第1章|記憶の科学1-6『わかったつもり』の罠読み返すほど「覚えた気」になるのは脳のワナ。自信と成績は別物だった

教科書の英文を3回読み返したら、スラスラ読めるようになった。もう覚えた、と感じる。その感覚は、どこまで信じてよいのでしょう。ある実験では、大きな文字で書かれた単語ほど、人は「覚えられる」と予想しました。実際の記憶には、ほとんど差がなかったのにです。前もって注意しても、この傾向は消えませんでした。では、脳は何を「覚えた」と取り違えているのか。
この節の目次(6項目)
01「わかる」と「できる」は別の力
英語の教科書を2回、3回と読み返すと、文がスラスラ読めるようになります。単語帳を眺めると、見覚えのある単語ばかりに感じます。このとき、多くの人は「覚えた」と判断します。
でも、ここに落とし穴があります。見てわかることと、何もないところから思い出せることは、別の力です。
- 見てわかる:reluctant を見て「あ、気が進まない、だ」と思う
- 思い出せる:「気が進まない」を英語で言おうとして、reluctant が出てくる
英語を話す・書くときに必要なのは、後者の力です。ところが読み返しは、前者の「見てわかる」感覚を強めやすい。しかも、くり返し読むと文章がなめらかに頭に入ってくるので、その「読みやすさ」を「覚えている」と取り違えてしまいます。このような思いこみは、流暢性の錯覚と呼ばれます。
やっかいなのは、この錯覚が「気分」ではなく、本人にとってはとても確かな感覚だという点です。「さっき読んだばかりだし、知っている」と感じるのは自然なことです。だから、感覚ではなく、事実で確かめる方法が必要になります。
02自信と成績がズレた4つの実験
研究では、学習者の自信と実際の成績がズレることが、何度も示されています。
| 研究 | わかったこと |
|---|---|
| Roediger と Karpicke(2006) | 文章を4回読んだ人は、思い出す練習をした人より「1週間後も覚えている」と自信があった。実際の1週間後の成績は低かった |
| Karpicke と Roediger(2008) | 外国語の単語で、学生の「どれだけ覚えているか」の予想は、実際の成績と関係がなかった |
| Kornell と Bjork(2008) | 参加者は、まとめて学ぶほうが効果的だと評価した。自分のテスト結果が逆を示したあとでも、評価は変わらなかった |
| Rhodes と Castel(2008) | 大きな文字の単語ほど「覚えられる」と予想した。実際の記憶にはほとんど差がなかった。警告しても傾向は残った |
最後の研究は、特に考えさせられます。文字が大きくて読みやすいというだけで、脳は「覚えやすい」と判断してしまう。研究者たちは、文字を大きくしても読みにくくする細工をすると、この効果が消えたと報告しています。つまり予想を動かしていたのは、読みやすさだったのです。
ここから言える教訓は1つです。読みやすさや見覚えは、記憶の強さの目安にならない。
03勉強法の通信簿:読み返しとマーカーは「低」
2013年、Dunlosky ら5人の心理学者が、学生がよく使う10の勉強法について研究をまとめ、評価をつけました。年齢・材料・テストの種類が変わっても効くかどうかで、「高・中・低」の3段階です。
| 評価 | 勉強法 |
|---|---|
| 高 | 練習テスト(思い出す練習)、分散学習 |
| 中 | 精緻化質問(「なぜ?」と問う)、自己説明、インターリーブ |
| 低 | 要約、マーカー・下線引き、キーワード法、文章のイメージ化、読み返し |
読み返しとマーカー引きは、多くの学生が使っているのに、成績を安定して上げるとは言えない、という評価でした。著者たちは、読み返しの代わりに練習テストを使うようにすすめています。
ただし「低」は「まったく無意味」という意味ではありません。要約やイメージ化は、一部の学生・一部のテストでは役立つことが示されています。役立つ条件が限られていて、まだ研究が足りない、という評価です。
実際の学生の勉強法を調べた Karpicke ら(2009)の調査では、177人の大学生のうち84%が「読み返し」を勉強法に挙げ、55%がそれを一番の方法だと答えました。思い出す練習を挙げたのは11%で、一番の方法としたのは1%でした。効果の評価が低い方法ほど、よく使われているのです。
04英語学習でよくある「わかったつもり」
英語学習には、わかったつもりになりやすい場面がたくさんあります。
| わかったつもり | 本当に確かめる方法 |
|---|---|
| 和訳を読んで「なるほど」と思う | 和訳を隠して、英文を前から意味をとって読めるか試す |
| 単語帳の日本語を隠さずに眺める | 日本語を隠して英語→日本語、英語を隠して日本語→英語 |
| スクリプトを見ながら聞いて「聞きとれた」と思う | スクリプトなしで聞き、聞こえた文を書き出してから見る |
| 文法の解説にうなずく | 本を閉じて、そのルールを使った例文を自分で3つ作る |
| お手本の発音を聞いて「わかる」と思う | 自分の声を録音して、お手本と聞き比べる |
たとえば、次の英文を読んで意味がわかったとします。
- I wish I had studied harder when I was in high school.(高校のとき、もっと勉強しておけばよかった)
「わかった」で終わらず、本を閉じて「もっと早く寝ておけばよかった」を英語で言ってみます。
- I wish I had gone to bed earlier.
これが言えたら、この文の形が「できる」状態です。言えなければ、まだ「わかる」の段階。その差を埋めるのが、思い出す練習です。
05自分を正しく測る5つの方法
感覚ではなく事実で自分を測るために、次の5つを使います。
- 翌日に確かめる。 覚えた直後のテストは甘く出ます。Roediger と Karpicke の実験でも、5分後と1週間後では順位が逆転しました。本当の実力は、1日以上たってから測ります。
- 選ぶのではなく、出す。 4択で正解できても、自分で言えるとは限りません。日本語→英語で言う・書く形で確かめます。
- 予想してから答え合わせ。 小テストの前に「何点とれそうか」を書き、結果と比べます。予想がいつも高すぎるなら、自分の感覚が甘く出ているサインです。
- 「言えない」を記録する。 言えなかった単語、作れなかった文をノートかカードに集めます。これが次の勉強の材料になります。
- 人に説明してみる。 文法のルールを、家族や友だちに(いなければ自分に向けて声に出して)説明します。説明に詰まったところが、わかっていないところです。
ポイント:「覚えた気がする」は感覚、「言えた・書けた」は事実。勉強の判断は、事実のほうで行います。
マーカーも、使い方を変えれば役に立ちます。マーカーを引いたら、その部分を指でかくして、自分で言えるかを確かめる。引くことを「覚える作業」ではなく、「あとで思い出す場所の目印」に変えるわけです。
06同じ30分を「思い出す30分」に変える
わかったつもりを防ぐ一番の方法は、勉強時間を増やすことではなく、同じ時間の中身を入れかえることです。英文法の参考書を1単元勉強する30分を例に、くらべてみます。
| よくある30分 | 入れかえた30分 | |
|---|---|---|
| 0〜10分 | 解説を読む | 解説を読む |
| 10〜20分 | 解説と例文をもう一度読む | 本を閉じ、例文を日本語から英語で言う |
| 20〜30分 | 大事なところにマーカーを引く | 言えなかった例文を確かめ、もう一度閉じて言う。問題を数問解く |
最初の10分は同じです。ちがうのは残りの20分。左の30分は、終わったときの「わかった感」は大きいのですが、それは主に読みやすさから来る感覚です。右の30分は、言えない文が見つかるので気分はよくありません。でも、その「言えない」が見つかったことこそが収穫です。
例文で言うと、こんな形です。
- 日本語:その映画はもう見ましたか。
- 英語:Have you seen the movie yet?
これを本を閉じて言えるかどうかで、その単元の勉強が「読んだ」で終わったのか、「できる」まで進んだのかが分かります。
「覚えた気がする」は感覚、「言えた」は事実
今日からのやり方
- 今日の勉強で「わかった」と思ったことを3つ選ぶ
- 教材を閉じて、その3つを声に出すか紙に書いて再現する
- 再現できなかったものだけを教材で確かめ、もう一度閉じて言う
- 小テストや模試の前に予想点を書き、結果と比べる
- 読み返しやマーカー引きの時間を、思い出す練習の時間に置きかえる
レベル別:あなたならこうする
教科書の本文を読んだら、日本語訳を見て英文が言えるかを1文だけ試します。言えなかったら、そこが今日の練習の場所です。読み返した回数ではなく、言えた文の数を数えます。
リスニングはスクリプトを見る前に、聞こえた文を書き出します。単語帳は日本語→英語で確かめ、言えない語に印をつけて記録します。模試の前には予想点を書き、実際と比べます。
英作文や英語での発言を録音・保存し、1週間後に見直して誤りを集めます。自信のある分野と、誤りの記録が多い分野がズレているところが、伸びしろのある分野です。
よくある失敗と対策
マーカーは「大事な場所」を示すだけで、覚えたことにはなりません。引いた部分を隠して、自分で言えるかを確かめます。
読みやすさは記憶の強さの目安になりません。翌日、何も見ずに再現できるかどうかで判断します。
直後のテストは高く出がちです。翌日や1週間後にもう一度テストして、本当に残っているかを確かめます。
1 MIN
今日読んだ英文を1つ、本を閉じて英語で言えるか試す
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
1-6大学生がいちばん使っている勉強法は?
Karpicke ら(2009)の177人の調査では、84%が「読み返し」を挙げ、55%がそれを一番の方法だと答えました。思い出す練習を挙げたのは11%、一番としたのはわずか1%でした。
1-6大きな文字で書かれた単語は、本当に覚えやすい?
Rhodes と Castel(2008)では、大きな文字の単語ほど「覚えられる」と予想されましたが、実際の記憶にはほとんど差がありませんでした。「文字の大きさは関係ない」と警告しても、この傾向は残りました。
1-6勉強法としての読み返しとマーカー引き、研究での評価は?
Dunlosky ら(2013)は、10の勉強法を研究から評価しました。読み返しとマーカー引きは「低」。練習テスト(思い出す練習)と分散学習が「高」でした。よく使われる方法ほど評価が低かったのです。
PRACTICE KIT
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この節の根拠(研究・公式情報)
10の勉強法を評価し、練習テストと分散学習を「高」、読み返し・マーカー・要約・キーワード法・文章のイメージ化を「低」とした。読み返しの代わりに練習テストをすすめた。
Dunlosky, J., Rawson, K. A., Marsh, E. J., Nathan, M. J., & Willingham, D. T. (2013). Improving students' learning with effective learning techniques: Promising directions from cognitive and educational psychology. Psychological Science in the Public Interest, 14(1), 4–58.出典を開く ↗大学生177人の調査で、84%が読み返しを勉強法に挙げ、55%が一番の方法とした。思い出す練習を挙げたのは11%、一番としたのは1%だった。
Karpicke, J. D., Butler, A. C., & Roediger, H. L. (2009). Metacognitive strategies in student learning: Do students practise retrieval when they study on their own? Memory, 17(4), 471–479.出典を開く ↗大きな文字の単語ほど「覚えられる」と予想されたが、実際の記憶との関係はほとんどなかった。警告しても残り、読みにくくすると効果が消えた。
Rhodes, M. G., & Castel, A. D. (2008). Memory predictions are influenced by perceptual information: Evidence for metacognitive illusions. Journal of Experimental Psychology: General, 137(4), 615–625.出典を開く ↗まぜて学ぶほうが成績がよかったのに、参加者はまとめて学ぶほうが効果的だと評価し、自分の結果を見たあとも評価を変えなかった。
Kornell, N., & Bjork, R. A. (2008). Learning concepts and categories: Is spacing the "enemy of induction"? Psychological Science, 19(6), 585–592.出典を開く ↗よくある質問
読み返しはまったく無意味ですか?
無意味ではありません。最初に内容を理解するには、読むことが必要です。ただ、2回目以降の読み返しは時間のわりに効果が小さいので、思い出す練習に置きかえたほうが得です。
マーカーは使わないほうがいい?
あとで復習する場所の目印としては使えます。問題は、引いただけで覚えた気になることです。引いた部分は、あとで隠して自分で言えるかを確かめます。
自分の実力をいちばん正確に知る方法は?
時間をおいて、何も見ずに自分で答えを出すことです。翌日以降に、日本語→英語で言う・書く形のテストをすると、「わかる」と「できる」の差がはっきり見えます。




