
Lantern Festival
元宵節(ランタン・フェスティバル)の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? 元宵節(ランタン・フェスティバル)の本当の話を、確かな資料でたどります。
1元宵節の由来:皇帝と仏教と、夜通しの灯り
元宵節は、旧暦の1月15日。旧正月から数えて15日目で、新しい年の最初の満月の夜です。「元」は1年の最初、「宵」は夜。つまり「1年で最初の(満月の)夜」という意味です。この日で、長い旧正月のお祝いがしめくくられます。
始まりには、いくつもの説があります。漢の時代(2000年以上前)、反乱をしずめた日が1月15日で、皇帝が毎年この日を民衆と祝ったという説。漢の武帝の時代に、太一という神をまつって一晩中火をともしたという記録(歴史書『史記』)。さらに後漢の明帝の時代、仏教の行事としてこの日に灯明をともす習慣が広まったという説もあります。
道教では、1月15日を「上元」と呼び、天の神「天官」をまつります。7月15日の「中元」(日本のお中元の語源)、10月15日の「下元」と並ぶ大切な日です。いろいろな信仰が重なって、「満月の夜に灯りをともす日」ができあがったのです。

2元宵節の歴史:1年に一度、夜の外出がゆるされた
漢の時代、灯りを楽しむのは1日だけでした。それが唐の時代には前後をふくめて3日間に広がります。唐の都・長安では、ふだん夜の外出は禁止されていました。でも元宵節だけは特別に、夜の町を歩くことがゆるされたのです。玄宗皇帝は、高さ150尺(約45メートル)にもなる巨大なちょうちんを作らせたと伝えられています。
宋の時代には、祭りは1月14日から18日までの5日間にのびました。ちょうちんになぞなぞを書いて、見物人に解かせる遊びが生まれたのもこのころです。
ふだん家の外に出ることが少なかった若い女性も、この夜はちょうちん見物に出かけることができました。そこで男女が出会うことも多かったため、元宵節は今でも「中国のバレンタインデー」と呼ばれることがあります。
🕰️ 元宵節(ランタン・フェスティバル)の年表
- 漢の時代(紀元前2世紀〜)1月15日に一晩中灯りをともす祭りや、反乱をしずめた記念の祝いが行われたと伝わる。
- 後漢(1世紀)明帝のころ、仏教の行事としてこの日に灯明をともす習慣が広まったとされる。
- 唐の時代(7〜10世紀)祭りが3日間になり、長安では夜の外出禁止が祭りの間だけ解かれる。
- 宋の時代(10〜13世紀)5日間の祭りになり、ちょうちんのなぞなぞ遊びが生まれる。
- 1987年長崎で、中華街の春節祭(のちの長崎ランタンフェスティバル)が始まる。
- 2018年長崎ランタンフェスティバルの来場者が過去最多の106万人に。
3元宵節の過ごし方:ちょうちんのなぞなぞと、まるい団子
夜になると、町じゅうに赤いちょうちんがつるされます。ちょうちんに書かれたなぞなぞを解く「猜灯謎(ツァイ・ドンミー)」は、今も人気の遊びです。通りでは獅子舞や竜の踊り、竹馬に乗った行列がにぎやかに進みます。
この日に食べるのは、もち米の粉で作るまるい団子です。中国北部では「元宵(ユエンシャオ)」、南部では「湯圓(タンユエン)」と呼ばれ、作り方もちがいます。元宵は、切ったあんを、しめったもち米の粉の入ったかごの中で転がして作ります。湯圓は、生地であんを包んで作ります。中身は黒ごま、ピーナッツ、あずきあんなど。「湯圓」の発音は「家族がそろう(団円)」という言葉に似ているので、家族円満の願いがこめられています。
おもしろい言い伝えもあります。中華民国の大総統だった袁世凱(えんせいがい)は、「元宵(ユエンシャオ)」が「袁消(袁が消える)」と聞こえるのをいやがり、名前を「湯圓」に変えさせた、というのです。あくまで言い伝えですが、今も人々が楽しんで語る話です。
🎁 シンボルと小物
祭りの主役。町じゅうにつるされ、なぞなぞが書かれていることも。
旧暦の15日は満月。元宵節は1年で最初の満月の夜。
宋の時代から続く遊び。ちょうちんに書かれた問題を見物人が解く。
太鼓とシンバルに合わせて獅子が踊り、通りをにぎやかにする。
4海外と日本の元宵節:台湾の天灯から長崎のランタンまで
台湾の平渓(ピンシー)では、紙でできた大きな「天灯(てんとう)」に願いごとを書いて、夜空に飛ばします。1晩に1000個以上が、合図とともにいっせいに空へのぼっていきます。天灯は「孔明灯」とも呼ばれ、三国志の諸葛孔明が助けを呼ぶために発明したという伝説があります。
マレーシアやシンガポールでは「チャップ・ゴー・メイ(十五夜)」と呼ばれ、女性たちが連絡先を書いたみかんを川や海に投げ入れ、いい出会いを願う習慣があります。韓国の「大ボルム」、ベトナムの「テト・グエン・ティエウ」も、同じ1月15日の行事です。
日本では、同じ日が「小正月」にあたります。そして長崎の「長崎ランタンフェスティバル」は、もともと長崎新地中華街の人々が春節(旧正月)から元宵節までを祝った「春節祭」が始まりです。1987年に始まり、1994年に今の名前になりました。今では約1万5000個のちょうちんが町をかざり、2018年には過去最多の106万人が訪れました。
5よくある誤解とホント:「ランタン祭り」はひとつじゃない
「ランタン・フェスティバル」と聞くと、空に灯りを飛ばす祭りを思いうかべる人もいるでしょう。でも元宵節の主役は、もともと家や通りにつるすちょうちんです。空に飛ばす天灯は、火事の危険があるため、ベトナム(2009年)やドイツの多くの地域などで禁止されています。
もう一つまぎらわしいのが、秋の「中秋節」。インドネシアやマレーシア、シンガポールでは、中秋節も「ランタン・フェスティバル」と呼ばれることがあります。旧暦1月15日の元宵節と8月15日の中秋節は、どちらも満月の夜にちょうちんを楽しむ、べつのお祭りなのです。
ちなみに日本の「小正月」も、もとは旧暦の1月15日でした。満月の日を一つの区切りと考える感覚は、中国と日本で共通しているのです。
💡Fun Facts元宵節(ランタン・フェスティバル)の豆知識 6連発
唐の玄宗皇帝は、高さ150尺(約45メートル)の巨大なちょうちんを作らせたと伝えられています。
An emperor in the Tang dynasty had a giant lantern made. People say it was about 45 meters tall.
元宵(北)と湯圓(南)は、似ていても作り方がちがいます。元宵は粉の中で転がし、湯圓は生地で包みます。
In the north, people roll the rice balls in rice flour. In the south, they wrap the filling with dough.
袁世凱が「元宵=袁消(袁が消える)」をいやがって名前を変えさせた、という言い伝えがあります。
A story says a Chinese leader named Yuan did not like the name yuanxiao. It sounded like "remove Yuan."
天灯の発明者は三国志の諸葛孔明だという伝説から、「孔明灯」とも呼ばれます。
Sky lanterns are also called Kongming lanterns, after a famous leader in old China.
長崎ランタンフェスティバルは、1987年に長崎新地中華街の春節祭として始まり、2018年には106万人が訪れました。
The Nagasaki Lantern Festival started in 1987. In 2018, over one million people came.
空に飛ばす天灯は火事の危険があるため、ベトナムでは2009年に全国で禁止されました。
Vietnam stopped people from sending up sky lanterns in 2009 because of fires.
▶️Videos & Links元宵節(ランタン・フェスティバル)の動画とリンク集
Watch as Lanterns Fill the Sky in Thailand | National GeographicNational Geographic

