
All About the Piñata ・ 1/3
ピニャータの由来と歴史:中国の「春の牛」から、メキシコの修道院のクリスマスへ
目かくし、棒、降ってくるお菓子。この遊びは、四旬節のイタリアと16世紀の修道院を通ってきた。
1ピニャータの由来は中国? 春の牛と「マルコ・ポーロ説」のホントのところ
「ピニャータのふるさとは中国」。由来を調べると、たいていこの話から始まります。春の始まりの日に牛の形の人形をたたいて割り、こぼれた種を拾って豊作を祈った。それをマルコ・ポーロがイタリアに伝えた、という筋書きです。
前半には、もとになる本当の行事があります。中国の「打春(だしゅん)」。立春の日に、土で作った春牛(しゅんぎゅう)を役人がむちで打つ行事です。1147年に書かれた北宋(ほくそう)の都・開封の記録『東京夢華録』にも出てきます。立春の前日に春牛が宮中へ運ばれ、当日の明け方に役人が「打春」をした。役所の前では、小さな春牛が売られていた。この行事は今も再現されています。2026年の立春には、河南省の内郷県で紙の春牛が打たれ、おなかから五穀や干した木の実がこぼれると、人々が争って拾いました。
あやしいのは後半です。2017年、中国・復旦大学の学術誌に、この説を調べた論文が載りました。結論は「マルコ・ポーロの本には、ピニャータの話は出てこない」。著者は、打春とピニャータがつながっている可能性は認めつつ、決めるにはもっと証拠が要る、と書いています。
起源の解説では「中国の牛には5種類の種を詰め、割ったあと燃やして灰を縁起物にした」という細かい話もよく見かけます。ただ、それを書いた古い記録は示されていません。中国に似た行事があったのは確かです。それが海を渡ってピニャータになったかどうかは、今のところ説の一つです。
2ピニャータの語源はイタリア語:四旬節の日曜日、目かくしでつぼを割った
ピニャータの名前は、イタリア語の pignatta(ピニャッタ) から来ています。意味は、おなかのふくらんだ土のなべ・つぼ。スペイン王立アカデミーの辞書によると、もとは pigna(松かさ)で、昔のつぼの形が松かさに似ていたからだそうです。
イタリアには、キリスト教の四旬節(復活祭の前の約40日間)の初めに、つぼを割る遊びがありました。イタリアの代表的な辞書トレッカーニは、「ペントラッチャ」という遊びをこう説明しています。四旬節の最初の日曜日か、その初めのころに行う。目かくしをした人が一人ずつ、棒で素焼きのつぼを割ろうとする。つぼは地面に置くか高くつるし、中にはお菓子や贈り物が入っている。トスカーナ地方では、その日曜日のことも「ペントラッチャ」と呼ぶそうです。今のピニャータ割りと、ほとんど同じです。四旬節は食事や楽しみをひかえる期間。その入り口に、にぎやかな遊びが置かれていたのです。
この遊びはスペインにも伝わりました。スペイン王立アカデミーの辞書は piñata を「お菓子を詰めた土の器。四旬節の最初の日曜日の仮面舞踏会で天井からつるし、目かくしをした人が棒で割ろうとするもの」と説明しています。その日曜日を指す「ピニャータの日曜日(Domingo de Piñata)」という言葉も載っています。アメリカのカンザス州歴史協会の解説では、スペインで割られたのは飾りのない素焼きのつぼ「オジャ」。ふだんは食べ物や水を入れておく台所の道具でした。
いつイタリアで始まったかは、はっきりしません。14世紀とする説明もあれば、16世紀のルネサンス期とする説明もあります。
3メキシコのピニャータの歴史:1586年、アコルマンの修道院とクリスマス前のミサ
メキシコシティの北、テオティワカンのピラミッドに近いアコルマンの町に、16世紀の大きな修道院が残っています。サン・アグスティン・アコルマン修道院。アウグスティノ会の修道士たちが1539年から1580年にかけて建てました。入り口の細かな石の彫刻は、スペインの「プラテレスコ様式」のすぐれた例として知られます。
この町が「メキシコのピニャータのゆりかご」と呼ばれるのは、クリスマス前のミサのためです。1586年、修道士たちはローマ教皇シクストゥス5世の許しを得ました。12月16日から24日まで、「アギナルドのミサ」を開いてよい、という許可です。アギナルドは「クリスマスの贈り物」という意味です。許可を取りつけたのは修道士ディエゴ・デ・ソリアとされます。年を1587年とする資料もあります。聖書を読み、外でキリストの誕生の場面を演じるこのミサが、のちのラス・ポサダスになりました。メキシコ農業省の記事などによると、修道士たちはこのミサでピニャータを使い、キリスト教を伝えたといいます。
ラス・ポサダスは、マリアとヨセフにふんした人たちが家々を回って宿をたのむ場面を、9晩くり返す行事です。最後はピニャータ割り。ただし起源は一つに決まっていません。メキシコ文化省によると、始まりをアコルマンの1587年とする研究者がいる一方、スペインのアンダルシア地方から来たとみる研究者もいます。
修道士たちのピニャータが受け入れられやすかった理由として、よく挙げられる話もあります。アステカ(メシカ)の人々は12月ごろ、太陽と戦いの神ウィツィロポチトリの誕生を祝っていました。そのとき羽根で飾った土の器を割り、こぼれた宝を神の像の足もとにささげた、というのです。マヤの人々には、目かくしをして、ひもでつるしたカカオ入りの土のつぼを割る遊びがあった、とも言われます。ただ、どちらも、もとになった当時の記録は一般向けの解説ではほとんど示されていません。「似た習慣があったという説」として受け取るのが安全です。
4ピニャータの7つの角の意味:7つの大罪と「目かくしは信仰」
丸い体から7本の角がつき出た星形。ピニャータといえばこの形です。あの角の数には意味がある、と説明されます。
メキシコ農業省の記事(2017年)や文化省の発表(2011年)によると、7つの角は7つの大罪です。高慢・強欲・色欲・怒り・暴食・ねたみ・怠惰。派手な色は人を引きつける誘惑。目かくしは、見えなくても信じる信仰。棒は、誘惑に打ち勝つ美徳の力。中のお菓子や果物は、信仰と徳を守った人がもらえる天国のごほうびです。
つまり、目かくしの人がまわりの声をたよりに棒をふり、罪と誘惑の器を打ちくだくと、ごほうびが降ってくる。遊びそのものが、教えのたとえになっているわけです。くるくる回されて方向がわからなくなるのは、誘惑に迷うようすだ、という説明もあります。
ただし、注意が要ります。この意味づけを書いた16世紀の文書は、どの解説も示していません。割りふりも資料によって少しずつ違います。お菓子や果物を「天国のごほうび」とする説明もあれば、「神のめぐみ」とする説明もあります。カンザス州歴史協会は「ひとつの言い伝え」として、ピニャータは悪魔を表し、割ると悪がたおされて恵みが降ってくる、と紹介しています。修道士が本当にこう教えたのか、あとから整えられた解釈なのかは、はっきりしません。
それでも、この形は今も定番です。12月のポサダスのピニャータには、季節の果物とお菓子がぎっしり。ミカン、サトウキビ、ヒカマ(カブに似た根菜)、ピーナツ、テホコテ(サンザシの仲間の小さな実)などです。
5土のつぼから紙の張り子へ:「ピニャータの町」アコルマンの今
昔のピニャータは、割れると本当に「ガシャン」と鳴りました。中心は素焼きの土のつぼ、オジャ。そこに色紙と、小麦粉と水で作ったのり「エングルード」で飾りをつけたものです。ラス・ポサダスのピニャータは、伝統的には土のつぼで作られてきました。
カンザス州歴史協会の解説によると、20世紀に観光客がふえると、形を自由に作れる紙の張り子が広まりました。牛や星やロバのピニャータが、次々に作られるようになったのです。割れたつぼのかけらは子どもに危ないことも、紙に変わった理由の一つとされます。メキシコ文化省は2011年に、今はボール紙だけで作られ、あらかじめ割れ目の入ったものも多いと紹介しています。
アコルマンでは今も、ピニャータを手で作り続けています。メキシコ国立人類学歴史研究所(INAH)は、この町を「ピニャータのゆりかご」と紹介しています。1985年からは毎年12月に「ピニャータ祭り」が開かれています。目玉は、近くの町や村が出すピニャータのコンテスト。大きさや独創性を競います。名前は「ポサダとピニャータの祭り」「国際ピニャータ祭り」など年によって変わります。競馬や闘牛、キリストの誕生を演じる芝居(パストレラ)、コンサートまで並びます。町は「よみがえるアコルマンの手作りピニャータ」という意味の団体商標も取りました。
6アメリカへ、そして世界の誕生会へ:キャラクターのピニャータと切手
ピニャータは国境もこえました。アメリカでは、メキシコ系をはじめとするラテン系の家庭から広がりました。誕生会やクリスマス、シンコ・デ・マヨ(5月5日のメキシコ系のお祭り)に欠かせず、今ではメキシコ系でない家の誕生会でもおなじみです。カンザス州歴史協会も、ピニャータはメキシコから来た人たちが運んできた、と書いています。テキサス州サンアントニオでは、1966年から川沿いの遊歩道でラス・ポサダスの行列が続いています。
形も変わりました。メキシコ文化省は2011年の時点で、動物やマンガのスーパーヒーローの形が多いと紹介しています。映画やアニメのキャラクターのピニャータは、職人にとって大事な商品です。ただ、著作権でもめたり、アメリカの税関に差しおさえられたりしたこともあります。
2023年9月8日、アメリカ郵政公社はピニャータの切手を発行しました。デザインは4種類で、2つはロバ、2つは7つの角の星。手がけたのは、メキシコシティで育ったデザイナーのビクトル・メレンデスです。子どものころ、親戚とラス・ポサダスのピニャータを作った思い出がもとになっています。お披露目の場は、ニューメキシコ州ロズウェルの第36回ピニャータ・フェスティバルでした。
メキシコでは今も、12月16日からの9晩、ポサダスの夜ごとにピニャータが割られます。目かくしの子がくるくる回され、みんなが「Dale, dale, dale(打て、打て、打て)」と歌ってはやします。歌が終わるまでが一人の持ち時間です。目かくし、棒、降ってくるお菓子。この3つは、トレッカーニの辞書が説明するイタリアの遊びと、ほとんど変わっていません。
🕰️Timeline年表
- 1147年北宋の都・開封の記録『東京夢華録』に、立春に土の春牛を打つ「打春」が書かれる。
- 1298〜1299年マルコ・ポーロの『東方見聞録』が書かれる。ピニャータにあたる話は出てこない。
- 1539〜1580年アウグスティノ会の修道士たちが、メキシコのアコルマンに修道院を建てる。
- 1586年教皇シクストゥス5世が、アコルマンの修道士に12月16〜24日の「アギナルドのミサ」を許す(1587年とする資料もある)。ここでピニャータが使われたと伝わる。
- 1966年アメリカ・テキサス州サンアントニオで、川沿いの遊歩道を歩くラス・ポサダスの行列が始まる。
- 1985年アコルマンで、毎年12月のピニャータ祭りが始まる。
- 2017年中国・復旦大学の学術誌の論文が、『東方見聞録』にピニャータの話はないと指摘する。
- 2023年9月8日アメリカ郵政公社が、ロバと7つの角の星のピニャータ切手を発行する。
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❓FAQよくある質問
ピニャータの由来は? どこから来たのですか?
はっきりしているのは、イタリアで四旬節の初めに目かくしで土のつぼを割る遊びがあり、それがスペインを通って16世紀にメキシコへ伝わったことです。メキシコでは1586年、アコルマンの修道士がクリスマス前のミサで使ったと伝わります。中国の立春の行事「打春」がもとだという説もありますが、確かな証拠はありません。
ピニャータの7つの角の意味は?
7つの角は、高慢・強欲・色欲・怒り・暴食・ねたみ・怠惰の「7つの大罪」を表すと説明されます。目かくしは信仰、棒は誘惑に打ち勝つ美徳、中のお菓子は天国のごほうび、という意味づけもあります。ただ、この意味づけを書いた16世紀の記録は示されておらず、あとからの解釈が混じっている可能性もあります。
ピニャータはどこの国の文化ですか?
今いちばん盛んなのはメキシコで、12月のラス・ポサダスや誕生会の定番です。ただ、遊びの形はイタリアとスペインで生まれ、16世紀にメキシコへ渡りました。今ではアメリカなど多くの国の誕生会でも使われています。
ピニャータの語源は? どういう意味ですか?
イタリア語の pignatta(おなかのふくらんだ土のなべ・つぼ)から来ています。スペイン王立アカデミーの辞書によると、さらにさかのぼると pigna(松かさ)で、昔のつぼの形が松かさに似ていたからだとされます。
ピニャータとマルコ・ポーロの話は本当ですか?
確かめられていません。2017年に『東方見聞録』を調べた研究者は、本の中にピニャータの話は出てこないと指摘しています。中国に立春の牛を打つ行事があったのは本当ですが、それがマルコ・ポーロ経由でイタリアに渡ったという話は、説の一つです。
ラス・ポサダスとピニャータはどんな関係?
ラス・ポサダスは12月16日から24日までの9晩、マリアとヨセフが宿を探す場面を再現するメキシコの行事で、毎晩の最後にピニャータを割ります。そのもとは、1586年にアコルマンの修道士が教皇の許しを得て始めた「アギナルドのミサ」だとされます(1587年とする資料もあります)。
▶️Videos & Links動画とリンク集
Art 101: Where do piñatas come from? It's complicatedCBC Arts
Historia de las piñatasMuseo Regional de Chiapas - INAH
The piñata: Is it actually a Mexican tradition?Veka Duncan
▶ YouTubeで「history of the piñata」をもっと見る
La piñata, otro recurso de la evangelización - UNAM Globalメキシコ国立自治大学の記事(スペイン語)。中国説・マヤやアステカの似た習慣を「説」として紹介し、アコルマンのミサと7つの角の意味を説明。
La piñata, símbolo de la cultura mexicana - Gobierno de Méxicoメキシコ農業省の記事(スペイン語、2017年)。1586年のアギナルドのミサ、土のつぼ、7つの角・目かくし・棒・お菓子の意味、中に入れる果物がわかる。
La piñata, una colorida tradición de arraigo nacional - Secretaría de Culturaメキシコ文化省の発表(スペイン語、2011年)。土のつぼと小麦粉ののりで作った昔のピニャータから、ボール紙やヒーロー形の今のピニャータまで。
Acolman: cuatro siglos de posadas y tradicionales piñatas - INAHメキシコ国立人類学歴史研究所(スペイン語)。アコルマンの修道院とアギナルドのミサ、「ピニャータのゆりかご」と呼ばれる理由を写真つきで紹介。
Pinata - Kansapedia, Kansas Historical Societyカンザス州歴史協会の解説。イタリアのつぼ割り、スペインの「ピニャータの日曜日」、紙の張り子への変化、アメリカへの広がりと作り方まで。
USPS Celebrates Hispanic Heritage Month With Piñatas! Stampsアメリカ郵政公社の発表(2023年)。ロバと星の4種類の切手と、ロズウェルのピニャータ祭りでのお披露目、ピニャータの歴史のまとめ。
Piñata - Wikipedia英語版ウィキペディア。起源の諸説、アコルマン、宗教的な意味づけ、キャラクター形や著作権の問題まで幅広くまとまっている。



