記憶の「分けると残る」は腎臓の細胞にも? 薬を一気より4回に分けると遺伝子が長く働いた

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「間をあけてくり返すと長く残る」という性質は、脳の神経細胞でしか見つかっていない
2024年の実験で、ヒトの腎臓から取った細胞でも、同じ量の薬を一気に与えるより4回に分けて与えたほうが、記憶の目安にした遺伝子の反応が24時間後も強かった。ただし細胞が何かを覚えたわけではなく、遺伝子の反応を記憶の代わりの目安にした実験。
- 対象
- ヒトの培養細胞2種類(胎児の腎臓から取ったHEK293、神経芽腫というがんから取ったSH-SY5Y)
- 規模
- 予備の調整を除き、どの条件も3回以上の独立した実験(24時間後の光の主な比較は8〜14回)
- 研究の種類
- 細胞の実験(培養皿)
- 確かさ
- ★★☆☆☆
ヒトの腎臓などから取った細胞に、合計12分ぶんの薬を与えた。一気に与えるより3分ずつ4回に分けたほうが、記憶の目安にした遺伝子が24時間後も強く働いていた。
ひとことで言うと記憶の「分けてくり返すと長く残る」に似たことが、腎臓の細胞でも起きた!
もくじ
テストの前の晩に一気に覚えるより、何日かに分けてくり返したほうが、覚えたことは長く残ります。140年以上前から知られている、記憶の基本のルールです。これに似たことが、脳ではない、ヒトの腎臓から取った細胞でも起きていました。
ニューヨーク大学のチームは、培養皿で育てたヒトの細胞に、合計12分ぶんの薬を、一気に12分与えるか、「3分ずつ、10分おきに4回」に分けて与えました。記憶の目安にした遺伝子は、4回に分けた細胞のほうが、24時間後もはっきり強く働いていました。
「分けたほうが残る」は、海の生き物アメフラシからヒトまで、動物で広く見つかってきました。そしてそれは、脳や神経の働きだと考えられてきました。今回は、神経の回路を持たない細胞で似たことが起きたのです。ただし、細胞が何かを「覚えた」わけではありません。遺伝子の反応を、記憶の代わりの目安にした実験です。
01「勉強は分けたほうが残る」は140年以上前から知られていた
最初に記録したのは、1885年のドイツの心理学者エビングハウスです。2006年には、184本の論文にのった317の実験をまとめて分析した研究が出ました。いちばんよく残る間隔は、覚えておきたい期間が長いほど長くなっていました。
1972年、ニューヨーク大学のキャルー(Carew)さんたちは、巻き貝の仲間のアメフラシを調べました。アメフラシは、水管という体の管に触れられると、それを引っこめます。何度も触れられると、慣れて、あまり引っこめなくなります。この「慣れ」は、間をあけてくり返したほうが、まとめて行うより長く続きました。
1986年には、皿の中で、アメフラシの感覚の神経細胞と、体を動かす神経細胞をつないだ実験もありました。神経どうしの合図に使われる物質、セロトニンを1回与えると、つながりが強まる変化は数分で消えました。1時間半のあいだに5回与えると、24時間以上続きました。脳の複雑な回路がなくても、神経細胞どうしのつながりだけで「長く残る変化」は起きるのです。
では、神経細胞でなければどうなるのか。今回の研究を率いた2人のうちの1人が、1972年にアメフラシを調べた、あのキャルーさんです。
02細胞を、記憶にかかわるスイッチが入ると光るようにした
使ったのは、研究室でよく使われるヒトの細胞2種類です。1つは、子どもに多い神経芽腫というがんから取ったSH-SY5Y。もう1つは、ヒトの胎児の腎臓から取ったHEK293です。
記憶が長く残るとき、神経細胞の中では、CREB(クレブ)というタンパク質が遺伝子のスイッチを入れます。チームは、CREBがスイッチを入れると、ホタルの光る酵素ができるように細胞を改造しました。この酵素はすぐに分解されるように作ってあります。だから、光が残っていれば、スイッチが今も入り続けているということです。
刺激には、アメフラシの研究で使われるセロトニンの代わりに、2種類の薬を使いました。TPAとフォルスコリンです。TPAはPKC、フォルスコリンはPKAという「合図を伝える酵素」を働かせます。どちらの酵素も、ヒトや動物をはじめ、多くの生き物の細胞に共通しています。薬を3分流して洗い流すのが「1回の訓練」です。
03薬1回と4回の光の差は、4時間後は小さく24時間後に開いた
まず、3分の刺激を「1回だけ」と「10分おきに4回」で比べました。この比較では、4回のほうが薬の量も4倍です。2種類の薬を一緒に使ったとき、4時間後の光は、4回のほうが1回の約1.4倍でした。差は小さめです。
ところが24時間後、1回だけの細胞の光は弱まっていました。4回の細胞では、光がほぼ保たれていました。24時間後の光は、薬の量が4倍の4回のほうが、1回だけの約2.8倍になりました。
この比較では、1回でも4回でも、刺激は始めてから1時間たたないうちに終わっています。それでも差は24時間後に大きくなりました。1回だけだと時間とともに薄れ、くり返すと薄れにくかったのです。著者たちは、これがエビングハウスの「忘却曲線」とよく合うと書いています。
04同じ量の薬でも、4回に分けると一気より強く光った
1回と4回の比較では、4回のほうが薬に触れる時間も4倍でした。多ければ強いのは当たり前かもしれません。そこでチームは、4回ぶんと同じ12分間、薬を一気に流す「詰め込み」の条件も作りました。これなら薬の量は同じです。
2種類を一緒に使っても、どちらか1種類だけでも、結果は同じでした。24時間後の光は、間をあけた4回のほうが、一気の12分よりはっきり強かったのです。
4回の間の休みは、10分・20分・30分を試しました。いちばんよかったのは、2種類一緒のときとTPAだけのときが10分、フォルスコリンだけのときが20分でした。4回の1回目と4回目と同じ時刻に、2回だけ与えた場合も調べました。このときは、光は長く続きませんでした。くり返しは、2回では足りなかったのです。
訓練の直後には、CREBと、CREBに合図を送るERKという酵素も調べました。どちらも、一気に与えたときより、4回に分けたときのほうが「オン」の状態が強くなっていました。別の薬でERKやCREBの働きを止めると、4回に分けた効果は弱まりました。CREBを止めたときは、4回と一気の差がほぼ消えました。

05腎臓から取った細胞でも、同じ結果になった
ここまでの実験はSH-SY5Yです。神経芽腫から取った細胞なので、神経に近い性質を少し持っています。そこでチームは、腎臓から取ったHEK293でも試しました。
TPAで調べると、24時間後の光は、4回に分けた細胞のほうが強くなりました。1回だけの細胞よりも、一気に12分与えた細胞よりも強かったのです。訓練の直後にERKとCREBの「オン」が強くなる点も同じでした。
06どんでん返し:細胞は何かを「覚えた」わけではない
- 測ったのは遺伝子の反応:細胞が何かを思い出したわけではない。光る酵素の量を、記憶の代わりの目安にしている。
- 刺激は薬で、場所は皿の中:体の中の本物の合図とは違う。体の中の腎臓で同じことが起きるかは、調べていない。
- 「腎臓の細胞」にも注意:2002年の研究で、HEK293は神経細胞に多いタンパク質をいくつも作っていると報告された。神経とまったく無関係とは言い切れない。ただ、神経細胞どうしがつながった回路はない。
- 1つのチームの実験:別のチームが同じ実験をくり返した論文は、筆者が2026年10月に調べた範囲では見つからなかった。
07細胞でよかった「10分おき」は、勉強の復習の間隔とは別の話
細胞でいちばんよかった10分は、薬に対する細胞の反応の話です。勉強で何分おき、何日おきに復習するとよいかは、この実験からは分かりません。人の学習では、覚えておきたい期間によって、よい間隔が変わります(忘却曲線の正しい読み方、英単語カードは大きな束で回す)。
この細胞は、神経細胞よりずっと多くの条件を試せます。著者たちは、これを使って、記憶ができるしくみを数式で表すことをねらっています。
08まとめ
「分けてくり返すほうが長く残る」というルールは、脳だけのものではないかもしれません。ヒトの腎臓から取った細胞でも、同じ量の薬を一気に与えるより4回に分けたほうが、記憶の目安にした遺伝子の反応が24時間後まで強く残りました。
細胞が何かを覚えたわけではありません。それでも、140年以上前に見つかった記憶のルールに似た性質が、多くの細胞に共通する合図のしくみの中にあるのかもしれません。細胞は、どこで「間隔」を数えているのか。それが次の問いです。
この研究を英語で読もう原田英語の English CornerSpreading study over several sessions helps people remember more than studying everything at once.
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原田英語の English Corner
この研究を英語で読もう
Many students study for a test the night before. But studying a little at a time, with breaks, helps people remember longer. New York scientists checked if human cells in a dish show this too. One kind of cell came from a kidney.
The cells got a drug for 12 minutes in one go, or for 3 minutes four times, with 10-minute breaks. After 24 hours, the cells with breaks had a stronger glow from a memory-linked gene switch.
79 words ・ CEFR A2
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多くの生徒は、テストの前の晩に勉強する。しかし、休みをはさみながら少しずつ勉強するほうが、長く覚えていられる。ニューヨークの科学者たちは、皿の中のヒトの細胞でも同じようなことが起きるかを調べた。細胞の1種類は、腎臓から取ったものだった。
細胞には、薬を12分ひと続きで与えるか、3分ずつ4回、10分の休みをはさんで与えた。24時間後、休みをはさんだ細胞のほうが、記憶にかかわる遺伝子のスイッチの目印となる光が強かった。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
ヒトの細胞に休みをはさんで薬を与えると、記憶にかかわる遺伝子のスイッチの目印となる光が強かったという実験の話なので、正解は B。
Q2. When the cells got the drug four times, how long was each break?
「for 3 minutes four times, with 10-minute breaks」とあるので、正解は B。3分は1回の長さ、12分はひと続きで与えた時間。
Q3. In the passage, "in one go" is closest in meaning to ___.
「3分ずつ4回」と比べているので、in one go は休みなしで「一度に、ひと続きで」という意味。正解は A。
Spreading study over several sessions helps people remember more than studying everything at once. This is called the spacing effect, and it has been found in animals from sea slugs to humans. It is usually linked to the brain.
A team at New York University looked for a similar pattern in human cells in a dish. They changed the cells so that they made a firefly's light-making protein when a memory-related switch was on. They gave the cells a drug in one 12-minute block or in four 3-minute pulses with 10-minute gaps.
After 24 hours, the cells with spaced pulses glowed more brightly. This happened even in kidney cells. The cells did not learn anything in the usual sense, but the glow depended on the timing of the drug.
129 words ・ CEFR B1
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勉強をいくつかの回に分けると、一度に全部勉強するよりも多く覚えていられる。これは分散効果と呼ばれ、アメフラシからヒトまで、さまざまな動物で見つかっている。ふつう、それは脳と結びつけて考えられてきた。
ニューヨーク大学のチームは、皿の中のヒトの細胞で似たパターンを探した。チームはその細胞を改造し、記憶にかかわるスイッチが入ると、ホタルの光るタンパク質を作るようにした。細胞には、薬を12分ひと続きで与えるか、3分ずつ4回、10分の間をあけて与えた。
24時間後、間をあけて与えた細胞のほうが明るく光った。これは、腎臓の細胞でも起きた。細胞はふつうの意味で何かを学んだわけではないが、光り方は、薬を与えるタイミングによって変わった。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
皿の中のヒトの細胞でも、間をあけた薬の刺激のほうが強い反応が出たという研究の話なので、正解は A。
Q2. What did the cells receive in the spaced condition?
「in four 3-minute pulses with 10-minute gaps」とあるので、正解は B。12分ひと続きのほうは、比べる相手の条件。
Q3. Why did the team make the cells produce a light-making protein?
記憶にかかわるスイッチが入ると光るタンパク質を作るようにしたので、光を見ればスイッチが入っているかが分かる。正解は B。
Why does studying in several short sessions beat one long session? Answers usually come from brain research, but a 2024 experiment at New York University found a similar pattern in human cells grown in a dish, with no brain circuits involved.
The team used two cell lines, one from a neuroblastoma and one from an embryonic kidney. Both were engineered to make a short-lived firefly protein whenever CREB, a protein linked to long-term memory, switched genes on. With a mix of two drugs, four three-minute pulses ten minutes apart gave about 1.4 times the light of a single pulse after four hours. A day later it was 2.8 times, because the single-pulse signal faded faster.
But four pulses also meant four times as much drug. A fairer test gave the same twelve minutes of drug in one block, and spacing still worked better. The kidney line is not a perfect non-neural example, since a 2002 study found it makes several proteins typical of neurons. The glow shows gene activity, and nothing was remembered in the everyday sense. The best gap, often ten minutes, says nothing about how long students should wait between reviews.
193 words ・ CEFR B2
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なぜ、短い勉強を何回かに分けるほうが、1回の長い勉強よりうまくいくのか。その答えは、ふつうは脳の研究から出てくる。しかし2024年のニューヨーク大学の実験は、脳の回路がかかわらない、皿で育てたヒトの細胞で、似たパターンを見つけた。
チームは2種類の細胞株を使った。1つは神経芽腫(神経の組織にできるがん)から、もう1つは胎児の腎臓から取ったものだ。どちらも、長期記憶にかかわるタンパク質CREBが遺伝子のスイッチを入れるたびに、すぐ分解されるホタルのタンパク質を作るように改造された。2種類の薬を混ぜて使うと、3分の刺激を10分おきに4回与えたとき、4時間後の光は1回だけのときの約1.4倍だった。1日後には2.8倍になった。
1回だけのときの信号のほうが速く弱まったからだ。ただし、4回のほうが薬の量も4倍だった。より公平な比べ方として、同じ12分の薬をひと続きで与えても、やはり間をあけたほうがよく効いた。腎臓の細胞株は、神経ではない細胞の完全な例とは言えない。2002年の研究で、この細胞が神経細胞によく見られるタンパク質をいくつも作っていることが分かったからだ。光が示すのは遺伝子の働きであり、日常的な意味で何かが記憶されたわけではない。いちばんよかった間隔(10分のことが多かった)は、生徒が復習の間をどれくらいあけるべきかについては何も語らない。
4択リーディングクイズ
Q1. What is the passage mainly about?
皿で育てたヒトの細胞で間をあけた刺激の効果が見つかったことと、この実験で言えないこと(記憶そのものではない、10分は勉強の目安ではない など)を述べているので、正解は A。
Q2. According to the passage, how did the difference between one pulse and four pulses change over time?
「about 1.4 times the light of a single pulse after four hours」「A day later it was 2.8 times」とあるので、正解は B。ただし、この比較では4回のほうが薬の量も4倍(four times as much drug)。
Q3. Why does the writer mention the 2002 study?
2002年の研究で、腎臓の細胞株が神経細胞によく見られるタンパク質を作っていると分かったため、「神経ではない細胞の完全な例とは言えない」と述べている。正解は B。
重要単語
- spacing effectC1名詞分散効果(間をあけてくり返すと記憶が長く残ること)The spacing effect is one of the oldest findings in memory research.
space は動詞で「間をあける」。spaced practice(分散学習)と massed practice(集中学習)はセットで覚える - cramB2動詞詰め込み勉強をする、(物を)詰め込むHe crammed for the test the night before.
cram for ~ で「~に向けて詰め込み勉強をする」。もとは「物をぎゅうぎゅうに詰める」の意味 - repetitionB1名詞くり返しRepetition helps you remember new words.
動詞は repeat(くり返す)。つづりは repeat の ea が e に変わる点に注意 - intervalB2名詞間隔、合間Take a short break at regular intervals.
at intervals of ten minutes で「10分おきに」。inter-(~の間)は international などと同じ - fadeB2動詞(光・色・記憶などが)薄れる、弱まるThe glow faded after a few hours.
fade away で「しだいに消えていく」。記憶や音、色について入試でもよく使われる - signalB1名詞・動詞合図、信号/合図するCells send signals to each other all the time.
traffic signal は「信号機」。動詞では signal that ~ で「~ということを示す」 - embryonicC1形容詞胎児の、胚のThe cells were first taken from embryonic tissue.
名詞は embryo(胎児、胚。発音は「エンブリオウ」)。embryonic は「エンブリアニック」と、o の部分を強く読む。生物の長文で出る語
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出典・参考文献(5件)タップで表示
- Kukushkin et al. (2024) The massed-spaced learning effect in non-neural human cells, Nature Communicationsdoi.org
- Cepeda et al. (2006) Distributed practice in verbal recall tasks: A review and quantitative synthesis, Psychological Bulletindoi.org
- Carew, Pinsker & Kandel (1972) Long-term habituation of a defensive withdrawal reflex in Aplysia, Sciencedoi.org
- Montarolo et al. (1986) A critical period for macromolecular synthesis in long-term heterosynaptic facilitation in Aplysia, Sciencedoi.org
- Shaw et al. (2002) Preferential transformation of human neuronal cells by human adenoviruses and the origin of HEK 293 cells, The FASEB Journaldoi.org
※本記事は上記の研究・公開資料をもとに、原田英語が独自の言葉で解説したものです。引用は著作権法第32条の範囲で行い、出典を明記しています。画像はすべてオリジナルのイメージです。研究結果には限界や個人差があります。誤りのご指摘は原田英語のお問い合わせフォームから。












