第6章|文法6-1文法はいらない?いる?「文法なしで話せる」は半分だけ正しい。49の研究が示した文法の役目

「ネイティブの子どもは文法を習わずに話せるようになる。だから大人にも文法はいらない」。よく聞く意見です。たしかに日本の子どもも、「が」と「を」の使い分けを習う前から、正しく使い分けています。ところが、文法の指導が効くのかを調べた49の研究をまとめると、話はそう単純ではありませんでした。テストでは正解できるのに、話すと出てこない。あのもどかしさにも理由があります。文法は、どこまでやればいいのでしょうか。
01「いらない」論の正しいところ
「文法はいらない」という意見には、もっともな点があります。
まず、単語を並べるだけでも、かなりのことは伝わります。駅で道に迷った旅行者が「Station? Where?」と言えば、たいていの人は助けてくれます。もう一つ、母語を身につけるとき、私たちは文法の授業を受けていません。日本の子どもは「が」と「を」の使い分けを習う前から、正しく使い分けています。
しかし、ここから「大人の英語学習にも文法はいらない」とまでは言えません。理由は2つあります。
1つ目は、意味の細かい差は文法が運ぶからです。単語が同じでも、文法が変わると伝わる中身が変わります。
- I lost my key.(鍵をなくした。今どうなっているかは言っていない)
- I've lost my key.(鍵をなくしてしまった。今も見つからず困っている)
- The dog chased the cat.(犬が猫を追いかけた)
- The cat chased the dog.(猫が犬を追いかけた)
単語だけで話すと、こうした差が相手の推測まかせになります。旅行の買い物なら困りませんが、仕事の連絡や試験の英作文では、誤解や減点につながります。
2つ目は、大人には子どもと同じ量の英語にふれる時間がないことです。子どもは何年もの間、毎日長い時間ことばを浴び、くり返しの中から規則を自分でつかみます。学校の授業と家での勉強だけでは、英語にふれる量がまったく足りません。限られた時間で規則に気づくための近道として、文法の説明が役に立ちます。
02研究の答え:はっきり教えると伸びる
では、文法をはっきり説明して教えることに、本当に効果はあるのでしょうか。第二言語習得の分野では、この問いに多くの実験が取り組み、結果をまとめた「メタ分析」も出ています。
| 研究 | まとめた研究の数 | 分かったこと |
|---|---|---|
| Norris & Ortega(2000) | 49 | 焦点をしぼった指導は大きな伸びにつながる。明示的な指導のほうが暗示的な指導より効果が大きい。効果は時間がたっても残る |
| Spada & Tomita(2010) | 41 | 単純な文法でも複雑な文法でも、明示的な指導のほうが効果が大きい。考えて答える問題だけでなく、自然に使う場面にもプラス |
| Kang, Sok & Han(2019) | 54(学習者5,051人) | 指導全体の効果は大きい。明示的と暗示的の差は小さかった |
ここでいう明示的な指導とは、ルールを説明したり、「この形に注目して」と学習者に意識させたりする教え方です。暗示的な指導は、ルールを説明せず、たくさんの例にふれさせて自然に気づかせる教え方です。
結果は、全体として「文法の指導には効果がある」という方向でそろっています。一方で、正直に書いておくべき注意点もあります。
- Norris & Ortega は、効果の大きさがテストの形式に左右されることを指摘しています。ルールを考えて答える問題では、明示的な指導が有利に出やすくなります。
- より新しいメタ分析(Kang, Sok & Han)では、明示的と暗示的の差は小さくなりました。効果を左右したのは、テストの形式、学習者のもとのレベル、指導の量などでした。
- 多くの実験は数週間ほどの短い期間です。何年もかけて英語を身につける過程のすべてを見ているわけではありません。
まとめると、「文法を教えても意味がない」という主張は研究とは合いません。ただし「説明さえ聞けば話せるようになる」とも言えません。説明は出発点で、そのあとの使う練習とセットで効いてきます。
03「知っている」と「使える」は別の力
文法を勉強してきた人がつまずくのは、ここです。テストでは正解できるのに、話すと口から出てこない。この差には理由があります。
Ellis(2005)は、同じ17の文法項目について、5種類のテストを学習者に受けてもらいました。
- 聞いた文をくり返す(間違いのまじった文も含む)
- 話を口頭で語る
- 時間制限つきで、文が正しいかを判断する
- 時間制限なしで、文が正しいかを判断する
- ルールを説明する
結果を統計的に分析すると、はじめの3つと、あとの2つが別のまとまりに分かれました。前者はとっさに使える知識(暗示的知識)、後者は考えれば分かる知識(明示的知識)を測っていると解釈されています。
自転車にたとえると分かりやすくなります。「ペダルをこいでバランスをとる」と説明できることと、実際に乗れることは別です。英語も同じで、「3人称単数の現在形には s をつける」と説明できても、会話の途中で He goes と言えるとは限りません。
ポイント:文法の説明を理解したら、それは「スタート地点に立った」ということ。使える力にするには、その形を何度も聞き、読み、口に出す練習が別に必要です。
知識をくり返しの練習で速く正確に使えるようにする、という考え方を技能習得理論と呼びます。具体的な練習方法は、この章の最後の節「文法を『使える』ようにする練習」でくわしく扱います。
04日本語話者がつまずく文法には理由がある
「3単現の s なんて中1で習ったのに、いまだに落とす」。これは怠けではありません。
Goldschneider & DeKeyser(2001)は、英語の文法形態素(-ing、複数の -s、過去の -ed、冠詞など)が身につく順番を調べた12の研究、合計924人のデータをまとめました。すると、音としての目立ちやすさ、意味の複雑さ、形の規則性、品詞、出てくる頻度という5つの要因の組み合わせで、順番の大部分を説明できました。
3単現の -s を例にすると、
- 語尾の小さな音で、聞いていても目立たない
- He や She で「3人称」と分かるので、s がなくても意味は通じる
- 日本語には、主語によって動詞の形が変わるしくみがない
と、身につきにくい条件がそろっています。日本語話者がつまずきやすい点を表にまとめます。
| 文法 | 日本語との違い | 例 |
|---|---|---|
| 冠詞 a / the | 日本語に冠詞がない | I bought a book. The book is thick. |
| 名詞の複数形 | 日本語は数を形で示さないことが多い | two dogs / some ideas |
| 3単現の -s | 主語で動詞の形が変わらない | She works at a bank. |
| 現在完了 | 「〜した」が過去と完了の両方を表す | I've finished my homework. |
| 前置詞 | 「に」「で」が in / on / at などに分かれる | at the station / in Tokyo |
どれも、ルールを一度聞いただけでは安定しません。間違いが続いても「自分はダメだ」と考える必要はなく、時間がかかる項目だと知ったうえで、くり返し注意を向けるのが現実的な対処です。この章の後半では、このうち時制・冠詞・前置詞を、丸暗記ではなく「意味のしくみ」から説明します。
05どこまでやればいい? 3段階の目安
文法はやり始めると終わりがありません。目的に合わせて優先順位をつけます。以下は原田英語がすすめる目安です。
- 土台(中学で習う範囲):文型と語順、現在・過去・未来の表し方、進行形、現在完了、助動詞、不定詞と動名詞、比較、受け身、関係代名詞。日常の会話やメールの骨組みは、この範囲でかなり組み立てられます。まずここを「とっさに言える」まで仕上げます。
- 読むための文法(高校で習う範囲):仮定法、分詞構文、強調や倒置、長い文の構造。ニュースや論文、入試の長文を正確に読むために必要です。話すときに全部を使う必要はありません。
- 細かい語法:どの動詞がどの前置詞をとるか、どの名詞が数えられないか、など。必要になった場面で辞書を引き、例文ごと覚えるのが効率的です。
もう一つの目安は、時間の配分です。文法の説明を読む時間よりも、その文法が使われた英語を読む・聞く・話す・書く時間を多くとります。文法書は地図で、実際に道を歩くのは英語にふれる時間です。地図ばかり眺めていても、目的地にはつきません。
例:1日30分なら
- 文法書で1項目を読み、例文を理解する(5分)
- その項目の例文を音読し、自分のことを言う文を2つ作る(10分)
- やさしい英文を読む・聞く(15分)。習った形が出てきたら印をつける
この配分で続けると、「知っている」文法が少しずつ「使える」文法に変わっていきます。
文法は話すための近道。ただし知るだけでは使えない
今日からのやり方
- 文法書を1冊決め、今週やる項目を1つだけ選ぶ(例:現在完了)
- 説明を読んだら、例文を3つ音読し、見ないで言えるまでくり返す
- 自分のことについて、その文法で英文を2つ作って声に出す
- 英文を読む・聞くときに、その文法が出てきたら印をつける
- 1週間後に例文を見ずに言えるか確かめ、言えない文だけやり直す
レベル別:あなたならこうする
まず中学文法の土台を1冊で通します。説明を読んだら、例文を音読して見ないで言えるようにするところまでが1セット。分からない項目は印をつけて先へ進み、2周目で埋めます。
テストは解けるのに話せない段階です。新しい文法を増やすより、知っている文法を速く使う練習に時間を移します。瞬間英作文や、自分のことを英語で言う練習を毎日5分入れます。
細かい誤りが残りやすい冠詞・前置詞・時制の使い分けに的をしぼります。自分の英文の誤りを記録し、くり返し出る誤りを3つ選んで、意識して直す期間を作ります。
よくある失敗と対策
1周目は6〜7割の理解で先へ進みます。全体像が見えると、前の項目も分かりやすくなるからです。穴は2周目、3周目で埋めれば十分です。
説明できる知識と、とっさに使える力は別物です。説明を理解したら、例文の音読や自分の文を作る練習で、口と耳になじませる時間を必ずとります。
冠詞や3単現の s は、長く勉強した人でも落としやすい項目です。話すときは伝えることを優先し、あとで録音や書き起こしを見直して直します。
1 MIN
自分のことを I've で始まる英文で3つ、声に出して言ってみる
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
6-1文法をはっきり教えると、本当に伸びる?
Norris & Ortega(2000)は49の研究をまとめ、焦点をしぼった指導は大きな伸びにつながり、ルールを示す明示的な指導は暗示的な指導より効果が大きく、効果は時間がたっても残ると報告しました。ただしテストの形式で効果の大きさが変わる点も指摘しています。
6-1「知っている文法」と「使える文法」は別物?
Ellis(2005)は、時間制限つきの問題や口頭の課題で測れる知識と、時間をかけて考える問題で測れる知識が、別のまとまりに分かれることを示しました。ルールを説明できても、会話でとっさに使えるとは限りません。
6-13単現の s は簡単なのに、なぜ落とす?
ルールは単純でも、語尾の小さな音で目立たず、He や She で人称はすでに分かります。身につく順番を調べた研究(Goldschneider & DeKeyser, 2001)でも、目立ちやすさや頻度などの組み合わせが順番の大部分を説明していました。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
この節に関係する特集
特集クジラ構文は役に立たない? Xで話題の論争を決着Xで話題の論争を、オバマ大統領の演説と1つの理屈で決着このサイトで練習する
使えるサイト・アプリ
動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
1980〜1998年の49の研究をまとめた。焦点をしぼった指導は大きな伸びにつながり、明示的な指導は暗示的な指導より効果が大きく、効果は持続した。テストの形式が効果の大きさに影響することも指摘。
Norris, J. M., & Ortega, L. (2000). Effectiveness of L2 instruction: A research synthesis and quantitative meta-analysis. Language Learning, 50(3), 417–528.出典を開く ↗41の研究をまとめ、単純な文法・複雑な文法のどちらでも、明示的な指導の効果が暗示的な指導より大きかった。考えて答える知識だけでなく、自然な使用にもプラスだった。
Spada, N., & Tomita, Y. (2010). Interactions between type of instruction and type of language feature: A meta-analysis. Language Learning, 60(2), 263–308.出典を開く ↗54の研究(学習者5,051人)をまとめ、指導全体の効果は大きかった(g = 1.06)。明示的と暗示的の差は小さく、テストの形式・学習者のレベル・指導の量などが効果を左右した。
Kang, E. Y., Sok, S., & Han, Z. (2019). Thirty-five years of ISLA on form-focused instruction: A meta-analysis. Language Teaching Research, 23(4), 428–453.出典を開く ↗17の文法項目について5種類のテストを分析。口頭の課題や時間制限つきの判断と、時間制限なしの判断やルールの説明が、別のまとまり(暗示的知識と明示的知識)に分かれた。
Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141–172.出典を開く ↗12の研究・924人のデータから、文法形態素が身につく順番の大部分を、音の目立ちやすさ・意味の複雑さ・形の規則性・品詞・頻度の組み合わせで説明できた。
Goldschneider, J. M., & DeKeyser, R. M. (2001). Explaining the "natural order of L2 morpheme acquisition" in English: A meta-analysis of multiple determinants. Language Learning, 51(1), 1–50.出典を開く ↗よくある質問
大人のやり直しは、中学文法からでいい?
中学文法から始めるのが近道です。分かっている項目は例文を音読して確かめるだけで先へ進み、つまずいた項目にだけ時間をかけます。薄い文法書を1冊選び、1日1項目ずつ進めると続けやすくなります。
文法用語は覚えないといけない?
用語そのものが目的ではありません。ただ、「主語」「動詞」「目的語」「名詞」「形容詞」などの基本の用語を知っていると、文法書や辞書の説明を読む速さがまるで違います。説明を読むための道具として、最低限はおさえておくと楽になります。
文法書と問題集、どちらから始める?
説明の読める文法書で理解し、すぐに同じ範囲の問題を解いて確かめる、を交互に進めるのが効率的です。問題だけを先に大量に解くと、なぜその答えになるのか分からないまま、答えだけを覚えてしまいがちです。




