Nowruz

ノウルーズ(ペルシャの新年)の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? ノウルーズ(ペルシャの新年)の本当の話を、確かな資料でたどります。

1ノウルーズの由来:3000年前から「春分」が元日

2026年3月20日、テヘラン時間の午後6時16分。イランの家々では、家族がテーブルを囲んで時計をじっと見つめていました。この瞬間、太陽が春分点を通り、新しい年が始まったのです。人々は抱き合い、あいさつを交わし、年長者が子どもたちに新しいお札を手渡します。

ノウルーズのルーツは3000年以上前にさかのぼると言われ、国連もそう紹介しています。古代ペルシャで広く信じられたゾロアスター教の、最も大切な祭りの1つでした。光と闇の戦いで、光が勝ちはじめる春。昼と夜の長さが同じになる春分は、冬の死から命がよみがえる日と考えられたのです。

ペルシャの英雄叙事詩『シャー・ナーメ(王書)』には、伝説の王ジャムシードの話が出てきます。ジャムシードは人々を恐ろしい冬から救い、宝石をちりばめた玉座に座って空へ昇りました。その姿を見た人々が、この日を「新しい日(ノウルーズ)」と呼んだ。もちろん伝説ですが、イランの人たちはこの物語を、春の到来と結びつけて語りついできました。

イスラム教が広まったあとも、ノウルーズは消えませんでした。宗教の祭りというより、季節の祭り、家族の祭りとして生き残ったのです。いまではイランだけでなく、中央アジアやコーカサス、トルコ、イラクのクルド人地域など、広い地域で祝われています。

ノウルーズ(ペルシャの新年)(Nowruz)のイラスト

2ノウルーズの歴史:詩人オマル・ハイヤームと、正確すぎる暦

ノウルーズの歴史で欠かせない人物が、11世紀のペルシャの学者オマル・ハイヤームです。日本では『ルバイヤート』という四行詩集の詩人として知られていますが、彼は一流の天文学者・数学者でもありました。1079年、セルジューク朝の時代に、ハイヤームを中心とする8人の学者が新しい暦「ジャラーリー暦」を作ります。この暦は、春分のノウルーズから年を数えるものでした。

いまのイランの暦(イラン太陽暦)も、この考え方を受けついでいます。元日はファルヴァルディーン月1日。決め方はとても天文学的です。春分の瞬間がテヘラン時間の正午より前ならその日が元日、正午より後なら翌日が元日になります。だから元日は、3月20日になったり21日になったりします。

2025年の春分は、テヘラン時間の12時31分でした。正午をたった31分過ぎただけで、元日は翌日の3月21日に。2028年は春分が朝5時47分なので、3月20日が元日になります。

21世紀に入ると、ノウルーズは国境をこえて認められていきます。2010年、国連総会は3月21日を「国際ノウルーズデー」とすることを決めました。ユネスコの無形文化遺産にも登録され、2024年の時点で、イラン、アフガニスタン、インド、パキスタン、トルコ、モンゴル、中央アジア5か国など13か国の共同の遺産になっています。

🕰️ ノウルーズ(ペルシャの新年)の年表

  1. 3000年以上前古代ペルシャで、ゾロアスター教と結びついた春分の祭りとして祝われはじめたと考えられている。
  2. 紀元前500年ごろアケメネス朝ペルシャの宮殿ペルセポリスの建設が進む。新年の儀式との関係を指摘する説がある。
  3. 11世紀はじめ詩人フェルドウスィーが『シャー・ナーメ』を完成。ジャムシード王とノウルーズの伝説が語られる。
  4. 1079年オマル・ハイヤームらがジャラーリー暦を作る。ノウルーズから年を数える暦。
  5. 19世紀ガージャール朝の宮廷で、新年の儀式にハフト・スィーンが並べられる。
  6. 2009年ユネスコの無形文化遺産に初めて登録される。
  7. 2010年国連総会が3月21日を「国際ノウルーズデー」とする決議を採択。
  8. 2022年アフガニスタンのタリバン政権が、ノウルーズを祝日にしないと発表(祝うことは容認)。
  9. 2024年ユネスコの無形文化遺産の登録が13か国に広がる。
  10. 2025年3月21日春分の瞬間がテヘラン時間12時31分(正午過ぎ)だったため、元日が3月21日に。
  11. 2028年3月20日春分が朝5時47分(テヘラン時間)なので、元日は3月20日になる予定。

3「ノウルーズ」の意味:ペルシャ語で「新しい日」

ノウルーズ(Nowruz)は、ペルシャ語の now(新しい) と ruz(日) をつなげた言葉です。そのまま訳すと「新しい日」。ペルシャ語の now と英語の new がよく似ているのは偶然ではありません。英語もペルシャ語も、もとをたどれば同じ「インド・ヨーロッパ語族」の仲間で、「新しい」をあらわす言葉は親せき同士なのです。

広い地域で祝われるので、つづりと発音は国ごとに少しずつ違います。アゼルバイジャンでは Novruz(ノヴルーズ)、カザフスタンでは Nauryz(ナウルズ)、ウズベキスタンでは Navruz(ナヴルーズ)、クルド人は Newroz(ネウロズ)、トルコでは Nevruz(ネヴルズ)。英語の記事では Nowruz のほか、Norooz や Nauruz と書かれることもあります。

英語では Persian New Year(ペルシャの新年)とも呼ばれます。ただ、祝っているのはペルシャ語を話す人だけではありません。トルコ系の言葉を話す中央アジアの人々も、クルド人も、それぞれの言葉でこの日を祝います。そのため最近の英語では、特定の民族の名前をつけずに Nowruz とだけ書くことが増えています。

あいさつは、ペルシャ語で「ノウルーズ・モバーラク(ノウルーズおめでとう)」や「エイデ・ショマー・モバーラク(あなたのお祝いに祝福を)」。英語なら Happy Nowruz! で通じます。

4ノウルーズの過ごし方:火を飛びこえ、7つの「S」を飾り、13日目に外へ

ノウルーズは1日だけの行事ではありません。準備から締めくくりまで、3週間ほどの長いお祭りです。

まず大掃除。ペルシャ語で「ハーネ・テカーニー(家をゆさぶる)」と呼ばれ、カーペットを干し、家じゅうを磨きます。新しい服を買い、ヒヤシンスやチューリップを飾ります。

新年の直前の火曜日の夜はチャハールシャンベ・スーリー。通りでたき火をして、その上を飛びこえます。そのとき唱えるのが「ソルヒエ・トー・アズ・マン、ザルディエ・マン・アズ・トー」。「あなた(火)の赤さは私に、私の青白さはあなたに」という意味で、病気や不運を火に持っていってもらうのです。仮装した人がスプーンで器をたたきながら家を回り、お菓子をもらう習慣もあり、ハロウィンによく似ています。

家の中にはハフト・スィーンを飾ります。ペルシャ語の「スィーン(S)」で始まる7つの品を並べたテーブルです。芽を出した麦(サブゼ)、甘い麦のプディング(サマヌー)、グミの実(センジェド)、酢(セルケ)、リンゴ(スィーブ)、ニンニク(スィール)、スマック(ソマーグ)。さらに鏡、ろうそく、色をぬった卵、金魚、硬貨、詩人ハーフェズの詩集などを添えます。

春分の瞬間をこのテーブルの前で迎えたら、親せきや知人の家を回ってあいさつ。子どもたちは手にキスをして、年長者から新しいお札をもらいます。そして13日目がスィーズダ・ベダル(13日を外へ)。家族で野山にピクニックに出かけ、最後にサブゼを川へ流します。独身の若者は、流す前に草の葉を結んで、よい結婚相手にめぐりあえるよう願います。

🎁 シンボルと小物

🌱サブゼ(芽を出した麦)sabzeh

新年に向けて皿で育てる麦や豆の芽。再生のしるし。13日目に川へ流す。

🪞鏡mirror

ハフト・スィーンに添える。光や清らかさをあらわすとされる。

🐟金魚goldfish

鉢に入れてテーブルに飾る。いきいきとした命のしるし。

🥚色をぬった卵painted eggs

新しい命や創造のしるし。家族でいっしょに色をぬる。

🔥たき火bonfire

年末の火曜日の夜、チャハールシャンベ・スーリーで飛びこえる火。クルド人は3月20日の夜に丘で火をたく。

🌸ヒヤシンスhyacinth

ペルシャ語でソンボル。春の香りの花で、ハフト・スィーンにもよく添えられる。

🕯️ろうそくcandles

光のしるし。吹き消さずに、最後まで燃やしきるものとされる。

👴アム・ノウルーズAmu Nowruz

白髪のおじいさんで、子どもに贈り物を持ってくる。妻と年に1度しか会えない。

🍽️ この日の食べ物

🍚サブズィー・ポロウと魚sabzi polo with fish

ハーブをたっぷり混ぜた緑色のご飯に、焼いた魚や揚げた魚を添える。ノウルーズの夜のごちそう。

🍮サマヌー(スマラク)samanu

芽を出した小麦をじっくり煮た甘いペースト。中央アジアでは女性たちが歌いながら夜通しかき混ぜ、クルミを入れて願いごとをする。

🍎リンゴ(スィーブ)apple

ハフト・スィーンの7品の1つ。健康や美しさのしるし。

🥜アージール(ナッツとドライフルーツ)ajeel

ピスタチオやアーモンド、レーズンなどのミックス。火の夜に食べると願いがかなうと言われる。

🥐シェケルブラshekerbura

アゼルバイジャンの、ナッツを包んで模様をつけた半月形の焼き菓子。

5海外のノウルーズ:夜通し煮る鍋と、丘の上の火

イランの外へ出ると、ノウルーズの顔はさらに豊かになります。

ウズベキスタンやタジキスタンなど中央アジアの主役は、大鍋で煮るスマラク。芽を出した小麦に小麦粉を加えて、夕方から夜明けまで火にかけます。昔は女性だけが集まり、歌を歌いながら交代でかき混ぜました。仕上げにクルミを鍋に投げ入れ、そのとき願いごとをします。準備から数えると1週間近くかかる、気の長い料理です。

アゼルバイジャンでは、新年までの火曜日を順に「水の火曜日」「火の火曜日」「風の火曜日」「土の火曜日」として祝います。最後の火曜日がいちばん大切です。子どもたちは近所の家の戸口に帽子や袋をそっと置いて隠れ、あとで中にお菓子が入っているのを楽しみにします。

クルド人にとってのネウロズは、火の祭りです。伝説によると、鍛冶屋のカーワが暴君ザッハークをハンマーでたおし、丘に火をつけて勝利を知らせました。すると翌日、春が戻ってきた。だから3月20日の夜、丘や広場に大きなたき火をたき、その周りで踊ります。火は「自由のシンボル」です。2001年には、トルコ南東部のディヤルバクルに50万人が集まったと報じられました。

遠く北欧のスウェーデンでも、ストックホルムで「エルドフェステン(火の祭り)」が開かれます。イラン系の人々が多く集まる、世界最大級のチャハールシャンベ・スーリーの祭りです。

6日本との意外な共通点:大掃除、お年玉、そして「空で決まる祝日」

ノウルーズをくわしく知ると、日本のお正月にそっくりなことに驚きます。年末の大掃除、新しい服、親せきへのあいさつ回り、そして子どもがもらうお年玉。ペルシャの子どもたちも、年長者から新しいお札をもらうのを楽しみにしています。

縁起物のテーブルも似ています。日本のおせちには「まめに働く」の黒豆、「喜ぶ」の昆布のように、言葉の音にかけた料理が並びます。ハフト・スィーンも、「S」で始まる言葉を7つそろえる、いわば言葉遊びの飾りです。

いちばんの共通点は、祝日を空で決めていることかもしれません。日本の「春分の日」は、法律で日付が決まっているわけではありません。国立天文台が計算した春分日が、毎年2月1日の官報で翌年分として発表され、それで正式に決まります。イランの元日も、春分の瞬間がテヘランの正午の前か後かで決まります。日本とイラン、遠く離れた2つの国が、どちらも太陽の動きでカレンダーを決めているのです。

さらに、ノウルーズには「アム・ノウルーズ(ノウルーズおじさん)」という白髪のおじいさんが登場します。彼は妻の「ナネ・サルマー(寒さばあさん)」と1年に1度しか会えません。年に1度だけ会える夫婦。日本の七夕の織姫と彦星(ひこぼし)を思い出す人も多いでしょう。

7よくある誤解とホント:ノウルーズはイスラム教のお正月?

誤解1:ノウルーズはイスラム教の新年。
違います。イスラム教の新年は、月の満ち欠けで数えるヒジュラ暦の1月1日で、毎年およそ11日ずつ早まります。ノウルーズはイスラム教より古く、ゾロアスター教にルーツをもつ太陽の暦の新年です。イランの宗教指導者の中には、このゾロアスター教の由来を批判する人もいました。それでも人々はこの春の祭りを手放しませんでした。

誤解2:ハフト・スィーンは何千年も前からの伝統。
確かなことはわかっていません。「もとはワインなど『シーン(SH)』で始まる7品だったが、イスラム教でワインが禁じられて酢に変わった」という話もありますが、伝説の域を出ません。19世紀のガージャール朝の宮廷で新年の儀式にハフト・スィーンが並んだ記録はありますが、いまのような形で一般の家庭に広まったのは、この100年ほどのことと考えられています。

誤解3:古代の宮殿ペルセポリスは、ノウルーズのために建てられた。
よく聞く説ですが、あくまで「そうではないか」という説の1つです。ペルセポリスの石碑には、ノウルーズという言葉は出てきません。

誤解4:ノウルーズは毎年3月21日。
イランの暦では春分の瞬間しだいで、3月20日の年も21日の年もあります。一方で、カザフスタンのように、3月下旬の決まった日付を連休にしている国もあります。同じノウルーズでも、国によって「日付で祝う国」と「天文で祝う国」があるのです。

💡Fun Factsノウルーズ(ペルシャの新年)の豆知識 10連発

No.1

2025年の春分はテヘラン時間12時31分。正午を31分過ぎただけで、元日は翌日の3月21日になりました。

In 2025, spring came 31 minutes after noon in Tehran. So the new year started the next day.

No.2

暦を作ったオマル・ハイヤームは、日本でも有名な詩集『ルバイヤート』の詩人です。

Omar Khayyam, a famous poet, also helped make a calendar in 1079.

No.3

ハフト・スィーンのろうそくは吹き消さず、最後まで燃やしきるものとされます。

People do not blow out the Nowruz candles. They let them burn down.

No.4

火を飛びこえるときの言葉は「あなたの赤さは私に、私の青白さはあなたに」。火に病気を持っていってもらうおまじないです。

When people jump over fire, they say, Give me your red color. Take my pale color.

No.5

13日目の「スィーズダ・ベダル」には、エイプリルフールのような「13日のウソ」の習慣もあります。

On the 13th day of Nowruz, some people play jokes, like on April Fools' Day.

No.6

イランでは13という数を不吉と考える人もいます。13日目に外へ出るのは、その不運を家に残さないためとも言われます。

Some Iranians think 13 is unlucky. So they go outside on the 13th day.

No.7

アゼルバイジャンでは、新年までの4回の火曜日を「水」「火」「風」「土」の日として順に祝います。

In Azerbaijan, four Tuesdays before Nowruz are for water, fire, wind, and earth.

No.8

ノウルーズおじさん(アム・ノウルーズ)は、妻の「寒さばあさん」と1年に1度しか会えないと語られます。

In a story, Uncle Nowruz and his wife can meet only once a year.

No.9

中央アジアのスマラクは、夕方から夜明けまで煮つづけます。最後にクルミを入れて願いごとをします。

In Central Asia, people cook sumalak from evening until morning.

No.10

2001年、トルコ南東部の都市ディヤルバクルのネウロズの祭りには、50万人が集まったと報じられました。

In 2001, about 500,000 people came to a Newroz party in one city in Turkey.

▶️Videos & Linksノウルーズ(ペルシャの新年)の動画とリンク集

Nowruz: How 300m people celebrate Persian New Year - BBC NewsBBC News

Millions across the world mark Persian new year NowruzAl Jazeera English

▶ YouTubeで「What is Nowruz for kids」をもっと見る

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