『子どもじゃないと身につかない』は本当?67万人調査の『17歳の壁』。でも最初の数か月は大人のほうが速かった

66万9498人。2018年、アメリカの研究チームは、インターネットの英文法クイズに集まったこの人数のデータから、文法を学ぶ力が年齢とともにどう変わるかを推定しました。その力は17.4歳ごろまでほぼ保たれ、その後ゆっくり下がっていく。やはり大人は手遅れなのか。ところが別の研究では、学び始めの数か月に最も速く伸びたのは、12〜15歳と大人でした。この2つの結果は、どうつながるのか。
この節の目次(7項目)
01よく聞く主張:「臨界期を過ぎたら手遅れ」
「言葉には臨界期があり、それを過ぎると身につかない」。この考え方は、1960年代に言語学者のレネバーグが唱えた臨界期仮説が出発点です。もともとは母語の習得についての仮説でしたが、やがて外国語にも当てはめられるようになりました。
身近な経験も、この説を後押しします。親の転勤で海外に住んだ子どもは、数年で現地の子と同じように話すようになる。一方で、同じ期間を過ごした親は、いつまでも訛りが残る。こうした話を聞くと、「やはり子どもにはかなわない」と感じるのは自然です。
ところが、研究者が「年齢が何に、どのくらい影響するのか」を細かく調べてみると、話はもっと複雑でした。ポイントは次の2つを分けて考えることです。
- 到達点:最終的にどこまで行けるか(ネイティブと区別がつかないレベルに届くか)
- スピード:一定の期間でどれだけ伸びるか
「子どもじゃないと身につかない」という言い方は、この2つをごちゃまぜにしています。以下、研究を順に見ていきます。
02研究①:早く来た人ほど文法が正確だった
年齢と第二言語の関係を調べた古典的な研究に、アメリカの Johnson & Newport(1989年)があります。
対象は、3歳から39歳のあいだにアメリカに移住した、韓国語または中国語を母語とする46人です。全員がアメリカに3〜26年住んでいました。英語のさまざまな文法について「この文は正しいか」を判断するテストをしたところ、早く移住した人ほど成績がよいという、はっきりした傾向が出ました。
細かく見ると、思春期までに移住した人では、移住した年齢と成績がきれいに比例していました。一方、思春期より後に移住した人は、全体として成績が低いものの、人によるばらつきが大きく、移住した年齢とはあまり関係がありませんでした。研究者は、この差は英語に触れた量や意欲などの違いでは説明できないとしています。
ここから読み取れるのは「遅く始めると平均的には不利」ということと同時に、「遅く始めた人の中にも、かなり高いレベルに達する人がいる」ということです。年齢だけで結果が決まるわけではありません。
03研究②:67万人が示した「17歳」という数字
2018年、アメリカの研究チーム(Hartshorne, Tenenbaum & Pinker)は、桁違いの規模のデータで年齢の影響を調べました。
使ったのは、インターネットで公開した10分ほどの英文法クイズです。世界中の人が参加し、今の年齢、英語を学び始めた年齢、英語を使ってきた年数などを答えました。そろったデータは66万9498人分。研究チームはこのデータから、「今の年齢」「学び始めた年齢」「学んだ年数」を切り分けて、文法を学ぶ力そのものが年齢とともにどう変わるかを推定しました。
結果は、文法を学ぶ力は17.4歳ごろまでほぼ保たれ、その後ゆっくり下がっていく、というものでした。昔からいわれていた「思春期で閉じる」よりも、ずっと遅い年齢です。研究者の一人は大学の発表の中で、ネイティブと同じ文法の感覚を目指すなら10歳ごろまでに始めるのがよい、とも述べています。17歳までの学習期間が長いほど、高い水準に届きやすいからです。
ただし、この研究が測ったのは文法だけで、語彙や発音、会話の力ではありません。また、17歳を過ぎて下がる理由が脳の変化なのか、進学や就職で生活が変わる社会的な理由なのかはわかっていない、と研究チーム自身が述べています。
04研究③:スピード勝負では大人が強い
一方で、「学ぶスピード」に注目すると、まったく違う姿が見えてきます。
オランダの研究(Snow & Hoefnagel-Höhle、1978年)では、オランダに移り住んだ英語話者を、3〜5歳、8〜10歳、12〜15歳、大人などの年齢層に分け、最初の1年間に3回テストしました。最初の数か月でいちばん速く伸びたのは、12〜15歳と大人のグループでした。1年後の時点で最もよくできていたのは8〜10歳と12〜15歳で、3〜5歳はどのテストでも最も低い点でした。
スペインの研究者 Muñoz(2008年)は、さらに重要な指摘をしています。移住して毎日ことばに浸かる環境と、学校の授業で週に数時間だけ学ぶ環境とでは、年齢の効き方が違う、という点です。接する英語の量と質が限られる環境では、早く始めたことの有利さが表れにくく、インプットの量と質が年齢の影響を大きく左右すると論じています。
日本で英語を学ぶ人の多くは、この「授業で学ぶ」環境にいます。早く始めた子が自動的に有利になる、とは言えないのです。
05本当のところ:「天井」と「スピード」は別の話
ここまでの研究をまとめると、次のようになります。
| 観点 | 子ども | 大人 |
|---|---|---|
| ネイティブと区別がつかない水準 | 届く人が多い(ただし全員ではない) | 届く人はきわめて少ない |
| 最初の数か月〜1年のスピード | ゆっくり | 速い |
| 得意なこと | 音を丸ごとまねる、長期間たっぷり触れる | 説明を理解する、計画的に覚える、読み書き |
「ネイティブと区別がつかない」というゴールがどれほど高いかを示す研究もあります。スウェーデンの Abrahamsson & Hyltenstam(2009年)は、ネイティブ並みだと自認する195人を調べました。ネイティブの聞き手にネイティブだと判断された人のうち、41人をさらに10種類の難しいテストで詳しく調べると、12歳以降に始めた人でネイティブの範囲に入った人はいませんでした。早くに始めた人でも、すべてのテストでネイティブ並みだったのはごく一部でした。
つまり、「ネイティブと寸分違わない英語」は、子どもにとっても簡単ではない、とても高いゴールです。逆に言えば、仕事や旅行、友人との会話で十分に通じる英語は、何歳から始めても目指せます。年齢が決めるのは主に「天井の高さ」で、そこまで登れるかどうかは、どれだけ練習を積むかにかかっています。
06大人がつまずきやすい3つの点と対策
大人には大人なりのつまずきやすい点もあります。どれも年齢そのものより、生活や気持ちの事情から来るものです。
① 時間がとれない
仕事や家事で、まとまった時間をとるのは簡単ではありません。対策は、1回の時間を短くして回数を増やすことです。朝5分の単語、通勤中15分のリスニング、寝る前5分の音読、と分ければ、1日25分になります。間をあけて少しずつ学ぶほうが記憶に残りやすいことは、第1章で紹介する分散学習・間隔反復の考え方とも一致します。
② 間違えるのが恥ずかしい
大人ほど、人前で間違えることへの抵抗が強くなりがちです。いきなり人と話すのではなく、独り言や録音で「間違えても平気な練習」を積んでから、人と話す場に出る順番にすると、気持ちの負担が減ります。
③ 覚えてもすぐ忘れる気がする
忘れるのは年齢に関係なくだれにでも起きることで、子どもも同じように忘れています。違いは、子どもは同じことばに毎日何度も出会い直していることです。大人は、間をあけて復習する仕組み(単語アプリや復習の予定表)で、この「出会い直し」を意図的につくります。
どれも「大人だから無理」ではなく、「大人ならではの工夫で乗り越えられる」点です。年齢の壁を気にするより、自分の生活に合った続け方を設計するほうが、結果に直結します。
07じゃあどうする:大人の勝ち筋と、子どもの始め方
大人の勝ち筋
大人は、説明を理解して効率よく進む力で子どもに勝ります。これを生かさない手はありません。
- 文法は説明を読んで理解する:子どものように何年もかけて自然に気づくのを待つより、ルールを理解してから使うほうが速く進みます。
- 単語は計画的に覚える:間隔をあけた復習(間隔反復)など、記憶の研究にもとづく方法を使えます。
- 理解できる英語を大量に聞く・読む:説明で理解したことを、本物の英語の中で何度も確かめます。
- 発音は「通じやすさ」をゴールにする:ネイティブ並みを目指して止まるより、通じる発音で話す量を増やします。
子どもの始め方
子どもの場合、早く始めること自体より「量を確保できるか」が大切です。週1回の教室だけで安心せず、家庭で毎日少しずつ英語に触れる時間をつくります。たとえば、寝る前に英語の絵本を1冊、週末に英語の歌や短い動画を一緒に楽しむ、などです。無理強いして英語が嫌いになるのがいちばんの損です。
年齢を理由にあきらめる必要はありません。今日から始める15分が、そのまま力になります。
年齢で変わるのは『到達点の天井』。伸びるかどうかではない
今日からのやり方
- 目標を「ネイティブと同じ」から「会議で意見を言える」など具体的な場面に置き換える
- 大人の強みである文法の理解と単語の暗記を、毎日15分の机の勉強で回す
- 理解できる英語を聞く・読む時間を、1日30分を目安に確保する
- 発音は通じやすさを優先し、リズムと強勢から直す
- 子どもには、毎日少しずつ触れられる形(絵本・歌・動画)で続ける
レベル別:あなたならこうする
中学英語の文法と基本単語の総ざらいから。大人は理屈で理解すると速く進みます。1日15分の文法・単語と、15分のやさしいリスニングで、まず3か月続けます。
伸びが止まりやすい段階です。年齢のせいにせず、聞く・読む量を週単位で記録し、足りていない技能を見つけます。話す練習の時間も意識して入れます。
ネイティブ並みの細かい文法感覚を追うより、場面に合った言い回しの幅を広げるほうが成果が見えます。多読・多聴の量を増やし、録音で自分の話し方を点検します。
よくある失敗と対策
研究で年齢の影響がはっきり出るのは、主にネイティブと同じ水準に届くかどうかです。意思を伝えられる英語は何歳からでも伸ばせます。
接する量が限られる環境では、早く始めた有利さが出にくいと論じる研究者もいます。家庭で毎日少しずつ英語に触れる時間をつくることが大切です。
大人は文法の説明を理解したり、単語を計画的に覚えたりするのが得意です。「自然に浴びるだけ」より、説明と大量の理解できる英語を組み合わせます。
1 MIN
「英語で何ができたら満足か」を1文で書き、ノートの1ページ目に貼る
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
終-2新しい言語の文法を学ぶ力が下がり始めるのは何歳?
約67万人のオンライン文法テストを分析した研究では、文法を学ぶ力は17歳ごろまでほぼ保たれ、そのあとゆるやかに下がると推定されました。思春期で急に閉じるという昔の説より、ずっと遅い年齢です。
終-2外国語を学ぶスピード、大人と子どもで速いのはどっち?
オランダに移り住んだ英語話者を1年間追った研究では、最初の数か月でいちばん速く伸びたのは12〜15歳と大人でした。3〜5歳の子はすべてのテストで最も低い点でした。最初の伸びは年上のほうに分があります。
終-2外国語を早く始めた人は、みんなネイティブ並みになる?
スウェーデン語を第二言語とする人を細かく調べた研究では、12歳より前に始めた人でも、難しいテストを重ねるとすべての項目でネイティブ並みだった人はわずかでした。早期開始は万能の切り札ではありません。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
このサイトで練習する
原田英語のサイトで練習する
使えるサイト・アプリ
動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
66万9498人の文法テストのデータから、文法を学ぶ力は17.4歳ごろまでほぼ保たれ、その後ゆるやかに下がると推定。測ったのは文法のみ。
Hartshorne, J. K., Tenenbaum, J. B., & Pinker, S. (2018). A critical period for second language acquisition: Evidence from 2/3 million English speakers. Cognition, 177, 263–277.出典を開く ↗3〜39歳で渡米した46人の文法判断テストで、早く来た人ほど成績が高かった。思春期以降に来た人は成績が低めだが個人差が大きく、到着年齢とは関係しなかった。
Johnson, J. S., & Newport, E. L. (1989). Critical period effects in second language learning: The influence of maturational state on the acquisition of English as a second language. Cognitive Psychology, 21(1), 60–99.出典を開く ↗オランダ語を自然に学ぶ英語話者を1年間追跡。最初の数か月で最も速く伸びたのは12〜15歳と大人で、3〜5歳はすべてのテストで最も低かった。
Snow, C. E., & Hoefnagel-Höhle, M. (1978). The critical period for language acquisition: Evidence from second language learning. Child Development, 49(4), 1114–1128.出典を開く ↗移住して学ぶ環境と、授業で外国語として学ぶ環境では年齢の効き方が違い、インプットの量と質が年齢の影響を大きく左右すると論じた。
Muñoz, C. (2008). Symmetries and asymmetries of age effects in naturalistic and instructed L2 learning. Applied Linguistics, 29(4), 578–596.出典を開く ↗ネイティブ並みと判定された人を難しいテストで詳しく調べると、12歳以降に始めた人でネイティブの範囲に入った人はいなかった。早く始めた人でも全項目でネイティブ並みはごく一部。
Abrahamsson, N., & Hyltenstam, K. (2009). Age of onset and nativelikeness in a second language: Listener perception versus linguistic scrutiny. Language Learning, 59(2), 249–306.出典を開く ↗よくある質問
何歳から始めるのがベストですか?
ネイティブと同じ文法感覚を目指すなら、早いほうが有利というデータはあります。ただ学校の授業程度の量では、早く始めた分だけ有利になるとは限りません。開始年齢より、毎日どれだけ理解できる英語に触れるかのほうが、自分で変えられる違いです。
50代・60代からでも話せるようになりますか?
研究で年齢の影響がはっきり出るのは、ネイティブと区別がつかないレベルについてです。会話で意思を伝える力は、練習の量に応じて伸びていきます。記憶の衰えが気になる人は、短い素材を何度も繰り返す方法が向いています。
大人になってからだと、発音は直らない?
ネイティブと同じ発音になる人は少ないものの、通じやすさは練習で改善できることが研究で示されています。目標をネイティブらしさではなく通じやすさに置くと、伸びを実感しやすくなります。この章の「ネイティブ発音」の節も参考にしてください。
終章|英語学習の誤解をぜんぶ解く



