序章|英語学習の地図序-2英語はどれくらいで使えるようになる?『英語は2200時間』は誤解だらけ。米国務省の数字の正しい読み方

「英語をものにするには2200時間」。よく引用されるこの数字は、米国務省の外交官養成機関FSIの表から来ています。ところが表をよく読むと、学ぶのは英語の母語話者で、2200時間は日本語などを学ぶ場合の目安です。しかも訓練生は、授業23時間と自習17時間の1週間をすごしています。では、日本の学習者は、次のレベルまでに何時間を見込めばよいのか。
01『2200時間』の出どころ
英語学習の世界でよく引用される「2200時間」という数字は、米国務省の外交官養成機関 Foreign Service Institute(FSI)が公開している、言語別の学習期間の目安から来ています。
FSIの公式ページによると、この目安は、学習者が米国政府の言語能力の尺度(ILR)で「話す+聞く」の総合3に届くまでに、ふつうどれくらいかかるかを示したものです。区分は次の4つです。
| 区分 | 期間(授業時間) | 例 |
|---|---|---|
| I | 24〜30週(552〜690時間) | フランス語、スペイン語、オランダ語など |
| II | 約36週(828時間) | ドイツ語、インドネシア語など |
| III | 約44週(1,012時間) | ロシア語、タイ語、ベトナム語など |
| IV | 88週(2,200時間) | アラビア語、中国語(広東語・北京語)、日本語、韓国語 |
FSIは区分IVを、英語を母語とする人にとって「とびきり難しい言語」と説明しています。ここで見落とされがちな点が3つあります。
- 学習者は英語の母語話者です。日本語話者が英語を学ぶ場合の表ではありません。
- 学習の濃さがまったく違います。典型的な1週間は、授業23時間と自習17時間。仕事として、週40時間を語学にあてる前提です。
- 個人差があると明記されています。実際の期間は、学習者の素質、これまでの語学経験、授業の時間などで変わるとされています。
つまり「2200時間」は、プロの訓練を受ける英語話者が、日本語をILRの3まで伸ばすための授業時間の目安です。日本の学習者がそのまま自分の目標に置きかえてよい数字ではありません。
02逆向きに当てはめてよいのか
この表を見て「日本語は英語話者にとって最難関。だから日本人にとっても英語は最難関で、2200時間かかる」と考える人がいます。ここは慎重に考える必要があります。
まず、FSIは日本語話者が英語を学ぶ時間を示していません。表を逆向きに読むのは、FSIの主張ではなく、読み手の推測です。
一方で、「言語どうしの距離は、どちら向きでもある程度同じではないか」という考え方で調べた研究はあります。経済学者の Chiswick と Miller(2005)は、アメリカ人が外国語の訓練を24週間受けた後の成績(Hart-Gonzalez と Lindemann, 1993 の報告)をもとに、英語と各言語の「距離」を数値にしました。この数値では、日本語が最も遠く、スウェーデン語やノルウェー語などが最も近い言語でした。
そのうえで、距離は対称的だと仮定して、アメリカに住む移民の英語力を分析しました。学歴や滞在年数などの条件をそろえても、英語から遠い言語を母語とする人ほど、英語ができる割合が低い傾向がありました。
ここから言えるのは、次のところまでです。
- 日本語話者にとって英語は、ヨーロッパの言語の話者より時間がかかりやすい、と考える根拠はある
- しかし「日本人は2200時間」とぴったり言える根拠はない
日本の学習者は学校で何年も英語を学び、カタカナ語として英単語にたくさん触れています。FSIの訓練生とは出発点も学び方も違います。数字だけを取り出して、怖がったり安心したりしないことが大切です。
03ケンブリッジの目安:1段約200時間
もう一つよく使われるのが、Cambridge English(ケンブリッジ大学の英語検定部門)が示す「ガイド付き学習時間(guided learning hours)」です。授業や、指導を受けながら学ぶ時間を指します。
公式サポートページでは、CEFR(この章の「自分のレベルを知る」の節で詳しく説明する国際的なレベルの物差し)の1レベル上がるのに、およそ200時間が目安とされています。ゼロから各レベルに届くまでの累計は次のとおりです。
| CEFR | ゼロからの累計(目安) |
|---|---|
| A1 | 90〜100時間 |
| A2 | 180〜200時間 |
| B1 | 350〜400時間 |
| B2 | 500〜600時間 |
| C1 | 700〜800時間 |
| C2 | 1,000〜1,200時間 |
ケンブリッジ自身が「あくまで目安」と書いていて、必要な時間は、これまでの語学経験、学習の密度、年齢、授業以外でどれだけ英語に触れるかで変わるとしています。
日本語話者の場合は、前のブロックで見た言語の距離も考えると、この表より多めに見積もっておくと安心です。それでも、FSIの「2200時間」から受ける印象よりは、ずっと具体的で手の届く数字だと感じるはずです。
04学校の英語は何時間だったのか
では、私たちは学校で何時間、英語を学んできたのでしょうか。学校教育法施行規則が定める標準の授業時数で、今の制度の場合を数えてみます。
| 学年 | 年間の時数 | 1単位時間 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 小3・小4(外国語活動) | 各35 | 45分 | 約52時間 |
| 小5・小6(外国語) | 各70 | 45分 | 約105時間 |
| 中1〜中3(外国語) | 各140 | 50分 | 350時間 |
合計すると約500時間です。世代によって小学校の英語の時間は違い、高校の英語の時間は学校・学科・選ぶ科目によって大きく変わるため、ここでは数えていません。
数字だけ見ると、中学卒業までに、ケンブリッジの目安でいうA2〜B1に届きそうな時間です。ところが、文部科学省の令和7年度「英語教育実施状況調査」では、中学校でCEFR A1レベル相当以上の英語力をもつ生徒の割合は54.6%でした(教員が相当と判断した生徒も含みます)。国の目標は6割以上です。
この差は、授業時間がそのまま「一人ひとりが英語を聞き、読み、話した時間」ではないことを考えると理解しやすくなります。大人数のクラスの50分の授業で、一人が英語を口にする時間や、自分のペースで英語を処理する時間は限られます。ケンブリッジの目安と単純に比べることはできません。
ここから分かるのは、時間は「自分が実際に英語を処理した時間」で数えるのが大切だということです。授業を受けた時間ではなく、聞いて理解した、読んで理解した、声に出した、書いた時間を数えましょう。
05自分の必要時間を見積もる
最後に、自分の必要時間をざっくり見積もる手順です。
- 「自分のレベルを知る」の節で、今のCEFRレベルを確かめる
- 目標のレベルとの差を数える(例:A2→B1なら1段)
- 1段あたり約200時間(ケンブリッジの目安)を基準に、多めに見積もる
- 1日に確実に使える時間で割る
たとえば、A2の人がB1を目指すなら、まず200時間以上を見込みます。1日1時間なら7か月ほど、1日30分なら1年以上です。
これは英検でいえば、準2級(A2)から2級(B1)への道にあたります。英検協会の受験者データでは、5級から準2級までは各級の合格までにおよそ1年だったのに対し、準2級に合格した人が2級に合格するまでには約2年近くかかっていました(推計)。協会はこの差を「高い壁」と表現し、間に準2級プラスを新設しています。中級に入ってから伸びが遅く感じるのは、あなただけではありません。
数字に絶望する必要はありません。大事なのは次の2つです。
- 毎日の時間を、確実に英語を処理する時間にする(ぼんやり流した1時間は、内容を追って聞いた1時間と同じにはならない)
- 記録する(1か月ごとに合計時間と、できるようになったことを書き出す)
たとえば1日30分なら、1か月で約15時間です。カレンダーに毎日の分数を書くだけでも、自分の積み上げが目に見えるようになります。
目安は『1レベル上がるのに約200時間』。ただし数え方に注意
今日からのやり方
- 『自分のレベルを知る』の節で今のCEFRレベルを確かめ、目標との差(何段か)を数える
- 1段あたり約200時間を基準に、日本語話者として多めに必要時間を見積もる
- 1日に確実に使える時間を決め、必要時間を割って到達の時期を出す
- 毎日の学習時間を、英語を実際に処理した分だけ記録する
- 1か月ごとに合計時間と、できるようになったことを書き出して見直す
レベル別:あなたならこうする
A1〜A2は、ケンブリッジの目安でも累計200時間前後の段階です。まず中学英語をやり直し、1日30分でも毎日続けて、最初の100時間を積み上げることを目標にしましょう。
A2→B1、B1→B2は1段ごとに200時間以上を見込みます。英検準2級から2級は時間がかかりやすい区間なので、半年〜1年単位の計画を立て、毎月の記録で進み具合を確かめましょう。
B2→C1は、累計の目安でも数百時間の上積みが必要です。試験対策だけでなく、仕事や専門分野の英語を大量に読み聞きする時間を、毎日の生活の中に組みこむのが現実的です。
よくある失敗と対策
FSIの数字は、英語話者が外国語を学ぶ場合の目安です。日本語話者が英語を学ぶ時間の公式の数字ではないので、参考の一つとして控えめに扱いましょう。
授業時間と、自分が英語を聞いて読んで話した時間は別物です。記録するときは、実際に英語を処理していた時間だけを数えると、見積もりが現実に近づきます。
1段上がるのに約200時間が目安です。1日30分なら1年以上かかる計算なので、短い期間で変化が見えなくても、やり方が間違っているとは限りません。
1 MIN
今のレベルと目標の差を書き、1日の学習時間で割って到達時期を出す
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
序-2米国務省FSIの『2200時間』は、日本人が英語を学ぶ時間?
違います。米国務省FSIの表は、英語を母語とする学習者が外国語を学ぶ場合の目安です。日本語は最も難しい区分(88週・授業2200時間)に入っていますが、日本語話者が英語を学ぶ時間を示した表ではありません。
序-2米国務省FSIの外国語習得の目安『88週』は、どれくらい濃い学習?
FSIの説明では、典型的な1週間は授業23時間と自習17時間です。週40時間、仕事として語学に打ちこむ前提の数字で、自習の時間は「授業2200時間」とは別にかかっています。
序-2日本の学校で中学までに受ける英語の授業は、合計何時間?
今の制度の標準授業時数で数えると、小3〜小6が210単位時間(1単位45分)、中学3年間が420単位時間(1単位50分)。合わせて約500時間です。ただしこれは授業の長さで、一人ひとりが英語を使った時間ではありません。
PRACTICE KIT
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この節の根拠(研究・公式情報)
ILR尺度で「話す+聞く」の総合3に届くまでの目安。区分Iは24〜30週(授業552〜690時間)、日本語・韓国語・中国語・アラビア語の区分IVは88週(授業2200時間)。典型的な週は授業23時間+自習17時間。
U.S. Department of State, Foreign Service Institute. Foreign Language Training(言語別の学習期間の目安).出典を開く ↗アメリカ人の外国語訓練の成績から英語と各言語の距離を数値化し(日本語が最も遠い)、距離は対称的と仮定して移民の英語力を分析。英語から遠い言語の話者ほど、英語ができる割合が低い傾向があった。
Chiswick, B. R., & Miller, P. W. (2005). Linguistic distance: A quantitative measure of the distance between English and other languages. Journal of Multilingual and Multicultural Development, 26(1), 1–11.出典を開く ↗CEFRの1レベル上がるのにおよそ200時間のガイド付き学習が目安。ゼロからの累計はA1が90〜100、A2が180〜200、B1が350〜400、B2が500〜600、C1が700〜800、C2が1,000〜1,200時間。
Cambridge English Support Site. Guided learning hours.出典を開く ↗中学校でCEFR A1相当以上の英語力をもつ生徒(教員が相当と判断した生徒を含む)は54.6%、高校でA2相当以上は52.4%、B1相当以上は23.9%。第4期教育振興基本計画の目標は6割以上・3割以上。
文部科学省(2026)令和7年度「英語教育実施状況調査」の結果について.出典を開く ↗受験者データでは、5級から準2級までは各級の合格までにおよそ1年だったのに対し、準2級合格者が2級に合格するまでは約2年近く(推計で約21か月)かかっていた。
日本英語検定協会「準2級プラス特設サイト」(導入の背景・受験者データ).出典を開く ↗よくある質問
どれくらいで旅行英語ができるように?
CEFRのB1は、旅行中に起きそうなたいていの場面に対応できる段階とされています。ケンブリッジの目安ではゼロから累計350〜400時間です。学校で学んだ分も土台になるので、まず今のレベルを確かめてから逆算しましょう。
大人でも同じ時間で伸びますか?
ケンブリッジは、年齢を学習時間に影響する要因の一つに挙げています。ただ、年齢の影響は単純ではないので、第2章「言語習得の科学」の『大人は子どもに勝てない?』で詳しく説明します。
FSIの表に英語が載っていないのはなぜ?
FSIは米国の外交官などに外国語を教える機関で、表は英語を母語とする学習者向けの目安だからです。日本語話者が英語を学ぶ場合の時間を示した表ではありません。




