Independence Day (USA)

アメリカ独立記念日の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? アメリカ独立記念日の本当の話を、確かな資料でたどります。

1アメリカ独立記念日の由来:本当は「7月2日」になるはずだった?

1776年7月3日、フィラデルフィア。マサチューセッツ代表のジョン・アダムズは、妻アビゲイルに手紙を書きました。「1776年7月2日は、アメリカの歴史でいちばん記念すべき日になるだろう」。この日は、ショーや競技、祝砲、鐘、かがり火、明かりで、大陸の端から端まで祝われるはずだ、とも書いています。

アダムズが7月2日と書いたのには理由があります。この日、イギリスの13の植民地の代表が集まる「大陸会議」が、独立を決める決議を可決したのです。6月にヴァージニアのリチャード・ヘンリー・リーが出した決議で、「リー決議」と呼ばれます。法的には、この日に植民地はイギリスから離れました。

では、なぜ7月4日なのでしょう。独立を「なぜ、どんな理由で」宣言するのかを世界に説明する文書、つまり独立宣言が採択されたのが7月4日だったからです。宣言の大部分を書いたのは、33歳のトマス・ジェファーソン。6月11日から28日までの17日間で書き上げ、アダムズやベンジャミン・フランクリンらが手を入れました。

採択されたその夜、印刷屋のジョン・ダンラップが宣言を刷り始めます。翌日から各地へ送られた紙には、日付として大きく「1776年7月4日」と書かれていました。人々の記憶に残ったのは、投票の日ではなく、この紙に書かれた日付でした。アダムズの予言は、たった2日ずれて当たったのです。

アメリカ独立記念日(Independence Day (USA))のイラスト

2独立記念日の歴史:署名は8月、祝日になったのは1870年

7月8日、フィラデルフィアで宣言が初めて人々の前で読み上げられ、町の鐘が鳴りました。翌9日、ニューヨークではワシントン将軍の兵士たちに宣言が読み聞かされます。興奮した人々は、ボウリング・グリーンという広場にあったイギリス国王ジョージ3世の騎馬像を引き倒しました。像の鉛は溶かされ、4万2,088発の弾丸になった、と言い伝えられています。

実は、このころ宣言にはまだ代表たちの署名がありませんでした。会議が羊皮紙に清書させた正式な宣言に、多くの代表が署名したのは1776年8月2日です。記録には「清書され、照らし合わされた宣言に、議員たちが署名した」とあります。署名した人は最終的に56人。いちばん若いのは26歳のエドワード・ラトレッジ、いちばん年上は70歳のフランクリンでした。

翌1777年の7月4日には、もう祝いが始まっていました。ロードアイランド州ブリストルでは、13発の祝砲が鳴らされます。13は植民地の数です。1778年にはワシントン将軍が兵士にラム酒を2倍配り、1781年にはマサチューセッツ州が初めて州として7月4日を祝う日にしました。ブリストルの独立記念日パレードは1785年から続き、アメリカでいちばん古いものとされています。

イギリスとの戦争が終わり、パリ条約で独立が認められたのは1783年。7月4日が連邦職員の休日になったのは1870年で、給料が出る休日になったのは1938年でした。2026年は、独立宣言から250周年の記念の年でした。

🕰️ アメリカ独立記念日の年表

  1. 1775年4月レキシントン・コンコードの戦い。イギリスとの独立戦争が始まる。
  2. 1776年6月リチャード・ヘンリー・リーが独立の決議を提案。ジェファーソンが17日間で宣言を書く。
  3. 1776年7月2日大陸会議がリー決議を可決。独立が決まる。
  4. 1776年7月4日独立宣言を採択。その夜、ダンラップが印刷を始める。
  5. 1776年7月8日フィラデルフィアで宣言が初めて公に読み上げられ、鐘が鳴る。
  6. 1776年7月9日ニューヨークで宣言が兵士に読まれ、ジョージ3世の像が倒される。
  7. 1776年8月2日清書された宣言に、多くの代表が署名する(最終的に56人)。
  8. 1777年7月4日最初の1周年。ブリストルで13発の祝砲。
  9. 1783年パリ条約でイギリスがアメリカの独立を認める。
  10. 1826年7月4日宣言50周年の日、アダムズとジェファーソンが数時間違いで亡くなる。
  11. 1870年連邦職員の休日になる(給料が出る休日になったのは1938年)。
  12. 2026年7月4日独立宣言250周年。

350年後の7月4日:アダムズとジェファーソンが同じ日に亡くなった

独立宣言をつくった2人、ジョン・アダムズとトマス・ジェファーソン。2人は宣言の署名者のなかで、のちに大統領になったただ2人です。第2代がアダムズ、第3代がジェファーソンでした。

でも2人の仲は、一度こわれます。政治の考え方が対立し、1800年の大統領選挙では直接争いました。何年も口をきかない関係が続きます。1812年の元日、共通の友人ベンジャミン・ラッシュにうながされ、アダムズが手紙を送りました。ジェファーソンは温かく返事を書きます。そこから14年で、2人は158通の手紙をやりとりしました。

そして1826年7月4日。独立宣言からちょうど50年目の記念日です。この日、バージニアの自宅でジェファーソンが83歳で亡くなりました。数時間後、マサチューセッツのアダムズも90歳で息を引き取ります。最後の言葉は「トマス・ジェファーソンはまだ生きている(Thomas Jefferson survives.)」だったと伝えられています。友がその数時間前に亡くなっていたことを、アダムズは知りませんでした。

この偶然を「天のしるし」のように受け止めた人も少なくありませんでした。しかも話はまだ続きます。第5代大統領ジェームズ・モンローも、1831年の7月4日に亡くなりました。逆に、7月4日に生まれた大統領もいます。1872年生まれの第30代カルビン・クーリッジです。宣言の署名者で最後まで生きたチャールズ・キャロルは、1832年に95歳で亡くなりました。

4「Independence Day」と「the Fourth of July」の意味

正式な名前は Independence Day(独立の日)。でもアメリカ人の会話では、the Fourth of July(7月4日)や July Fourth、さらに短く the Fourth と呼ぶことがとても多いです。What are you doing for the Fourth?(4日は何するの?)と言えば、それだけで独立記念日の話だと通じます。日付そのものが祝日の名前になっている、めずらしい例です。

independence は in-(〜でない)+ dependence(たよること)。dependence のもとになったラテン語は「ぶら下がる」という意味でした。つまり independence は「だれにもぶら下がらない」こと。イギリスにぶら下がっていた植民地が、自分の足で立つ、という感じがよく出ています。

独立宣言から生まれた英語もあります。会議の議長ジョン・ハンコックの署名は、長さが約13センチもある、ひときわ大きな字でした。そこからアメリカでは John Hancock が「署名」という意味になりました。Put your John Hancock here.(ここにサインして)という言い方は今も使われます。

独立宣言でいちばん有名な一文は、all men are created equal(すべての人は平等に造られている)。日本の中学・高校の教科書にもよく出てくる言葉です。ただ、この men がだれを指していたのかは、のちに大きな問いになります(詳しくは英語の advanced で)。

5アメリカでの独立記念日の過ごし方:パレード、バーベキュー、夜空の花火

7月4日の朝、町の目抜き通りにパレードがやってきます。消防車、マーチングバンド、昔の軍服を着た人たち、自転車に星条旗を飾った子どもたち。家の玄関には赤・白・青の飾りがつるされ、服や帽子まで3色にそろえる人もいます。

昼は裏庭や公園でバーベキュー。ハンバーガーとホットドッグ、とうもろこし、スイカ、そしてデザートにはアップルパイ。親せきや近所の人が集まるので、1年でいちばん大きなホームパーティーの日、という家もあります。

ニューヨークのコニーアイランドでは、名物の「ネイサンズ・ホットドッグ早食い大会」が開かれます。10分間で何本食べられるかを競い、2021年にはジョーイ・チェスナットが76本という記録を出しました。

日が暮れると、いよいよ花火です。ニューヨークのメイシーズの花火は全米最大で、2009年には22トンを超える花火が使われました。ボストンでは、オーケストラがチャイコフスキーの「1812年」序曲を演奏し、本物の大砲の音と花火を合わせる演出が名物です。小さな町でも、湖や野球場から花火が上がります。家の庭で手持ち花火を楽しむ家族もいます。

アダムズが手紙に書いた「ショー、競技、祝砲、鐘、かがり火、明かり」。250年たった今も、その予言どおりの1日が続いています。

🎁 シンボルと小物

US星条旗the Stars and Stripes

13本のしまは最初の13の植民地、50の星は今の50州を表す。

📜独立宣言the Declaration of Independence

1776年7月4日採択。署名入りの原本はワシントンの国立公文書館にある。

🔔自由の鐘the Liberty Bell

フィラデルフィアの鐘。旧約聖書の「全地に自由を告げよ」という言葉が刻まれている。ひびが入ったのは19世紀前半。

🎆花火fireworks

アダムズが手紙に書いた「明かり(illuminations)」の伝統。夜の主役。

🗽自由の女神the Statue of Liberty

左手に持つ銘板には、ローマ数字で「1776年7月4日」が刻まれている。

✍️ジョン・ハンコックの署名John Hancock's signature

宣言の中でいちばん大きな署名。「John Hancock=署名」という英語の言い回しになった。

🎩アンクル・サムUncle Sam

星条旗もようのシルクハットをかぶった、アメリカを表すおじさんのキャラクター。

🍽️ この日の食べ物

🌭ホットドッグhot dog

独立記念日のバーベキューの定番。コニーアイランドでは早食い大会も。

🍔ハンバーガーhamburger

裏庭のグリルで焼く。お父さんの腕の見せどころ。

🥧アップルパイapple pie

as American as apple pie(アップルパイのようにアメリカ的)という言い方があるほどの国民的デザート。

🍉スイカwatermelon

夏のピクニックに欠かせない果物。

🌽焼きとうもろこしcorn on the cob

バターを塗って丸ごとかじる、アメリカの夏の味。

6日本とアメリカ独立記念日:福沢諭吉の翻訳と、ホットドッグの小林尊

1776年、日本は安永5年。江戸幕府の時代で、2年前には杉田玄白らが『解体新書』を出したばかりでした。日本とアメリカにはまだ国としてのつきあいがなく、独立宣言が日本に届くことはありませんでした。

独立宣言を初めて日本語で紹介したのは、福沢諭吉です。幕末の1866年に出した『西洋事情』で、宣言の全文を「千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州独立ノ檄文(げきぶん)」として訳しました。そして1872年の『学問のすゝめ』の書き出し、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。この「と言えり(と言われている)」には、独立宣言の「すべての人は平等に造られている」の考えが下じきにある、と言われています。1万円札で長くおなじみだった人物の有名な一文は、7月4日の文書とつながっていたのです。

もう1つの意外なつながりは、ホットドッグです。2001年の独立記念日、ネイサンズの早食い大会に初出場した小林尊が、12分で50本を食べて優勝しました。それまでの記録は25本半。いきなり約2倍に塗りかえたのです。その後、女性の部では須藤美貴が何度も優勝し、2024年に51本の女性記録を出しています。

ちなみに1996年のハリウッド映画『インデペンデンス・デイ』の題名も、この7月4日のこと。宇宙人との最後の戦いが、7月4日に描かれます。

7アメリカ独立記念日のよくある誤解とホント

誤解1:「7月4日に独立宣言に署名した」
多くの代表が署名したのは8月2日です。ジェファーソン、アダムズ、フランクリンはのちに「7月4日に署名した」と書き残しましたが、議会の記録や、署名者の1人トマス・マッキーンの証言から、ほとんどの歴史家は8月2日だと考えています。

誤解2:「7月4日に独立が決まった」
独立を決めた投票は7月2日です。7月4日は、その理由を世界に説明する宣言の文章が採択された日でした。

誤解3:「7月4日、自由の鐘が鳴りひびいた」
有名な話ですが、7月4日に鳴らした証拠はありません。宣言が初めて読み上げられた7月8日には町の鐘が鳴り、そのなかに今の「自由の鐘」もあっただろう、と多くの専門家は考えています。7月4日に鳴った話を広めたのは、1847年に書かれた短い小説でした。「リバティー・ベル(自由の鐘)」という名前も、1830年代に奴隷制に反対する人たちがつけたものです。

誤解4:「独立宣言の裏には宝の地図がある」
映画で有名になった話ですが、国立公文書館によると、裏にあるのは「1776年7月4日付 独立宣言原本」という短いメモだけ。「宝の地図は見つかっていない」と、公文書館自身が説明しています。

誤解5:「独立宣言はいつも大切に保管されてきた」
実は1841年から1876年まで日光の当たる場所に飾られ、署名の多くが読めないほど色あせてしまいました。今はワシントンの国立公文書館で、特別なケースに守られています。

💡Fun Factsアメリカ独立記念日の豆知識 10連発

No.1

ジョン・アダムズは「7月2日が永遠に祝われる」と予言しました。実際に祝われたのは7月4日で、2日ずれました。

John Adams thought Americans would celebrate July 2. He was off by 2 days.

No.2

アダムズとジェファーソンは、独立宣言50周年の1826年7月4日に、数時間違いで亡くなりました。

Adams and Jefferson both died on July 4, 1826, 50 years after the Declaration.

No.3

第5代大統領モンローも1831年7月4日に死去。第30代クーリッジは1872年7月4日生まれで、7月4日生まれの大統領はただ1人です。

President Calvin Coolidge was born on July 4, 1872.

No.4

ジョン・ハンコックの署名は長さ約13センチ。そこから John Hancock が「署名」という意味の英語になりました。

John Hancock signed his name in very big letters. Now his name means signature.

No.5

署名者の最年少は26歳のエドワード・ラトレッジ、最年長は70歳のベンジャミン・フランクリンでした。

The youngest signer was 26, and the oldest, Benjamin Franklin, was 70.

No.6

独立宣言の裏には、「1776年7月4日付 独立宣言原本」という短いメモだけが書かれています。宝の地図はありません。

On the back of the Declaration, there is only a short note. There is no treasure map.

No.7

7月4日の夜に刷られた最初の印刷版(ダンラップ版)は、今26枚だけ見つかっています。

Only 26 copies of the first printed Declaration are known today.

No.8

第二次世界大戦中の1941年12月、独立宣言は列車でケンタッキー州のフォートノックスに運ばれ、1944年まで守られました。

During World War II, the Declaration was kept safe at Fort Knox.

No.9

2001年、小林尊がネイサンズの大会で50本のホットドッグを食べ、それまでの記録25本半を約2倍に更新しました。

In 2001, Takeru Kobayashi from Japan ate 50 hot dogs and doubled the record.

No.10

自由の鐘に刻まれた「全地に自由を告げよ」は、旧約聖書レビ記25章10節。50年ごとに奴隷を解放する「ヨベルの年」の一節です。

The words on the Liberty Bell come from the Bible. They talk about freedom for all people.

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▶️Videos & Linksアメリカ独立記念日の動画とリンク集

What you might not know about the Declaration of Independence - Kenneth C. DavisTED-Ed

America the Story of Us: Declaration of Independence | HistoryHISTORY

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