空のコップ2つにジュースを注ぎ、片方を捨てる「ふり」。ボノボはジュースが残る方を選んだ

空の容器にジュースを注ぐふりをして、どちらにあるか聞くと、ボノボのカンジは正しい方を示した。ほかの説明を消すため、実験を3つ重ねた。

No.050 7分で読めるえっ度 論文 2026年
研究施設の部屋で、年をとったオスのボノボが金網ごしに座り、机の上に並んだ2つの空の透明なコップをじっと見ている。人の手が空の水差しを傾けている。

30秒で読む

  1. 空の容器にジュースを注ぐ「ふり」を、ボノボに見せた
  2. どちらにジュースがあるか聞くと、カンジは正しい方を示した
  3. ただし、別の説明がまだ残るという批判もある

人に話すなら

ボノボのカンジって、ごっこ遊びのジュースが分かるらしいよ。空のコップに注ぐふりをして、片方だけ捨てるふりをすると、ジュースが残ってる方を選んだんだって。

ポストLINE

読む前に予想しよう

ボノボのカンジは、ふりで注いだジュースがどの容器にあるかを答えられた

小さな子どもは、空のコップを口に当てて、飲むまねをして遊びます。目の前にない物を頭の中に思い浮かべて遊ぶ「ごっこ遊び」です。では、人以外の動物にも、この力はあるのでしょうか。

2026年、この問いに答える実験が発表されました。行ったのは、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームです。主役は、言葉の訓練を受けたボノボのカンジです。研究者が空の容器にジュースを注ぐ「ふり」をして、ジュースがどこにあるかを言葉で聞きました。すると、カンジは正しい容器を示しました。チームは実験を3つ重ねて、主な別の説明を減らしていきました。

ただし、この結果にはすぐに反論も出ました。カンジは本当に「ふりのジュース」を思い浮かべていたのでしょうか。それとも、もっと単純なしくみで答えられたのでしょうか。

01ごっこ遊びには「本物とは別の、もう一つの頭の中の世界」が必要

ごっこ遊びは、ただの遊びではありません。空のコップを見ながら、「ここにはジュースが入っている」と考える必要があります。目に見える本当の世界と、頭の中の「つもり」の世界を、混ぜずに同時に持っておくのです。

心理学者のアラン・レスリー(Alan M. Leslie)さんは、1987年の論文でこの点を論じました。人の子どもは、1歳から2歳の間に、ふりをする力を見せ始めます。レスリーさんの考えでは、ふりには特別なしくみが必要です。現実の知識を書きかえずに、別の「つもり」を重ねて持つしくみです。そしてこの力が、他人の心を想像する力の始まりにもつながると論じています。

今回の論文では、こうした頭の中の「もう一つの世界」を「二次的な表象」と呼んでいます。目の前の「今ここ」から離れて、ありえること、これから起こるかもしれないこと、ふりの物を思い浮かべる力です。人の豊かな心の働きの多くは、この力に支えられています。

02カンジは、人が英語で質問すると指さしで答えられた

カンジはオスのボノボです。アメリカのアイオワ州デモインにある類人猿の研究施設で、実験に参加してきました。ボノボはチンパンジーと並んで、人に最も近い動物です。

カンジは、類人猿に言葉を教えた研究から残った、数少ない類人猿の一頭でした。記号が描かれた盤(レキシグラム)の記号を使って、人とやりとりできました。人が話す英語にも反応し、指さしで答えることができました。こうした経験があるため、カンジには言葉で質問し、指さしで答えてもらう実験ができました。

同じ研究室は、2025年にもカンジで実験を発表しています。2人の飼育員が3つの大きなついたての後ろにかくれ、カンジに写真を見せて「この人はどこ?」と聞く実験です。カンジは60回のうち35回、正しいついたてを指しました。でたらめに選ぶと3回に1回しか当たらないので、それを大きく上回ります。カンジは、見えなくなった人の居場所を頭の中で追えることが示されました。

金網の向こうの机に、空の透明なコップが2つと空の水差しが並ぶ。人の手が片方のコップを傾けて中身を水差しに戻すしぐさをし、ボノボがそれを見ている。

03空の容器にジュースを注ぐ「ふり」を見せて、場所を聞いた

今回の実験は、カンジと研究者が向かい合って行う「ごっこ遊び」の形をとりました。研究者の前には、空の水差しと、空の透明な容器が2つあります。

研究者はまず、水差しから2つの容器に、ジュースを注ぐふりをします。次に、片方の容器を傾け、中身を水差しに戻すふりをします。容器は透明なので、どちらも本当は空っぽなことは、カンジにも見えています。そのうえで、カンジに言葉で、ジュースがどこにあるかをたずねました。

ごっこ遊びのルールに従えば、答えは「まだジュースが残っている方」です。論文の要旨によると、カンジはふりの物の場所を正しく答えました。ジュースだけでなく、ブドウを置いたり、捨てたりするふりの実験も行われています。

研究チームは、3つの実験で同じ結論が出るかを確かめ、主な別の説明を消していったと報告しています。そのうえで、ふりの物を思い浮かべる力は、類人猿にもありうると結論づけました。少なくとも、人の中で育った類人猿の能力の範囲にある、という言い方です。

04「もっと単純な説明がある」という二つの反論

この研究には、発表のあとに専門家から反論が出ています。

一人目は、アメリカ・ミシガン州のオークランド大学のジェニファー・ボンク(Jennifer Vonk)さんです。2026年に、批判の短い論文を出しました。ボンクさんは、実験そのものは工夫されていると認めています。そのうえで、実験者が出してしまうかもしれないヒントや、ほかの説明を十分に除けていない、と指摘しました。動物の実験では、答えを知っている人のしぐさや目線が、動物の手がかりになってしまうことがあるからです。

二人目は、ニュージーランドのオタゴ大学のマイケル・コロンボ(Michael Colombo)さんです。別の論文で、この研究を取り上げました。コロンボさんは、カンジの年齢(43歳)と、実験の経験の多さに注目しました。カンジは長い人生の中で、傾けた容器から中身がこぼれる場面を何度も見てきたかもしれない、と指摘します。そうだとすれば、カンジはふりの世界を思い浮かべたのではないかもしれません。「傾けられた容器を避ける」ことを学んでいただけかもしれない、というのです。

DEEP DIVE

もっと深く

なぜそうなったのか。研究の歴史と、まだ決着していない議論まで。

「ハトでもできる」で考え直す、比較の研究の伝統

コロンボさんの反論の背景には、動物の心の研究の長い歴史があります。1880年代には、観察者が自分の心から動物の賢さを推しはかった話を集めた本が書かれていました。これに対して、心理学者のロイド・モーガン(C. Lloyd Morgan)は「より単純な心の働きで説明できるなら、高度な働きを持ち出してはならない」という原則を唱えました。今も「モーガンの公準」と呼ばれ、動物の心の研究の大事な決まりになっています。

1970〜80年代には、心理学者のスキナー(B. F. Skinner)たちが、ハトを使った実験を重ねました。チンパンジーで「すごい能力」と報告された課題を、ハトにも訓練でできるようにしてみせたのです。たとえば、チンパンジーが鏡を使って顔の印に触れたと報告されると、ハトにも鏡を使って体の印をつつかせました。ねらいは、ハトが賢いと示すことではありませんでした。チンパンジーの行動も、もっと単純な学習で説明できるかもしれない、と示すことでした。コロンボさんは、カンジの実験にも同じ見方を当てはめられると述べています。

1頭だけの研究は、何を語れるのか

カンジの研究は、どれも参加者が1頭です。同じ研究室は2025年の論文で、1頭の研究にも意味があると書いています。厳しい手順で行えば、その種の心が「どこまでできるか」を示せるからです。

一方で、カンジは指さしやレキシグラム、話し言葉への反応を長年かけて身につけた、特別なボノボです。研究チーム自身も、ほかのボノボに当てはまるかは大事な問いだと認めています。ただ、2025年の論文の著者たちは、見えない相手を頭の中で追う力そのものは、特別な経験で生まれたものではないと考えています。人との経験で育ったのは、指さしなどで「答えを見せる方法」の方だ、という立場です。

人とボノボの共通の祖先まで、さかのぼるのか

論文の要旨は、この力が600万〜900万年前の、人とボノボの共通の祖先までさかのぼる可能性がある、と述べています。ボノボと人の両方が持っているなら、共通の祖先も持っていたと考えるのが自然だ、という理屈です。

ただしこの推論は、カンジの結果が本当に「ふりの物を思い浮かべた」ことを示している場合に限られます。ボンクさんやコロンボさんの指摘のように、別の説明が残るなら、結論は変わります。人の豊かな心を支える働きが、本当にほかの動物にもあるのか。その答えには、ヒントを完全になくした実験や、ほかの個体での確認が必要です。

05まとめ

ボノボのカンジに、空の透明な容器へジュースを注ぐ「ふり」を見せる実験が行われました。片方の中身を戻すふりをしてから、ジュースがどちらにあるかを聞くと、カンジは正しい方を示しました。研究チームは、ふりの物を頭の中で思い浮かべる力が、人以外の類人猿にもあることを示す証拠だと考えています。

一方で、実験者のヒントや、こぼれる物を避ける経験で説明できるという反論もあり、議論は続いています。小さな子どもと空のコップで「ジュースごっこ」をして、片方を捨てるふりをしてから「どっちにある?」と聞けば、同じ実験を家でも試せます。

RESEARCH FILE

研究カルテ

アメリカ・アイオワ州デモイン

研究チーム
アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学(アマリア・バストス、クリストファー・クルペニエ)
調べた場所
アメリカ・アイオワ州デモインの類人猿の研究施設(Ape Cognition and Conservation Initiative)
調べた動物
ボノボ(学名 Pan paniscus)のオス、カンジ1頭。言葉の訓練を受けている
調べ方
空の透明な容器にジュースやブドウを入れる「ふり」を見せ、どこにあるかを言葉で聞いた
分かったこと
カンジは「ふりの物」がある場所を正しく示した。実験を3つ重ねて別の説明を減らした
まだ分からないこと
人のヒントや、こぼれる物を避ける経験で説明できないか。ほかのボノボでもできるか
論文
Science(2026年)
ENGLISH BITE

英語で読んでみよう

この記事の内容を、やさしい英語(中学〜高1レベル)で。文をタップすると日本語が出ます。

A Bonobo and the Pretend Juice

Small children love to pretend. They drink from an empty cup and say, "Yummy!" Can other animals pretend, too?

Kanzi was a bonobo that took part in studies in the United States. He could understand spoken English. In a new study, a researcher sat in front of Kanzi with two empty clear cups. The researcher pretended to pour juice into both cups. Then the researcher pretended to pour the juice out of one cup.

Kanzi was asked where the juice was. Kanzi chose the right cup. The team did three experiments and got the same answer.

Some other scientists are not sure about this. Maybe the people gave Kanzi small hints. Maybe Kanzi just learned to stay away from cups that were tipped. More studies with other bonobos will help us find the answer.

覚えたい単語

英語でクイズ

Q1. What kind of animal is Kanzi?カンジはどんな動物ですか。

Q2. What was really inside the cups?コップの中には本当は何が入っていましたか。

Q3. How many experiments did the team do?チームはいくつの実験をしましたか。

出典(ウラ取りに使った資料)

  1. 1Bastos, A. P. M. & Krupenye, C. (2026) Evidence for representation of pretend objects by Kanzi, a language-trained bonobo. Science 論文確認済みdoi:10.1126/science.adz0743
  2. 2Vonk, J. (2026) Crashing the tea party: Imagining alternative explanations. Journal of Experimental Psychology: Animal Learning and Cognition 論文確認済みdoi:10.1037/xan0000436
  3. 3Colombo, M. (2026) A comparative perspective allows unpacking complex interpretations. Communications Psychology 論文確認済みdoi:10.1038/s44271-026-00449-0
  4. 4Carvajal, L. & Krupenye, C. (2025) Mental representation of the locations and identities of multiple hidden agents or objects by a bonobo. Proceedings of the Royal Society B 論文確認済みdoi:10.1098/rspb.2025.0640
  5. 5Leslie, A. M. (1987) Pretense and representation: The origins of theory of mind. Psychological Review 論文確認済みdoi:10.1037/0033-295x.94.4.412

論文は Crossref(論文の公式データベース)で、実在すること・題名・発表年を確認しています。内容は論文や研究機関の発表で確かめています。ウラ取りの方法

こっちも、こっそりすごい