レビュー・2015年

「多読」とは何か?研究ごとに定義がバラバラな問題と、多読の核になる要素

Waring, R., & McLean, S. (2015). Exploration of the Core and Variable Dimensions of Extensive Reading Research and Pedagogy. Reading in a Foreign Language, 27(1), 160–167 doi:10.64152/10125/66708

教室での実践読解読む速さ

ひとことで言うと:多読の核心は「楽にスラスラ理解しながら読むこと」。研究ごとに多読の意味がバラバラなのは問題だと指摘した。

対象:多読研究の文献を見渡したうえでの理論的な論考(新しいデータはなし)

なぜこの研究?

多読財団の文献リストには「Extensive Reading」を題名に含む論文が530本以上あり、その約35%は最近10年に出たものだ。しかし文献を見渡すと、多読の意味は研究ごとにかなり違う。GRを読めば多読とみなす研究、1年に5冊程度でも多読とする研究、何年も続ける研究、さらには難しい文章を精読することを多読と呼ぶ研究まである。これでは研究結果を比べられない。著者らは、多読の「核」となる要素は何かを議論するためにこの論文を書いた。

どうやって調べた?

新しいデータを集めた研究ではなく、文献を見渡した論考である。まず、多読のさまざまな定義(Day & Bamford の「10の原則」など)を検討し、実際には「古典的な多読」「クラス全員で同じ本を読む読書」「4技能の授業の一部としての多読」「文学としての多読」「流暢さを育てるやさしい多読」「i+1の多読」など複数の形があると整理した。そのうえで、多くの定義に共通する要素を取り出し、どれが多読に欠かせない「核」で、どれが研究や授業によって変わってよい「変数」なのかを論じた。

何がわかった?

多くの定義に共通する要素として、①流暢な理解、②速い読みの速度、③大量の文章を読むこと、④文章の意味に注意を向けること、の4つが挙げられた。著者らは、このうち「速く流暢に意味を理解しながら読むこと」こそが、どの形の多読にも欠かせない核だと主張する。読む量は大事だが、読み方とは別の次元の問題で、難しい本を10冊辞書を引きながら読むこともできてしまう。文章が難しすぎて理解がとぎれ、注意が単語や文法の形に向かうと、それはもう多読ではなく精読に近づく。多読と精読は、注意をどれだけ流暢な理解に向けているかで決まる連続体の両端として考えるべきだ、と論じている。

  • 多読の定義や実施方法は研究ごとに大きくばらついていると指摘した
  • 多読には複数の正当な形があると整理した
  • 多くの定義に共通する要素は「流暢な理解・速い速度・大量の文章・意味への注目」の4つ
  • 多読の核は「速く流暢に意味を理解しながら読むこと」であり、読む量とは別の次元だと主張した

主な数字

  • 多読財団の文献リスト:題名に「Extensive Reading」を含む論文530本以上(約35%は最近10年)

読むときの注意(研究の限界)

研究者どうしの議論を始めるための論考で、データによって主張を検証したものではない。「流暢な理解」をどの程度の理解度や速さで判断するかについて、明確な基準はまだ示されていない(著者ら自身も、現時点の測定手段では厳密な境界は決められないと述べている)。

多読をする人・教える人へ

多読で一番大切なのは「冊数や語数を稼ぐこと」より「楽にスラスラ理解しながら読めているか」だ。辞書を何度も引いたり、読み返さないと意味がとれない本は、量を読んでも多読にはなりにくい。自分にとってやさしい本を選び、意味を楽しみながら速く読むことを意識しよう。研究や授業で「多読」と言うときは、どんな読み方をしているのかを明確にすることも大切だ。

今日からできること

  • 1ページで何度も止まる本はレベルを下げ、止まらずに読める本を選ぶ
  • 授業では読書記録に「語数」だけでなく「楽に読めたか(5段階)」の欄を加える

確認方法:Crossref(書誌)+本文(RFL、オープンアクセス)で確認。数字は論文の抄録・本文で確認できたものだけを載せています。

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