第2章|言語習得の科学2-6大人は子どもに勝てない?年齢と英語の本当最初の数か月、言葉の上達がいちばん速かったのは子どもではなく大人だった

オランダに移り住んだ英語話者の子どもと大人が、オランダ語をどう身につけるかを1年間追いかけた研究があります。最初の数か月でいちばん速く伸びたのは、12〜15歳と大人でした。3〜5歳の子どもは、すべてのテストで最も低い得点です。「英語は子どものうちに始めないと手遅れ」という話とは、ずいぶん違う姿です。では、年齢は英語の何に、どこまで影響しているのか。
01「臨界期」とは何か
「臨界期」とは、ある能力を身につけやすい時期に限りがあり、それを過ぎると身につけにくくなる、という考え方です。言葉については、「思春期ごろまでに始めないと、母語話者のようにはなれない」という形で語られてきました。これを「臨界期仮説」といいます。
この考えを外国語で確かめた有名な研究が、Johnson & Newport(1989)です。アメリカに移り住んだ韓国語・中国語を母語とする46人(到着した年齢は3〜39歳、アメリカに住んで3〜26年)に、さまざまな英文法の文が正しいかどうかを判断するテストを受けてもらいました。
結果は次のとおりです。
- 早く到着した人ほど、得点が高かった
- 思春期までは、到着した年齢が上がるにつれて得点がまっすぐ下がっていた
- 思春期以降に到着した人は、得点が低く、ばらつきが大きく、到着した年齢とははっきり関係しなかった
2人は、英語に触れた量や意欲などの違いでは、この結果を説明できないとしました。この研究は、臨界期が外国語の習得にも影響する証拠として、広く知られるようになりました。
ここで注意したいのは、この研究が調べたのが「英語圏に移り住み、何年も暮らした人が、最終的にどこまで到達したか」だという点です。日本で週に数時間の授業を受ける学習者とは、英語に触れる量がまったく違います。また、思春期以降に到着した人たちの得点は「低い」だけでなく「ばらつきが大きい」ものでした。遅く始めた人のなかでも、得点には大きな個人差があったということです。年齢だけですべてが決まるわけではないことは、この研究からも読みとれます。
02反対の結果も出ている
ところが、その後の研究は、もっと複雑な姿を示しています。
大人のほうが速い:Snow & Hoefnagel-Höhle(1978)は、オランダに移り住んだ英語話者の子どもと大人が、オランダ語をどう身につけるかを1年間追いかけました。最初の数か月でいちばん速く伸びたのは、12〜15歳と大人でした。1年後に最もよくできていたのは8〜10歳と12〜15歳で、3〜5歳はすべてのテストで最も低い得点でした。著者たちは、この結果は臨界期仮説を支持しないと結論しています。
どこで学ぶかで話が変わる:Muñoz(2008)は、年齢の研究の多くが「移住して毎日その言葉に囲まれる環境」で行われてきたことに注目しました。そして、その結果が、学校の授業で学ぶ環境に急いで当てはめられてきたと指摘しています。授業中心の環境では、インプットの量と質が、始めた年齢の効果を大きく左右するというのです。
日本の学習者の多くは、週に数時間の授業で英語を学んでいます。これは移住者の環境とはまったく違います。「早く始めればそれだけで有利」とは、単純には言えないのです。
0367万人のデータと、その再分析
2018年には、それまでとは桁ちがいの規模の研究が発表されました。Hartshorne, Tenenbaum & Pinker(2018)は、インターネット上の英文法クイズに答えた66万9,498人のデータを使い、今の年齢、英語に触れ始めた年齢、英語に触れた年数を分けて分析しました。
その結論は、文法を学ぶ力は17.4歳ごろまでほぼ保たれ、そのあとゆっくり下がっていくというものでした。著者たちは、はっきりした臨界期はあるが、その終わりは考えられていたよりずっと遅いと述べています。
ところが、この研究にも異論が出ました。van der Slik ほか(2022)は同じデータを分析し直し、「ある年齢で急に落ちる」という結論は、分析の仕方による見かけのものだと主張しました。単一言語の話者、バイリンガル、早くから英語に囲まれて育った人では、急な境目のない、なだらかな変化のほうがデータによく合ったのです。境目が見られたのは一部のグループだけで、それも学校教育の影響として説明できるとしています。
ポイント:2020年代の時点で、「年齢が上がると、母語話者並みの文法に到達するのは難しくなる傾向がある」ことは多くの研究で一致しています。でも、「何歳で急に学べなくなるのか」「それは脳の成熟のせいなのか、生活や学習環境のせいなのか」は、まだ決着していません。
043つに分けて考えると見えてくる
年齢の話がこじれるのは、ちがう問いを一緒にしてしまうからです。次の3つを分けて考えると、整理がつきます。
| 問い | 研究から言えること |
|---|---|
| 最終的に母語話者そっくりになれるか | 早く始めた人のほうが有利な傾向。大人で完全に母語話者並みになる人は少ない |
| 同じ時間でどれだけ伸びるか(速さ) | 少なくとも最初の段階では、年長の学習者や大人が速いことがある |
| 授業中心の環境で、早く始めると有利か | インプットの量と質しだい。早く始めるだけでは差が出にくいという見方がある |
発音(訛り)は、年齢の影響がとくに長く研究されてきた分野です。ただし、大人の学習者にとって大切なのは、「母語話者と区別がつかないこと」ではなく、「相手にすっと通じること」です。この点は第4章の「目指すのはネイティブ発音?」でくわしく扱います。
多くの大人にとって、目標は「母語話者と見分けがつかなくなること」ではありません。仕事で使える、旅行で困らない、映画を楽しめる、試験で点が取れる。こうした目標にとって、年齢は決定的な壁ではないのです。
05よく聞く3つの話を研究で確かめる
「子どもの頭はスポンジ。何でも吸収する」
子どもが言葉を身につける力はたしかにすばらしいものです。でも、Snow & Hoefnagel-Höhle(1978)では、同じようにオランダで暮らし始めた人たちのなかで、3〜5歳の子どもはすべてのテストで最も低い得点でした。幼い子どもは、長い年月をかけて、たっぷりの言葉に触れながら育っていきます。「短期間で何でも吸収する」わけではありません。
「12歳を過ぎたらもう手遅れ」
Johnson & Newport(1989)では、たしかに思春期のころを境に結果の傾向が変わりました。しかし Hartshorne ほか(2018)の大規模データでは、文法の学習力が落ち始めるのは17歳過ぎと推定され、その再分析では「急な境目はない」という結果も出ています。少なくとも、「12歳で扉が閉まる」と言い切れる研究結果はありません。
「英語圏に住まないと、大人は話せるようにならない」
年齢の研究の多くは、移住した人たちを対象にしています。でも Muñoz(2008)が指摘したように、学ぶ環境がちがえば、年齢の意味も変わります。授業中心の環境では、インプットの量と質がカギになります。いまはインターネットで、英語の音声・動画・記事にいくらでも触れられます。日本にいながら「英語に触れる量」を増やすことは、昔よりずっと簡単になっています。
ポイント:年齢の研究で見えてきたのは「大人はだめ」ではなく、「量と質が大事」ということです。大人でも、量と質は自分で増やせます。
06大人の強みを使う戦略
大人には、子どもにはない強みがあります。
- ルールを理解して使える:文法の説明を読んで理解し、意識して当てはめられる。この章の「明示的知識と暗示的知識」の節で見たとおり、明示的な指導には効果があります
- 文字が読める:辞書、文法書、スクリプトを自分で使いこなせる
- 計画できる:目標を決め、時間を管理し、弱点を分析できる
- すでに知識がある:仕事や趣味の知識が、英語の内容を理解する助けになる
大人のための1日30分メニュー(例)
- 文法または単語を10分(ルールの理解と例文の音読)
- わかる英語のインプットを15分(自分の仕事や趣味に関わる素材)
- アウトプットを5分(今日の内容で3文日記、または1分スピーチ)
親子の場合
子どもに英語を始めさせるなら、「早く始めること」より「楽しく触れる量を続けること」を大切にしてください。週1回のレッスンだけでは、触れる量はわずかです。英語の絵本や歌、動画を日常のなかで少しずつ増やすほうが、研究の知見とよく合います。そして、親自身が学ぶ姿を見せることも、立派な環境づくりです。
ポイント:「若いほうが有利」は、ある意味で正しい。でも「大人は伸びない」は誤りです。大人には大人の勝ち方があります。
年齢の影響はある。でも「速さ」では大人が有利なことも多い
今日からのやり方
- 自分の目標を「母語話者並み」ではなく、具体的な場面(仕事・旅行・試験)で書き出す
- 文法の説明を読んで理解する時間を1日10分とり、大人の強みを生かす
- 仕事や趣味に関わる「わかる英語」を毎日15分読む・聞く
- その日の内容で、3文日記か1分スピーチを5分だけ行う
- 1か月ごとに録音や小テストで、自分の伸びを確かめる
レベル別:あなたならこうする
年齢を理由にあきらめる必要はありません。中学英語の文法を説明つきで学び直し、やさしい音声つき教材を毎日聞くところから。大人は最初の伸びが速いことがあります。
仕事や趣味の知識を生かせる英語素材を選び、内容から理解を広げます。文法の弱点を説明で確認し、話す練習でくり返して自動化を進めましょう。
細かい文法や発音を母語話者に近づけたいなら、録音と比較、弱点の明示的な練習が有効です。ただし通じやすさを最優先に、目標を具体的に決めましょう。
よくある失敗と対策
研究が示すのは「母語話者並みの到達は難しくなる傾向」で、「大人は伸びない」ではありません。実用的な目標なら、年齢は決定的な壁ではありません。
大人は文法の説明を理解し、計画を立てられます。子どもの「浴びるだけ」をまねるより、説明・インプット・練習を組み合わせましょう。
授業中心の環境では、触れる英語の量と質が大切です。週1回のレッスンに加えて、家庭で英語に触れる時間を少しずつ増やしましょう。
1 MIN
自分の英語の目標を「〜の場面で〜できる」の形で1行書く
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
2-6外国に移り住んで最初の数か月、言葉の上達が速かったのは何歳?
オランダに移り住んだ英語話者を1年追った Snow & Hoefnagel-Höhle(1978)では、最初の数か月でいちばん速く伸びたのは12〜15歳と大人でした。3〜5歳はすべてのテストで最も低い得点でした。
2-667万人のデータで、英語の文法の学習力が落ち始めるのは何歳?
Hartshorne ほか(2018)は、文法の学習力は17.4歳ごろまでほぼ保たれ、その後ゆっくり下がると推定しました。ただし、同じデータの再分析では、急に落ちる「境目」はないという結果も出ています。
2-6学校の授業で英語を学ぶなら、早く始めるほど有利?
Muñoz(2008)は、移住して英語に囲まれる環境の研究結果が、学校の授業で学ぶ環境に急いで当てはめられてきたと指摘しました。授業中心の環境では、インプットの量と質が年齢の効果を大きく左右します。
PRACTICE KIT
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もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
アメリカに3〜39歳で移住した46人の英文法判断テスト。思春期までは到着年齢が上がるほど得点が下がり、思春期以降の到着者は得点が低くばらつきが大きかった。
Johnson, J. S., & Newport, E. L. (1989). Critical period effects in second language learning: The influence of maturational state on the acquisition of English as a second language. Cognitive Psychology, 21(1), 60–99.出典を開く ↗66万9,498人のデータから、文法の学習力は17.4歳ごろまでほぼ保たれその後ゆっくり下がると推定。臨界期はあるが、終わりは従来の想定よりずっと遅いと結論した。
Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2018). A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakers. Cognition, 177, 263–277.出典を開く ↗同じデータを再分析し、多くのグループで急な境目のない、なだらかな低下のほうがよく合うと報告。境目が見られた一部のグループも、学校教育の影響として説明できるとした。
van der Slik, F., Schepens, J., Bongaerts, T., & van Hout, R. (2022). Critical period claim revisited: Reanalysis of Hartshorne, Tenenbaum, and Pinker (2018) suggests steady decline and learner-type differences. Language Learning, 72(1), 87–112.出典を開く ↗オランダに移った英語話者を1年追跡。最初の数か月は12〜15歳と大人が最も速く伸び、1年後は8〜10歳と12〜15歳が最もよくでき、3〜5歳は最も低かった。
Snow, C. E., & Hoefnagel-Höhle, M. (1978). The critical period for language acquisition: Evidence from second language learning. Child Development, 49(4), 1114–1128.出典を開く ↗移住などの自然な環境での年齢研究が、授業中心の環境に急いで当てはめられてきたと指摘。インプットの量と質が、始めた年齢の効果に大きく関わると論じた。
Muñoz, C. (2008). Symmetries and asymmetries of age effects in naturalistic and instructed L2 learning. Applied Linguistics, 29(4), 578–596.出典を開く ↗よくある質問
40代・50代からでも英語は伸びますか?
伸びます。研究が示しているのは、母語話者とまったく同じ水準に到達するのが年齢とともに難しくなる傾向です。仕事や旅行で使う、本を読むといった目標なら、説明を理解する力や計画力など、大人の強みを生かして十分に伸ばせます。
子どもは何歳から英語を始めるのがいいですか?
研究からは「この年齢がベスト」とは言えません。授業中心の環境では、始めた年齢より、触れる英語の量と質、続けられるかどうかが大切だとする見方があります。楽しく続けられる形で始めてください。
大人になってからの発音はもう直せませんか?
練習で通じやすさを上げることは十分にできます。母語話者と区別がつかないレベルは難しいことが多いですが、通じる発音を目標にすれば、音のルールを理解して練習することで改善できます。




