Earth Day

アースデー(地球の日)の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? アースデー(地球の日)の本当の話を、確かな資料でたどります。

1アースデーの由来:黒い海と、燃える川

1969年1月28日、カリフォルニア州サンタバーバラの沖で、石油会社の油井が噴き出しました。流れ出た原油は300万ガロン(約1100万リットル)以上。真っ黒になった海岸で、1万羽をこえる海鳥、イルカ、アザラシ、アシカが命を落としました。

この年、ウィスコンシン州選出の上院議員ゲイロード・ネルソンは、飛行機の窓から海に広がる巨大な油の帯を見たといいます。その広さは約800平方マイル。東京23区の3倍以上にあたります。

半年後の6月22日には、オハイオ州クリーブランドを流れるカイヤホガ川が燃えました。通りかかった列車の火花が、川に浮いた油に燃えうつったのです。この川の火事は、1868年から数えて記録に残るだけでも十数回目でした。

さらに前の年のクリスマスイブには、月を回るアポロ8号から、月の地平線にのぼる青い地球の写真「アースライズ(地球の出)」が撮られていました。「地球は、宇宙に浮かぶ小さな星なんだ」。多くの人がそう感じ始めていたのです。

ネルソンが目をつけたのは、当時の大学生たちのエネルギーでした。ベトナム戦争に反対する学生たちは、大学で「ティーチイン(討論集会)」を開いていました。その熱気を、空気や水の汚れの問題に向けられないか。こうしてアースデーのアイデアが生まれました。

アースデー(地球の日)(Earth Day)のイラスト

2アースデーの歴史:2000万人が参加した1970年4月22日

1969年9月20日、ネルソンはシアトルのワシントン大学で「全米の大学で、環境についてのティーチインを開こう」と発表しました。運営をまかされたのは、ハーバード大学の大学院生だった若い活動家デニス・ヘイズ。彼は全国で85人のスタッフを集めました。

共同議長には、共和党の下院議員ピート・マクロスキーを迎えました。民主党のネルソンと共和党の議員が手を組んだ、党派をこえた運動だったのです。

日付は1970年4月22日(水曜日)。大学の春休みと期末試験のあいだの平日で、イースターやユダヤ教の過越祭とも重ならず、天気もよい季節。学生がいちばん参加しやすい日として選ばれました。

当日、参加したアメリカ人は約2000万人。当時の人口の10人に1人です。1万をこえる小・中・高校でも授業や行事が行われました。ニューヨークでは市長がマンハッタンの五番街を3キロ以上も車両通行止めにし、ユニオンスクエアには1日で10万人以上が集まったとも言われます。

結果はすぐに出ました。1970年のうちに大気をきれいにする法律(大気浄化法)が強化され、年末には環境保護庁(EPA)が生まれます。1972年には水質の法律(水質浄化法)、1973年には絶滅のおそれのある生き物を守る法律が続きました。たった1日の行動が、国のしくみを変えたのです。

🕰️ アースデー(地球の日)の年表

  1. 1968年12月24日アポロ8号から写真「アースライズ(地球の出)」が撮られる。
  2. 1969年1月28日カリフォルニア州サンタバーバラ沖で原油流出。300万ガロン以上が流れ出る。
  3. 1969年6月22日オハイオ州のカイヤホガ川で、油に火がついて川が燃える。
  4. 1969年9月20日ネルソン上院議員が、全米の大学での環境ティーチインを発表。
  5. 1970年3月21日マコネルの提案による「春分のアースデー」がサンフランシスコで祝われる。
  6. 1970年4月22日最初のアースデー。約2000万人のアメリカ人が参加。リサイクルマークもこの年に誕生。
  7. 1970年12月アメリカ環境保護庁(EPA)が発足。
  8. 1990年4月22日20周年。141か国で2億人が参加し、世界の行事に。
  9. 2009年国連総会が、ボリビアの提案で4月22日を「国際母なる地球デー」に決める。
  10. 2016年4月22日国連本部でパリ協定の署名式。174か国とEUが署名。
  11. 2020年4月22日50周年。新型コロナの流行で、多くの行事がオンラインに。

3世界に広がったアースデー:エベレストのごみ2トンからパリ協定まで

20周年の1990年、アースデーは一気に世界の行事になりました。141か国で2億人が参加。エベレストでは、アメリカ・ソ連・中国の登山家による「平和の登山」が行われ、山に残されたごみを2トン以上も回収しました。この盛り上がりは、1992年にブラジルで開かれた国連の「地球サミット」へとつながっていきます。

2009年、国連総会は南米ボリビアの提案を受けて、4月22日を「国際母なる地球デー(International Mother Earth Day)」に決めました。

2016年4月22日のアースデーには、ニューヨークの国連本部で、地球温暖化を止めるための「パリ協定」の署名式が開かれました。この日に署名したのは174か国とEU(欧州連合)。1日で署名した数としては記録的でした。アースデーが、世界の約束の日にもなったのです。

50周年の2020年は、新型コロナウイルスの流行で、多くの行事がオンラインに移りました。それでも主催団体は「世界で10億人以上が参加した」と発表しています。

毎年のテーマもあります。2024年は「Planet vs. Plastics(地球 対 プラスチック)」で、2040年までにプラスチックの生産を60%減らそうと呼びかけました。2025年と2026年のテーマは「Our Power, Our Planet(私たちの力、私たちの地球)」です。

4「アースデー」の意味:名前をつけたのは広告マン、そして「もう1つのアースデー」

アースデー(Earth Day)は、そのまま訳せば「地球の日」。でも最初から、この名前だったわけではありません。ネルソンの計画は、はじめ「環境ティーチイン」と呼ばれていました。もっと覚えやすい名前を考えたのが、広告マンのジュリアン・ケーニッグです。ケーニッグによると、4月22日は彼自身の誕生日でもあったそうです。名前を Earth Day に変えると、全国のメディアが一気に注目しました。

実は、アースデーには「もう1つ」あります。1969年、平和運動家のジョン・マコネルが、サンフランシスコで開かれたユネスコの会議で「地球と平和をたたえる日」を提案しました。こちらは春分の日に祝うアースデーで、最初は1970年3月21日。サンフランシスコ市長が宣言を出しました。

この春分のアースデーは、今も国連本部で続いています。春分の瞬間に鳴らされるのは、なんと日本から贈られた「平和の鐘」です(詳しくは次の節で)。

マコネルは、青い地球の写真をあしらった「地球の旗(アース・フラッグ)」も作りました。今の旗には、1972年にアポロ17号から撮られた有名な地球の写真「ブルー・マーブル」が使われています。

日本語では「アースデー」「アースデイ」のどちらの書き方も使われます。国連の正式な名前は「国際母なる地球デー」です。

5海外のアースデーの過ごし方:ごみ拾い、植樹、そしてリサイクルマーク

アメリカの4月22日。小学校では、子どもたちが軍手をはめて校庭や公園のごみを拾います。拾ったごみを「紙」「プラスチック」「缶」に分けて数え、グラフにする学校もあります。家族で木を植えたり、車ではなく自転車で通勤したりする人もいます。

木を植える活動は世界に広がっています。2011年には、森が失われた17か国で110万本以上の木が植えられました。2016年のテーマも「Trees for Earth(地球のための木)」でした。

みなさんが毎日見ている、3本の矢印がぐるりと回るリサイクルマーク。これも最初のアースデーから生まれました。1970年、ある段ボール会社が、アースデーに合わせて高校生と大学生向けのデザインコンテストを開きました。応募は500点以上。選ばれたのは、南カリフォルニア大学の23歳の学生ゲーリー・アンダーソンの作品で、賞品は2500ドルの奨学金でした。矢印は、ねじれた輪「メビウスの帯」の形になっています。

インターネットの世界でもおなじみです。グーグルは2001年に初めて、アースデーに合わせて検索ページのロゴを特別なデザインに変えました。

お隣のカナダで最初のアースデーが開かれたのは、アメリカより10年おそい1980年9月11日。主催したのはポール・ティナリという人でした。

🎁 シンボルと小物

🌍青い地球the blue planet

宇宙から見た地球の姿。アースデーのポスターやロゴに欠かせない。

📷アースライズ(地球の出)Earthrise

1968年、アポロ8号の宇宙飛行士ウィリアム・アンダースが撮った写真。「史上最も影響力のある環境写真」と呼ばれる。

♻️リサイクルマークrecycling symbol

1970年、最初のアースデーに合わせたコンテストで、23歳の学生ゲーリー・アンダーソンがデザインした。

🔔日本の平和の鐘Japanese Peace Bell

1954年に日本が国連に贈った鐘。60をこえる国の硬貨から作られ、春分のアースデーに鳴らされる。

🏳️地球の旗Earth Flag

ジョン・マコネルが考えた旗。濃い青の地に、アポロ17号が撮った地球の写真がのっている。

🌳植樹tree planting

アースデーの代表的な活動。2011年には17か国で110万本以上が植えられた。

🧴プラスチックplastic

2024年のテーマは「地球 対 プラスチック」。2040年までに生産を60%減らそうと呼びかけた。

🍽️ この日の食べ物

🥤マイボトルreusable water bottle

ペットボトルを買う代わりに、自分の水筒を持ち歩く。アースデーに始めやすい行動の一つ。

🥕地元の野菜local vegetables

遠くから運ぶ食べ物は、運ぶときに燃料を使う。近くでとれた旬の野菜を選ぶのも地球を思う工夫。

🍱ごみの出ないお弁当waste-free lunch

使い捨ての包みを使わず、ふたつきの容器につめる。毎日のお昼から始められる工夫。

6日本とアースデー:国連で鳴る「平和の鐘」は日本から

ニューヨークの国連本部の敷地に、日本から贈られた鐘があります。名前は「日本の平和の鐘」。1954年6月、国連協会を通じて日本から贈られました。

贈ったのは、愛媛県宇和島市の議員(のちの市長)中川千代治です。鐘は、60をこえる国の代表から集めた硬貨をとかして作られました。表面には「世界絶対平和萬歳」の文字。この鐘が、毎年春分のアースデーと、9月21日の国際平和デーに鳴らされるのです。地球の日の始まりを告げるのが、日本の鐘なのです。

日本と環境の記念日には、もう1つ意外なつながりがあります。6月5日の「環境の日(世界環境デー)」です。1972年6月5日、スウェーデンのストックホルムで国連人間環境会議が開かれました。その年の12月、日本とセネガルの共同提案で、国連がこの日を記念日に決めたのです。日本では1993年の環境基本法で、6月5日を環境の日と定めています。6月は「環境月間」です。

4月22日のアースデーも、日本で少しずつ広がってきました。2001年からはラジオ局のTOKYO FMなどがアースデーのライブイベントを開いています。2023年には、日本でアースデーを広める団体が新しく作られ、アメリカの主催団体がミュージシャンのSUGIZOさんを日本のアースデー・アンバサダーに任命しました。

7アースデーのよくある誤解とホント

誤解1:「アースデーは国連が作った日」
4月22日のアースデーは、1970年にアメリカの上院議員と学生たちが始めた市民の運動です。国連が4月22日を「国際母なる地球デー」にしたのは、ずっとあとの2009年です。

誤解2:「4月22日は、レーニンの誕生日だから選ばれた」
1970年4月22日は、ソ連を作ったレーニンの生誕100年にあたりました。そのため「共産主義の陰謀だ」と疑う人もいました。でもネルソンはこのことを知りませんでした。日付は、学生が参加しやすい「春休みと期末試験のあいだの水曜日」として選ばれたのです。

誤解3:「有名な『燃える川』の写真は1969年のもの」
1969年のカイヤホガ川の火事は、記者がかけつけたときにはもう消えていて、写真が残っていません。雑誌『タイム』の記事に使われた燃える川の写真は、実は1952年の別の火事のものでした。

誤解4:「アースデーとアースアワーは同じ」
アースアワーは、2007年にオーストラリアのシドニーで始まった別の行事です。世界自然保護基金(WWF)が呼びかけ、3月の土曜日の夜8時半から1時間、明かりを消します。

誤解5:「1日だけ何かしても意味がない」
1970年の4月22日は、たった1日の行動でした。でもその年のうちに環境保護庁ができ、大切な法律が次々に生まれました。1日は、続けるための「きっかけ」になれるのです。

💡Fun Factsアースデー(地球の日)の豆知識 10連発

No.1

1969年のカイヤホガ川の火事は、写真が1枚も残っていません。雑誌『タイム』が使った燃える川の写真は、1952年の別の火事のものでした。

There are no photos of the 1969 river fire. A famous magazine used a photo from 1952.

No.2

1970年4月22日は、偶然にもレーニンの生誕100年。ネルソンはそれを知らず、学生の予定に合わせて選んだだけでした。

April 22, 1970 was Lenin's 100th birthday. Nelson did not know this.

No.3

リサイクルマークをデザインしたゲーリー・アンダーソンは当時23歳の大学生。500点以上の応募の中から選ばれ、2500ドルの奨学金をもらいました。

A 23-year-old student designed the recycling symbol in 1970. He won 2,500 dollars.

No.4

国連の「日本の平和の鐘」は、60をこえる国の代表から集めた硬貨をとかして作られました。春分のアースデーに鳴らされます。

The Japanese Peace Bell at the UN was made from coins from more than 60 countries.

No.5

最初のアースデーの最初の寄付は、自動車の労働組合(UAW)からの2000ドル。アースデーを最も支えた団体でした。

The first money for Earth Day came from a car workers' union. It gave 2,000 dollars.

No.6

1970年、運動家たちは環境に冷たい議員12人を「ダーティ・ダズン(汚れた12人)」と名づけて落選運動をし、そのうち7人が議席を失いました。

Activists named 12 lawmakers the Dirty Dozen. Seven of them lost their jobs.

No.7

1990年のアースデーでは、アメリカ・ソ連・中国の登山家がエベレストに残されたごみを2トン以上集めました。

In 1990, climbers from three countries cleaned up Mount Everest together.

No.8

2016年のアースデーに、174か国とEU(欧州連合)がパリ協定に署名しました。アースデーが、世界の約束の日になったのです。

On Earth Day 2016, 174 countries and the European Union signed the Paris Agreement.

No.9

「アースデー」の名前を考えた広告マンのジュリアン・ケーニッグは、4月22日が自分の誕生日だったと話しています。

The man who named Earth Day said April 22 was his birthday.

No.10

サンタバーバラの原油流出では、1万羽をこえる海鳥やイルカ、アザラシなどが死にました。

The 1969 oil spill killed more than 10,000 seabirds and sea animals.

▶️Videos & Linksアースデー(地球の日)の動画とリンク集

Earth 101 | National GeographicNational Geographic

Formation Of The Earth | Earth Day Special | How EARTH Was Formed? | Dr Binocs Show | Peekaboo KidzPeekaboo Kidz

Earth Day for Kids | Earth Day History & ActivitiesHomeschool Pop

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