Omisoka (New Year's Eve in Japan)

大晦日の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? 大晦日の本当の話を、確かな資料でたどります。

1大晦日の意味:「みそか」は「三十日」、「つごもり」は「月が隠れる日」

「みそか」という言葉、実は数字です。昔の日本語で「みそ」は「三十」。「みそか」は「三十日(みそか)」、つまり月の30日目のことでした。

昔の暦(太陰太陽暦)では、1か月は29日か30日で、月の最後の日を「晦日(みそか)」と呼びました。29日で終わる月もあったので、実際には29日が「みそか」のこともあります。その中で、一年でいちばん最後の晦日が「大晦日」です。1873年に太陽暦に切りかわってからは、12月31日を指すようになりました。31日なのに「三十日」と呼んでいるのは、そのなごりなのです。

もう一つの呼び名が「おおつごもり」。「つごもり」は「月隠り(つきごもり)」が変わった言葉です。昔の暦では、月の終わりはちょうど月が見えなくなるころでした。月が隠れる、真っ暗な夜。それが一年の最後の夜だったのです。

大晦日の夜は「除夜(じょや)」とも呼ばれます。「除」には古いものを取り除くという意味があり、古い年を送り出す夜、という意味です。樋口一葉(ひぐちいちよう)の小説『大つごもり』も、この日を舞台にしています。

大晦日(Omisoka (New Year's Eve in Japan))のイラスト

2大晦日の由来:昔は「日が暮れたら、もう新年」だった

大晦日の夜を大切にする理由は、昔の時間の感覚にあります。百科事典(平凡社『世界大百科事典』)によると、日本の古い考え方では、一日の境目は真夜中ではなく日暮れでした。だから大晦日の夜は、すでに新しい年に入っていたのです。

この夜には、新しい年の神さま「年神(としがみ)」が家にやって来ると考えられていました。人々は家族そろってごちそうを食べ、いろりに大きな火をたいて、一晩中起きて年神を迎えました。この夜に寝ると白髪になる、しわが増える、という言い伝えが各地にあったほどです。

大晦日の晩の食事を「おせち」「年取り」と呼ぶ地域は全国にあり、今もおせち料理を大晦日の夜から食べ始める家庭があります。ごちそうには「年取り魚」がつきもので、東日本では鮭、西日本では鰤が多く、長野県の松本のあたりから木曽川のあたりが、その境目だといわれます。

宮中では今も、12月31日に天皇のための「節折(よおり)」と、皇族や国民のための「大祓(おおはらい)」というおはらいが行われます。全国の神社でも、一年の罪やけがれをはらう「年越の大祓」が行われます。

3大晦日の歴史:江戸の大晦日は「借金取り」との一日勝負

昔の大晦日は、のんびりした日ではありませんでした。

江戸時代、町の買い物の多くは「つけ」、つまり後払いでした。そのつけをまとめて払うのが大晦日です。商人は代金を集めに走り回り、払えない人はなんとか逃げ切ろうとしました。井原西鶴が1692年に書いた『世間胸算用』には「大晦日は一日千金」という副題がついています。一年の収支を決める大晦日をどう乗り切るかは、町人にとって死活問題だったのです。落語の「掛取萬歳」も、借金取りをあの手この手で追い返す大晦日の噺です。

平安時代の宮中では、大晦日に「追儺(ついな)」という儀式がありました。恐ろしい姿をした役人が、目に見えない悪い鬼を追い払うものです。これが後に、立春の前の日の「節分」の豆まきへとつながっていきました。

秋田県の男鹿半島の「なまはげ」も、今は大晦日の晩の行事として知られています。鬼の面にわらの蓑をつけた若者が「泣く子はいねがー」と家々を回ります。もとは小正月の行事でしたが、大晦日に行う地域が多くなりました。国の重要無形民俗文化財で、ユネスコの無形文化遺産「来訪神:仮面・仮装の神々」の一つにもなっています。

🕰️ 大晦日の年表

  1. 平安時代宮中で大晦日に鬼を追い払う「追儺」が行われる。のちの節分につながる。
  2. 鎌倉〜室町時代中国・宋の禅寺の鐘の習慣が日本の禅寺に伝わり、室町時代に大晦日の行事になったとされる。
  3. 1692年井原西鶴『世間胸算用』(副題「大晦日は一日千金」)。大晦日はつけを払う決算の日。
  4. 1814年『大坂繁花風土記』に、大晦日の「晦日そば」と、節分の「年越蕎麦」の記録。
  5. 1873年太陽暦に切りかわり、大晦日が12月31日になる。
  6. 1927年日本放送協会(今のNHK)の東京のラジオ局が『除夜の鐘』の放送を始める。ラジオで全国に広まるきっかけに。
  7. 1945年12月31日ラジオで『紅白音楽試合』を放送。紅白歌合戦の原型。
  8. 1951年1月3日第1回『NHK紅白歌合戦』がお正月番組として放送される。
  9. 1953年12月31日第4回紅白歌合戦。テレビでも放送され、以後大晦日の番組として定着。
  10. 1963年第14回紅白歌合戦が視聴率81.4%を記録。
  11. 2018年男鹿のナマハゲを含む「来訪神:仮面・仮装の神々」がユネスコ無形文化遺産に。

4大晦日の過ごし方:年越しそばはなぜ食べる?由来の諸説

大晦日の夜に食べるものといえば年越しそば。大晦日にそばを食べる習わしは江戸時代中期には行われていたとされます。1814年の『大坂繁花風土記』には「十二月三十日 晦日そばとて、皆々そば切をくろふ」とあります。ただ、同じ本で「年越蕎麦」と呼んでいるのは節分のそばのほう。大晦日のそばが「年越しそば」と呼ばれるようになったのは、明治の半ば以降とされます。

もとをたどると、江戸時代の商家には、毎月の最後の日にそばを食べる「三十日(みそか)そば」という習慣がありました。それが一年最後の晦日だけに残ったのが年越しそばだと考えられています。

なぜそばなのか。実は、はっきりした答えはなく、たくさんの説があります。
- そばは切れやすいので、一年の苦労や災いを断ち切る
- 細く長いので、長生きできるように
- 金や銀の細工師が、散らばった金粉をそば粉の団子で集めたので、お金が集まる縁起物
- 「そば」と「側(そば)」をかけて、来年も家族がそばにいられるように

どれも「〜という説」で、どれが本当かは決まっていません。

地域による違いもあります。うどんの本場・香川県では「年越しうどん」の家庭もあり、沖縄では沖縄そばを食べます。食べる時間にも言い伝えがあり、年を越してから食べるのは縁起がよくない、という地方もあります。

🎁 シンボルと小物

🔔除夜の鐘temple bell

多くの寺で108回つく。107回を年内、最後の1回を新年につくのが習わし。

🎤紅白歌合戦Kohaku Uta Gassen

紅組(女性)と白組(男性)が歌で競うNHKの番組。第1回は1951年1月3日。

👹なまはげnamahage

秋田県男鹿半島で大晦日の晩に家々を回る、鬼の姿の来訪神。

🧹大掃除year-end cleaning

年神さまを迎える前に家を清める。大晦日までにすませる家が多い。

🎍門松kadomatsu

年神さまの目印。31日に飾るのは「一夜飾り」といって避けるものだといわれる。

⛩️年越の大祓great purification

神社で一年の罪やけがれをはらう神事。宮中でも12月31日に大祓が行われる。

🍽️ この日の食べ物

🍜年越しそばtoshikoshi soba

大晦日の夜に食べるそば。災いを断ち切る、長生き、金運など由来は諸説ある。

🐟年取り魚year-end fish

大晦日の夕食にそえる魚。東日本は鮭、西日本は鰤が多い。

🍱おせち料理osechi

正月料理。大晦日の夜から食べ始める地域や家庭もある。

🍊みかんmandarin orange

こたつで紅白を見ながら食べる、冬の定番。

🍇12粒のブドウtwelve grapes

スペインの大みそかの習慣。真夜中の鐘に合わせて1粒ずつ食べる。

5紅白歌合戦はいつから?第1回は大晦日ではなく「お正月」だった

大晦日の夜の風景に欠かせないのが、NHKの『紅白歌合戦』です。女性歌手の紅組と男性歌手の白組が歌で対決する番組ですが、その始まりは意外なものでした。

原型は、終戦直後の1945年12月31日にラジオで放送された『紅白音楽試合』です。剣道の紅白試合をヒントにした番組でした。当初は「紅白音楽合戦」という名前で放送する予定でしたが、占領軍(GHQ)が「合戦(バトル)」という言葉を認めず、「試合」に変えたといわれます。

そして『紅白歌合戦』の第1回は、1951年1月3日のお正月番組でした。第3回までは正月に放送され、テレビ放送が始まった1953年の12月31日に第4回を放送。この年は紅白が2回放送されたことになります。これをきっかけに「紅白は大晦日」が定着しました。

1963年の第14回では、視聴率81.4%を記録しました。調査会社ビデオリサーチの記録の中で、今も最高の数字です。1973年からはNHKホールが会場になっています。

紅白が終わると、番組はそのまま『ゆく年くる年』へ。全国のお寺の除夜の鐘が中継され、静かに年が明けていきます。実は1945年の『紅白音楽試合』のときも、午前0時からは『除夜の鐘』が放送されていました。

6除夜の鐘はなぜ108回?昭和のラジオが全国に広めた

大晦日の夜、お寺の鐘が「ゴーン」と鳴る除夜の鐘。多くの寺で108回つかれます。

なぜ108回なのか。いちばん有名なのは「人間の煩悩(ぼんのう)の数」という説です。目・耳・鼻・舌・体・心の6つが、それぞれ「好き・嫌い・どちらでもない」と感じて18、それぞれに「きれい・けがれている」があって36、それが過去・現在・未来にあって108。ほかにも、四苦八苦(4×9+8×9=108)という説や、12か月+二十四節気+七十二候=108で一年を表すという説があり、どれが正しいかは決まっていません。

鐘をつく習慣は中国の宋の時代の禅寺にさかのぼり、日本では鎌倉時代に禅寺に伝わったとされます。ところが、明治時代にはこの習慣はほとんど忘れられていた、という研究があります。神奈川大学の平山昇さんによると、全国に広まったきっかけは昭和初期のラジオ放送でした。1927年、日本放送協会(今のNHK)の東京のラジオ局が『除夜の鐘』の放送を始め、お寺からの中継が全国の家庭に鐘の音を届けたのです(最初の中継がどの寺からだったかは、資料によって異なります)。

鐘のつき方にも決まりがあります。107回を旧年のうちにつき、最後の1回を新年につくのが習わしとされます。一方で、親鸞(しんらん)の教えでは煩悩をはらうという考え方をしないとして、浄土真宗の東本願寺・西本願寺のように除夜の鐘をつかない本山もあります。最近は、騒音の苦情やお坊さんの高齢化から、昼間に鐘をつく寺も出てきました。

7海外の大みそか:ブドウ12粒、ボール・ドロップ、33回の鐘

大みそかの過ごし方は、国によってびっくりするほど違います。

スペインでは、真夜中の時計の12回の鐘に合わせて、ブドウを1粒ずつ、12粒食べます。1909年、アリカンテのブドウ農家が大豊作で余ったブドウを売るために広めたといわれます。マドリードのプエルタ・デル・ソル広場は、ブドウを手にした人であふれます。

アメリカ・ニューヨークのタイムズスクエアでは、午後11時59分に光るボールが降り始め、0時ちょうどに下まで着きます。1907年12月31日に始まった「ボール・ドロップ」です。

スコットランドの大みそかは「ホグマネイ」。新年に最初に家に入る客「ファーストフット」が幸運を運ぶとされ、みんなで「オールド・ラング・サイン(蛍の光の原曲)」を歌います。

デンマークでは真夜中に椅子から飛び降りて新年に「ジャンプ」し、ブラジルでは幸運を願って白い服を着て、リオのコパカバーナ海岸の花火を見ます。フィリピンでは長い麺料理パンシットを食べて長生きを願います。長い麺に長寿を願うのは、日本の年越しそばとそっくりです。

お隣の韓国では、ソウルの普信閣(ポシンガク)で真夜中に鐘を33回つきます。108回ではなく33回なのは、仏教の「三十三天」に由来するといわれます。

8よくある誤解とホント:大晦日は祝日?除夜の鐘は全部年内?

誤解1:「大晦日は祝日」
国民の祝日ではありません。ただし、役所は法律で12月29日から1月3日まで、銀行は12月31日から1月3日まで休みと決まっています。

誤解2:「みそかは31日のこと」
「みそか」はもともと「三十日」。昔の暦では月末の日を指し、29日のこともありました。

誤解3:「除夜の鐘は昔から全国のお寺で鳴らしていた」
もとは禅宗のお寺の行事で、明治時代にはほとんど忘れられていたといわれます。全国に広まったのは、昭和のラジオ放送がきっかけです。

誤解4:「除夜の鐘は108回とも年内につく」
107回を年内に、最後の1回を新年につくのが習わしとされます。増上寺や浅草寺のように、年が明けてからつき始めるお寺もあります。

誤解5:「紅白歌合戦は最初から大晦日の番組」
第1回は1951年1月3日のお正月番組でした。大晦日に移ったのは1953年の第4回からです。

誤解6:「年越しそばを食べる理由は一つに決まっている」
「災いを断ち切る」「長生き」「金運」など、たくさんの説があり、どれが正解かは決まっていません。

💡Fun Facts大晦日の豆知識 10連発

No.1

「みそか」は「三十日」のこと。昔の暦では29日が「みそか」のこともありました。

Misoka means the 30th day of the month.

No.2

昔の日本では一日の境目は日暮れ。大晦日の夜は、もう新しい年でした。

Long ago in Japan, a new day began at sunset.

No.3

大晦日の夜に寝ると白髪になる、しわが増える、という言い伝えがありました。

People said that sleeping on New Year's Eve gives you gray hair!

No.4

井原西鶴の『世間胸算用』(1692年)の副題は「大晦日は一日千金」。大晦日は借金を払う決算の日でした。

In old Japan, December 31 was the day to pay all your bills.

No.5

除夜の鐘は、107回を年内に、最後の1回を新年につくのが習わしとされます。

Many temples ring the bell 107 times before midnight and once after.

No.6

除夜の鐘が全国に広まったのは、1927年に始まったラジオ放送がきっかけといわれます。

Radio helped the New Year's bell spread across Japan.

No.7

紅白歌合戦の第1回は1951年1月3日。1953年は正月と大晦日の2回放送されました。

The first Kohaku show was on January 3, 1951.

No.8

1963年の紅白の視聴率81.4%は、ビデオリサーチの記録で今も最高です。

In 1963, about 81 percent of homes watched Kohaku.

No.9

年取り魚は、東日本は鮭、西日本は鰤が多く、長野県の松本のあたりが境目といわれます。

East Japan eats salmon and west Japan eats yellowtail on this night.

No.10

フィリピンでも大みそかに長い麺パンシットを食べて長生きを願います。年越しそばとそっくりです。

People in the Philippines also eat long noodles for a long life.

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