第2章|言語習得の科学2-3やりとりと『気づき』先生がよく使う「さりげない言い直し」は、いちばん気づかれにくかった

生徒が I go to Kyoto last week. と言うと、先生が返します。「Oh, you went to Kyoto last week.」。正しい形でさりげなく言い直す「リキャスト」です。カナダの小学校の授業18.3時間分の会話を調べると、先生たちは6種類の直し方のうち、これを圧倒的に多く使っていました。会話の流れを止めない、やさしい直し方です。ところが、生徒の側から見ると、この直し方には弱点がありました。それは何だったのか。
01会話の「聞き返し」が理解をつくる
アメリカの研究者マイケル・ロングは、ネイティブと学習者の会話を細かく調べました。それまでは、ネイティブが学習者に合わせて「ゆっくり、やさしい単語で」話すことで、英語がわかるようになると考えられていました。
ところがロングが見つけたのは、別のことでした。Long(1983)によると、会話をわかりやすくしているのは、言葉そのものをやさしくすることより、やりとりの仕方を調整することのほうでした。こちらのほうが多く、いつも見られ、言葉をやさしくしていない場面でも起きていたのです。
やりとりの調整とは、たとえばこんなものです。
- 確認:You mean the red one?(赤いほうのこと?)
- 聞き返し:Sorry, what did you say?(ごめん、なんて言った?)
- 理解のチェック:Do you know what I mean?(言いたいこと、わかる?)
こうした「意味のすり合わせ(ネゴシエーション)」のなかで、学習者は自分にわかる形でインプットを受け取り、自分の言い方のズレにも気づきます。ロングはのちに、このやりとりが習得を進めるという考えを「インタラクション仮説」としてまとめました。
ポイント:会話で聞き返すのは恥ずかしいことではありません。聞き返しは、インプットを自分サイズに作り変える技術です。
02気づかなければ、素通りする
同じころ、リチャード・シュミットは別の角度から問いを立てました。英語を浴びていても、身につくものと身につかないものがあるのはなぜか。
Schmidt(1990)は、心理学の研究を整理したうえで、インプットが頭に取りこまれる(インテイクになる)には、学習者がそれに「気づく」ことが必要だと主張しました。これが「気づき仮説」です。意識にのぼらない形で言葉を学ぶこと(いわゆるサブリミナル学習)はできない、とも書いています。
身近な例で考えます。
- She plays tennis every Sunday.(彼女は毎週日曜にテニスをする)
この文の意味は、plays の s がなくても分かります。だから意味だけ追っていると、s は素通りしやすい。シュミットは、注意を向けることは学習を助け、とくに大人が意味の上では目立たない文法の要素を身につけるには必要かもしれない、と述べています。三単現の s や冠詞 a / the が、何年英語を勉強しても抜けやすいのは、この説明とよく合います。
ただし、シュミット自身も、意識しないまま規則性を学ぶ「暗示的学習」については証拠もあり、決着が難しいと書いています。「気づかなければ一切学べない」とまで言えるかは、今も議論が続いています。実践的には、気づいたほうが学びやすいと考えておけば十分です。
03直され方は6種類ある
やりとりのなかで間違いを直されることを「フィードバック(訂正フィードバック)」といいます。Lyster & Ranta(1997)は、カナダの小学校のイマージョン授業18.3時間分の会話を分析し、先生の直し方を6種類に分けました。
学習者が I go to Kyoto last week. と言ったとします。
| 種類 | 先生の返し方の例 | 特徴 |
|---|---|---|
| はっきり訂正 | Not go. You should say went. | 間違いと正解を示す |
| リキャスト | Oh, you went to Kyoto last week. | 正しい形でさりげなく言い直す |
| 聞き返し | Sorry? | もう一度言わせる |
| 文法のヒント | Last week is in the past. | ルールについて手がかりを出す |
| 引き出し | Last week, you ...? | 正しい形を本人に言わせる |
| くり返し | You GO to Kyoto? | 間違いの部分を強調してくり返す |
このうち、リキャスト以外の4つ(聞き返し・文法のヒント・引き出し・くり返し)は、正解を言わずに本人に直させるので「プロンプト」と呼ばれます。
04リキャストは気づかれにくい
Lyster & Ranta(1997)の結果ははっきりしていました。先生たちは、6種類のなかでリキャストを圧倒的に多く使っていました。ところが、リキャストのあと生徒が自分で言い直すことは少なかったのです。逆に、引き出し、文法のヒント、聞き返し、くり返しは、生徒自身の言い直しにつながりやすいものでした。
理由は想像がつきます。Oh, you went to Kyoto last week. と言われても、学習者には「相づち」なのか「訂正」なのか区別がつきにくい。会話の流れを止めないやさしさが、気づきにくさにもなっているのです。
その後のメタ分析も見てみます。
- Lyster & Saito(2010):教室での口頭訂正の研究15本(827人)をまとめ、訂正には意味のある、長く続く効果があり、リキャストよりプロンプトのほうが効果が大きいと報告しました。
- Li(2010):33の研究をまとめ、訂正フィードバックには中くらいの効果があり、時間がたっても保たれていました。さりげない(暗示的な)訂正の効果は、はっきりした訂正より長く保たれる傾向も見られました。
つまり、どちらが絶対に正しいというより、訂正はたしかに効く。そのうえで、自分で言い直す機会があると、気づきが起きやすい。これが現在の研究から言えることです。
05自分で自分にフィードバックする
先生や会話の相手がいつもいるとは限りません。でも、録音と書き起こしを使えば、自分で自分に「プロンプト」を出すことができます。
録音チェックの手順(1回15分)
- 1分間、テーマを決めて英語で話し、録音する
- 録音を聞きながら、自分の英語をそのまま書き起こす
- 書き起こしを見て、次の3つの印をつける
| 印 | 見るところ | 例 |
|---|---|---|
| ○ | 時制・三単現など、形のまちがい | I go there yesterday → went |
| △ | 言いたいことが言えずにごまかした所 | something ... と言ってにごした |
| ☆ | 何度も使った同じ表現 | very good をくり返した |
- ○は自分で直し、△は辞書や例文検索で言い方を調べ、☆は別の言い方を1つ探す
- 直した原稿を見ずに、もう一度1分話して録音する
ポイントは、正解を先に見ないことです。まず自分で直せるかを考える。これは、先生が「引き出し」や「文法のヒント」で生徒に直させるのと同じ仕組みです。自分で直せなかった所だけを調べると、気づきがはっきり記憶に残ります。
気づきのための「比べ読み」
同じ内容について、自分が書いた英文と、お手本の英文を並べて読みます。たとえば、自分が I was very surprised for the news. と書き、お手本が I was surprised at the news. だったら、前置詞のちがいに気づけます。教科書の本文を和訳から英語に戻してみて、元の英文と比べるのも同じ効果があります。
06日本の学習者は明日から何をするか
1. 直してもらい方を、自分から頼む
英会話の先生や学校の ALT に、こうお願いしてみましょう。
- Could you stop me when I make a mistake and let me try again?(間違えたら止めて、もう一度言わせてください)
リキャストだけで流れていくのを防ぎ、プロンプトに近い直し方を引き出せます。
2. リキャストに気づいたら、言い直す
相手が自分の文を言い直してくれたら、そのまま Yes, I went to Kyoto. と正しい形で言い直します。この1秒が、気づきを確かなものにします。
3. 聞き返しのフレーズを3つ持つ
- Sorry, could you say that again?(もう一度言ってもらえますか)
- Do you mean ...?(〜という意味ですか)
- How do you say ... in English?(〜は英語でなんと言いますか)
4. 一人でも「気づき」はつくれる
相手がいなくても、自分の英文とお手本を比べれば気づきは起きます。日記を書いたら、同じ内容を例文検索や辞書の例文と比べ、違うところに印をつける。リスニングなら、聞き取れなかった部分をスクリプトで確かめ、なぜ聞こえなかったのかをメモする。これも立派な「ズレへの気づき」です。
なお、中高生が見知らぬ人とつながるSNSや言語交換アプリを使うのは、年齢制限があり、トラブルもあり得ます。学校の先生、ALT、家族、保護者が確認した教室など、安心できる相手から始めてください。
やりとりで生まれる「ズレ」に気づいた瞬間に、英語は伸びる
今日からのやり方
- 英会話や授業で「間違えたら止めて言わせて」と先生に頼んでおく
- 言い直してもらったら、その正しい形を自分の口でもう一度言う
- 聞き返しのフレーズを3つ覚え、分からないときは必ず使う
- 書いた英文をお手本や辞書の例文と比べ、違う所に印をつける
- 気づいたズレを1日1行、ノートに残して週末に見返す
レベル別:あなたならこうする
先生や教科書の英語をまねて言い、お手本と違うところに気づく練習から。Sorry? と Again, please. の2つの聞き返しを使えるようにしましょう。
会話で言い直されたら、すぐ言い直す習慣を。自分の英作文と模範解答を並べ、違いを3つ書き出すと、気づきが具体的になります。
自分の弱点(冠詞、時制など)を相手に伝え、そこだけ止めてもらうなど、フィードバックを自分で設計します。録音を聞いて自分で直す力も伸ばしましょう。
よくある失敗と対策
相手が自分の文をくり返したら、訂正のサインかもしれません。正しい形で言い直すと、気づきが記憶に残りやすくなります。
聞き返しは、インプットを理解できる形に変える大事な技術です。決まったフレーズを用意しておけば、ためらわずに使えます。
訂正は効果が確かめられた学習の機会です。直された回数を「気づきの数」として数えると、受け止め方が変わります。
1 MIN
「Sorry, could you say that again?」を3回声に出して言えるようにする
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
2-3学習者との英会話、言葉をやさしくするより何が効く?
Long(1983)は、ネイティブが学習者と話すとき、単語や文をやさしくするより、聞き返す・確かめるといった「やりとりの調整」のほうが多く、いつも見られると報告しました。わかりやすさは、やりとりのなかで作られます。
2-3英語の授業で、先生がいちばんよく使う間違いの直し方は?
Lyster & Ranta(1997)の授業分析では、先生は正しい形でさりげなく言い直す「リキャスト」を圧倒的に多く使っていました。ところが、リキャストは生徒自身の言い直しにつながりにくかったのです。
2-3話した英語の間違いを直してもらうのは、何歳でも効く?
教室での口頭の訂正をまとめた Lyster & Saito(2010)では、訂正の効果ははっきりあり、長く続きました。若い学習者ほど効果が大きい傾向もありましたが、大人にも効果は出ています。
PRACTICE KIT
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もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
ネイティブと学習者の会話では、言葉をやさしくするより、聞き返しや確認などやりとりの調整のほうが多く一貫して見られ、理解を助けていると報告した。
Long, M. H. (1983). Native speaker/non-native speaker conversation and the negotiation of comprehensible input. Applied Linguistics, 4(2), 126–141.出典を開く ↗インプットが取りこまれるには「気づき」が必要と主張。注意は学習を助け、大人が目立たない文法要素を学ぶには必要かもしれないとした。暗示的学習の問題は決着が難しいとも述べた。
Schmidt, R. W. (1990). The role of consciousness in second language learning. Applied Linguistics, 11(2), 129–158.出典を開く ↗イマージョン授業18.3時間を分析し、6種類の訂正を分類。先生はリキャストを最も多く使うが、生徒の自己修正につながりにくく、引き出しなど4種類のほうがつながりやすかった。
Lyster, R., & Ranta, L. (1997). Corrective feedback and learner uptake. Studies in Second Language Acquisition, 19(1), 37–66.出典を開く ↗教室での研究15本(827人)をまとめ、口頭訂正には意味のある持続的な効果があり、リキャストよりプロンプトのほうが効果が大きかった。若い学習者ほど効果が大きい傾向もあった。
Lyster, R., & Saito, K. (2010). Oral feedback in classroom SLA: A meta-analysis. Studies in Second Language Acquisition, 32(2), 265–302.出典を開く ↗33研究をまとめ、訂正フィードバックには中程度の効果があり、時間がたっても保たれた。暗示的な訂正の効果は、明示的な訂正より長く保たれる傾向があった。
Li, S. (2010). The effectiveness of corrective feedback in SLA: A meta-analysis. Language Learning, 60(2), 309–365.出典を開く ↗よくある質問
リキャストは効果がないのですか?
効果がないわけではありません。Li(2010)のメタ分析では、さりげない訂正の効果は長く保たれる傾向もありました。ただ、気づかれにくいのは確かなので、言い直されたら自分でも言い直す習慣をつけると効果を引き出しやすくなります。
オンライン英会話で、どう頼めばいいですか?
レッスンの最初に「間違えたら止めて、もう一度言わせてください」「チャットに正しい文を書いてください」と英語で伝えましょう。オンライン英会話は年齢条件のあるサービスもあるので、中高生は保護者と一緒に規約を確認してください。
一人で勉強していても「気づき」は起きますか?
起きます。自分の英文とお手本を比べる、ディクテーションで聞き取れなかった所をスクリプトで確かめる、といった作業はどれも、ズレに気づく練習です。気づいたことを書き残すと効果が高まります。




