになるとされるリズムでした。また、グアダルーペ島だけは、今でも73%の割合で浜を当てられました。昔より下がってはいるものの、ほかの浜より違いが残っている理由は、論文でも説明されていません。
06まとめ
1968〜69年、キタゾウアザラシのオスの声には、繁殖する浜ごとのリズムの違いがありました。約50年後に同じ4つの浜で録音し直すと、その違いは消えていました。代わりに、オスの声は1頭ずつ大きく違うものになり、昔はなかった特徴も現れていました。
方言が消えた理由として、浜どうしの行き来が増えたことが考えられています。ただし、オスがほかのオスから声を学んでいるのかは、まだ確かめられていません。
1968年、サンニコラス島のオスは、アニョヌエボ島のオスの2倍以上の速さで声を刻んでいました。今は、2つの島のオスの声を聞き分けることは、ほとんどできません。
研究カルテ
アメリカ・カリフォルニア州アニョヌエボ島
- 研究チーム
- アメリカのカリフォルニア大学サンタクルーズ校のチーム(第一著者キャロライン・ケイシー)
- 調べた場所
- アメリカ・カリフォルニア州の3つの島と、メキシコのグアダルーペ島の繁殖地
- 調べた動物
- キタゾウアザラシ(学名 Mirounga angustirostris)の大人のオス
- 調べ方
- 1968〜69年に録音された105頭の声と、2014〜15年に同じ浜で録音した171頭の声のリズムを比べた
- 分かったこと
- コンピューターが声のリズムから浜を当てた割合は、昔が平均82%、今は32%。1頭ずつの声の違いは大きくなった
- まだ分からないこと
- オスが声を仲間から学ぶのか。方言が消えた本当の理由
- 論文
- Proceedings of the Royal Society B(2018年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Northern elephant seals live on the west coast of North America. Male seals make loud calls when they fight for females.
In 1968 and 1969, scientists recorded these calls on four islands. Each island had its own rhythm. On one island, the males called more than twice as fast as on another. These were like dialects in human languages.
About 50 years later, scientists visited the same islands again. They recorded 171 males and compared their calls with the old tapes. The dialects were gone. But each male now had a more unique call.
Why did this happen? The scientists think seals moved between islands more often. Also, males remember the voices of their rivals. A unique call may help other males know who is calling.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. When were the old calls recorded?昔の声は、いつ録音されましたか。
昔の声は1968年と1969年に、4つの島で録音されました。
Q2. What did the scientists find about 50 years later?約50年後、科学者たちは何を見つけましたか。
約50年後、島ごとのリズムの違いは消えていました。
Q3. What do male seals remember?オスのアザラシは何を覚えていますか。
オスは、ライバルの声のリズムと音色を覚えて、相手を見分けています。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Casey, C. et al. (2018) The rise and fall of dialects in northern elephant seals. Proceedings of the Royal Society B 論文確認済みdoi:10.1098/rspb.2018.2176
- 2Le Boeuf, B. J. & Peterson, R. S. (1969) Dialects in Elephant Seals. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.166.3913.1654
- 3Mathevon, N. et al. (2017) Northern Elephant Seals Memorize the Rhythm and Timbre of Their Rivals' Voices. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2017.06.035
- 4Janik, V. M. & Knörnschild, M. (2021) Vocal production learning in mammals revisited. Philosophical Transactions of the Royal Society B 論文確認済みdoi:10.1098/rstb.2020.0244
- 5Sanvito, S., Galimberti, F. & Miller, E. H. (2007) Observational Evidences of Vocal Learning in Southern Elephant Seals: a Longitudinal Study. Ethology 論文確認済みdoi:10.1111/j.1439-0310.2006.01306.x
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





