
La Tomatina
トマティーナ(トマト祭り)の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? トマティーナ(トマト祭り)の本当の話を、確かな資料でたどります。
1トマティーナの由来:1945年、パレードで“大頭”が転んだ日
1945年8月の最終水曜日。スペイン東部の町ブニョールの広場を、「ヒガンテス・イ・カベスードス(巨人と大頭)」のパレードが進んでいました。張り子の大きな人形や、大きな頭のかぶり物をつけた人たちが練り歩く、スペインのお祭りではおなじみの行列です。
町に伝わる話では、そこへ若者たちが「自分たちも出たい」と割りこみました。押し合ううちに、大頭をかぶった1人が転んでしまいます。怒ったその人は、周りに手当たりしだいにぶつかりました。運の悪いことに、すぐそばには野菜の屋台がありました。誰かが屋台のトマトをつかんで投げ、広場はたちまちトマトの投げ合いに。最後は警察が止めに入ったといいます。
ここで終われば、ただのけんかです。ところが翌年の同じ日、若者たちは家からトマトを持ってきて、わざと同じ騒ぎを起こしました。これも警察に止められましたが、「8月最後の水曜日はトマトを投げる日」という形は、ここから生まれました。
トマティーナは、町の守護聖人サン・ルイス・ベルトランをたたえる1週間ほどの祭り週間の中の1日です。ただし、トマト投げそのものに宗教的な意味はありません。
なお、この始まりの話は、主催者の公式サイトや地元の言い伝えにもとづくもので、当時の新聞記事や写真が残っているわけではありません。細かいところは語る人によって少しずつ違い、「いたずらから始まった」という別の説もあります。それでも「祭りの行列のどさくさで、そばにあったトマトが飛んだ」という筋は、どの説明でもほぼ同じです。

2トマティーナの歴史:禁止、トマトのお葬式、そしてテレビ
勝手に始まったトマト投げは、役所にとっては困りものでした。1950年代、祭りは何度も禁止され、逆らってトマトを投げた人が捕まることもありました。
そこで1957年、町の人たちはとんでもない抗議を思いつきます。棺おけに大きなトマトを1個入れて担ぎ、楽隊が葬送行進曲を演奏しながら町を練り歩いたのです。名づけて「エンティエロ・デル・トマテ(トマトのお葬式)」。罰金や刑務所行きもありうる中での、ユーモアたっぷりの抗議でした。この作戦は成功し、1959年、トマティーナは正式な祭りとして認められました。
その後、1975年からは祭りの世話役の団体が、1980年からは町役場が運営を引き受けます。1980年にはトラックで約100トンのトマトが運びこまれるようになり、規模は一気に大きくなりました。
全国に知られるきっかけはテレビでした。1983年、スペイン国営放送の報道番組『インフォルメ・セマナル』で、記者ハビエル・バシリオが祭りを紹介したのです。2002年には国から「国際観光重要祭」に指定され、世界中から人が集まるようになりました。
人が増えすぎた結果、2013年からは入場券制になります。2020年と2021年は新型コロナで中止。80周年の2025年は、前の年の10月に町を襲った大洪水からの立ち直りを願い、「トマテラピア(トマト療法)」という合言葉がつけられました。
🕰️ トマティーナ(トマト祭り)の年表
- 1945年8月最終水曜日、巨人と大頭のパレード中のけんかで、野菜屋台のトマトが投げられたと伝えられる。
- 1946年若者たちが家からトマトを持ちより、同じ騒ぎを再現。警察が止める。
- 1950年代何度も禁止される。逆らった人が捕まることもあった。
- 1957年棺おけに大きなトマトを入れた「トマトのお葬式」で抗議。
- 1959年正式な祭りとして認められる。
- 1980年町役場が運営を引き受け、トラックで約100トンのトマトが運ばれるように。
- 1983年国営テレビの番組『インフォルメ・セマナル』で紹介され、全国で有名に。
- 2002年「国際観光重要祭」に指定される。
- 2013年初めて入場券制に(10ユーロ)。子ども向けのトマティーナも始まる。
- 2020〜2021年新型コロナで2年続けて中止。
- 2025年80周年。前年の大洪水を受けて合言葉は「トマテラピア(トマト療法)」。
- 2026年8月26日開催。最大165トンのトマトが投げられたと報じられる。
3「La Tomatina」の意味:トマトの語源はアステカの言葉
La Tomatina の La は、英語の the にあたるスペイン語です。Tomatina は tomate(トマト)から生まれた呼び名で、日本では「トマト祭り」とも呼ばれます。今ではコロンビアの「グラン・トマティーナ・コロンビアーナ」のように、ほかの国のトマト投げ大会もこの名前を借りています。正式な場では「トマト合戦(Batalla del tomate)」という言い方もされます。
では tomate はどこから来たのでしょう。答えはメキシコです。アステカの人々が話していたナワトル語の tomatl(トマトル) が、スペイン語の tomate になり、英語の tomato になりました。トマトはもともと中南米の植物で、16世紀にスペイン人がアメリカ大陸から持ち帰ったものです。
ヨーロッパの本で最初にトマトが登場するのは、1544年のイタリアの植物学者マッティオリの本だとされています。彼はのちにトマトを「黄金のりんご(pomi d'oro)」と呼びました。イタリア語の pomodoro(トマト)は、この呼び方が元になっています。スペインでは、1618年のロペ・デ・ベガの劇に、トマトを食べる場面が書かれています。
つまりトマティーナは、アメリカ大陸からスペインにやってきた野菜が、約400年後にスペインの町で“投げる物”になった祭りでもあるのです。
英語では La Tomatina のほか、the Tomato Festival、the tomato fight と説明すれば通じます。スペイン語の発音は「ラ・トマティーナ」で、「ティ」を強く読みます。
4現地での過ごし方:ハムの棒から始まる1時間
当日の朝、ブニョールの細い通りには、白いTシャツにゴーグル姿の人があふれます。バルコニーからは、住民がバケツの水を下の人たちにざぶんとかけてきます。
最初の見せ場は「パロ・ハボン(石けんの棒)」です。油やせっけんでぬるぬるにした高い棒のてっぺんに、生ハムが1本ぶら下げてあります。挑戦者たちは仲間の肩に乗ってよじ登りますが、すべって何度も落ちます。下ではみんなが歌って踊り、上からホースの水が降ってきます。
正午の合図で、いよいよ本番。サイレンを鳴らしたトラックが、人でぎっしりの通りへゆっくり入ってきます。荷台の係の人が最初のトマトを投げ、荷台が傾くと、真っ赤な山が通りに流れ落ちます。あとはもう、右も左も前も後ろもトマト。数分で、町じゅうが赤いスープの中のようになります。
トマトを投げ合うのはちょうど1時間。2回目の合図が鳴ったら、もう1個も投げてはいけません。すると今度は消防車がやってきて、ホースで道を洗い流します。参加者は町が用意したシャワーや、ロス・ペニョネスという水場で体を洗います。その日のうちに、赤かった石畳はもとの色にもどります。
主催者が出しているルールは、とてもシンプルです。
・投げる前にトマトをつぶす(当たっても痛くないように)
・人のTシャツを破かない
・びんや硬い物を持ちこまない
・トラックに近づきすぎない
・2回目の合図で投げるのをやめる
おすすめの持ち物は、ゴーグル、脱げにくい靴、捨ててもいい服。ビーチサンダルは人に踏まれて脱げやすいので、やめたほうがよいとされています。
🎁 シンボルと小物
主役。祭り用に育てられた、食べるには熟しすぎたトマトを使う。投げる前に必ず手でつぶすのがルール。
トマトを運ぶ“弾薬庫”。サイレンを鳴らして通りに入り、荷台を傾けて真っ赤な山を下ろす。
ぬるぬるの棒のてっぺんにつるした生ハムを取り合う、開始前の見せ場。仲間の肩に乗って登る。
トマトの汁は目にしみる。参加者のほぼ必需品。
真っ赤に染まるのが一目でわかる定番の服。ただし人のシャツを破くのは禁止。
1時間の戦いが終わると登場し、ホースで道を洗い流す。
張り子の巨人人形と大きな頭のかぶり物のパレード。1945年の始まりの舞台とされる。
🍽️ この日の食べ物
平たい鍋で米を炊く、バレンシア地方生まれの料理。トマティーナと同じバレンシア州の名物。
カヤツリグサの塊茎(チュファ)から作る、バレンシア名物の甘く冷たい飲み物。暑い8月にぴったり。
トマトを使ったスペイン南部生まれの冷たいスープ。投げるトマトとは別に、食べるトマトの代表。
フランスパンにハムやチーズをはさんだスペインのサンドイッチ。祭りの前後の腹ごしらえに。
5数字で見るトマティーナ:トマトは何トン?入場券はいくら?
トマティーナは、数字を並べるだけで驚ける祭りです。
まず町の大きさ。ブニョールはバレンシアの中心から西へ約38km、人口は約1万人の町です。そこに、毎年およそ2万人が参加します。主催者は定員を2万2,000人としています。
次にトマトの量。1980年ごろは約100トンでした。2015年には約145〜150トンと記録的な量になり、80周年の2025年は約120トン。2026年は欧州の報道機関ユーロニュースによると、最大165トンが1時間あまりで投げられました。トマトは祭りのために育てられ、食べるのに向かないほど熟したものが使われます。長年、同じバレンシア州の北部、カステリョン県の産地から運ばれてきました。
そして入場券。2013年、町は初めて入場券を売り出しました。値段は10ユーロ。前の年には4万人前後が押し寄せ、安全が心配されていたのです。この年の参加者は約2万人と、前年のおよそ半分になりました。2025年は、町の外から来る人の入場券が15ユーロで、買ったあとに会場で公式のリストバンドと交換します。
参加者の国もさまざまです。スペインの通信社EFEによると、ここ数年の参加者の約4割が外国から来ています。特に増えたのがインドからの旅行者。2011年のインド映画『人生は二度とない(Zindagi Na Milegi Dobara)』にトマティーナの場面が出てきたのがきっかけだと言われています。
子ども向けもあります。2013年に始まった「子どものトマティーナ」は、本番の前の土曜日に4〜14歳だけが参加できる無料のイベントです。2026年は約5トンのトマトを使い、日本を含む13の国と地域の1,000人以上の子どもが参加しました。
6日本とトマティーナ:観賞用だったトマトと、節分の豆まき
日本人にとってトマティーナが衝撃的なのは、「食べ物を投げる」からでしょう。でも、日本にも食べ物を投げる行事があります。節分の豆まきです。「鬼は外」と大豆をまくのは、ちゃんとした意味のある伝統行事。トマティーナとは理由も雰囲気もまったく違いますが、「年に1日だけ、食べ物を投げてもいい日」という点では、意外な共通点があります。
トマトそのものの歴史にも、日本とのおもしろい違いがあります。トマトが日本に来たのは江戸時代の初めごろと言われますが、最初は食べ物ではなく、ながめて楽しむ植物でした。江戸幕府のお抱え絵師だった狩野探幽は、トマトを「唐なすび」として写生図に残しています。赤い実がめずらしかったのでしょう。
日本人がトマトを食べるようになったのは明治時代から。愛知県の蟹江一太郎(かにえいちたろう)が1899年に西洋野菜の栽培を始め、1903年にトマトソース、1908年にトマトケチャップを作り始めました。これが今のカゴメです。スペインで人々がトマトを食べ始めてから約300年後、日本でもやっとトマトが食卓に上るようになったわけです。
今では、日本からトマティーナに参加する人もいます。2026年の「子どものトマティーナ」の報道では、参加した国の1つとして日本の名前が挙がっていました。日本のテレビのバラエティー番組でも、たびたび取り上げられてきました。
日本から行くなら、まずバレンシアまで飛行機を乗り継ぎ、そこから電車やバスでブニョールへ向かいます。入場券は早めに売り切れることが多いので、公式サイトで発売時期を確かめておくのが安心です。
7トマティーナのよくある誤解とホントのところ
誤解1:スペイン中でトマトを投げ合っている
ホント:本家のトマティーナは、ブニョールという1つの町の祭りです。スペインの国の祝日でもありません。マドリードやバルセロナでは、その日もふつうの水曜日です。
誤解2:独裁者フランコへの抗議として始まった
ホント:始まりは1945年のパレードでのけんかだと伝えられています。抗議の色が出てくるのは、禁止された後の1957年の「トマトのお葬式」から。順番が逆なのです。
誤解3:食べられるトマトを捨てている
ホント:主催者によると、使うのは祭りのために育てた、食べるのに向かないほど熟したトマトです。それでも「食べ物のムダでは」という意見は、スペインでも海外でも根強くあります。コロンビアのトマト祭りも、同じ理由で批判されたことがあります。
誤解4:だれでも、いつでも飛び入りできる
ホント:2013年から入場券制で、定員があります。子ども版は4〜14歳限定です。
誤解5:1日じゅうトマトを投げている
ホント:投げてよいのは正午からの約1時間だけ。2回目の合図のあとに投げるのはルール違反です。
誤解6:バレンシアの街なかでやる
ホント:会場はバレンシアの中心から約38km西のブニョールです。日本語の記事で「バレンシアのトマト祭り」と書かれるのは、バレンシア州の祭りという意味です。
誤解7:トマトの汚れは何日も取れない
ホント:祭りが終わると、すぐに消防車が道を洗い流します。トマトの酸のおかげで石畳がかえってきれいになる、と言われることもあります。
💡Fun Factsトマティーナ(トマト祭り)の豆知識 10連発
1957年、禁止に抗議するため、町の人は大きなトマトを棺おけに入れ、葬送行進曲つきで「トマトのお葬式」を開いた。祭りは2年後に正式に認められた。
In 1957, people held a funeral for a big tomato. Two years later, the festival became official.
2013年に初めて入場券(10ユーロ)が売られると、参加者は前の年の約半分、約2万人に減った。
In 2013, the town sold tickets for the first time. The crowd became about half the size.
2026年のトマティーナでは、最大165トンのトマトが1時間あまりで投げられたと報じられた。
In 2026, people threw up to 165 tons of tomatoes in about one hour.
2011年のインド映画『人生は二度とない』にトマティーナが登場してから、インドからの参加者が目立って増えた。
After a 2011 Indian movie, many more people from India started to visit La Tomatina.
本番の前の土曜日には、4〜14歳だけが参加できる無料の「子どものトマティーナ」がある。2026年は約5トンのトマトに1,000人以上の子どもが集まった。
Children aged 4 to 14 have their own tomato fight. It is free.
開始前には、ぬるぬるの棒のてっぺんの生ハムを取り合う「パロ・ハボン」がある。
Before the fight, people try to climb a slippery pole. A ham hangs at the top.
アメリカ・コロラド州の「トマト戦争」は1982年、テキサスから来た観光客の「ここはきれいだけど、誰も何もしていないのが残念」というひと言がきっかけだったと主催者は伝えている。
A tomato war in Colorado started in 1982 because of one comment from a visitor from Texas.
ヨーロッパの本で最初にトマトが出てくるのは1544年。イタリアの学者はトマトを「黄金のりんご」と呼んだ。
In Italy, people once called the tomato a golden apple.
80周年の2025年の合言葉は「トマテラピア(トマト療法)」。前年10月の大洪水で傷ついた町を元気づける意味があった。
In 2025, the festival's slogan was Tomato Therapy. The town wanted to feel happy again after a flood.
トマトは使う数日前に収穫され、ちょうどよく熟すまで保管される。片手でつかめて、軽くつぶせるやわらかさが理想だという。
The best tomato for the fight is soft and fits in one hand.
▶️Videos & Linksトマティーナ(トマト祭り)の動画とリンク集
Hundreds Of Tons Of Tomatoes Are Used As Ammo In Spain's Tomatina FestivalBusiness Insider
Flying Tomatoes, World's Largest Food FightAssociated Press
La Tomatina | Festival Discoveries | World NomadsWorld Nomads
▶ YouTubeで「La Tomatina festival explained for kids」をもっと見る
La Tomatina - Wikipedia英語版ウィキペディア。始まりの話、禁止、ルール、世界の似た祭りがまとまっている。
トマティーナ - Wikipedia日本語版ウィキペディア。日本での紹介のされ方ものっている。
La Tomatina (official site)公式サイト。開催日・時間・定員・入場券の案内。
スペイン政府観光局:トマト祭りスペイン政府観光局の日本語ページ。当日の流れがわかる。
Público: Así comenzó la Tomatinaスペインの新聞。1945年から入場券制までの年表が詳しい。
Euronews: La Tomatina 20262026年の祭りの報道。トマトの量や外国人参加者の割合。