第3章|続ける技術3-6伸びない時期(プラトー)の乗り越え方伸びない時期は120年前から知られていた。停滞は「準備中」のサインかもしれない

1897年、アメリカのインディアナ大学で、モールス信号を受信する技術の上達が何か月にもわたって記録されました。順調に伸びていた速さが、あるところで止まります。本人も伸びを感じられず、テストでもほとんど変化のない時期が長く続きました。ところがある時、数日のうちに、意味の分からない音の連続だった信号が、言葉として聞こえるようになったのです。止まって見えたあいだ、頭の中では何が起きていたのか。
01停滞は120年前から知られている
英語の学習を続けていると、ある時期から急に伸びが感じられなくなることがあります。この「伸びない時期」は、英語学習だけの話ではありません。心理学ではプラトー(高原、平らな台地)と呼ばれ、学習の研究のごく初期から知られていました。
1897年、アメリカのインディアナ大学の William Bryan と Noble Harter は、モールス信号を使う電信の技術がどう身につくかを調べました。送信と受信の速さを何か月も記録したところ、受信の伸びに長い停滞期が現れました。何週間も確かな伸びが続いたあと、本人も伸びを感じられず、テストでもほとんど変化が見られない時期が長く続く。ところがある時、数日のうちに変化が訪れ、それまで意味の分からない音の連続だった信号が、意味のある言葉として聞こえるようになったといいます。
この論文には、外国語の学習についての記述もあります。Bryan と Harter は、外国語を身につけた人たちとの会話をもとに、話されていることが分かるようになる少し手前に、長くてがっかりするような停滞があるという声を紹介しています。そして、多くの人がそこであきらめてしまう、とも書いています。
英語を学ぶ人には、身に覚えのある話かもしれません。ただし、これは120年以上前の観察と聞き取りにもとづく記述です。その後の心理学では、「プラトーは本当にあるのか」をめぐって議論が続いてきました(Gray, 2017)。すべての人が同じ形の停滞を経験するわけではありません。それでも、伸びない時期があること自体は、学習がうまくいっていない証拠ではない、ということは言えます。
02横ばいの裏で起きていること
では、伸びが止まって見える時期には、何が起きているのでしょうか。Bryan と Harter は、伸びが見えない間にも、上達に欠かせない変化が頭の中で進んでいるはずだと考えました。ただし、それが具体的に何なのかは、当時ははっきりしませんでした。
現代の研究者 Wayne Gray は、「プラトー」と「漸近線(本当の限界)」を区別することを提案しています(Gray, 2017)。本当の限界は、それ以上なかなか伸びない天井です。一方プラトーは、やり方を変えれば越えられる、見かけの天井であることがあります。経験を積んだ人が同じレベルにとどまり続けるのは、能力の限界ではなく、慣れたやり方を使い続けているせいかもしれない、という見方です。
さらに Gray と Lindstedt(2017)は、熟練の過程を「プラトー・ディップ・リープ」という枠組みで分析しています。
- プラトー:伸びが平らになる時期
- ディップ:新しいやり方を試して、成績が一時的に下がる時期
- リープ:新しいやり方がうまくいき、それまでの伸びの線より一段上に跳ねる時期
英語学習にも、思い当たる例があります。
- 英文を日本語に訳しながら読んでいた人が、英語の語順のまま前から読む練習を始めると、最初はかえって遅くなる
- カタカナ読みの発音を、英語のリズムで話す練習に切りかえると、最初はぎこちなくなる
- 決まり文句だけで話していた人が、自分の言葉で説明しようとすると、言葉に詰まる回数が増える
こうした一時的な落ちこみは、新しいやり方を身につけている途中の「ディップ」である可能性があります。ここで「やっぱり前のやり方がいい」と戻ってしまうと、次に跳ねるチャンスを逃すかもしれません。
03伸びを「見える化」する:記録の付け方
停滞期がつらいのは、伸びが見えないからです。そこで役に立つのが記録です。
Harkin ほか(2016)は、目標への進み具合を確かめる(モニタリングする)効果を調べた138件・合計19,951人の実験をまとめました。その結果、進み具合を確かめるよう促す工夫は、確かめる回数を増やし、目標の達成を後押ししていました(効果量 d=0.40)。さらに、進み具合を紙などに記録したときや、結果を人に報告したり公開したりしたときに、効果がより大きくなっていました。
英語学習の記録テンプレート
記録は、毎日1行で十分です。
| 日付 | 時間 | やったこと | 数字 | ひとこと |
|---|---|---|---|---|
| 10/8 | 20分 | 単語アプリ・音読 | 新しい単語15個 | 3段落目がすらすら読めた |
| 10/9 | 2分 | 単語カード | 5枚 | 疲れた日。最低ラインだけ |
| 10/10 | 45分 | 多読 | 3,200語 | 辞書なしで最後まで読めた |
ポイントは「数字」の欄です。勉強時間だけでなく、読んだ語数、聞いた本数、覚えた単語数、音読の回数など、量が分かる数字を入れます。時間は同じでも、同じ時間で読める語数が増えていれば、それは伸びの証拠です。「ひとこと」の欄には、できるようになったことを書きます。停滞期に見返すと、自分が思っているより多くのことができるようになっていると気づけます。
誰かに報告する
研究では、結果を人に伝えると効果が大きくなっていました。大人なら、学習仲間や先生に週1回報告するのも方法です。中学生・高校生は、SNSで公開するより、家族や先生、友だちに見せる形がおすすめです。
04録音とテストで「昔の自分」と比べる
毎日の記録に加えて、月に1回の定点観測をすると、停滞期でも伸びを実感しやすくなります。比べる相手は他人ではなく、1か月前、3か月前の自分です。
定点観測のメニュー(毎月1日に15分)
- 音読の録音(3分):毎月同じ英文(教科書の1ページなど)を音読し、スマホで録音する。3か月分を続けて聞くと、なめらかさやリズムの変化が分かります。
- 1分間スピーチの録音(3分):「自己紹介」「好きなこと」など同じテーマで1分話し、録音する。言葉に詰まった回数、使えた表現の数を数えます。
- ディクテーション(5分):同じレベルの短い音声を書き取り、正しく書けた語の割合を記録する。
- 読む速さ(4分):やさしい英文を読み、1分あたりの語数(WPM)を出す。読んだ語数を、かかった分数で割って求めます。
例えば、1か月目の1分間スピーチがこうだったとします。
- I like... soccer. I play soccer... every Sunday. It is... fun.(サッカーが好きです。毎週日曜にやります。楽しいです)
3か月後、同じテーマで話すとこうなっているかもしれません。
- I've been playing soccer since I was ten, and I still play every Sunday with my friends.(10歳からサッカーを続けていて、今も毎週日曜に友だちとやっています)
毎日の感覚では「何も変わっていない」と思っていても、録音を並べると変化がはっきり聞こえることがあります。数か月ごとに、英検やTOEICなどの試験や模試を受けて、外の物差しで確かめるのもよい方法です。
05停滞を抜ける打ち手と、止まった後の戻り方
記録で状況が見えたら、次はやり方を変えます。Gray の考え方に従えば、プラトーの中には「やり方を変えれば越えられる天井」があります。
停滞を抜ける5つの打ち手
- 難しさを1段上げる:楽に分かる教材ばかりだと、新しく学ぶことが少なくなります。少し背のびが必要な教材を一部に入れます。
- 弱点を一つにしぼる:ディクテーションや録音で見つけた弱点(音のつながり、前置詞など)だけを、2週間集中して練習します。
- インプットとアウトプットの比率を変える:聞く・読むが中心なら、話す・書くを増やす。その逆も試します。
- 練習の種類を入れかえる:同じ教材の音読に慣れきったら、シャドーイングや要約に切りかえます。
- あえて軽くする週を作る:疲れがたまっているときは、最低ラインだけの週を作って立て直します。
止まってしまった後の戻り方
停滞期には、勉強そのものが止まってしまうこともあります。そのときに使えるのが「区切り」の力です。Dai、Milkman、Riis(2014)は、新しい週・月・年、学期の始まり、誕生日、祝日といった時間の区切りのあとに、「ダイエット」の検索、ジムへの来場、目標を守る約束の申しこみが増えることを示しました。研究者たちは、区切りが過去の失敗を「前の期間」のものにし、大きな視点で自分を見直すきっかけになると考えています。
英語学習なら、次の月曜日、来月の1日、新学期の初日などを「再スタートの日」と決め、次のことをします。
- 止まっていた理由を1行で書く(責めずに、事実だけ)
- 最低ラインを決め直す(2分でできるもの)
- if-then を1つ作り直す
区切りを待ちすぎると空白が長くなるので、「次の月曜」くらいの近い区切りを選ぶのがコツです。止まったことより、戻ってきたことのほうが、英語学習ではずっと大切です。
停滞は異常ではない。記録で伸びを見える化し、やり方を変える
今日からのやり方
- 毎日1行の学習記録をつけ、時間だけでなく語数や本数など量の数字も書く
- 毎月1日に同じ英文の音読と1分スピーチを録音し、過去の分と聞き比べる
- 伸びが止まったら、弱点を1つにしぼって2週間集中して練習する
- 教材の難しさか練習の種類を1つだけ変え、一時的な落ちこみは様子を見る
- 勉強が止まったら、次の月曜を再スタートの日にして最低ラインから戻る
レベル別:あなたならこうする
初級の停滞は、知っている単語や文の量がまだ少ないことが原因になりやすい時期です。単語の復習を増やし、教科書の音読を毎月録音して比べましょう。数か月分を並べると、変化に気づきやすくなります。
中級では、伸びが見えにくく感じる人が少なくありません。読んだ語数や聞いた時間を数字で記録し、同じ時間で処理できる量が増えているかを確かめます。そのうえで、話す・書く練習の比率を上げてみましょう。
上級者の停滞は、慣れたやり方を続けていることが原因の場合があります。苦手な分野の素材、速い音声、専門的な文章など、今のやり方では歯が立たない課題をあえて取り入れましょう。
よくある失敗と対策
教材を替えるだけでは、同じやり方が続くことがあります。まず記録と録音で弱点を見つけ、練習の種類や難しさを1つずつ変えて結果を確かめましょう。
毎日の変化は小さすぎて気づけません。毎月同じ英文の録音や読む速さの記録など、条件をそろえた比べ方で伸びを確かめましょう。
一気に取り返そうとすると負担が大きくなり、また止まりやすくなります。次の月曜などの区切りを再スタートの日にして、最低ラインから戻りましょう。
1 MIN
今日の英語を1行記録し、教科書の1ページを音読して録音する
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
3-6外国語の「伸びない時期」はいつから知られている?
1897年、電信の受信技術を調べた Bryan と Harter は、伸びが止まる長い「プラトー」を報告しました。論文には、外国語を学んだ人たちも、聞いて分かる手前で長い停滞を感じると話していたことが書かれています。
3-6上達の途中で成績が一時的に下がるのは、悪いこと?
熟練の研究では、新しいやり方を試している時期に成績がいったん下がり(ディップ)、そのやり方が身につくと一段上に跳ねる(リープ)ことがあると指摘されています。下がる時期は、変化の途中かもしれません。
3-6記録をつけるだけで、目標に近づける?
138件・約2万人の実験をまとめた分析では、進み具合を確かめる工夫は目標の達成を後押ししていました(d=0.40)。とくに、紙などに記録したときや、人に報告したときに効果が大きくなりました。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
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原田英語のサイトで練習する
使えるサイト・アプリ
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もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
電信の受信の上達を記録し、伸びがほとんど見られない長い停滞期(プラトー)を報告した。外国語の学習者も、聞いて分かる手前で長い停滞を経験するという聞き取りを記している。
Bryan, W. L., & Harter, N. (1897). Studies in the physiology and psychology of the telegraphic language. Psychological Review, 4(1), 27–53.出典を開く ↗学習中のプラトーが本物かどうかは120年前から議論されてきたと整理し、やり方次第で越えられる見かけの限界と、本当の限界(漸近線)を区別する重要性を論じた。
Gray, W. D. (2017). Plateaus and asymptotes: Spurious and real limits in human performance. Current Directions in Psychological Science, 26(1), 59–67.出典を開く ↗熟練の過程をプラトー・ディップ・リープの枠組みで分析。新しい方法を試す時期に成績がいったん下がり(ディップ)、方法が身につくと一段上に跳ねる(リープ)ことがあると示した。
Gray, W. D., & Lindstedt, J. K. (2017). Plateaus, dips, and leaps: Where to look for inventions and discoveries during skilled performance. Cognitive Science, 41(7), 1838–1870.出典を開く ↗138件・19,951人の実験のメタ分析。進み具合の確認を促す工夫は目標達成を後押しし(d=0.40)、記録したときや人に報告・公開したときに効果が大きかった。
Harkin, B., Webb, T. L., Chang, B. P. I., Prestwich, A., Conner, M., Kellar, I., Benn, Y., & Sheeran, P. (2016). Does monitoring goal progress promote goal attainment? A meta-analysis of the experimental evidence. Psychological Bulletin, 142(2), 198–229.出典を開く ↗新しい週・月・年、学期の始まり、誕生日などの区切りのあとに、ダイエットの検索、ジムの来場、目標の約束が増える「フレッシュスタート効果」を3つの調査で示した。
Dai, H., Milkman, K. L., & Riis, J. (2014). The fresh start effect: Temporal landmarks motivate aspirational behavior. Management Science, 60(10), 2563–2582.出典を開く ↗よくある質問
プラトーはどれくらい続きますか?
期間は人や学習の中身によって変わり、決まった長さは分かっていません。期間を気にするより、記録と録音で小さな変化を確かめながら、練習のやり方を1つずつ変えていきましょう。
停滞期は勉強量を増やすべき?
量が足りていないなら増やすのも一つの方法です。ただ、量を増やしても同じやり方のままだと伸びないことがあります。まず弱点を見つけ、練習の種類や難しさを変えることを優先しましょう。
録音した自分の声を聞くのがつらいです。
最初は誰でも違和感があります。聞くのは月1回で十分です。うまい・下手ではなく、前の月より詰まる回数が減ったかなど、1つの点だけを比べると気が楽になります。




