「98%ルール」をスリランカで追試:文章の種類や問題形式で必要な語彙率は変わる
Kremmel, B., Indrarathne, B., Kormos, J., & Suzuki, S. (2023). Unknown Vocabulary Density and Reading Comprehension: Replicating Hu and Nation (2000). Language Learning, 73(4), 1127–1163 doi:10.1111/lang.12622
ひとことで言うと:有名な「知っている単語98%」の目安を別の国で試したら、文章や問題の種類によって結果が変わった。
対象:スリランカの成人英語学習者104名(18〜22歳、母語はシンハラ語、働きながら語学学校に通う中級程度)
なぜこの研究?
「辞書なしで十分に理解するには既知語が98%必要」とした Hu & Nation (2000) は、語彙研究や多読の本選びで非常に大きな影響を持ってきた。しかしその数字は、ニュージーランドの大学進学コースで学ぶ66名だけのデータに基づいていた。欧米の豊かな環境とは違う学習者でも同じ結果になるのか、また物語以外の文章や別の問題形式でも同じなのかを確かめるため、著者らは条件を広げた再現研究(追試)を行った。
どうやって調べた?
スリランカの語学学校に通う成人104名(英語の学習歴10年以上、語彙レベルテストで Hu & Nation と同じ基準を満たした人)を対象にした。元の研究と同じ物語(Hu & Nation から提供された文章)に加え、新しく説明文(情報を伝える文章)を1つ用意した。どちらも、頻度の低い語を架空の語に置き換えて、既知語80%・90%・95%・98%・100%の5つの版を作った。参加者はそれぞれの文章のいずれかの版を読み、選択式の問題(MCQ)と、自分の言葉で答える記述式の問題(SAQ)に答えた。正答率と既知語率の関係を、参加者や問題ごとのばらつきも考慮した統計モデルで分析した。
何がわかった?
全体としては、知らない語が少ない版ほど正答しやすいという、元の研究と同じおおまかな傾向が見られた。元の研究とまったく同じ「物語+選択式」の組み合わせでは、予測される正答率が80%版で約50%、98%版で約73%、100%版で約80%と、ほぼ予想どおりに上がった。しかし、記述式の問題や説明文では、既知語率が上がっても正答率がきれいには上がらず、同じ語彙の割合でも説明文や記述式のほうがずっと難しかった。また、「十分な理解」の基準とした正答率85%には、98%の版でもどの組み合わせでも届かなかった。著者らは、必要なカバー率は文章のジャンルや設問の形式によって大きく変わるとし、どんな場合にも当てはまる「単一の基準(○%)」を設けることに疑問を投げかけている。
- 知らない語が少ないほど理解しやすいという、おおまかな直線的傾向は再確認された
- 元の研究と同じ「物語+選択式」では、予測正答率が80%版 約50%→98%版 約73%→100%版 約80%と上がった
- 説明文や記述式の問題では、同じ既知語率でもずっと難しく、きれいな傾向は見られなかった
- 98%の版でも、「十分な理解」とした正答率85%には届かなかった
- 元の研究の結果は完全には再現されず、単一の「○%ルール」には注意が必要とされた
主な数字
- 参加者:スリランカの成人104名(元の研究は66名)
- 文章2つ(物語・説明文)×既知語80%/90%/95%/98%/100%の5版
- 物語+選択式の予測正答率:80%版 0.503/98%版 0.730/100%版 0.799
- 「十分な理解」の基準(正答率85%)には98%版でも届かず
読むときの注意(研究の限界)
著者ら自身が、一部の条件では問題数が少なかったこと、正答率85%を「十分な理解」とする基準自体に議論の余地があること、新しく作った説明文の記述式問題の質に疑問が残ることを挙げている。また、対象はスリランカの特定の学習者で、元の研究と結果が違った理由(学習環境・教育歴・英語力など)は特定できていない。
多読をする人・教える人へ
「98%」は便利な目安だが、絶対のルールではない。説明文や、自分の言葉で答える問題では、同じ語彙率でも難しく感じることがある。逆に、物語を楽しむ多読なら、98%前後の本で十分に話を追える。本を選ぶときは数字だけに頼らず、実際に数ページ読んでみて「楽に楽しめるか」で判断するのがいちばん確実である。また、読みやすさには語彙だけでなく、話題になじみがあるか、文の構造が複雑でないかも関係する。
今日からできること
- 自習:物語は「ほぼ全部わかる」レベルで、説明文はさらに一段やさしいレベルから始める
- 自習:レベル表示や語彙率の数字だけでなく、最初の数ページを読んで楽しめるかで本を決める
- 授業:読解の確認を記述式で行うときは、選択式より難しくなることを考えて本のレベルを下げる
確認方法:Crossref(書誌・抄録)+オープンアクセスの本文(インスブルック大学リポジトリ公開版:方法・結果の表・考察)で確認。数字は論文の抄録・本文で確認できたものだけを載せています。
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