「ボール」と聞いた犬の脳は、ボールを思い浮かべているらしい。ふつうの飼い犬の脳波で調べた

おもちゃの名前を聞かせたあと、違うおもちゃを見せると、犬の脳波は名前どおりの物のときと違った。物の名前の意味が分かっているらしい。

No.192 7分で読めるえっ度 論文 2025年
部屋の床にふせた中型の犬の頭に、小さな電極がいくつかついている。犬は、前に立つ人が手に持った赤いボールをじっと見ている。人の顔は見えず、手とボールだけが見えている。

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  1. 名前を聞いたあと違う物を見せると、犬の脳波が変わった
  2. よく知っている言葉ほど、脳波の違いが大きかった
  3. 人と同じしくみの反応なのかは、まだ議論がある

人に話すなら

犬に「ボール」って聞かせてから別のおもちゃを見せると、脳波がボールを見せたときと違う動きをするんだって。言葉を聞いて、その物を思い浮かべてるらしいよ。

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物の名前の意味が分かっていそうな反応は、たくさんの言葉を覚えた犬の脳にしか出なかった

飼い主の多くは、うちの犬は言葉が分かる、と感じています。ところが実験室で、名前を言って物を持ってこさせると、うまくできる犬はとても少ないのです。多くの犬は、でたらめに選んだのと変わらない成績になります。

2024年、ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のチームが、犬の行動ではなく脳波を調べました。飼い主の声でおもちゃの名前を聞かせ、そのあとで、名前どおりのおもちゃか、別のおもちゃを見せたのです。大学の発表によると、18匹の犬の脳波は、名前と物が合わないときに、合うときとは違う動きをしました。

人の脳でも、言葉と物が食い違うと、特別な脳波が出ることが知られています。犬の脳でも、似た反応が出たのです。チームは、ふつうの犬も物の名前を聞くと、その物を頭の中に呼び起こしているらしいと考えています。

01物の名前をたくさん覚えられる犬は、ごく一部だった

物の名前をたくさん覚えた犬の話は、前からありました。ボーダーコリーのチェイサーは、1000をこえる物の名前を覚えていたと報告されています。同じ大学のチームの2025年の論文によると、100語以上の物の名前を覚えた犬として報告されているのは、世界で40匹あまりです。

けれど、こうした犬はとても珍しい存在です。ふつうの犬が覚えるのは、「おすわり」のような指示の言葉が多いのです。物の名前を覚える犬は少ない、とチームの研究者は話しています。

2023年、同じ大学のチームは、ふつうの犬20匹で行動のテストをしました。どの犬も、飼い主によれば2つ以上の物を名前で持ってこられる犬です。床に2つの物を置き、飼い主が片方の名前を言います。すると、犬全体としては、でたらめより高い割合で正しい物を選びました。ところが、1匹ずつ見ると、はっきり成績がよかったのは1匹だけでした。

では、ふつうの犬は物の名前の意味を分かっていないのでしょうか。それとも、分かっていても、テストでうまく見せられないだけなのでしょうか。

02人の脳では、言葉と物が食い違うと特別な脳波が出る

脳波は、頭の皮膚につけた電極で、脳の中の電気の変化を測ったものです。何かを見たり聞いたりした直後に、脳波にどんな変化が出るかを調べることができます。

人では、次のような実験がよく行われます。まず「ボール」という言葉を聞かせ、そのあとでボールか、別の物を見せます。すると、言葉と物が食い違ったときに、決まった脳波の変化が出ます。この変化は「N400」と呼ばれます。Nはマイナスの向きにふれること、400は約400ミリ秒(0.4秒)後に出ることを表します。N400は、意味の食い違いに脳が気づいた印として、長く研究に使われてきました。

この方法のよいところは、相手が何もしなくてよいことです。物を持ってくる必要も、答えを言う必要もありません。そのため、まだ話せない赤ちゃんが言葉の意味を分かっているかを調べるのにも使われてきました。

03名前を聞かせたあと、その物か別の物を見せた

第一著者のマリアンナ・ボロシュ(Marianna Boros)さんたちは、この方法を犬に使いました。

調べたのは、飼い主の話では物の名前を少なくとも3つ知っている飼い犬です。飼い主は、犬がよく知っている物を5つ選びました。さらに、犬がそれぞれの名前をどのくらい分かっているかも答えました。「まったく分からない」の1から「いつも分かる」の5までの5段階です。

犬の頭には、電極がつけられました。体を傷つけない方法です。実験の流れは次のとおりです。

  1. 飼い主の声で、「(犬の名前)、見て、ボール」と物の名前を聞かせる。
  2. 少し間をおいて、飼い主が物を持ち上げて見せる。
  3. 見せる物は、ボールのときと、ボール以外の物のときがある。
  4. 物を見せた直後の脳波を測り、2つの場合で比べる。
犬の前で、人の手が黄色いぬいぐるみを持ち上げている。犬は少し首をかしげて、そのぬいぐるみを見ている。犬の頭には小さな電極がついている。

04名前と物が食い違うと、犬の脳波が変わった

結果は、人の実験と似ていました。名前と物が合わないとき、頭の前のほうにつけた電極で、合うときとは違う脳波が出ました。違いが出たのは、物を見てから約0.2〜0.6秒後です。人で意味の食い違いの脳波が出るタイミングと、近い時間でした。

さらに、飼い主が「よく分かっている」と答えた言葉では、この違いがより大きくなりました。犬がよく知っている言葉ほど、反応が強く出ていたのです。チームは、これが言葉の意味に関係した反応だという考えを支えるものだとしています。

チームは、たくさんの言葉を知っている犬ほど、この反応がはっきり出るだろうと予想していました。ところが、そうはなりませんでした。知っている言葉の数が少ない犬でも、同じような反応が出たのです。

犬が知っている言葉の数は関係ない、とチームは大学の発表で話しています。知っている言葉なら、頭の中のイメージを呼び起こすというのです。

05人と同じ「意味の理解」なのかは、まだ議論がある

この研究には、慎重な見方もあります。アメリカのオーバーン大学のエマ・コックス(Emma Cox)さんたちは、この研究を紹介する短い論文を書きました。その中で、気になる点を挙げています。

人で意味の食い違いに出るN400は、名前のとおりマイナスの向きにふれます。ところが犬では、食い違いのときに脳波がプラスの向きにふれていました。人の赤ちゃんで見られる別の反応かもしれません。「予想と違った」ことに広く出る別の反応の可能性もある、とコックスさんたちは書いています。犬と人では、脳のしわの形や電極の位置が違うので、脳波の向きを単純に比べるのは難しい、という指摘もあります。

もう1つは、犬が思い浮かべる「ボール」が、人と同じものとは限らないことです。同じ大学の研究者の2025年の論文は、犬の頭の中のイメージは、もっとぼんやりしたものかもしれないと書いています。「ボール」と聞いた犬が思い浮かべるのは、ボール遊びの場面ごとかもしれません。投げてもらう、追いかける、くわえて戻る、ほめられる、といった場面です。

そして、チーム自身も、まだ分からないことを挙げています。この力が犬だけのものか、ほかのほ乳類にもあるのか。人と暮らしてきた犬の歴史が関係しているのか。もし犬が物の名前を分かっているなら、なぜ行動のテストで見せられる犬が少ないのか。これらは、これからの研究で確かめる問題です。

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もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

研究の歴史:犬の言葉の理解は、行動から脳へ

犬と言葉の研究は、長いあいだ「名前を言われた物を持ってこられるか」という行動のテストで行われてきました。この方法で、チェイサーのような特別な犬が見つかりました。一方で、ふつうの犬の多くは、このテストでよい成績を出せませんでした。

そこで、脳を直接調べる研究が増えてきました。2020年には、同じ大学のチームが、犬が知っている指示の言葉と、意味のない作り言葉を聞かせて脳波を比べました。すると、まったく違う音の作り言葉とは区別できていました。ところが、知っている言葉と音がよく似た作り言葉は、区別できていませんでした。犬は、言葉の音のこまかい違いには、あまり注意を向けていないらしいのです。

なぜ行動のテストでは分かりにくいのか

コックスさんたちや2025年の論文は、いくつかの理由を挙げています。1つめは、行動のテストでは、犬が課題のやり方を覚え、集中を続ける必要があることです。言葉が分かっていても、テストに失敗することがあります。

2つめは、テストでは言葉だけをぽつんと聞かせることです。ふだんの暮らしでは、言葉には身ぶりや場面、動作がついてきます。犬にとっては、そうした手がかりがそろって初めて、言葉の意味が呼び起こされるのかもしれません。家庭の犬は、物の名前より「動作」を表す言葉のほうを覚えやすい、という研究もあります。

人の赤ちゃんとの比較

言葉と物の食い違いを脳波で調べる方法は、まだ話せない赤ちゃんにも使われてきました。赤ちゃんも、答えを言ったり指さしたりしなくても、脳波で言葉の理解を調べられます。今回の研究は、同じ考え方を犬に当てはめたものです。

ただ、犬と赤ちゃんでは、脳の大きさも形も違います。同じ「意味の食い違いの反応」が出ているのか、似た時間に別の反応が出ているのかを見分けるには、さらに研究が必要です。

方法の工夫と限界

この実験の工夫は、犬に何もさせずに調べたことです。行動のテストで成績が悪い犬でも、脳の反応を見ることができます。

一方で、犬がそれぞれの言葉をどのくらい知っているかは、飼い主の答えにたよっています。飼い主の思いこみが入る可能性はあります。また、調べた犬の数も多くありません。大学の発表では18匹です。ほかの研究チームが同じ結果を出せるかどうかも、これからの課題です。

06まとめ

飼い主の声でおもちゃの名前を聞かせたあと、名前と違うおもちゃを見せると、犬の脳波は、名前どおりの物を見せたときと違う動きをしました。よく知っている言葉ほど、その違いは大きくなりました。チームは、ふつうの犬も物の名前を聞くと、その物を頭の中に呼び起こしているらしいと考えています。

ただし、この反応が人の脳の「意味の食い違い」の反応と同じものかは、まだ議論があります。

違いが出たのは、物を見てからわずか0.2〜0.6秒後のことでした。犬は、名前と違う物を見せられたその一瞬で、何かが違うと反応していたのです。

RESEARCH FILE

研究カルテ

ハンガリー・ブダペスト

研究チーム
ハンガリーのエトヴェシュ・ロラーンド大学のチーム(第一著者マリアンナ・ボロシュ)
調べた場所
ハンガリー(研究チームはブダペストの大学)
調べた動物
飼い犬18匹(大学の発表による)
調べ方
飼い主の声で物の名前を聞かせたあと、その物か別の物を見せ、頭につけた電極で脳波を測った
分かったこと
名前と物が合わないとき、物を見て約0.2〜0.6秒後の脳波が、合うときと違った
まだ分からないこと
人の脳の「意味の食い違い」の反応と同じものか。ほかの動物にもあるか
論文
Current Biology(2024年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

Does Your Dog Picture a Ball When You Say "Ball"?

Many dog owners believe their dogs understand words. But in tests, most dogs cannot bring a toy by its name.

Scientists in Hungary studied the brain waves of dogs instead. First, the dogs heard the name of a toy in their owner's voice. Then the owner showed the right toy or a different toy.

When the toy did not match the word, the brain waves changed. Human brains show a similar change in the same kind of test. The change was bigger for words the dogs knew well. Dogs that knew only a few words showed it too.

So the scientists think dogs picture the toy when they hear its name. But other scientists say the dog brain waves are not exactly like ours. More studies are needed.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. Where are the scientists from?科学者たちはどこの国の人ですか。

Q2. When did the dogs' brain waves change?犬の脳波が変わったのはどんなときですか。

Q3. Which dogs showed the change?その変化を見せたのはどの犬ですか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Boros, M. et al. (2024) Neural evidence for referential understanding of object words in dogs. Current Biology 論文確認済みdoi:10.1016/j.cub.2024.02.029
  2. 2エトヴェシュ・ロラーンド大学 動物行動学科(2024)プレスリリースethology.elte.hu/en/content/your-dog-understands-that-some-w
  3. 3Cox, E. & Katz, J. S. (2024) Implicit knowledge of words in dogs. Learning & Behavior 論文確認済みdoi:10.3758/s13420-024-00648-x
  4. 4Kőszegi, H. et al. (2023) Investigating responses to object-labels in the domestic dog (Canis familiaris). Scientific Reports 論文確認済みdoi:10.1038/s41598-023-30201-1
  5. 5Rácz, D. S., Boros, M. & Andics, A. (2025) Dogs as a model to study the emergence of concept manipulation skills for language-readiness. Biologia Futura 論文確認済みdoi:10.1007/s42977-025-00267-1
  6. 6Ujfalussy, D. J. (2025) Do dogs understand?—Contrasting anecdotal reports, neuroimaging, and behavioural evidence on language comprehension. Biologia Futura 論文確認済みdoi:10.1007/s42977-025-00275-1

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい