第2章|言語習得の科学2-5知っているのに話せない理由:自動化同じ話を3回くり返した人だけ、流暢さが1週間後も残っていた

4分、3分、2分。英語を学ぶ24人が、時間を短くしながら3回スピーチをする練習をしました。一方のグループは3回とも同じ話題で、もう一方は毎回ちがう話題で。練習中は、どちらも流暢さが上がりました。ところが、後日のテストまで伸びが残っていたのは、片方のグループだけでした。文法も単語も分かっているのに、会話で口が追いつかない理由も、この結果とつながっています。伸びが残ったのは、どちらだったのか。
01知っているのに、口から出ない
自転車の乗り方を、言葉で説明することはできます。「ペダルをこぎながら、倒れそうな側にハンドルを切る」。でも、この説明を暗記しても、自転車には乗れません。乗れるようになるには、実際に何度も乗って、体が勝手に動くようになる必要があります。
英語も同じです。心理学では、知識を2種類に分けて考えます。
- 宣言的知識:「〜は〜である」と説明できる知識。三単現のルール、過去形の作り方など
- 手続き的知識:考えなくても体が動くような「やり方」の知識。会話のなかで、口が自然に He plays と言える状態
会話では、相手の話を聞いて理解し、言うことを考え、単語を選び、文法を組み立て、発音する。これを数秒で同時にこなします。宣言的知識だけで話そうとすると、文法を1つずつ思い出すのに頭の容量を使い切ってしまい、言いたいことを考える余裕がなくなります。「知っているのに話せない」の正体は、ここにあります。
02スキル習得理論:3つの段階
アメリカの研究者ロバート・デカイザー(DeKeyser)は、スポーツや楽器、計算などの技能が身につく仕組みを研究した認知心理学の理論を、外国語の学習に当てはめました。これを「スキル習得理論」といいます。考え方は、3つの段階で表せます。
| 段階 | 状態 | 英語の例 |
|---|---|---|
| 1. 宣言的知識 | ルールを知っている。使うには意識して思い出す | 「三単現だから s をつける」と考えてから He plays と言う |
| 2. 手続き化 | 練習で、ルールが「やり方」に変わり始める | 少し考えれば He plays と言えるが、急ぐと抜ける |
| 3. 自動化 | 速く、正確に、ほかのことを考えながらでも使える | 話の中身に集中していても He plays と出る |
ポイントは、1から2、2から3へ進むには、練習が必要だということです。それも、ただ問題集を解くだけでなく、実際に使う形での練習です。
この理論は、前の節の「インターフェース論争」でいうと、「説明できる知識は、練習で使える知識に変わる」という「強くつながる」立場にあたります。文法の説明を受けることは、スタート地点(第1段階)として意味がある。でも、そこで止まると第2・第3段階には進めない、ということです。
03練習の効果は「練習したこと」に限られる
デカイザーは、この理論を確かめる実験を行いました。DeKeyser(1997)では、61人が人工的に作られた言語の文法ルール4つと単語32語を学び、ルールのテストに合格したあと、8週間にわたってコンピューターで練習しました。
- 理解の練習:文を読んで、合う絵を選ぶ
- 産出の練習:絵を見て、正しい文を打ちこむ
どのルールを理解で練習し、どのルールを産出で練習するかは、グループによって入れかえました。結果は、練習の効果は、練習した技能にかなり限られるというものでした。理解の練習をしたルールは理解が、産出の練習をしたルールは産出が伸びたのです。さらに、技能は少しずつ伸び、ほかの技能の習得と同じように、最初は大きく、だんだん小さくなる曲線を描きました。
この結果から、日本の学習者にとって大切な教訓が2つ出てきます。
- 話せるようになりたいなら、話す練習が要る。読んで分かる練習だけでは、話す力は思ったほど伸びない
- 自動化はゆっくり進む。数日で劇的に変わるものではなく、何週間もくり返して少しずつ速くなる
04くり返しが流暢さをつくる
では、どんな練習が自動化を進めるのか。手がかりになるのが「くり返し」の研究です。
4/3/2 の実験:de Jong & Perfetti(2011)は、英語を学ぶ24人に、4分・3分・2分の3回のスピーチをさせる練習を3回行いました。一方のグループは同じ話題で3回、もう一方は毎回ちがう話題で話しました。どちらも練習中は流暢さが上がりましたが、後日のテストまで伸びが残ったのは、同じ話題をくり返したグループだけでした。このグループは、話題に関係のない語句まで何度も使っており、研究者はこれを、知識が手続き化した(使える形に変わった)しるしだと考えています。
日本人学習者の実験:Lambert, Kormos & Minn(2017)は、レベルの異なる日本人の英語学習者32人に、道案内・物語・意見の3種類の課題を、それぞれ6回くり返させました。結果は、
- 話す速さは、最初の3回で大きく伸び、5回目まで伸び続けた
- 文の終わりの間(ま)は2回目までに、文の途中の間は4回目までに減った
- 言い直しが減ったのは、4回目のあとだった
というものでした。レベルや課題の種類にかかわらず、くり返しは流暢さにつながっていました。
ポイント:同じ内容を、時間を短くしながら、3〜5回くり返す。「同じ話をするのは手抜き」ではなく、自動化を進める確かな方法です。
05聞く・読むにも自動化がある
自動化は、話すときだけの話ではありません。聞く・読むときにも、同じことが起きています。
英文を読むとき、私たちは単語を見分け、意味を思い出し、文の構造をとらえ、内容をつなげています。単語の意味を思い出すのに時間がかかると、文の内容を考える余裕がなくなります。辞書を引けばすべての単語が分かるのに、通して読むと内容が頭に残らない。これも「自動化されていない」状態です。
リスニングでは、もっと厳しくなります。音声は止まってくれないので、1つの単語の処理に手間どると、次の文を聞きのがします。「スクリプトを見れば簡単なのに、聞くと分からない」のは、知識はあっても、聞いた音から意味をとる処理が自動化されていないからです。
DeKeyser(1997)の結果を思い出してください。練習の効果は、練習した技能に限られやすいのでした。つまり、
- 速く読めるようになりたいなら、読む練習を量でこなす(やさしい英文をたくさん読む)
- 聞いて分かるようになりたいなら、聞く練習を量でこなす(同じ音声を何度も聞く、少しずつ新しい音声に広げる)
- 話せるようになりたいなら、話す練習を量でこなす
ということになります。単語帳で意味を覚えた単語も、読む・聞くなかで何度も出会うことで、見た瞬間・聞いた瞬間に意味が浮かぶ「自動化された単語」になっていきます。
伸びが止まったように感じたら
DeKeyser(1997)では、技能の伸びは最初が大きく、だんだん小さくなっていく曲線を描きました。練習を始めたばかりのころは手ごたえがあるのに、その後は伸びを感じにくくなる。これは、自動化の進み方としてふつうのことです。伸びが小さくなったと感じたら、やめるのではなく、録音や時間の記録で小さな変化を確かめながら続けましょう。
06日本の学習者は明日から何をするか
自動化の練習で大事なのは、意味のある内容を、実際に使う形で、くり返すことです。
家でできる 4/3/2
- 話題を1つ決める(例:my hometown / my favorite food / what I did yesterday)
- タイマーで4分、英語で話し続ける(止まっても、言いかえて続ける)
- 同じ話を3分で話す
- 同じ話を2分で話す
3回目は、1回目より速く、なめらかになっているはずです。録音すると変化がよく分かります。
1つの話を5回
同じ話題で、日を変えて5回話します。2回目からは、言えなかった表現を調べて足します。
文法を自動化する「1分ドリル」
苦手な文法を1つ選び、日本語を見てすぐ英語にする練習(瞬間英作文)を1分間。
- 彼は毎朝走る。→ He runs every morning.
- 姉はテニスをする。→ My sister plays tennis.
意味を考えながら言うことが大切です。形だけを機械的にくり返すより、自分や身近な人のことを言うほうが、実際の会話に近い練習になります。
| 目的 | 練習 | 目安 |
|---|---|---|
| 話す速さ | 4/3/2、同じ話の5回くり返し | 1回10分、週3回 |
| 文法の自動化 | 瞬間英作文の1分ドリル | 毎日1分×3セット |
| 聞く処理の自動化 | 同じ音声を何度も聞く、シャドーイング | 毎日10分 |
「知っている」を「使える」に変えるのは、意味のあるくり返し
今日からのやり方
- 話しやすい話題を1つ決め、タイマーを用意する
- 同じ話を4分→3分→2分の順で、止まらずに3回話す
- 録音を聞き、言えなかった表現を2つ調べてメモする
- 日を変えて同じ話を合計5回くり返し、毎回少しずつ表現を足す
- 苦手な文法1つで、日本語を見てすぐ言う1分ドリルを毎日3セット
レベル別:あなたならこうする
自己紹介や好きなものなど、言える内容で30秒→20秒→15秒のミニ版から。同じ内容をくり返すと、口が先に動くようになる感覚がつかめます。
4/3/2 を週3回。毎回録音し、3回目の話す速さが上がっているかを確かめます。瞬間英作文で中学〜高校の文法を一通り口に出せるようにします。
意見・説明・比較などの課題を、5回くり返して流暢さを上げます。自分の話のなかで間が多い所を見つけ、そこで使える言い回しを準備しておきます。
よくある失敗と対策
話題を毎回変えると、流暢さの伸びが残りにくいことが研究で示されています。同じ話題を3〜5回くり返し、慣れてから新しい話題へ移りましょう。
練習の効果は練習した使い方に限られやすいものです。話せるようになりたいなら、口に出す練習を必ず入れましょう。
自動化はゆっくり進みます。1つの話題、1つの文法を数週間くり返すつもりで、録音で小さな変化を確かめましょう。
1 MIN
好きな食べ物について、1分→40秒→30秒で同じ話を3回してみる
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
2-5聞く練習をすると、話す力も伸びる?
DeKeyser(1997)の実験では、理解の練習をした文法は理解が速く正確になり、産出の練習をした文法は産出が伸びました。練習の効果は、練習した使い方にかなり限られていたのです。
2-5英語で同じ話題を何度も話すのは、むだ?
de Jong & Perfetti(2011)では、4分・3分・2分と同じ話を3回くり返したグループだけが、後日のテストまで流暢さの伸びを保ちました。話題を毎回変えたグループでは、伸びが残りませんでした。
2-5英語で同じスピーキング課題、何回くり返せば伸びが止まる?
日本人学習者32人を調べた Lambert ほか(2017)では、同じ課題を6回くり返すと、話す速さは3回目までに大きく伸び、5回目まで伸び続けました。言い直しが減ったのは4回目のあとでした。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
このサイトで練習する
原田英語のサイトで練習する
使えるサイト・アプリ
動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
61人が人工言語の文法を学び8週間練習。理解の練習は理解に、産出の練習は産出に効き、練習の効果は技能ごとに限られた。技能は他の認知技能と同じ曲線でゆっくり伸びた。
DeKeyser, R. M. (1997). Beyond explicit rule learning: Automatizing second language morphosyntax. Studies in Second Language Acquisition, 19(2), 195–221.出典を開く ↗24人が4分・3分・2分のスピーチ練習。練習中はどちらも流暢さが上がったが、後日まで伸びが残ったのは同じ話題をくり返したグループだけだった。
de Jong, N., & Perfetti, C. A. (2011). Fluency training in the ESL classroom: An experimental study of fluency development and proceduralization. Language Learning, 61(2), 533–568.出典を開く ↗日本人学習者32人が3種類の課題を6回ずつくり返した。話す速さは3回目までに大きく伸び5回目まで続き、間や言い直しも段階的に減った。レベルや課題を問わず効果があった。
Lambert, C., Kormos, J., & Minn, D. (2017). Task repetition and second language speech processing. Studies in Second Language Acquisition, 39(1), 167–196.出典を開く ↗外国語学習における「練習」の役割を、4技能それぞれについて12本の論文で論じた本。どんな練習が、どんな場面で、どんな学習者に効くのかを検討している。
DeKeyser, R. (Ed.). (2007). Practice in a Second Language: Perspectives from Applied Linguistics and Cognitive Psychology. Cambridge University Press.出典を開く ↗よくある質問
同じ話ばかりしていて、会話力は広がりますか?
くり返しで自動化した語句は、話題に関係なく使えるものが多いことが研究で示唆されています。1つの話題に慣れたら、次の話題へ。少しずつ「すぐ言える話」を増やしていくと、会話の土台が広がります。
瞬間英作文は機械的なドリルではないですか?
日本語を見て英語にする練習は、意味を考えながら行えば、文法を素早く使う練習になります。自分や身近な人に置きかえた文で練習すると、実際の会話に近づきます。
シャドーイングも自動化の練習になりますか?
聞いた音を理解し、すぐに口で再現する処理をくり返すので、聞く・話す処理を速くする練習になります。ただし、自分で文を組み立てる練習とは別なので、4/3/2 などと組み合わせましょう。




