第3章|続ける技術3-5やる気に頼らないモチベーション「楽しいから」より「自分に大事だから」。続く人のやる気には種類があった

「英語は楽しく学ぶのがいちばん」。よく聞く言葉です。カナダの大学で、フランス語を学ぶ英語母語の学生159人を調べた研究があります。学び続ける意思と結びついていた理由を調べてみると、「楽しいから」よりも強く結びついていた理由が、もう一つありました。研究者たち自身も予想していなかった結果です。楽しさよりも強かったその理由とは、何だったのか。
01やる気は「出す」ものではなく「育つ」もの
「やる気が出たら始めよう」と待っていると、英語はなかなか進みません。やる気は天気のように日によって変わるからです。この章の前半で見てきたように、毎日の学習は、きっかけと行動の結びつき(習慣)や if-then の計画で、やる気が低い日にも動かせるようにしておくのが基本です。
では、やる気はどうでもいいのかというと、そうではありません。習慣が「毎日エンジンをかける仕組み」だとすれば、やる気は「何か月、何年と走り続けるための燃料」です。そしてその燃料には、いくつかの種類があります。
動機づけの研究でよく使われる自己決定理論(Self-Determination Theory)は、アメリカの心理学者 Edward Deci と Richard Ryan が中心になって作った理論です。この理論では、やる気を「ある・ない」の1本の物差しではなく、どれくらい自分で選んでいると感じているかによって、いくつかの種類に分けます。
| 種類 | 英語学習でのつぶやき | 自分で選んでいる感覚 |
|---|---|---|
| やる気がない状態 | 何のためにやるのか分からない | なし |
| 外からの理由 | 親や会社に言われたから/ごほうびのため | 低い |
| 取りこんだ理由 | やらないと恥ずかしい、罪悪感がある | やや低い |
| 価値を認めた理由 | 自分の将来に大切だと思う | 高い |
| 楽しいから | 英語で知らないことを知るのが楽しい | とても高い |
理論では、「価値を認めた理由」がさらに自分の価値観と一つになった段階(統合)も置かれています。
Ryan と Deci(2000)が紹介している子どもの研究では、外からの理由で動く子ほど興味や努力が少なく、うまくいかないと先生など人のせいにしがちでした。「やらないと恥ずかしい」という取りこんだ理由は、努力にはつながる一方で、不安が大きく、失敗への対処がうまくいかない傾向がありました。これに対して「自分にとって大切だから」という理由は、興味や楽しさ、前向きな対処、努力と結びついていました。
023つの栄養:自律性・有能感・関係性
自己決定理論のもう一つの柱が、人が生まれつき持っている3つの心理的な欲求です。Ryan と Deci(2000)は、次の3つが満たされると、やる気や心の健康が高まり、満たされないとやる気が下がると説明しています。
- 自律性:自分で選んで、自分の意思でやっていると感じられること
- 有能感:自分はできる、うまくなっていると感じられること
- 関係性:人とつながっている、受け入れられていると感じられること
研究からは、具体的な手がかりも見えています。
- 成果に応じてもらえると分かっている物のごほうびは、内発的動機づけを下げることが、メタ分析で確かめられています。
- 脅し、締め切り、命令、プレッシャーのかかる評価、押しつけられた目標も、同じようにやる気を下げる方向に働きます。
- 反対に、選べること、気持ちを認めてもらうこと、自分で方向を決められる機会は、内発的動機づけを高めます。
- できたことへの前向きなフィードバックは、有能感を通じてやる気を高めます。ただし、それは自分で選んでいる感覚がともなうときです。
英語学習に置きかえると
| 欲求 | 満たす工夫 |
|---|---|
| 自律性 | 教材を自分で選ぶ。好きなテーマ(スポーツ、料理、ゲーム、仕事)の英語にふれる |
| 有能感 | 少しがんばれば分かる教材を使う。できるようになったことを記録して見返す |
| 関係性 | 一緒に学ぶ仲間や先生を持つ。学んだことを家族や友だちに話す |
親や先生が子どもの英語を応援するときも、この3つが手がかりになります。「〇〇しなさい」と命令するより、いくつかの教材から子ども自身に選ばせ、できたことを具体的に認める。同じ勉強でも、子どもの受けとめ方が変わる可能性があります。
03「大事だから」が続く力になる
自己決定理論を外国語の学習に当てはめた代表的な研究が、Noels ほか(2000)です。カナダの大学で、英語を母語としフランス語を学ぶ学生159人を調べました。
結果は、理論の予想とおおむね一致しました。
- 「何のためにやるのか分からない」状態の学生ほど、不安が強く、自分はできるという感覚や選べている感覚が弱く、学習を続ける意思も低い。
- 「言われたから」「やらないと気まずいから」という理由は、続ける意思などとの結びつきが弱いか、ほとんどない。
- 「自分にとって大切だから」という理由は、選べている感覚や続ける意思と強く結びついていた。
研究者たちが予想していなかった点もありました。「自分にとって大切だから」という理由のほうが、「楽しいから」という理由よりも、続ける意思などとの結びつきが強かったのです。研究者たちは、学ぶのが楽しいと感じているだけの人は、それを自分の生活に関わることとは感じていないかもしれない、と考察しています。そして、長く学び続けてもらうには、英語が楽しいと伝えるだけでなく、本人にとって大切だと思えるようにすることも必要かもしれない、と述べています。
これは相関の研究なので、原因と結果は決められません。それでも、英語学習に当てはめると大切なヒントになります。
ポイント:「楽しい」だけでなく「なぜ自分に英語が必要か」を言葉にしておく。楽しさが薄れる時期にも、その理由が支えになる。
例えば、次のように自分の言葉で書いてみましょう。
- I want to read soccer news in English.(サッカーのニュースを英語で読みたい)
- I want to talk with customers from other countries without stress.(海外のお客さんとストレスなく話したい)
- I want to help my child learn English at home.(家で子どもの英語学習を手伝いたい)
04理想のL2自己:英語を使う未来の自分
英語学習の動機づけ研究でもう一つ有名なのが、Zoltán Dörnyei の L2動機づけ自己システムです。L2は「第二言語」のこと。Dörnyei(2009)は、英語などを学ぶやる気を、次の3つから説明しました。
- 理想のL2自己:英語を使いこなしている、なりたい自分の姿
- 義務のL2自己:周りの期待にこたえるために「なるべき」自分の姿
- L2学習の経験:授業や教材、先生、仲間など、いまの学習の中身や雰囲気
人は「いまの自分」と「理想の自分」の差を縮めようとして動く、という考え方です。Dörnyei は、理想の自分がやる気につながるには、いくつかの条件があると論じています。例えば、その姿が具体的で鮮やかであること、実現できそうだと思えること、ときどき思い出されること、そこへ向かう具体的な道筋や計画があること、などです。
研究から見た効果と限界
Al-Hoorie(2018)は、32本の研究、3万人以上の学習者のデータをまとめました。理想のL2自己は「がんばるつもり(努力の意図)」と強く結びついていました(相関 r=0.61)。ところが、テストの成績など客観的な成果との結びつきは弱く(r=0.20)、義務のL2自己は成果とほとんど結びついていませんでした。
つまり、未来の自分を描くことは、やる気を高めるのには役立ちそうですが、それだけで英語力が上がるわけではありません。イメージは燃料で、成果を出すのは、それを毎日の行動に変える仕組み(習慣、if-then、記録)です。
理想の自分を「具体的」にする書き方
「英語がペラペラ」ではなく、場面で書きます。
- 1年後の夏、海外から来た同僚に、昼休みに英語で社内を案内している
- 高校3年の秋、英語のニュース動画を字幕なしで見て、内容を友だちに説明している
書いたら、手帳の最初のページなど、ときどき目に入る場所に置いておきます。
05やる気が下がった日の処方箋
最後に、3つの欲求と理想の自分を使って、やる気が下がった日の立て直し方をまとめます。
| 状態 | 足りないもの | 今日やること |
|---|---|---|
| 何のためにやっているか分からない | 理由(価値) | 英語を学ぶ理由を1文書き直す |
| 教材がつまらない | 自律性 | 好きなテーマの動画や記事に1日だけ切りかえる |
| 自分には無理だと感じる | 有能感 | 1か月前の記録や録音を見返す。教材を1段やさしくする |
| ひとりでさみしい | 関係性 | 家族や友だちに、今日覚えた表現を1つ話す |
| 未来が想像できない | 理想の自分 | 英語を使っている1年後の1日を、3行で書く |
年齢に合わせた「つながり」の作り方
関係性を満たすために、英語で人と交流するのはよい方法です。ただし、SNSや言語交換のサービスには年齢の制限があるものが多く、知らない人とつながる危険もあります。中学生・高校生は、学校の先生や友だち、家族と英語の目標を共有するところから始めましょう。大人は、オンライン英会話や学習の仲間など、自分に合う場を選べます。
やる気が下がるのは、英語学習が失敗している証拠ではありません。燃料が少なくなった合図です。足りない栄養を1つ補えば、また進めます。
やる気は待つものではなく、3つの欲求を満たして育てるもの
今日からのやり方
- 英語を学ぶ理由を「自分にとって大切だから」の形で1文書く
- 1年後に英語を使っている自分の1日を、場面が浮かぶように3行で書く
- 教材を1つ、自分の好きなテーマから選び直す
- できたことを毎日1行記録し、週末に見返す
- 家族・友だち・先生など、英語の目標を話せる人を1人決める
レベル別:あなたならこうする
「なぜ英語をやるのか」を日本語で1文書き、教科書や単語帳に貼りましょう。教材は少しやさしいと感じるくらいが「できる」感覚を育てます。できた日は丸をつけ、たまっていく様子を楽しみます。
好きなテーマの英語(趣味の動画、ニュース、ゲームの実況など)を学習に1つ入れ、自分で選んでいる感覚を持ちます。理想の自分を英語で書き、月に1回読み返して、計画とずれていないか確かめましょう。
目標が高いほど、理想と現実の差が大きく感じられ、無力感につながることがあります。理想の姿から逆算して3か月単位の小さな目標に分け、達成を記録して有能感を保ちましょう。
よくある失敗と対策
やる気は日によって変わります。習慣や if-then で、やる気が低い日にも最低ラインだけは動くようにしておき、やる気は長く続けるための燃料として育てましょう。
成果に応じた物のごほうびは、もともとの興味を下げることがあります。ごほうびに頼りきるより、教材を自分で選ぶ、伸びを記録するなど、自律性や有能感を満たす工夫を優先しましょう。
命令や押しつけの目標は、やる気を下げる方向に働きます。いくつかの選択肢から子ども自身に選ばせ、できたことを具体的に認める関わり方に変えてみましょう。
1 MIN
英語を学ぶ理由を「自分にとって大切だから」の形で1文書く
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
3-5ごほうびで、やる気は上がる? 下がる?
自己決定理論をまとめた Ryan と Deci(2000)によると、成果に応じてもらえると分かっている物のごほうびは、もともとの興味(内発的動機づけ)を下げることが確かめられています。締め切りや押しつけられた目標も同じ方向に働きます。
3-5外国語の勉強が長続きするのは「楽しいから」学ぶ人?
フランス語を学ぶカナダの大学生159人の研究では、「楽しいから」よりも「自分にとって大切だから」という理由のほうが、学習を続ける意思と強く結びついていました。楽しさに加えて、自分にとっての意味が支えになります。
3-5英語を話す未来の自分を描くと、成績は上がる?
32本の研究をまとめた分析では、理想の自分のイメージは「がんばるつもり」と強く結びついていましたが、実際の成績との結びつきは弱めでした。イメージは燃料で、行動の仕組みと組み合わせて初めて力になります。
PRACTICE KIT
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もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
自律性・有能感・関係性の3つの心理的欲求が満たされるとやる気と心の健康が高まると整理。成果に応じた物のごほうびや締め切り、押しつけの目標は内発的動機づけを下げ、選択の機会は高めると述べた。
Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.出典を開く ↗フランス語を学ぶ英語母語の大学生159人を調査。「大切だから」という理由は続ける意思と強く結びつき、その結びつきは「楽しいから」より強かった。やる気のない状態は不安の強さと結びついていた。
Noels, K. A., Pelletier, L. G., Clément, R., & Vallerand, R. J. (2000). Why are you learning a second language? Motivational orientations and self-determination theory. Language Learning, 50(1), 57–85.出典を開く ↗第二言語学習のやる気を、理想のL2自己・義務のL2自己・L2学習の経験の3つで説明する「L2動機づけ自己システム」を提案した。
Dörnyei, Z. (2009). The L2 motivational self system. In Z. Dörnyei & E. Ushioda (Eds.), Motivation, language identity and the L2 self (pp. 9–42). Multilingual Matters.出典を開く ↗32本の研究・3万人以上のメタ分析。理想のL2自己は努力の意図と強く相関(r=.61)したが、客観的な成績との相関は弱かった(r=.20)。義務のL2自己と成績の相関はほぼなかった。
Al-Hoorie, A. H. (2018). The L2 motivational self system: A meta-analysis. Studies in Second Language Learning and Teaching, 8(4), 721–754.出典を開く ↗よくある質問
英語が好きになれません。続けられますか?
好きでなくても続けることはできます。研究では「自分にとって大切だから」という理由が、続ける意思と強く結びついていました。仕事や進学、趣味など、英語が役に立つ場面を具体的に書き出してみましょう。
理想の自分が思い浮かびません。
大きな夢でなくてかまいません。「好きな選手のインタビューを字幕なしで聞く」「旅行先でカフェの注文を英語でする」など、1つの場面を具体的に想像するところから始めましょう。
試験のために勉強するのは、悪い動機ですか?
悪くありません。外からの理由で始めても、学ぶうちに「自分の将来に大切だ」と思えるようになれば、自分で選んでいる感覚は高まります。試験の先で英語をどう使いたいかを一言添えておくと支えになります。



