ミツバチは、見たことのない「空っぽのカード」を、図形のあるカードより少ないほうとして選んだ
少ないほうを選ぶよう覚えたミツバチは、初めて見る空っぽのカードを、図形のあるカードより少ないほうとして選んだ。ただし別の見分け方を使った可能性も指摘されている。

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- 少ないほうを選ぶよう覚えたハチは、空っぽのカードを選んだ
- 色を合図に「1を足す・1を引く」こともできた
- 数ではなく図形の形や線の量で選んだ可能性もある
人に話すなら
ミツバチに「図形が少ないほうに砂糖水がある」と覚えさせたら、初めて見る空っぽのカードを、図形のあるカードより選んだんだって。ゼロを数の仲間として扱ったのかも。
読む前に予想しよう
ミツバチは、何も描かれていないカードを、図形のあるカードより「少ない」ほうとして選ぶことがある
少ないほうを選ぶよう覚えたハチは、初めて見る空っぽのカードを選んだ。
何も描かれていない白いカードと、黒い丸が1つだけ描かれたカード。どちらが「少ない」かと聞かれたら、私たちは迷わず白いカードを指さします。でも、それは「何もない」も数の一つとして考えられるからです。人間の子どもでも、「何もない」が1より小さい量だと分かるのは4歳ごろだと言われています。
2018年、オーストラリアとフランスの研究チームが、この問いをミツバチに出しました。ハチには「図形の少ないほうに砂糖水がある」と覚えさせました。するとハチは、訓練で一度も見たことのない空っぽのカードを、図形が1個以上あるカードより「少ない」ほうとして選びました。ミツバチの脳の神経細胞は100万個に満たず、人の脳の860億個とは比べものになりません。
「ゼロ」は、今の数学や科学に欠かせない数です。それでも、何もない状態を量としてあつかうのは、人以外の動物には無理だと長く考えられてきました。最近になって、サルや鳥でもできるという報告が出てきたところです。小さな虫にも同じことができるとしたら、「数が分かる」とはどういうことなのかを考え直す必要が出てきます。ただし、この結果には別の説明もあります。その話も最後までお伝えします。
01ハチ1匹ずつに印をつけ、「少ないほう」か「多いほう」を覚えさせた
実験したのは、オーストラリアのRMIT大学のチームです。中心になったのは、スカーレット・ハワード(Scarlett Howard)さんです。フランスのトゥールーズ大学のオロール・アヴァルゲス=ウェベール(Aurore Avarguès-Weber)さんも加わりました。
チームは、巣から自由に飛んでくるミツバチを実験装置まで誘い、体に色の印をつけて1匹ずつ見分けました。装置は回る板で、4枚のカードがかかっています。正しいカードが2枚、まちがいのカードが2枚です。カードの下には小さな台があり、正しいカードの下でだけ、ハチは砂糖水を吸えます。
ハチは2つの組に分けられました。片方の組は、図形が多いほうのカードに降りると砂糖水がもらえます。もう片方の組は、図形が少ないほうで砂糖水がもらえます。訓練では1〜4個の図形を使い、組み合わせを次々に変えました。「この絵が正解」と丸覚えさせず、「多い・少ない」というきまりで選ばせるためです。
02初めて見る「空っぽのカード」を、少ないほうの組は選んだ
ハチがきまりを覚えると、次の段階です。研究チームは、ときどき何も描かれていないカードを混ぜました。訓練では一度も出していないカードです。
すると、「少ないほう」を覚えた組のハチは、自分から空っぽのカードに降りました。論文の著者たちは、ハチが空っぽのカードを、図形が1個、2個、それ以上のカードよりも「少ない」ほうに置いたと結論づけました。

さらに、選び方には決まったくせがありました。空っぽと1個を比べるときは、正しく選べる割合がいちばん低くなりました。ところが空っぽと6個のように数が離れるほど、正しく選べる割合が上がりました。近い数ほど比べにくく、離れた数ほど比べやすい。この性質は「数の距離効果」と呼ばれ、数を見分けるときの代表的なしるしとされています。
この論文には、同じ号の雑誌に専門家の解説がつきました。書いたのは、ドイツのテュービンゲン大学のアンドレアス・ニーダー(Andreas Nieder)さんです。ニーダーさんは、ハチが「空っぽ」を量の一つとしてとらえたと評価しました。ほかの実験で、ハチがただ過去の成功をくり返しただけではないことも確かめられた、と書いています。
03翌年には、色を合図に「1を足す・1を引く」こともできた
同じチームは2019年、さらにむずかしい課題を出しました。使ったのは、Yの字の形をした迷路です。ハチは入り口の部屋でカードを1枚見てから、奥の分かれ道へ進みます。分かれ道の先には、左右に1枚ずつカードがあります。
きまりはこうです。入り口のカードの図形が青なら1を足した数、黄色なら1を引いた数のカードが正解です。正解の台には砂糖水、まちがいの台には苦いキニーネの液がありました。14匹のハチが、それぞれ100回ずつ選んで練習しました。
本番のテストでは、練習で一度も出していない「3個」のカードを入り口に見せました。どのテストでも、ハチが正解を選んだ割合は、でたらめに選んだときの50%をはっきり上回りました。
テストのカードは、図形の形も練習で使っていない新しいものでした。どの数のカードも、図形の面積の合計は約10平方センチにそろえてありました。「色の部分が広いほうを選ぶ」というやり方では解けないようにするためです。
04「数ではなく、形のちがいを見ていただけでは?」という反論
2021年、別の研究チームがこの種の実験に疑問を出しました。イギリスのシェフィールド大学などのハディ・マブーディ(HaDi MaBouDi)さんたちです。
数がちがうカードは、数以外の点もちがってしまいます。2018年の実験のカードは黒い面積をそろえてありました。それでも、図形が多いほど、図形のふちの線の合計は長くなります。白と黒が入れかわる細かさも増えます。マブーディさんたちは、2018年のゼロの実験と同じカードのセットを使いました。そして、フィンランドと中国で20匹のハチに「多いほう」か「少ないほう」を覚えさせました。
覚えたあとで、図形の数は同じなのに、ふちの長さなどだけがちがうカードを見せました。数で選んでいるなら、ハチはどちらも同じくらい選ぶはずです。ところがハチは、ふちの長いほう、または短いほうをはっきり選び分けました。数とふちの長さが逆になるカードでは、ハチは数よりもふちの長さに従って選びました。
さらにチームは、神経細胞9個だけのコンピューターの模型を作りました。この模型は、数を一切数えず、白黒の細かさだけを手がかりにします。それでも、「空っぽのカードをいちばん少ないほうに置く」というハチの結果まで再現できました。考えてみると、空っぽのカードは、ふちの長さも細かさもゼロです。どの手がかりで並べても、いちばん下に来てしまうのです。
もっと深く
なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。
数をあつかう力は、なぜ虫にあるのか
ニーダーさんは解説の中で、数をあつかう力は多くの動物で役に立つと説明しています。えさを手に入れる、道をたどる、敵から逃げる、仲間とつき合う、といった場面です。ハワードさんたちも、どの花にみつがあったかを形や色と結びつけて覚える力が、足し算・引き算の課題に生きたのではないかと考えています。ただし、野生のハチがふだん「1を足す」ような判断をしているかどうかは分かっていません。
ニーダーさんは、虫と人の共通の祖先が6億年以上前に生きていた、脳もほとんどない生き物だったことにもふれています。つまり、ハチと人は、数をあつかう力をそれぞれ別々に身につけた可能性があります。体のつくりがちがう生き物が、似た問題に向き合ううちに似た答えにたどり着くことを、生物学では「収束進化」と呼びます。
研究の歴史:4つまでなら区別できる、から始まった
ミツバチが数に反応することは、2018年より前から調べられていました。ニーダーさんの解説によると、ハチは4つまでの物の数を見積もれると報告されていました。2018年の研究は、そこに「空っぽ」を加えた点が新しかったのです。
人・サル・鳥との比べっこ
「何もない」を1より小さい量としてあつかえる動物は、これまでにサルやヨウム(オウムの仲間)で報告されていました。2021年には、ドイツの研究チームがハシボソガラスでも調べました。カラスの脳では、「空っぽ」を見たときにいちばん強く反応する神経細胞が、かなりの割合で見つかりました。数の距離効果も、訓練したカラスのうち1羽で見られました。人やサルでは、数をあつかうときに、脳のうち頭のてっぺん寄りの部分と、おでこの奥の部分がよく働くことが知られています。ハワードさんたちは、ハチの脳のどこで数があつかわれているかはまだ分からないと書いています。そのうえで、少なくともサルのような大きくて複雑な脳の部分がなくても、虫は数の課題を解けると述べています。
研究方法の限界:数だけを取り出すのはとてもむずかしい
マブーディさんたちは、動物の数の研究がすべてまちがいだと言っているわけではありません。図形の数を変えると、面積・ふちの長さ・図形全体の広がり・白黒の細かさのどれかが必ず一緒に変わります。そのため、1回のテストでこれらの手がかりをすべて試すこと、音と形のように感覚をまたいで数をそろえることを提案しています。ハチが本当に「数」を使っているのかは、脳のどこでどう計算しているかが分かるまで、決着がつかないかもしれません。
05まとめ
少ないほうを選ぶよう覚えたミツバチは、初めて見る空っぽのカードを、図形が1個以上あるカードより少ないほうとして選びました。翌年の研究では、色を合図に1を足したり引いたりする課題もこなしました。一方で、ハチは数ではなく図形のふちの長さや白黒の細かさを手がかりにしていた可能性も示されています。
ハチがゼロを「数」として分かっているのかは、まだ答えが出ていません。それでも、脳の神経細胞が100万個に満たない虫が、空っぽのカードをきちんと「いちばん下」に置いたことは事実です。ちなみに、ハチがいちばん迷ったのは「空っぽと1個」の比べっこでした。私たちが一瞬で答えられる0と1が、ハチにはいちばんの難問だったのです。
研究カルテ
オーストラリア・メルボルン
- 研究チーム
- オーストラリアのRMIT大学とフランスのトゥールーズ大学などのチーム(第一著者スカーレット・ハワード)
- 調べた場所
- オーストラリアとフランス(巣から自由に飛んでくるハチを使った)
- 調べた動物
- セイヨウミツバチ(学名 Apis mellifera)の働きバチ
- 調べ方
- 図形の多いほう・少ないほうを選ぶと砂糖水がもらえるよう覚えさせ、空っぽのカードを混ぜて試した
- 分かったこと
- 少ないほうを覚えたハチは、空っぽのカードを1個以上のカードより下に並べて選んだ
- まだ分からないこと
- ハチが本当に数を使ったのか、図形のふちの長さなど別の手がかりを使ったのか
- 論文
- Science(2018年)。続きの足し算・引き算の研究は Science Advances(2019年)
英語で読んでみよう
この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。
Scientists in Australia and France tested honeybees with cards. Each card had one to four shapes on it. Some bees got sugar water when they chose the card with fewer shapes.
Then the scientists showed the bees an empty card. The bees had never seen an empty card before. But they chose it over cards with one or more shapes. Zero and one was the hardest choice for them.
In another study, 14 bees learned a color rule. Blue meant add one, and yellow meant take away one. The bees chose the right answer more often than by chance.
Other scientists are not sure the bees really used numbers. Cards with more shapes also have longer edges. In their tests, bees chose cards by edge length, not by number. So the question is still open.
覚えたい単語
英語でクイズ
Q1. What did the bees get when they chose the right card?正しいカードを選んだとき、ハチは何をもらいましたか。
図形の少ないほうを選ぶと、砂糖水がもらえるしくみでした。
Q2. Which choice was the hardest for the bees?ハチにとって一番むずかしかった比べっこはどれですか。
数が近いほど比べにくく、0と1の比べっこが一番むずかしかったのです。
Q3. What did yellow mean in the second study?2つ目の研究で、黄色は何を意味しましたか。
青は1を足す、黄色は1を引くという合図でした。
出典(ウラ取りに使った資料)
- 1Howard, S. R. et al. (2018) Numerical ordering of zero in honey bees. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.aar4975
- 2Howard, S. R. et al. (2019) Numerical cognition in honeybees enables addition and subtraction. Science Advances 論文確認済みdoi:10.1126/sciadv.aav0961
- 3Nieder, A. (2018) Honey bees zero in on the empty set. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.aat8958
- 4MaBouDi, H. et al. (2021) Non-numerical strategies used by bees to solve numerical cognition tasks. Proceedings of the Royal Society B 論文確認済みdoi:10.1098/rspb.2020.2711
- 5Kirschhock, M. E. et al. (2021) Behavioral and Neuronal Representation of Numerosity Zero in the Crow. Journal of Neuroscience 論文確認済みdoi:10.1523/JNEUROSCI.0090-21.2021
- 6RMIT University(2018)Honeybees zero in on nothingrmit.edu.au/news/all-news/2018/jun/honeybees-zero-in-on-noth
論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法





