第2章|言語習得の科学2-4文法は勉強すべき?明示的知識と暗示的知識「文法なんて要らない」は研究と逆。説明を受けた人のほうが伸びていた

「文法をやるから話せなくなる」。よく聞く主張です。ところが、1980年から1998年に発表された実験をまとめた分析では、ルールをはっきり説明する指導のほうが、説明しない指導より効果が大きく、その効果は時間がたっても続いていました。それでも、テストでは He plays と書けるのに、会話では He play と言ってしまう人は少なくありません。説明で手に入る知識と、会話で使える知識は、どこが違うのか。
この節の目次(6項目)
012種類の「知っている」
英語の文法を「知っている」には、じつは2つの意味があります。
明示的知識:ルールとして意識し、言葉で説明できる知識です。「主語が三人称単数で現在のときは、動詞に s をつける」と説明できる。これが明示的知識です。
暗示的知識:説明はできなくても、考えずにすばやく使える知識です。日本語のネイティブは「は」と「が」の使い分けをうまく説明できないのに、まず間違えません。これが暗示的知識です。
多くの日本人の英語は、明示的知識が多く、暗示的知識が少ない状態にあります。テストでは He plays と書けるのに、会話ではとっさに He play と言ってしまう。これは、明示的知識はあっても、それが会話のスピードで使える形になっていないからです。
Ellis(2005)は、この2つを分けて測る方法を研究しました。すると、時間制限つきの文法判断、聞いた文をくり返すテスト、自由に話すテストは1つのまとまりに、時間制限なしの文法判断(とくに間違った文を見抜く問題)やルールを説明するテストは別のまとまりになりました。2つの知識は、測り方のうえでも別ものだったのです。
02文法の指導は効くのか:Norris & Ortega のメタ分析
では、文法を教えることに効果はあるのでしょうか。この問いに大きな答えを出したのが、Norris & Ortega(2000)のメタ分析です。
2人は1980年から1998年に発表された、文法などの指導の効果を調べた実験研究を集め、49のデータをまとめました。結果は次のとおりです。
- 特定の文法などにしぼった指導には、大きな効果がある
- ルールを説明する明示的な指導のほうが、暗示的な指導より効果が大きい
- 指導の効果は、時間がたっても持続する
この結果は、前の節までで見た「インプットだけで十分」という考えに、はっきりした修正を迫るものでした。
ただし、2人自身が注意点も書いています。効果の大きさは、どんなテストで測ったかに左右されていました。当時の研究には、ルールを意識して答えやすいテストが多かったのです。また、研究の手法やくり返しの確認がまだ十分ではないため、結論を広く当てはめるには限界がある、とも述べています。
ポイント:「文法の説明は効く」は研究でかなり確かです。ただ、「どんな力を測ったか」には注意が必要です。
03その後の研究で分かったこと
Norris & Ortega のあとも、メタ分析は続きました。
- Spada & Tomita(2010):41研究をまとめ、簡単な文法でも複雑な文法でも、明示的な指導のほうが効果が大きかったと報告しました。しかも、じっくり考えて使う力だけでなく、自発的に使う力にもプラスに働いていたのです。
- Goo ほか(2015):Norris & Ortega の研究のうち11本と、1999〜2011年の新しい研究23本、合わせて34本をまとめ直し、やはり明示的な指導のほうが効果が大きいと確かめました。
- Kang, Sok & Han(2019):1980〜2015年の54研究(5,051人)をまとめ、指導全体に大きな効果を確かめました。一方で、明示的か暗示的かの差は小さく、テストの種類、学習者の初めのレベル、研究の場所、指導の密度のほうが効果を左右していました。
まとめると、こうなります。
| 分かっていること | 確かさ |
|---|---|
| 文法などにしぼった指導には効果がある | かなり確か |
| 明示的な指導は、暗示的な指導と同じかそれ以上に効く | おおむね確か(差の大きさは研究で異なる) |
| 明示的な指導は、自発的な使用にもプラスになりうる | 支持する結果がある |
| 説明だけで、すぐ会話で使えるようになる | 根拠はない |
04インターフェース論争をやさしく
研究者のあいだでは、「明示的知識(説明できる知識)は、暗示的知識(使える知識)に変わるのか」をめぐって、長い論争があります。2つの知識をつなぐ「接点(インターフェース)」があるかどうか、という意味で「インターフェース論争」と呼ばれます。立場は大きく3つです。
| 立場 | 考え方 | たとえ |
|---|---|---|
| つながらない | 勉強した知識は、使える知識には変わらない(クラッシェン) | 教習所の教本を読んでも運転はうまくならない |
| 強くつながる | 練習を重ねれば、説明できる知識が使える知識に変わる(スキル習得理論) | 教本の手順を何百回もくり返すと、考えずに運転できる |
| 弱くつながる | 説明できる知識は、インプットのなかで形に「気づく」助けになる | 教本で知った標識に、実際の道で気づけるようになる |
どの立場が正しいかは、まだ決着していません。ただ、学習者にとってはうれしいことに、3つのどの立場をとっても、「説明を受けたうえで、たくさん触れて、たくさん使う」という勉強法はむだになりません。説明で気づきやすくなり(弱いつながり)、練習で使えるようになり(強いつながり)、インプットで自然に身につく部分もある(つながらない立場でも、インプットは中心)からです。
05自分の文法は「説明できる」?「使える」?
Ellis(2005)の研究では、時間制限があるかどうかで、測れる知識が変わりました。この考え方を借りると、自分の文法がどちらの状態にあるかを、家で簡単に確かめられます。
セルフチェック(1項目5分)
たとえば「現在完了」について調べるとします。
- 時間をかけて書く:自分のことを現在完了で3文、ゆっくり考えて書く
- 3秒で言う:日本語を見て、3秒以内に英語で言う
- 3年間ずっとここに住んでいる → I've lived here for three years.
- もう宿題を終えた → I've already finished my homework.
- 1分間話す:「最近したこと」を1分間話して録音し、現在完了を正しく使えたか確かめる
| 結果 | 状態 | 次にやること |
|---|---|---|
| 1もできない | まだ説明できる知識もない | 文法書で説明を読む |
| 1はできるが2・3で崩れる | 説明できる知識はあるが、まだ使えない | くり返し口に出す練習を増やす |
| 3まで自然にできる | 使える知識になっている | インプットで出会い続ければ十分 |
多くの日本人学習者は、2つ目の「1はできるが、2・3で崩れる」状態にある文法をたくさん持っています。ここに必要なのは、新しい説明ではなく、使う練習です。どうすれば説明できる知識を使える知識に近づけられるのかは、次の節「自動化」でくわしく扱います。
「日本の英語教育は文法のやりすぎ」は本当か
よく言われる批判ですが、研究から見ると、問題は文法の説明そのものではありません。明示的な指導の効果はくり返し確かめられています。足りないのは、説明のあとに続く使う練習と、インプットの量のほうです。文法を減らすより、文法を使う時間を増やす。これが研究とよく合う改善の方向です。
06日本の学習者は明日から何をするか
文法の勉強を「使える力」につなげるには、説明を受けたあとの流れが大切です。1つの文法項目について、次の4段階を回します。
1. 説明は短く(10分)
文法書やアプリで、ルールを1つ理解します。例文を2〜3個読んで、意味と形を確かめます。ここで長居しすぎないこと。
2. 例文を音読して覚える(5分)
- I have lived in Osaka for ten years.(大阪に10年住んでいます)
例文を3回音読し、見ないで言えるようにします。
3. インプットで出会い直す(毎日の多読・多聴のなかで)
その日から、読む・聞く英語のなかで、同じ形に出会ったら印をつけます。説明を受けたあとは、前より形に気づきやすくなっています。
4. 自分の文で使う(5分)
自分のことを、その文法で3文書いて、声に出します。
- I have played the piano since I was six.(6歳からピアノを弾いています)
ポイント:説明10分、使う練習10分、出会い直しは毎日。この「説明+使う+出会う」の組み合わせが、研究の知見とよく合う文法の学び方です。
中学・高校の文法の授業で学んだ知識は、むだではありません。足りないのは、その知識を使う練習と、インプットのなかで出会い直す量です。
文法の説明は効く。ただし「使う練習」とセットで初めて生きる
今日からのやり方
- 文法書で1つのルールを10分だけ読み、例文で形と意味を確かめる
- 例文を3回音読し、見ないで言えるようにする
- その日の多読・多聴で同じ形に出会ったら印をつける
- 自分のことを、その文法を使って3文書き、声に出して言う
- 1週間後に同じ文法で、時間を計って口頭で3文作ってみる
レベル別:あなたならこうする
中学英語の文法を1日1項目ずつ。説明を読んだら、例文を音読して、自分のことを1文書くところまでをセットにします。難しい用語は覚えなくても大丈夫です。
苦手な文法(時制、関係詞、冠詞など)を3つに絞り、説明→音読→多読で出会い直す→自分の文、を1週間ずつ回します。英文を読むときに形に気づけるかを確認しましょう。
説明はできるのに会話で抜ける項目をリスト化し、時間制限つきで言う練習を足します。録音を聞いて、その項目だけをチェックすると効率よく直せます。
よくある失敗と対策
説明できる知識は増えても、会話のスピードで使える知識にはなりにくいままです。1項目ごとに音読と自分の文を作る時間を入れましょう。
メタ分析は、明示的な指導に効果があることを繰り返し示しています。短い説明で形に気づきやすくなるので、文法を捨てる必要はありません。
最初は基本の形と意味だけで十分です。例外はインプットのなかで出会ったときに確かめれば、記憶にも残りやすくなります。
1 MIN
今週の苦手な文法を1つ決め、その形で自分のことを3文書いて言う
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
2-4文法を説明する指導と、しない指導。どちらが効く?
1980〜98年の研究をまとめた Norris & Ortega(2000)では、ルールを説明する明示的な指導のほうが、説明しない暗示的な指導より効果が大きく、その効果は時間がたっても続いていました。
2-4文法を説明する指導は、とっさの英会話にも効く?
41研究をまとめた Spada & Tomita(2010)は、明示的な指導が、じっくり考えて使う力だけでなく、自発的に使う力にもプラスに働くことを示しました。テスト専用の知識で終わるわけではありません。
2-4「文法を説明できる」と「使える」は別の力?
Ellis(2005)は、時間制限のない文法テストやルールの説明で測れる知識と、時間制限つきの判断やとっさの再生で測れる知識が、統計的に別のまとまりになることを示しました。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
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動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
1980〜98年の49データをまとめ、焦点をしぼった指導は大きな効果があり、明示的な指導は暗示的な指導より効果が大きく、効果は持続した。テストの種類が効果の大きさに影響していた。
Norris, J. M., & Ortega, L. (2000). Effectiveness of L2 instruction: A research synthesis and quantitative meta-analysis. Language Learning, 50(3), 417–528.出典を開く ↗41研究をまとめ、簡単な文法でも複雑な文法でも明示的な指導の効果が大きく、考えて使う力と自発的な使用の両方にプラスに働くことを示した。
Spada, N., & Tomita, Y. (2010). Interactions between type of instruction and type of language feature: A meta-analysis. Language Learning, 60(2), 263–308.出典を開く ↗明示的指導と暗示的指導を比べた34研究(うち23本は1999〜2011年の新しい研究)をまとめ直し、全体として明示的な指導のほうが効果が大きかった。
Goo, J., Granena, G., Yilmaz, Y., & Novella, M. (2015). Implicit and explicit instruction in L2 learning: Norris & Ortega (2000) revisited and updated. In P. Rebuschat (Ed.), Implicit and Explicit Learning of Languages (pp. 443–482). John Benjamins.出典を開く ↗54研究・5,051人をまとめ、指導全体に大きな効果(g = 1.06)。明示的か暗示的かの差は小さく、テストの種類や学習者のレベル、指導の密度などが効果を左右した。
Kang, E. Y., Sok, S., & Han, Z. (2019). Thirty-five years of ISLA on form-focused instruction: A meta-analysis. Language Teaching Research, 23(4), 428–453.出典を開く ↗時間制限つきの判断・くり返し・自由な発話のテストと、時間制限なしの判断・ルール説明のテストが別のまとまりになり、暗示的知識と明示的知識を分けて測れることを示した。
Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141–172.出典を開く ↗よくある質問
ネイティブは文法を勉強しなくても話せるのでは?
母語は、何年もかけて膨大なインプットとやりとりのなかで身につけたものです。限られた時間で外国語を学ぶ場合、ルールの説明があると形に気づきやすく、メタ分析でも明示的な指導の効果が確かめられています。
文法用語は覚えたほうがいいですか?
用語そのものより、形と意味が分かることが大切です。ただ、「現在完了」「関係代名詞」などの基本の用語を知っていると、文法書や解説を読むときに便利です。最低限で十分です。
文法の勉強はいつまで続ければいいですか?
中学・高校レベルの基本を一通り理解したら、説明を読む時間は減らし、使う練習と多読・多聴での出会い直しを増やしていきます。弱点の項目だけ、必要なときに説明に戻れば十分です。



