
Setsubun
節分の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? 節分の本当の話を、確かな資料でたどります。
1節分の由来:もとは「年に4回」あった
節分は年に1回だけの行事だと思っていませんか。もともとは、年に4回ありました。
「節分」とは文字どおり「季節を分ける」日のこと。昔の暦では、立春・立夏・立秋・立冬が、それぞれ春・夏・秋・冬の始まりの日でした。その前の日が、どれも「節分」だったのです。国立天文台の暦計算室も、節分は本来この4つの日の前日を指すはずだが、そのうち立春の前日だけが残ったもの、と説明しています。
ではなぜ春の節分だけが残ったのでしょう。国立天文台の説明では、立春が旧暦のお正月に近く、「年の変わり目」という意味合いが強かったから、と言われています。昔の人にとって、立春の前日の節分は、いわばもう一つの大みそかでした。古い年の悪いものを追い払い、新しい年をきれいな状態で迎える。豆まきは、そのための「年越しの行事」だったのです。
鬼を払う行事のルーツは、中国の宮中で大みそかに行われていた「儺(な)」という儀式です。これが日本に伝わり、宮中の年中行事「追儺(ついな)」、別名「鬼やらい」になりました。
鬼の姿にも説があります。鬼が牛の角を生やし、虎の皮のパンツをはいているのは、鬼が出入りする方角とされた「鬼門」が北東、つまり十二支でいう「丑(うし)」と「寅(とら)」の間にあたるから、と言われています。

2節分の歴史:鬼を追う役が、鬼になった
706年(慶雲3年)、日本中で疫病がはやり、たくさんの人が亡くなりました。歴史書『続日本紀』は、この年に初めて「土牛(どぎゅう)」を作って「大儺(たいな)」を行ったと記しています。病気をもたらす鬼を払う、記録に残る古い儀式です。
この儀式の主役が方相氏(ほうそうし)でした。目が4つある金色の仮面をつけ、ほこと盾を持って宮中を回り、見えない鬼を追い払う役です。平安時代の記録『三代実録』には、866年にこの役のため、関東から身長6尺3寸(約190cm)以上の人を出させたことまで書かれています。
ところが、ここで不思議なことが起こります。平安時代が進むにつれて、本来は鬼に向けられていた桃の弓と葦の矢が、方相氏に向けて射られるようになっていくのです。こうして、鬼を追い払う役だった方相氏が、追い払われる鬼の役に変わっていったと考えられています。4つ目のこわい仮面が、見る人には鬼そのものに見えたのかもしれません。
豆まきが記録に登場するのは室町時代です。1425年、皇族(伏見宮貞成親王)の日記『看聞日記』と室町幕府の記録『花営三代記』に、節分に豆を打つ話が出てきます。『花営三代記』には、豆を「アキノ方」(恵方)から打ち始めた、とまで書かれています。そのころから、恵方と節分は結びついていたのです。なお、国立国会図書館の資料は、「鬼は外、福は内」の掛け声が出てくる1447年の『臥雲日件録(がうんにっけんろく)』の記事を古い例として紹介しています。
その後、豆まきは公家や武家から寺社、そして町の人々へと広がっていきました。1941年2月には戦争で食料が足りなくなり、東京の増上寺などでは豆まきが中止になったという記録もあります。
🕰️ 節分の年表
- 706年(慶雲3年)疫病の流行を受け、宮中で土牛を作って「大儺」を行ったと『続日本紀』に記される。
- 866年(貞観8年)追儺の方相氏の役に、関東から身長約190cm以上の人を出させたと『三代実録』に記される。
- 平安時代鬼を追う役の方相氏が、しだいに追われる鬼の役に変わっていったと考えられている。
- 1425年(応永32年)『看聞日記』『花営三代記』に節分の豆まきの記録。豆まきの古い記録とされる(1447年の『臥雲日件録』を挙げる資料もある)。
- 1897年(明治30年)節分が2月2日になる。
- 1932年(昭和7年)大阪の鮓商の組合が「節分の日に丸かぶり」のチラシを配る。
- 1941年(昭和16年)2月食料不足のため、東京の増上寺などで豆まきが中止に。
- 1984年(昭和59年)節分が2月4日になった最後の年。
- 1989年(平成元年)広島市のセブン-イレブンが「恵方巻」として販売を始める。
- 1998年(平成10年)恵方巻の販売が全国に広がる。
- 2021年(令和3年)節分が124年ぶりに2月2日に。
- 2025年(令和7年)節分が2月2日に。2026〜2028年は2月3日の見こみ。
3節分の日付:「2月3日」とはかぎらない理由
2021年の節分は2月2日でした。2月2日になったのは、1897年(明治30年)以来、124年ぶりのことです。
節分は立春の前日なので、立春の日付が変われば節分も変わります。そして立春は、太陽の通り道の上の位置(黄経315度)に来た瞬間をふくむ日と決まっています。地球が太陽を1周するのにかかる時間は約365.2422日。カレンダーの1年(365日)より約6時間長いので、立春の時刻は毎年約6時間ずつ遅れ、うるう年で1日もどる、というパターンをくり返します。
国立天文台の暦要項などによると、立春と節分の日付は次のとおりです。
・2026年:立春2月4日(5時2分)→ 節分は2月3日
・2027年:立春2月4日(10時46分)→ 節分は2月3日
・2028年:立春は2月4日の夕方ごろと計算される → 節分は2月3日
・2029年:立春は2月3日の夜10時ごろと計算される → 節分は2月2日
・2030年:立春は2月4日の朝4時ごろと計算される → 節分は2月3日
前回2月2日だった2025年は、立春が2月3日の夜11時すぎ。あと1時間ほど遅ければ、節分は2月3日でした。ぎりぎりの勝負なのです。2028年以降の正式な日付は、それぞれ前の年の2月に国立天文台が発表する暦要項で確定します。
逆に、2月4日の節分もありました。最後は1984年です。そして2021年から2057年までは、うるう年の翌年に節分が2月2日になる年が続くとされています。つまり、次に2月2日になるのは2029年です。
英語では Setsubun とそのまま言い、"the day before the first day of spring" と説明するとわかりやすいです。
4節分の過ごし方:豆まき・年の数の豆・柊鰯(ひいらぎいわし)
夕方、玄関の戸をがらりと開けて、「鬼は外!」。豆を外に投げたらすぐ戸を閉めて、家の中に向かって「福は内!」。これが豆まきの基本です。
まくのは、炒った大豆の「福豆」。生の豆を使わないのは、まいた豆から芽が出ると、追い払った悪いものがよみがえるといって嫌ったからだと考えられています。豆を使う理由には、豆(まめ)が「魔滅(まめつ)」、つまり鬼を滅ぼすことに通じるという語呂合わせの説や、豆のような穀物には魔よけの力があるという信仰があります。
豆まきのあとは、自分の年の数だけ豆を食べます。地域によっては、年の数より1つ多く食べます。80歳のおばあちゃんは80粒以上。なかなか大変です。
もともと豆をまくのは、一家の主人か、その年の干支(えと)に生まれた年男の役目でした。今はお父さんが鬼のお面をかぶって鬼役になるのが定番で、スーパーの福豆には鬼のお面がついていることもあります。
北海道・東北・北陸・南九州では、大豆ではなく殻つきの落花生をまく家庭が多くあります。雪の上でも拾いやすく、地面に落ちても中身が汚れないからです。
玄関には柊鰯(ひいらぎいわし)を飾る家もあります。とげのあるヒイラギの枝に、焼いたイワシの頭をさしたもの。鬼はヒイラギのとげで目を突かれるのを嫌い、イワシのにおいも嫌うので近づかない、と言われています。
🎁 シンボルと小物
角があり、虎の皮のパンツをはいた姿が定番。病気や災いのたとえでもある。
炒った大豆。まいたあと、年の数(または年の数+1)だけ食べる。
豆まきでお父さんなどがかぶる。福豆のおまけについていることも。
ヒイラギの枝に焼いたイワシの頭をさした魔よけ。玄関に飾る。
その年の福の神がいる方角。東北東・西南西・南南東・北北西の4つのどれか。
「福は内」の福の象徴。ふっくらしたほおの笑顔の女性の面。
北海道・東北・北陸・南九州などでは、大豆のかわりにまく家庭が多い。
🍽️ この日の食べ物
太巻きずしを恵方を向いて、だまって1本食べる。福を「巻きこむ」とも言われる。
年の数だけ食べる。歯ごたえがあって香ばしい。
西日本などでは、節分にイワシを焼いて食べる地域がある。においで鬼を遠ざけるとも。
福豆に梅干しや昆布を入れてお湯を注いだお茶。年の数だけ豆を食べられない人にも。
雪国などでは殻つきの落花生をまき、拾って食べる。
5恵方巻はいつから?大阪の巻きずしが全国区になるまで
節分の夜、その年の「恵方」を向いて、太い巻きずしを1本、だまって最後まで食べる。恵方巻は、今では全国の節分の風景です。でも、全国に広まったのは、ほんの30年ほど前のことです。
「恵方」は、その年の福の神「歳徳神(としとくじん)」がいる方角で、何をするにも縁起がよいとされます。恵方は年の十干で決まり、実は東北東・西南西・南南東・北北西の4つしかありません。2026年は南南東、2027年は北北西です。
巻きずしを節分に丸かじりする習慣は、大阪が発祥とされています。ただし起源ははっきりせず、いくつもの説があります。確かな記録で古いのは、1932年に大阪の鮓(すし)商の組合が配ったチラシで、「巻壽司と福の神 節分の日に丸かぶり」とあります。1970年代には大阪の海苔の業界が節分のイベントで宣伝し、少しずつ知られるようになりました。
大きな転機は1989年。広島市のセブン-イレブンの店で、「恵方巻」という名前で売り出されたのです。販売地域は1990年代に西日本へ広がり、1998年には全国展開に。2000年代にはほかのコンビニやスーパーも加わり、一気に全国の行事になりました。
ちなみに「恵方巻」という名前も、このころに広まったものです。関西では今も「丸かぶり寿司」と呼ぶ人がいます。
人気が出た一方で、売れ残った恵方巻が大量に捨てられる食品ロスが問題になりました。農林水産省が業界に、需要に見合った販売をするよう呼びかけたこともあります。予約販売にするお店が増えたのは、そのためです。
6海外に似た日はある?世界の「悪いものを追い出す日」
冬の終わりに、悪いものを追い出して春を迎える。この考え方は、世界のあちこちにあります。
いちばん近いのは中国の春節です。昔話では、大みそかの夜に「年(ニェン)」という怪物が村をおそいに来ます。人々は赤い色と大きな音を怖がる年を、赤い飾りと爆竹で追い払いました。韓国では旧暦1月15日の「テボルム」に、クルミや落花生などのかたい木の実を歯でかんで割る「プロム」という習慣があります。1年間、できものができないように、という願いがこめられています。豆を食べる節分と、どこか似ていますね。
イランでは、新年ノウルーズの前の最後の火曜日の夜に「チャハールシャンベ・スーリー」があり、人々はたき火を飛びこえて古い年の悪いものを火に渡します。「新年の前の日に悪いものを払う」という点で、節分にそっくりです。
ヨーロッパにも「鬼」はいます。オーストリアなどアルプスの地方では、12月にヤギのような角を持つ「クランプス」が街をねり歩きます。ブルガリアの「クケリ」では、毛皮と大きな仮面に、腰にたくさんの鈴をつけた男たちが踊り、悪い霊を追い払います。
そして節分とほぼ同じ時期の2月2日、アメリカではグラウンドホッグデーに、ウッドチャックが春の来る時期を「占い」ます。アイルランドでは2月1日の聖ブリジッドの日が春の始まりとされ、2023年から2月の祝日になりました。季節の分かれ目を祝う気持ちは、世界共通のようです。
7よくある誤解とホントのところ
誤解1:節分は毎年2月3日。
ホントは、立春の前日なので年によって変わります。2021年と2025年は2月2日、1984年は2月4日でした。2026〜2028年は2月3日、2029年は2月2日になる見こみです。
誤解2:節分は年に1回だけの行事。
ホントは、もとは立春・立夏・立秋・立冬の前日で年4回ありました。今は春の節分だけが残っています。
誤解3:恵方巻は昔から全国で食べられていた。
ホントは、大阪を中心とした習慣で、全国に広まったのは1989年に広島のコンビニが「恵方巻」として売り出し、1998年に全国展開してからです。
誤解4:鬼は最初から「追い払われる役」だった。
ホントは、古い宮中の儀式では、こわい仮面の方相氏は鬼を追い払う側でした。平安時代のうちに、その方相氏が鬼の役に変わっていったと考えられています。
誤解5:どこでも「鬼は外」と言う。
ホントは、成田山新勝寺では「不動明王の前では鬼も改心する」として「福は内」だけを唱えます。浅草寺は「観音さまの前に鬼はいない」として「千秋万歳、福は内」と唱えます。鬼をまつる神社などでは「鬼は内」と言うところもあります。
誤解6:節分は祝日。
ホントは、国民の祝日ではありません。学校も会社もふつうにあり、豆まきは夕方から夜に家で行うのが一般的です。
💡Fun Facts節分の豆知識 10連発
節分はもともと年に4回。立春・立夏・立秋・立冬の前日が、みんな節分でした。
Long ago, Japan had 4 Setsubun days each year, one before each season.
2021年の節分は2月2日。2月2日になったのは1897年以来、124年ぶりでした。
In 2021, Setsubun was on February 2 for the first time in 124 years.
2025年の立春は2月3日の23時10分。あと1時間ほど遅ければ、節分は2月3日でした。
In 2025, spring started at 11:10 at night on February 3. It was very close!
古い宮中の儀式で鬼を追い払った「方相氏」は、目が4つある金色の仮面をつけていました。のちにこの役の人が鬼として追われる側になったと考えられています。
Long ago, a man in a gold mask with 4 eyes chased demons. Later, people started to see him as the demon.
866年、方相氏の役のため、関東から身長約190cm以上の人を出させたという記録があります。
In 866, the palace wanted a very tall man, about 190 centimeters, for the demon-chasing role.
記録に残る古い豆まきの一つは1425年。その記録には、豆を「アキノ方」(恵方)から打ち始めたと書かれています。
One of the oldest records of bean throwing is from 1425. It even talks about the lucky direction.
恵方は東北東・西南西・南南東・北北西の4方向しかありません。2026年は南南東、2027年は北北西です。
There are only 4 lucky directions. In 2027, it is north-northwest.
「恵方巻」という名前が全国に広まったきっかけは、1989年に広島のコンビニが売り出したことでした。
The name ehomaki spread after a convenience store in Hiroshima used it in 1989.
北海道や東北などでは、大豆ではなく殻つきの落花生をまく家が多くあります。雪の上でも拾いやすいからです。
In snowy places like Hokkaido, many families throw peanuts. They are easy to find in the snow.
成田山新勝寺では「鬼は外」と言いません。不動明王の前では鬼も改心するとして、「福は内」だけを唱えます。
At Naritasan Temple, people do not say 'Demons out.' They only say 'Luck in!'
▶️Videos & Links節分の動画とリンク集
Japanese SETSUBUN Words with Risa!Learn Japanese with JapanesePod101.com
"What is SETSUBUN and how it is celebrated" in 1 minute - JAPANEWS #85TomokoOfficial
【Mamemaki/まめまき】Let's sing a song about the Japanese event "Setsubun" in romaji!Let's sing Japanese songs in romaji 【Himawari】
▶ YouTubeで「Setsubun bean throwing festival Japan」をもっと見る
国民の祝日について(内閣府)日本の祝日の一覧。節分は国民の祝日には入っていないことが確認できる。
節分の日が動き出す(国立天文台 暦計算室)2021年に節分が2月2日になった理由。124年ぶり・1984年の2月4日の話も。
令和8年(2026)暦要項 二十四節気および雑節(国立天文台)2026年の立春・節分の日付の公式発表。
本の万華鏡 第21回 大豆 第1章 節分と豆まき(国立国会図書館)古い資料で見る節分と豆まき。方相氏の話も。
干支②方位神(国立国会図書館「日本の暦」)歳徳神と恵方(あきの方)の説明。
節分 - Wikipedia追儺の歴史、豆まきの最古の記録、地域ごとの違いがくわしい。
Setsubun - Wikipedia英語版ウィキペディア。英語で説明するときの参考に。