
Easter
イースター(復活祭)の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? イースター(復活祭)の本当の話を、確かな資料でたどります。
1イースターの由来:十字架の3日後、墓が空っぽだった
キリスト教の聖書によると、紀元30年ごろの春、エルサレムでイエス・キリストが十字架にかけられて死にました。それは金曜日のことでした。遺体は岩をくりぬいた墓に納められ、入り口は大きな石でふさがれます。ところが3日目の日曜日の朝、女性たちが墓へ行くと、石は転がされ、中は空っぽだった。そして「イエスはよみがえった」という知らせが弟子たちに広がっていきます。
この「復活」を祝うのがイースターです。キリスト教では、イエスの復活は「死に打ち勝ったしるし」とされ、信仰のいちばん中心にあります。だからキリスト教の暦では、クリスマスよりもイースターのほうが大切な祭りです。
イースターは、ユダヤ教の「過越祭(すぎこしのまつり、ペサハ)」と深く結びついています。イエスが十字架にかかったのは、ちょうど過越祭のころでした。過越祭は、古代エジプトで奴隷だったイスラエルの人々が自由になった出来事を記念する春の祭りです。いまもフランス語の Pâques、スペイン語の Pascua、イタリア語の Pasqua など、多くの言語でイースターの名前は、この「ペサハ」から来ています。
イースターの日曜日は、長い準備の終わりでもあります。その前の約40日間は「四旬節(レント)」と呼ばれ、肉や卵などをひかえて静かに過ごす期間でした。カーニバル(謝肉祭)は、この期間に入る前に思いきり食べて騒ぐお祭りです。

2イースターの歴史:日付をめぐる1700年の議論
イースターについて書かれた現存する最も古い記録は、2世紀半ばの説教です。つまり少なくとも1800年以上の歴史があります。ところが初期のキリスト教徒は、いつ祝うかでもめていました。ユダヤ教の暦の日付どおりに祝う人々と、必ず日曜日に祝う人々がいたのです。
325年、ローマ皇帝コンスタンティヌスが小アジアのニカイアに司教たちを集めて会議を開きました。この会議で、ユダヤ教の暦の日付に合わせる祝い方をやめ、みんなで同じ計算方法を使う方向が決まったとされます。いまの「春分のあとの最初の満月の次の日曜日」というルールは、その後の時代に整えられたものです。
このルールの「春分」は、天文学の春分ではなく、3月21日に固定されています。「満月」も、実際の空の満月ではなく、表で計算した教会の満月です。そのため、イースターは3月22日から4月25日のあいだのどこかになります。
1582年、ローマ教皇グレゴリウス13世が、ずれてきた暦を直して新しい暦(グレゴリオ暦)を作りました。カトリックやプロテスタントの西方教会はこれを使いますが、ギリシャやロシアなどの東方正教会は、イースターの計算にいまも古いユリウス暦を使っています。ユリウス暦の3月21日は、私たちの暦の4月3日。だから正教会のイースターは西方教会と同じ日か、1週・4週・5週遅れになります。2026年は西方が4月5日、正教会が4月12日。2027年は3月28日と5月2日で、5週間も離れます。
2025年は両方のイースターが4月20日に重なりました。ニカイア会議からちょうど1700年の年で、日付を統一しようという話し合いも注目されました。そしてその翌日のイースター・マンデー、ローマ教皇フランシスコが88歳で亡くなりました。前日のイースターが、教皇が人々の前に姿を見せた最後の日になりました。
🕰️ イースター(復活祭)の年表
- 紀元30年ごろエルサレムでイエスが十字架にかけられる。3日目の復活がキリスト教の信仰の中心になる。
- 2世紀半ばイースターについての現存する最古の説教が書かれる。
- 325年ニカイア公会議。イースターの祝い方をそろえる方向が決まる。
- 725年ごろイギリスの修道士ベーダが、4月の名前の由来として女神エオストレを記録。
- 1564年長崎県平戸の度島で、日本で記録に残る復活祭が行われる。
- 1581年高山右近の治める高槻で復活祭。1万数千人の信者が集まる。
- 1582年グレゴリオ暦が始まる。のちに西方教会と正教会のイースターの日付がずれる原因に。
- 1678年または1682年ドイツの本に、卵を運ぶ「イースターのウサギ」が初めて登場。
- 1873年イギリスのフライ社が、中が空洞のチョコレートの卵を初めて作る。
- 1878年ヘイズ大統領がホワイトハウスでエッグ・ロールを始める。
- 1885年ロシア皇帝のためにファベルジェが最初の宝石の卵を作る。
- 2025年西方教会と正教会のイースターが4月20日に重なる。翌日、教皇フランシスコが死去。
3「Easter」という名前の意味:「東」と「夜明け」の言葉
世界の多くの言語では、イースターの名前はヘブライ語の「ペサハ(過越祭)」から来ています。ギリシャ語やラテン語の Pascha(パスハ)、フランス語の Pâques、スペイン語の Pascua。日本の正教会も、復活大祭を「パスハ」と呼びます。
ところが英語の Easter とドイツ語の Ostern だけは、まったくちがう系統の言葉です。手がかりは、8世紀のイギリスの修道士ベーダが書いた暦の本にあります。ベーダによると、昔のイングランドでは4月を「エオストゥルモーナス(エオストレの月)」と呼んでいました。エオストレは春の女神で、その名をとった月の祭りの名前が、のちにキリスト教の復活祭に受けつがれた、というのです。
この「エオストレ」という名前は、「輝く」「夜明け」を意味する古い言葉にさかのぼります。英語の east(東) も同じ根っこから来ています。太陽がのぼる東、夜明け、そして春。冬が終わって光が戻ってくるイメージが、言葉の中に眠っているのです。
ただし、女神エオストレについて書き残したのはベーダ1人だけ。本当にそういう女神が信じられていたのか、学者のあいだでも長く議論されてきました。いまはベーダの記録を信頼する意見が多くなっています。
日本語の「復活祭」は、意味をそのまま訳した名前です。プロテスタントや聖公会では「復活日」とも言います。カタカナの「イースター」は英語から入った言葉です。テーマパークやお店のイベントが増えた2010年代から、街でもよく目にするようになりました。
4イースターエッグとイースターバニーの由来:確かな話と俗説
イースターの絵には、必ずといっていいほど色とりどりの卵とウサギが出てきます。でも聖書には、卵もウサギも出てきません。では、どこから来たのでしょう。
卵について、確かめられること。中世のヨーロッパでは、四旬節のあいだ卵を食べることが禁じられていました。そのあいだもニワトリは卵を産みつづけます。たまった卵を、イースターにゆでて色をつけ、みんなで食べて祝った。これが卵とイースターが結びついた有力な説明です。古い記録では、メソポタミアの初期キリスト教徒が、キリストの血を思い出すために卵を赤く染めたとも伝えられます。いまもギリシャでは、赤い卵をぶつけ合って遊びます。
ウサギについて、確かめられること。卵を運ぶウサギ「オスターハーゼ(復活祭のウサギ)」が文章に初めて出てくるのは、17世紀後半のドイツ南西部です。1678年または1682年の、医師フランケナウの書いた本とされます。18世紀にはドイツからアメリカのペンシルベニアへ渡った移民がこの話を持ちこみました。よい子にしていた子どもだけが、帽子で作った巣に色つきの卵をもらえたといいます。
俗説:ウサギは女神エオストレの使いだった。よく聞く話ですが、証拠はありません。エオストレについて書いたベーダは、ウサギに一言もふれていません。「女神が凍えた鳥をウサギに変えたので、ウサギが卵を産む」という伝説も、初めて記録に出てくるのは1883年で、古い民話ではないのです。
ちなみにドイツの一部では「イースターのキツネ」が卵を運ぶという言い伝えもありました。オーストラリアでは、ウサギが畑や自然をあらす害獣なので、かわりに絶滅の心配がある在来の動物「ビルビー」のチョコレートが売られています。
5海外のイースターの過ごし方:卵探しから、花火の荷車まで
イースターの1週間前の日曜日は「棕櫚(しゅろ)の主日」。イエスがエルサレムに入ったとき人々がヤシの枝で迎えた場面を思い出し、教会で枝を配ります。木曜日は最後の晩餐を記念する日、金曜日は十字架の死を思う聖金曜日(Good Friday)。土曜日の夜から日曜日の朝にかけて、教会は暗やみからろうそくの光へと変わる礼拝で、復活を祝います。
子どもたちのお楽しみは、日曜日の朝のエッグハント。夜のうちに「イースターバニー」が庭や家の中に隠した卵を、かごを持ってさがし回ります。中身はゆで卵だったり、チョコレートだったり。イギリスのお菓子会社フライ社が中が空洞のチョコレートの卵を初めて作ったのが1873年、キャドバリー社が最初のイースターエッグを出したのが1875年です。
アメリカのホワイトハウスでは、翌日の月曜日にエッグ・ロールが開かれます。子どもたちが長い柄のスプーンで卵を芝生の上に転がして競走する行事で、1878年にヘイズ大統領が始めました。
イタリアのフィレンツェでは「スコッピオ・デル・カッロ(荷車の爆発)」。白い牛が引いてきた高さ約9メートルの古い山車に花火をつめ、大聖堂の中から針金を伝って飛んでくる鳩の形の仕掛けで点火します。20分ほど続く花火は、豊作の占いでもあります。
ポーランドでは、イースターの翌日が「シミグス・ディングス」。男の子が女の子に水をかける日で、いまでは町じゅうが水かけ合戦になります。1410年には、ポズナンの司教がやめさせようとした記録まで残っています。
🎁 シンボルと小物
色をつけたゆで卵やチョコレートの卵。殻を破って命が出てくる卵は、復活のしるしとされる。
卵を運んでくるウサギ。17世紀のドイツの記録が最初で、移民がアメリカに伝えた。
イエスが死んだ十字架。イースターでは「死に打ち勝ったしるし」として飾られる。
過越祭で捧げられた子羊にイエスを重ね、「神の子羊」と呼ぶ。料理にも飾りにも登場する。
イースターの1週間前、イエスのエルサレム入りを記念して教会で配られる。
暗い教会に灯される大きなろうそく。闇から光へ、死から命へを表す。
エッグハントで卵を集めるかご。お菓子やおもちゃを入れて贈ることも。
ロシア皇帝が皇后らに贈った宝石細工の卵。1885〜1917年に50個作られた。
🍽️ この日の食べ物
表面に十字の模様をつけた甘いパン。イギリスでは聖金曜日に食べる伝統がある。
中が空洞で、小さなお菓子が入っていることも。イギリスでは1870年代から売られている。
ギリシャやイタリアなどのイースターのごちそう。地域ごとに焼き方がちがう。
ギリシャで、復活の真夜中の礼拝のあとに食べる、子羊の内臓と青菜のスープ。長い断食明けの最初の食事。
イタリアの、鳩の形をしたイースターのパン菓子。
ギリシャなど正教会の国で、卵を赤く染めて、ぶつけ合って遊ぶ。最後まで割れなかった人が勝ち。
6日本のイースター:実は1564年に長崎で祝われていた
日本でイースターといえば、ここ十数年の新しいイベントという印象があるかもしれません。でも、日本のイースターの歴史は戦国時代にさかのぼります。
宣教師ルイス・フロイスの記録によると、1564年、長崎県平戸の度島(たくしま)で復活祭が行われました。キリシタンたちは最上等の着物を着て行列し、島の中を練り歩いたといいます。1581年3月21日には、キリシタン大名の高山右近が治めていた高槻(いまの大阪府)で復活祭が開かれ、近畿地方の信者が1万数千人も集まりました。その後、キリスト教は禁じられ、イースターは長いあいだ日本の表から消えます。
現代のイースターブームは2010年に始まりました。東京ディズニーランドがこの年から春のイベントとしてイースターを開き、2013年にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンも続きます。2015年ごろには、百貨店やお菓子メーカーが、バレンタイン、ハロウィン、クリスマスに続く「第4のイベント」としてイースターを売り出そうとしました。
それでも、ハロウィンほどは広まっていません。理由としてよく言われるのは、お花見や入学・卒業の季節と重なること、そして日付が毎年変わり、教派によってもちがうこと。「今年のイースターはいつ?」と聞かれて、すぐ答えられる人は少ないのです。
日本のキリスト教会では、もちろん毎年イースターの礼拝が行われます。東京・神田のニコライ堂などの正教会では、西方教会とはちがう日に「パスハ」を祝います。
7よくある誤解とホント:イースターは女神イシュタルの祭り?
誤解1:Easter という名前は、メソポタミアの女神イシュタル(Ishtar)から来ている。
違います。この説は1853年にイギリスで出版された本が言い出したもので、2000年代にはインターネットの画像つき投稿で広まりました。発音が似ているだけで、言葉の歴史のうえでは何のつながりもありません。英語の Easter は古い英語の「エオストレ」から、イシュタルは古代メソポタミアの言葉から来た名前です。
誤解2:イースターエッグは、春の女神をたたえる古代の習慣。
19世紀にドイツの学者グリムが「女神オスタラと卵の習慣はつながっているのでは」と考えましたが、それを示す古い記録は見つかっていません。卵の習慣は、中世の四旬節に卵を断っていたこととの関係のほうが、記録で説明がつきます。
誤解3:「春分のあとの満月の次の日曜日」というルールは、325年のニカイア会議で決まった。
長くそう言われてきましたが、研究が進んで、会議ではっきりそう決めた記録はないことがわかっています。会議で決まったのは「ばらばらだった祝い方をそろえる」という方向性で、細かいルールはその後の時代に整えられました。
誤解4:ノルウェーの人がイースターに推理小説を読むのは、1923年の新聞広告がきっかけ。
ノルウェーではイースター休みに推理小説を読む「ポースケクリム」という習慣があり、1923年に新聞の1面に本物のニュースのような小説の広告が出たことが始まりとよく言われます。でも実際には、1912年にはもう出版社が「イースターの読書に最適」と宣伝していました。広告の話は、少し大げさに伝わっているようです。
💡Fun Factsイースター(復活祭)の豆知識 10連発
西方教会のイースターは3月22日〜4月25日のあいだ。いちばん早い3月22日になったのは1818年で、次は2285年です。
Easter can come as early as March 22. The next time is in the year 2285.
2027年は、西方教会のイースターが3月28日、正教会が5月2日。同じイースターなのに5週間もずれます。
In 2027, Western Easter is on March 28, but Orthodox Easter is on May 2.
ある古物商が2000年代はじめ、金細工の卵を溶かす材料として約1万3000ドルで買いました。のちにネットで調べると、行方不明だったロシア皇帝のファベルジェの卵で、価値は約3300万ドルでした。
A man bought a gold egg for about 13,000 dollars. It was a lost egg from Russia worth 33 million dollars.
ロシア皇帝のために作られたファベルジェの卵は50個。そのうち6個はいまも行方不明です。
Fabergé made 50 eggs for the Russian royal family. Six are still lost.
ホワイトハウスのエッグ・ロールは、連邦議会が「芝生が荒れる」と議事堂の庭での開催を禁じたのがきっかけで、1878年にホワイトハウスへ移りました。
The White House Egg Roll started in 1878. Before that, children used the lawn at the Capitol.
ポーランドの水かけの日「シミグス・ディングス」は、1410年にポズナンの司教がやめさせようとした記録があるほど古い習慣です。
In Poland, people have thrown water on Easter Monday for more than 600 years.
フィレンツェの花火の山車は、第1回十字軍のときエルサレムから持ち帰ったとされる火打ち石の火で点火されます。
In Florence, the Easter fire comes from very old stones. People say they came from Jerusalem.
ノルウェーの牛乳会社は、牛乳パックに短い推理小説やクイズをのせています。イースターは推理小説の季節なのです。
In Norway, some milk cartons have short crime stories on them at Easter.
オーストラリアでは、ウサギのかわりにビルビーをイースターの動物にしようという運動が1990年代に広がりました。
In Australia, people started an Easter Bilby campaign to help save a small animal.
2025年は西方教会と正教会のイースターが4月20日に重なり、ニカイア会議から1700年の節目の年でもありました。
In 2025, Western and Orthodox churches had Easter on the same day, April 20.
▶️Videos & Linksイースター(復活祭)の動画とリンク集
Bet You Didn't Know: Easter Traditions | HistoryHISTORY
Easter Story for Kids | History, Fun Traditions & Symbols 🐰Learn English Diary
The Story of Easter for Kids | Stories of the Bible | Holy WeekSaddleback Kids
▶ YouTubeで「What is Easter for kids」をもっと見る
Easter - Wikipedia英語版ウィキペディア。日付の計算、各国の祝日、習慣が詳しい。
復活祭 - Wikipedia日本語版ウィキペディア。1564年の平戸での復活祭や、日本のイースター商戦について。
List of dates for Easter - Wikipedia西方教会と正教会のイースターの日付一覧。
Easter Bunny - Wikipediaイースターバニーの最古の記録と、女神エオストレ説が俗説である理由。
Easter egg - Wikipediaイースターエッグの歴史。四旬節、チョコレートの卵、ホワイトハウスのエッグ・ロールなど。
Ēostre - WikipediaEaster の語源とされる女神エオストレ。イシュタル説が誤りである理由も。
Fabergé egg - Wikipediaロシア皇帝のための50個の宝石の卵。