Native Americans and the Birth of America ・ 4/5

ネイティブアメリカンの名言:本当に言った? 有名な24の言葉を出典から判定

その名言、本当に言った? 24の言葉を出典までさかのぼって判定しました。

「最後の木が切り倒されたとき、人はお金を食べられないと気づく」「地球は子どもたちから借りている」。日本の名言サイトやSNSで「ネイティブアメリカンの名言」「インディアンの教え」として広まる言葉を、一つずつ出典までさかのぼって確かめました。すると18世紀のペルシャ詩の英訳、アメリカの牧師の本、1954年の新聞コラムなど、意外な「本当の作者」が次々に出てきました。一方で、法廷や降伏の場で書きとめられた、まぎれもない本物の言葉もあります。

💬Real or Fake?名言24選:本当に言った? あなたの予想は

まず英語の名言を読んで、「本人の言葉」か「あやしい」かを予想してください。ボタンを押すと判定と本当の出どころが出ます。24個のうち、記録で確かめられた本物は10個でした。

予想:0 / 24
No.1

“When you were born, you cried and the world rejoiced. Live your life so that when you die, the world cries and you rejoice.”

「あなたが生まれたとき、あなたは泣き、周りの人は笑っていました。だから、あなたが死ぬときは、あなたが笑い、周りの人が泣くような人生を送りなさい。」

― 「チェロキー(またはナバホ)の言い伝え」とされる。インドの詩人カビールの言葉とされることも

No.2

“We do not inherit the earth from our ancestors; we borrow it from our children.”

「地球は先祖から受け継いだものではない。子どもたちから借りているものだ。」

― 「ネイティブアメリカンのことわざ」とされる。シアトル首長の言葉とされることも

No.3

“Only when the last tree has died, the last river been poisoned and the last fish been caught will we realize we cannot eat money.”

「最後の木が枯れ、最後の川が汚され、最後の魚がとられたとき、人はやっと、お金は食べられないことに気づくだろう。」

― 「クリーの予言」とされる

No.4

“The earth does not belong to man; man belongs to the earth.”

「大地は人間のものではない。人間が大地のものなのだ。」

― スクアミッシュとドゥワミッシュの首長シアトルの、1854年の演説

No.5

“A fight is going on inside you, between two wolves. Which wolf will win? The one you feed.”

「おまえの心の中では、二匹のオオカミが戦っている。どちらが勝つのか? おまえがエサをやるほうだ。」

― 「チェロキーの言い伝え」とされる

No.6

“Today is a good day to die.”

「今日は死ぬのにいい日だ。」

― ラコタの戦士クレイジー・ホースが、戦いの前に叫んだ言葉とされる

No.7

“Hear me, my chiefs! I am tired; my heart is sick and sad. From where the sun now stands I will fight no more forever.”

「聞いてくれ、首長たちよ。私は疲れた。心は病み、悲しい。今、太陽があるこの場所から、私はもう永遠に戦わない。」

― ネズ・パースのチーフ・ジョゼフ(1877年10月5日、降伏のとき)

No.8

“Let me be a free man, free to travel, free to stop, free to work, free to trade where I choose.”

「私を自由な人間にしてほしい。旅をする自由、とどまる自由、働く自由、好きなところで取引する自由を。」

― チーフ・ジョゼフ(1879年、ワシントンでの訴え)

No.9

“They made us many promises, more than I can remember, but they never kept but one; they promised to take our land, and they took it.”

「白人は数えきれないほど約束をしたが、守ったのは一つだけだ。我々の土地を取ると約束し、そして取った。」

― ラコタの首長レッド・クラウド

No.10

“Then the Great Father made us many promises, but they are not kept.”

「そして偉大なる父(大統領)は、我々に多くの約束をした。だが、それは守られていない。」

― レッド・クラウド(1870年6月、ニューヨークでの演説)

No.11

“So live your life that the fear of death can never enter your heart.”

「死への恐れが決して心に入りこまないように、生きよ。」

― ショーニーの指導者テカムセ

No.12

“You have taken our lands from us and I do not see how we can remain at peace with you if you continue to do so.”

「あなたがたは我々から土地を奪った。これを続けるなら、どうして平和でいられるだろうか。」

― テカムセ(1810年8月、インディアナ準州ビンセンズでハリソン知事と会見して)

No.13

“That hand is not the color of yours, but if I pierce it, I shall feel pain. I am a man. God made us both.”

「この手の色はあなたの手と違う。でも刺せば、私も痛みを感じる。私は人間だ。神は私たち両方をつくった。」

― ポンカの首長スタンディング・ベア(1879年5月、ネブラスカ州オマハの法廷で)

No.14

“Do not judge your neighbor until you walk two moons in his moccasins.”

「その人のモカシンをはいて二つの月を歩くまで、隣人を判断してはならない。」

― 「シャイアン(またはスー)のことわざ」とされる

No.15

“If children live with criticism, they learn to condemn.”

「批判ばかりされて育った子どもは、人を非難するようになる。」

― 「インディアンの教え」(子育ての教え)として紹介される

No.16

“Today is a very good day to die. Every living thing is in harmony with me.”

「今日は死ぬのにとてもいい日だ。生きているものすべてが、わたしと調和している。」

― 「プエブロ(タオス)のインディアンの古老の言葉」とされる

No.17

“A people's dream died there. It was a beautiful dream.”

「ある民の夢が、そこで死んだ。美しい夢だった。」

― オグララ・ラコタの聖者ブラック・エルク(『ブラック・エルクは語る』1932年)

No.18

“Let us put our minds together and see what life we can make for our children.”

「心を一つにして、子どもたちのためにどんな未来をつくれるか考えよう。」

― ハンクパパ・ラコタの指導者シッティング・ブル

No.19

“My ancestors didn't come over on the Mayflower, but they met the boat.”

「うちの先祖はメイフラワー号で来たんじゃない。船を出迎えたほうさ。」

― チェロキーの血を引くコメディアン、ウィル・ロジャース

No.20

“Thanks, King.”

「どうも、王さま。」

― サック・アンド・フォックスの陸上選手ジム・ソープ。1912年ストックホルム五輪で金メダル2つを取り、スウェーデン国王に「あなたは世界一の選手だ」とほめられて返した言葉とされる

No.21

“I learned a long time ago that I can't control the challenges the Creator sends my way, but I can control the way I think about them and deal with them.”

「創造主が送ってくる試練は、自分では選べない。でも、それをどう考え、どう向き合うかは選べる。そのことを、私はずっと前に学んだ。」

― チェロキー・ネーション初の女性首長ウィルマ・マンキラー(2010年3月)

No.22

“A voice like mine has never been a Cabinet secretary or at the head of the Department of Interior.”

「私のような声が、閣僚になったことも、内務省の長になったこともなかった。」

― ラグナ・プエブロのデブ・ハーランド(2021年3月、内務長官に決まって)

No.23

“Once in his life a man ought to concentrate his mind upon the remembered earth, I believe.”

「人は一生に一度は、記憶の中の大地に心を注ぐべきだと、私は思う。」

― カイオワの作家N・スコット・ママデイ(『The Way to Rainy Mountain』1969年)

No.24

“Remember the sky that you were born under.”

「あなたが生まれた空を、おぼえておきなさい。」

― マスコギー(クリーク)の詩人ジョイ・ハージョ(詩「Remember」1983年)

1ネイティブアメリカンの名言にニセモノが多いのはなぜ? 泣く「インディアン」はイタリア系だった

1971年のアースデー、アメリカのテレビに1本の広告が流れました。ごみの浮く川をカヌーで下ってきた、先住民の姿の男性。道路わきに立つと、車の窓からごみ袋が投げられ、その頬を一筋の涙がつたいます。「泣くインディアン」と呼ばれ、広告賞も取った有名なCMです。演じたアイアン・アイズ・コーディは先住民を名乗っていましたが、のちに両親がイタリア系の移民だったことがわかりました。

「ネイティブアメリカンの名言」にも、同じことが起きています。1672年、イギリスの劇に「高貴な野蛮人」という言葉が登場して以来、ヨーロッパ系の人々は先住民を「文明に汚されていない、自然と生きる賢者」として思い描いてきました。そのイメージに合う言葉は、だれが言ったかを確かめられないまま広まります。

大きな波は1970年代でした。環境運動が盛り上がる中、シアトル首長の演説は脚本家の手で「環境の詩」に書きかえられ、ポスターになりました。「地球は子どもたちから借りている」も「最後の木が…」も、この時代に「先住民の言葉」として広まっています。

日本にも波が来ました。1990年の『アメリカインディアンの教え』、1995年の詩集『今日は死ぬのにもってこいの日』や絵本『父は空 母は大地』が人気になり、今はネットのコピペがそれを何倍にも広げています。名言サイトの多くは、出典を書かずに同じ言葉を並べているだけです。

2本物の名言の見分け方:「いつ・どこで・だれが書きとめた?」

このページの判定には、いつも同じ3つの質問を使いました。

1つ目は「いつ、どこで、だれが書きとめたか」。本物には日付と場所と記録者があります。チーフ・ジョゼフの降伏の言葉なら、1877年10月5日、モンタナのベアポー、ウッド中尉。反対に「チェロキーの言い伝え」「クリーの予言」のように、部族の名前しかない言葉は要注意です。

2つ目は「同じ言葉が何人もに配られていないか」。1936年の本では、ある詩が「ワバシャの教え」とされ、「テカムセ、シッティング・ブル、クレイジー・ホース、ウォボカの言葉ともいわれる」と書かれていました。5人の言葉とされる詩は、実はだれの言葉かわからない詩です。

3つ目は「話の中身が時代に合っているか」。シアトル首長の「手紙」には、汽車の窓からバッファローを撃つ白人の話が出てきます。でも国立公文書館の研究者は、シアトルはカスケード山脈の西側から出たことがなく、汽車もバッファローも見たことがなかったはずだと指摘しています。

もう一つのコツは、英語の原文で調べることです。日本語の名言サイトは出典を書かないことが多いのですが、英語では Quote Investigator のように、古い新聞や本を年代順に並べて調べるサイトがあります。

3本物にも「もう一人の作者」がいる:通訳と記録者のフィルター

このページで「本物」と判定した言葉にも、ほとんどの場合、通訳や記録者がはさまっています。19世紀の首長たちは、自分で英語を書き残したわけではありません。

チーフ・ジョゼフの降伏の言葉は、ネズ・パースの使者が伝え、通訳チャップマンが英語にし、ウッド中尉が鉛筆で書きとめました。3人を通った言葉です。シアトル首長の演説はもっと遠回りでした。地元のルシュートシード語で話され、交易用の簡単な言葉「チヌーク・ジャーゴン」を経て英語にされたとみられます。それを33年後、スミスがビクトリア朝風の英語で書き直したのです。

記録する人の思いこみが混ざることもあります。ジム・ソープの「Thanks, King」は、「先住民は礼儀を知らない」と思わせる記者の誇張だったと伝記作家は指摘しています。『ブラック・エルクは語る』を書いた詩人ナイハートは、自分で「始まりと終わりは私のものだ」と認めました。

だから本物の言葉も、「本人の考えを、だれかの耳と手を通して残した記録」として読むのが正確です。逆に、通訳の名前まで残っていることは、その記録が確かな証拠にもなります。スタンディング・ベアの法廷の言葉を訳したのは、オマハの女性スゼット・ラフレッシュでした。

4今を生きる先住民の言葉に耳を傾ける:名前のある声を聞こう

ニセモノの名言には共通点があります。言った人の名前がないことです。「インディアンの教え」「〇〇族の言い伝え」と書かれ、一人ひとりの顔が消えています。

本物の言葉には、名前と人生があります。ウィル・ロジャースは、チェロキーの血を引くことを笑いに変えた大スターでした。ウィルマ・マンキラーは1950年代、政府の移住政策で家族とサンフランシスコへ移り、のちにチェロキー・ネーション初の女性首長になりました。デブ・ハーランドはアメリカ史上初の先住民の閣僚に、ジョイ・ハージョは初の先住民の桂冠詩人になっています。

「最後の木が…」の言葉も、元をたどると1972年、アベナキの映画監督アラニス・オボムサウィンにたどり着きます。昔の「予言」ではなく、同じ時代を生きる先住民の声だったのです。

アメリカには今、570をこえる連邦政府が認めた部族があり、それぞれ言葉も歴史も違います。名言を見かけたら、「だれが、いつ言ったのか」を一度だけ確かめてみてください。それだけで、ぼんやりした「インディアンの教え」が、名前のある一人の人の声に変わります。

🔊Read in English英語で読もう:Who Really Said It?

このページの話を、やさしい英語(CEFR A2)で。▶で英文をタイトルから通して聞けます。「和訳」ボタンで日本語訳を表示できます。

Who Really Said It?

CEFR A2
0:00
245 words

Many people love a story about two wolves. In the story, an old Cherokee man talks to his grandson. He says that two wolves are fighting inside every person. One wolf is angry, and the other wolf is kind. "Which wolf wins?" the boy asks. "The one you feed," the old man answers. You can find this story on posters, in books, and all over the internet.

二匹のオオカミの話が好きな人はたくさんいます。話の中で、チェロキーのおじいさんが孫に語りかけます。人の心の中では、二匹のオオカミが戦っているのだと言うのです。一匹は怒りに満ち、もう一匹はやさしいオオカミです。「どっちのオオカミが勝つの?」と男の子はたずねます。「おまえがエサをやるほうだ」とおじいさんは答えます。この話は、ポスターにも本にも、ネットのあちこちにも出てきます。

But there is a problem. Nobody has found this story in old Cherokee records. In 1962, a newspaper in Pennsylvania told a story about an old man with two dogs. In 1978, a famous preacher named Billy Graham told a similar story in a book. Later, the dogs became wolves, and the story became Cherokee.

でも、問題があります。チェロキーの古い記録の中に、この話を見つけた人はいないのです。1962年、ペンシルベニア州の新聞が、2匹の犬を飼う老人の話を載せました。1978年には、有名な伝道者ビリー・グラハムが本の中で似た話を紹介しました。その後、犬はオオカミになり、話はチェロキーのものになったのです。

This happens to many famous Native American quotes. Some of them come from writers, movies, or posters. People liked the idea of wise people who lived close to nature. So they put Native names on words they liked.

ネイティブアメリカンの有名な名言の多くに、同じことが起きています。作家や映画やポスターから生まれた言葉もあります。人々は、自然と寄りそって生きる賢い人というイメージが好きでした。だから、気に入った言葉に先住民の名前をつけたのです。

Real words have a date, a place, and a name. In 1879, a Ponca chief named Standing Bear stood in a courtroom in Omaha. He held up his hand and spoke to the judge. He said that his blood was the same color as the judge's blood. "I am a man," he said. A few days later, the judge agreed that he was a person under the law. So the next time you see a famous quote, ask one simple question. Who really said it?

本物の言葉には、日付と場所と名前があります。1879年、ポンカの首長スタンディング・ベアは、オマハの法廷に立ちました。彼は手をかかげ、判事に語りかけました。自分の血は、判事の血と同じ色だと言ったのです。「私は人間だ」と彼は言いました。数日後、判事は、彼が法律上の人であると認めました。だから今度、有名な名言を見かけたら、一つだけシンプルな質問をしてみてください。本当に言ったのは、だれ?

❓FAQよくある質問

ネイティブアメリカンの名言で有名なものは?

日本では「最後の木が切り倒されたとき、人はお金を食べられないと気づく」「地球は子どもたちから借りている」「今日は死ぬのにいい日だ」などが有名です。ただし、この3つはどれも、言ったとされる部族や人物の記録が見つかっていません。記録がはっきりしている本物には、チーフ・ジョゼフの「私はもう永遠に戦わない」(1877年)や、スタンディング・ベアの「私は人間だ」(1879年)があります。

シアトル首長の演説は本物?

演説そのものは1854年ごろに実際にあったとされますが、元の言葉は残っていません。最古の記録は33年後の1887年に医師ヘンリー・スミスが新聞に書いた英文で、正確さには疑問があります。さらに「大地は人間のものではない」などの有名な部分は、1971年に脚本家テッド・ペリーが環境映画のために書いた文章です。

「二匹のオオカミ」は本当にチェロキーの話?

チェロキーの古い記録にはさかのぼれません。似た話は1962年のアメリカの新聞に「2匹の犬」の話として出てきて、1978年にはビリー・グラハムの本で「白い犬と黒い犬」の話として紹介されました。チェロキーの話とされるようになったのは、その後です。

「今日は死ぬのにいい日だ」はだれの言葉?

クレイジー・ホースの言葉としてよく紹介されますが、本人が言った記録はありません。確かな記録は、ラコタの首長ロー・ドッグが1881年に語ったリトルビッグホーンの戦い(1876年)の回想で、仲間に「今日は死ぬのにいい日だ。ついて来い」と叫んだとあります。なお、詩集『今日は死ぬのにもってこいの日』は1974年に作家ナンシー・ウッドが書いた別の作品です。

「インディアンの教え」の「批判ばかりされた子どもは…」はネイティブアメリカンの言葉?

いいえ。アメリカの家族カウンセラー、ドロシー・ロー・ノルトが1954年に新聞のコラムに書いた詩「Children Learn What They Live」です。日本では1990年の本『アメリカインディアンの教え』で紹介されて広まり、先住民の教えだと誤解されるようになりました。

本物の名言かどうか、どうやって見分ければいい?

「いつ・どこで・だれが書きとめたか」が言えるかどうかを確かめます。部族の名前しかない言葉や、何人もの首長の言葉とされている言葉は要注意です。英語の原文で検索し、Quote Investigator など出典を年代順に調べるサイトを見るのも近道です。

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