序章|英語学習の地図序-1英語が伸びない本当の理由英語が伸びないのは努力不足じゃない。『練習の種類』がずれているだけ

「What do you want to do?」。中学1年で習う単語だけでできた文です。ところが、ふつうの速さで話されると「ワダユワナドゥ」に近い音になり、知っているはずの英語が聞き取れなくなります。単語帳は何周もした。文法問題も解ける。それでも英語が伸びないとき、原因は努力の量でも才能でもないことが多いのです。では、どこがずれているのか。
01伸びない人に共通する『ずれ』
英語学習の悩みは、だいたい次の3つに集まります。
- 何年も勉強しているのに、聞き取れない
- 単語や文法は分かるのに、話そうとすると出てこない
- 勉強しているのに、試験の点や実力が上がらない
これらは「努力が足りない」からではありません。多くの場合、やっている練習の種類と、伸ばしたい力がずれていることが原因です。料理にたとえると、レシピ本を何冊も読んでいるのに、包丁を握る時間がほとんどない状態です。レシピの知識は役に立ちますが、それだけで手が速く動くようにはなりません。
第二言語習得の研究者ポール・ネーション(Nation, 2007)は、語学の活動を4つの柱(four strands)に分けました。
| 柱 | 中身 | 例 |
|---|---|---|
| 意味中心のインプット | 内容を楽しみながら、わかる英語を大量に聞く・読む | 多読、やさしいポッドキャスト |
| 意味中心のアウトプット | 伝えたい内容を話す・書く | 英語日記、オンライン英会話 |
| 言語に焦点を当てた学習 | 単語・文法・発音を意識して学ぶ | 単語帳、文法書、発音練習 |
| 流暢さの練習 | 知っている英語を、速く楽に使う | 同じ話をくり返す、やさしい本の速読 |
ネーションは、よく設計された授業では、この4つにおよそ同じくらいの時間を割くべきだとしています。
学校の勉強や試験対策は、どうしても3つ目の「言語に焦点を当てた学習」に偏りがちです。単語を覚え、文法問題を解き、答え合わせをする。それ自体は大切な柱ですが、ほかの3本がほとんどゼロだと、建物は傾きます。まず自分の1週間をふり返り、4つの柱のどれにどれだけ時間を使っているかを数えてみてください。伸びない理由の多くは、この表の上に見えてきます。
ポイント:「何をどれだけやったか」を、4つの柱に分けて数えるだけで、足りない練習が見える。
02ずれ1・2:量が足りない、教材が難しい
ずれ1:わかる英語に触れる量が足りない
教科書の1ページを何度も精読しても、触れる英語の総量はわずかです。単語は、いろいろな文脈で何度も出会うことで少しずつ身につきます。
Uchihara・Webb・Yanagisawa(2019)は、読んだり聞いたりする中で単語に出会う回数と、その単語がどれだけ身につくかを調べた26の研究をまとめ、中程度の関係(r = .34)があることを示しました。出会いの回数は大切ですが、それだけで決まるわけではなく、間をあけて出会うこと、絵などの助け、学習者がどれだけ意識を向けるかなども効き方を左右していました。
つまり、単語帳で一度「覚えた」単語も、実際の英語の中で何度も出会い直さないと、聞いた瞬間・読んだ瞬間に意味が浮かぶ単語にはなりにくいのです。
ずれ2:教材が難しすぎて「わかる」になっていない
では、とにかく大量に触れればいいかというと、そうでもありません。知らない単語だらけの英語は、量をこなしても理解が成り立たず、学びになりにくいからです。
van Zeeland と Schmitt(2013)の実験では、英語学習者は、話に出てくる単語の95%を知っていると理解が比較的安定しました。90%では、理解できる人とできない人の差が大きくなりました。
95%とは「20語に1語だけ知らない」状態です。仮に1分間に150語話される音声なら、知らない語は1分あたり7〜8語までという計算になります。ニュースや映画がまるで聞き取れないとき、まず疑うべきは耳よりも、この語彙のカバー率です。
教材選びの目安はシンプルです。
- 1ページ(または1分の音声のスクリプト)で、知らない単語に印をつける
- 20語に1語より多ければ、一段やさしい教材に下げる
- 内容を楽しめる教材を選び、量を増やす
03ずれ3:音の土台がない
英語を文字から先に覚えると、頭の中の単語の音が、カタカナに置きかわったまま残ることがあります。すると、知っている単語なのに、実際の音で流れてくると気づけません。
たとえば次の文は、中学1年で習う単語だけでできています。
- What do you want to do?(何がしたいの?)
ふつうの速さで話されると、単語どうしがつながり、「ワダユワナドゥ」に近い音で聞こえることがあります。一語ずつは知っていても、つながった音と結びついていなければ、聞き取れないのは当然です。
これは耳の才能の問題ではありません。音のルールを知り、聞き分けとまねの練習をすれば、作り直せる種類の問題です。英語には、日本語にない音(th、r と l の区別、あいまいな母音など)や、日本語と違うリズム(強く長い音節と、弱く短い音節がはっきり分かれる)があります。こうした音の土台がないまま単語を増やしても、「読めば分かるのに聞けない」状態が続きます。
音の土台ができているかどうかは、次のことで確かめられます。
- 教科書の短い本文を、音声を聞かずに、正しいアクセントで音読できるか
- 知っている単語だけでできた文を、スクリプトなしで書き取れるか
- 自分の音読を録音して聞いたとき、お手本とリズムが似ているか
どれかが難しければ、第4章「発音と音」から始めるのが近道です。カタカナ英語から抜け出す方法、音がつながる・消える・変わるルール、英語のリズムを順番に扱います。
04ずれ4:知っているのに使えない
文法問題なら解けるのに、会話になると出てこない。この悩みは、知識の種類から説明できます。
Ellis(2005)は、英語の17の文法項目について、学習者の知識を5種類のテストで測りました。
- 時間の圧力がある課題:聞いた文をくり返す、話をする、制限時間内に文の正誤を判断する
- じっくり考える課題:時間無制限で正誤を判断する、文法用語の知識を答える
すると、成績は2つのまとまりに分かれました。研究者はこれを、無意識にすぐ使える「暗示的知識」と、考えれば分かる「明示的知識」にあたると解釈しています。問題集で点が取れることと、会話でとっさに使えることは、同じ力ではないのです。
さらに DeKeyser(1997)は、人工言語の文法を学んだ61人に8週間の練習をさせました。理解の練習をした規則は理解が、産出の練習をした規則は産出が伸び、効果は技能ごとに分かれました。上達のしかたも、急にではなく、ほかの技能の習得と同じゆるやかな曲線を描いていました。
ここから分かることは2つです。
- 「わかる」から「使える」までには、使う形の練習がそれなりの時間必要
- 話せるようになりたければ、口から出す練習そのものが要る
文法の知識が無駄なのではありません(第6章「文法」で詳しく扱います)。足りないのは、知識を時間のプレッシャーの中で使う練習のほうです。たとえば、次のような練習がこれにあたります。
- I've been to Kyoto twice.(京都には2回行ったことがあります)を覚えたら、場所と回数を変えて、考えこまずに5文言う
- 同じ自己紹介を、1回目は2分、2回目は1分半、3回目は1分で話す
05ずれ5:順番と目標が合っていない
最後のずれは、順番と目標です。中学レベルの単語があやふやなまま、難しいニュースや映画の聞き流しを続けても、95%のカバー率には届きません。逆に、単語と文法ばかりで、いつまでも大量インプットや会話に進まない人もいます。また「ペラペラになりたい」のようなぼんやりした目標では、今日なにをすればいいかが決まりません。
自分がどのずれにはまっているかは、次の5つの質問で見分けられます。
| 質問 | 「いいえ」なら |
|---|---|
| ほぼ毎日、内容を楽しみながら英語を聞くか読む時間がある? | ずれ1:インプットの量 |
| 使っている教材の単語を、20語に19語以上知っている? | ずれ2:教材が難しすぎる |
| 教科書の本文を、音声なしで正しいリズムで音読できる? | ずれ3:音の土台 |
| 習った文型を使って、考えこまずに自分のことを言える? | ずれ4:使う練習の不足 |
| 3か月後に何ができるようになりたいか、一文で言える? | ずれ5:目標と順番 |
「いいえ」がついた行から手をつけてください。全部を一度に直そうとしなくて大丈夫です。英語大全の各章は、このずれのどれかを直すために作ってあります。
- ずれ1・2 → 第7章「リスニング」、第8章「リーディング」の多聴・多読
- ずれ3 → 第4章「発音と音」、第9章「音読」
- ずれ4 → 第10章「スピーキング」、第2章「言語習得の科学」の自動化
- ずれ5 → 次の節以降の「必要な時間」「やる順番」「CEFR」
ポイント:伸びない原因は1つとは限らない。でも、一番大きいずれを1つ直すだけで、ほかの練習の効き方も変わってくる。
伸びないのは、やっている練習と伸ばしたい力がずれているから
今日からのやり方
- 1週間の勉強時間を、インプット・アウトプット・知識・流暢さの4つの柱に分けて書き出す
- 使っている教材の1ページで知らない単語を数え、20語に1語より多ければ一段やさしくする
- 教材の短い一文を音声で聞き、まねして同じリズムで言えるまで5回くり返す
- 覚えた文型を使って、自分のことを3文、考えこまずに声に出して言う
- 5つの質問で『いいえ』がついた行に合わせて、次に読む章を1つ決める
レベル別:あなたならこうする
まずは音の土台と中学レベルの単語・文法です。教科書やごくやさしい教材を、音声つきで何度も聞いて音読し、知っている英語を増やしましょう。難しい教材の聞き流しは、まだ早い段階です。
知識はあるのに使えない段階です。やさしい英語の大量インプット(多読・多聴)と、知っている文型を口に出す練習を毎日少しずつ加え、4つの柱のバランスを整えましょう。
伸び悩みの多くは、語彙のカバー率と流暢さの不足から来ます。興味のある分野の生の英語を大量に読み聞きし、要約や意見を話す・書く練習で、知識を速く使える形に変えていきましょう。
よくある失敗と対策
知らない語が多すぎると、理解も学びも起きにくくなります。知らない語が20語に1語ほどの教材まで下げ、内容を楽しめる量を増やしましょう。
知識は役に立ちますが、使う練習なしでは会話で出てきません。毎日の勉強の一部を、声に出す・書く・速く読む練習に回しましょう。
原因の多くは、練習の種類と量のずれです。5つの質問でどのずれかを特定すると、次に何をすればいいかがはっきりします。
1 MIN
今週の勉強時間を4つの柱に分けて、紙に書き出してみる
友だちに出したい、この節の3問
タップで答え。「X で出題する」で、そのまま問題として出せます。
序-1文法を『知っている』と『使える』は別の知識?
別物として測れることが分かっています。Ellis(2005)では、時間の圧力がある課題と、じっくり考えて答える課題・文法用語の知識テストとで、成績が別々のまとまりに分かれました。問題集で解ける力と、会話で瞬時に使える力は、分けて鍛える必要があります。
序-1英語の練習の効果は、練習した技能にしか移りにくい?
DeKeyser(1997)の実験では、同じ文法規則でも、理解の練習をした規則は理解が、産出の練習をした規則は産出が伸びるという「技能ごとの」伸び方が見られました。聞くだけで話せる、読むだけで書ける、とはいきにくいのです。
序-1英語の聞き取り、知らない単語が何%あると崩れる?
van Zeeland と Schmitt(2013)では、学習者は話に出てくる単語の95%を知っていると理解が比較的安定し、90%では人によって大きくばらつきました。知らない語が20語に1語より多くなると、理解できるかどうかの個人差が大きくなります。
PRACTICE KIT
この節の実践キット
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使えるサイト・アプリ
動画で学ぶ
もっと詳しく(コラム)
この節の根拠(研究・公式情報)
語学の活動を「意味中心のインプット」「意味中心のアウトプット」「言語に焦点を当てた学習」「流暢さの練習」の4つに分け、よく設計された授業では4つにおよそ同じ時間を割くべきだと提案した。
Nation, I. S. P. (2007). The four strands. Innovation in Language Learning and Teaching, 1(1), 2–13.出典を開く ↗26の研究(1,918人)をまとめ、読んだり聞いたりする中で単語に出会う回数と語彙の習得に中程度の関係(r = .34)を確認。間隔をあけること、視覚的な助け、学習者の関わり方なども効き方を左右していた。
Uchihara, T., Webb, S., & Yanagisawa, A. (2019). The effects of repetition on incidental vocabulary learning: A meta-analysis of correlational studies. Language Learning, 69(3), 559–599.出典を開く ↗母語話者はおよそ90%の語彙カバー率で話を十分に理解できた。学習者は90%でも理解できる人はいたが個人差が大きく、95%では比較的よく理解でき、ばらつきも小さかった。
van Zeeland, H., & Schmitt, N. (2013). Lexical coverage in L1 and L2 listening comprehension: The same or different from reading comprehension? Applied Linguistics, 34(4), 457–479.出典を開く ↗英語の17の文法項目を5種類のテストで測ると、時間の圧力がある課題(模倣・語り・時間制限つき正誤判断)と、じっくり考える課題(時間無制限の正誤判断・文法用語の知識)の成績が別々のまとまりに分かれた。
Ellis, R. (2005). Measuring implicit and explicit knowledge of a second language: A psychometric study. Studies in Second Language Acquisition, 27(2), 141–172.出典を開く ↗61人に人工言語の文法規則を教えて8週間練習させると、理解の練習と産出の練習の効果は技能ごとに分かれ、上達はほかの認知技能と同じくゆるやかな学習曲線をたどった。
DeKeyser, R. M. (1997). Beyond explicit rule learning: Automatizing second language morphosyntax. Studies in Second Language Acquisition, 19(2), 195–221.出典を開く ↗よくある質問
大人になってからでも英語は伸びますか?
年齢の影響については多くの研究があり、第2章「言語習得の科学」の『大人は子どもに勝てない?』で詳しく扱います。少なくとも、この節で挙げた5つのずれは、何歳からでも直せる種類のものです。
4つの柱は本当に同じ時間ずつ必要?
ネーション(2007)は、よく設計された授業ではおよそ同じ時間を割くべきだとしています。厳密に4等分する必要はありませんが、どれかがゼロになっていないかを点検する物差しとして役立ちます。
聞き流しは意味がないのですか?
意味がないとは言えません。ただ、知らない語が多すぎる音声では理解が成り立ちにくいので、内容がほぼ分かる教材を選ぶことが条件です。終章の『聞き流すだけで話せるは本当?』で詳しく検証します。




