
Dragon Boat Festival
端午節(ドラゴンボート祭り)の由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? 端午節(ドラゴンボート祭り)の本当の話を、確かな資料でたどります。
1端午節の由来:川に身を投げた詩人・屈原の伝説
紀元前278年。中国南部の楚という国で、ひとりの詩人が汨羅江(べきらこう)という川のほとりに立っていました。名前は屈原(くつげん)。楚の王に仕えた大臣で、すぐれた詩人でもありました。
屈原は国を思って王に意見を言いましたが、周りの役人に悪口を言われ、都を追放されます。やがて、強国の秦が楚の都・郢(えい)を攻め落としたという知らせが届きました。絶望した屈原は、川に身を投げたと伝えられています。
ここからが、端午節の伝説です。屈原を慕う村人たちは、急いで舟をこぎ出し、川の上を探し回りました。これがドラゴンボートレースの始まりだといいます。さらに人々は、魚が屈原の体を食べないように、もち米を川に投げ入れました。これがちまき(粽子(ちまき)、ゾンズ)の始まりだといいます。
屈原は今も「中国最初の愛国詩人」として尊敬されています。代表作『離騒』は、中国の詩の歴史に残る長い詩です。2020年に打ち上げられた中国の火星探査機「天問1号」の名前も、屈原の詩『天問(天への問い)』から取られました。2300年前の詩人の言葉が、火星まで飛んでいったのです。
ただし、伝説には地域ごとの「別バージョン」があります。江蘇省(こうそしょう)の蘇州では、紀元前484年に死を命じられ、5月5日に遺体を川に投げこまれた呉の政治家・伍子胥(ごししょ)をしのぶ日とされます。屈原より200年あまり前の人です。浙江省の紹興などでは、川でおぼれた父を探して自らも命を落とした少女・曹娥(そうが)の物語が伝わります。

2端午節の歴史:「毒の月」をはらう日から、国の祝日へ
実は、端午節の習慣の多くは、屈原の伝説より古いと考えられています。昔の中国では、旧暦の5月は「悪い月」「毒の月」とされていました。暑くなり、病気がはやり、ヘビや虫が出てくる季節だからです。特に5月5日は、その毒がいちばん強い日だと考えられました。
そこで人々は、さまざまな「おまもり」を工夫します。家の門に、香りの強いよもぎと菖蒲(しょうぶ)をかけて悪いものを追い払いました。ヘビ、ムカデ、サソリ、トカゲ、ヒキガエルの「五毒」の絵を飾り、子どもの手首には青・赤・黄・白・黒の五色の糸を結びました。鬼を退治する神様・鍾馗(しょうき)の絵をかける家もありました。
びっくりするのは「雄黄酒(ゆうおうしゅ)」です。雄黄というヒ素をふくむ鉱物の粉をお酒にまぜたもので、毒消しとして飲まれ、虫よけに子どもの顔に塗ることもありました。今では健康によくないと知られています。
ちまきが端午節の食べ物として定着したのは、晋の時代(3〜5世紀)だとされます。研究者の中には、竜の舟とちまきは、もともと竜の神への捧げものだったと考える人もいます。中国の学者・聞一多(ぶん・いった)が唱えた説です。
1949年に中華人民共和国ができてから、端午節は長く国の休日ではありませんでした。それが2008年、正式に国の祝日になります。2009年には、ユネスコの無形文化遺産に、中国の祭りとして初めて登録されました。一方、韓国の江陵(カンヌン)端午祭は2005年にユネスコの「傑作」に宣言されていて、このとき中国では「端午を取られた」という反発も起きました。
🕰️ 端午節(ドラゴンボート祭り)の年表
- 紀元前484年呉の武将・伍子胥が死去。蘇州などでは端午節にしのばれる。
- 紀元前278年秦が楚の都を落とし、屈原が汨羅江に身を投げたと伝えられる。
- 紀元前174年賈誼(かぎ)が屈原をいたむ文を書く。屈原についての最も古い記録。
- 2世紀浙江で少女・曹娥が父を探して川で亡くなり、151年に廟が建てられる。
- 晋の時代(3〜5世紀)ちまきが端午節の食べ物として定まったとされる。
- 平安時代(1000年ごろ)清少納言が『枕草子』で五月の節句の菖蒲とよもぎの香りをほめる。
- 鎌倉時代〜日本で「菖蒲=尚武」から、男の子の成長を願う日になっていく。
- 江戸時代端午が五節句の一つに。柏餅(かしわもち)やこいのぼりが広まる。長崎でペーロンが行われる。
- 1948年日本で5月5日が「こどもの日」として国民の祝日になる。
- 1976年香港でドラゴンボートの国際大会が始まり、世界のスポーツへ。
- 2008年中国本土で端午節が国の祝日になる。
- 2009年ユネスコの無形文化遺産に登録。中国の祭りとして初めて。
3「端午」の意味:本当は「5日」ではなく「最初の午の日」
「端午」という字をよく見てください。「五」ではなく「午(うま)」の字が使われています。
「端」は「はじめ」という意味です。昔の中国では、日にちを十二支で数えることがありました。「端午」は、もともと「その月の最初の午の日」を指したのです。ところが中国語では「午」と「五」がどちらも「ウー(wǔ)」と同じように読まれます。そのため、いつしか「5月5日」のことになりました。月と日がそろって5なので、英語では Double Fifth Festival(5が重なる祭り)とも呼ばれます。
「午」は、時刻でいうと正午前後の11時〜13時(午の刻)でもあります。台湾では、端午節の正午ちょうどに卵を立てる遊びがあり、うまく立つと1年間幸運だと言われます。
英語名の Dragon Boat Festival は、中国政府が正式に使う英語訳です。香港では広東語の発音から Tuen Ng Festival(トゥエン・ン)と呼ばれます。韓国語では「タノ(단오)」、ベトナム語では「テト・ドアン・ゴ(Tết Đoan Ngọ)」。どれも「端午」を自分たちの言葉で読んだ名前です。
日本語の「端午の節句」も同じ字です。「節句」は季節の変わり目の行事のこと。江戸時代には、1月7日・3月3日・5月5日・7月7日・9月9日が「五節句」とされました。奇数が重なる日は、特別な日だったのです。
4端午節はいつ?旧暦だから毎年5月下旬〜6月下旬に動く
端午節の日付は、新暦(太陽の暦)では毎年変わります。2025年は5月31日、2026年は6月19日、2027年は6月9日、2028年は5月28日です。
理由は、中国の伝統的な暦(旧暦)で「5月5日」と決まっているからです。旧暦は月の満ち欠けで1か月を数えます。ただしイスラム暦とちがい、ときどき「うるう月」を入れて1年を13か月にし、季節とのずれを直します。だから端午節は、毎年だいたい5月下旬から6月下旬の間におさまります。梅雨や初夏の、蒸し暑くなりはじめる季節です。
中国本土では、端午節は2008年から国の祝日です。週末とつなげて3連休になることが多く、ふるさとに帰ったり、旅行に出かけたりする人でにぎわいます。台湾や香港、マカオでも祝日です。
祭りは1日だけとはかぎりません。香港の長洲島では、旧暦の5月2日から6日にかけてドラゴンボートの祭りが開かれます。沖縄のハーリーは、1日前の旧暦5月4日です。
日本の端午の節句も、もともとは旧暦の5月5日でした。明治時代に新暦に切りかえたとき、日付だけが新暦の5月5日に移りました。そのため日本のこどもの日は、本来の季節より1か月ほど早い、さわやかな新緑のころになったのです。
5端午節の過ごし方:太鼓が響くドラゴンボートと、ちまき論争
ドン、ドン、ドン。川面に太鼓が響き、竜の頭をつけた細長い舟が水しぶきを上げて進みます。端午節の主役、ドラゴンボートレースです。
標準的な舟には22人が乗ります。2人ずつ並んだこぎ手が20人、先頭で太鼓を打ってリズムを取る人が1人、後ろでかじを取る人が1人。長さは11.5mほどで、大きなものは27mにもなります。全員の動きがぴったりそろわないと、舟はまっすぐ進みません。
レースの前には、舟に「魂を入れる」儀式があります。道士(道教の僧侶)や来賓が、竜の頭の目に赤い絵の具で点を入れ、眠っている竜を目覚めさせるのです。日本語の「画竜点睛(がりょうてんせい)」、つまり最後の大事な仕上げという言葉と、そっくりな場面です。
ドラゴンボートは今、世界のスポーツになりました。1976年に香港で国際大会が始まったのがきっかけです。国際ドラゴンボート連盟には、89の国と地域の団体が加わっています。
そして食卓にはちまき(粽子)。もち米と具を竹や葦の葉で包んで蒸したり、ゆでたりします。中国では「甘いちまき派」と「しょっぱいちまき派」の論争がおなじみです。北の地方ではあずきやナツメの甘いちまき、南の地方では卵の黄身や豚肉が入ったしょっぱいちまきが好まれます。
ほかにも、香りのよい薬草を入れた匂い袋を子どもに持たせたり、広東や香港で5種類の豆のおかゆを食べたりします。
🎁 シンボルと小物
竜の頭と尾をつけた細長い舟。20人のこぎ手と太鼓打ち、かじ取りの22人で息を合わせてこぐ。
舟の先頭で打ち鳴らし、こぎ手のリズムをそろえる。ドラゴンボートの心臓。
香りの強い草。門にかけて悪いものを追い払う。日本の菖蒲湯(しょうぶゆ)も同じ考え方から。
青・赤・黄・白・黒の糸。五行(自然の5つの要素)を表し、子どもの手首に結んでおまもりにする。
薬草や香料を入れた小さな袋。子どもが首から下げたり身につけたりして、虫や病気をよける。
台湾では端午節の正午に卵を立てる遊びがある。立てば1年間幸運と言われる。
🍽️ この日の食べ物
もち米と具を竹や葦の葉で包んで蒸す。北は甘いあずきやナツメ、南は卵の黄身や豚肉入りのしょっぱい味が好まれる。
ヒ素をふくむ鉱物の粉をまぜた酒。昔は毒消しや虫よけに使われたが、今は体に悪いと知られている。
広東や香港で端午節に食べる、5種類の豆を煮たおかゆ。
日本の端午の節句のお菓子。中国にはない、日本生まれの食べ物。柏の葉は「家が絶えない」縁起物。
韓国の端午(タノ)に食べる、車輪の模様をつけたおもち。よもぎのおもちを食べる地域もある。
6日本の端午の節句とのつながり:ちまき・菖蒲・こいのぼり
5月5日のこどもの日。日本の「端午の節句」は、この中国の端午節が伝わったものです。並べてみると、意外なつながりがいくつも見つかります。
ちまきは、中国から来た食べ物そのものです。今も関西を中心に、端午の節句にちまきを食べる家があります。一方、関東でおなじみの柏餅(かしわもち)は、日本で生まれました。江戸時代の中ごろから広まり、柏の葉が新しい芽が出るまで落ちないことから「家が絶えない」縁起物になりました。
菖蒲湯の菖蒲も、中国で門にかけた菖蒲と同じ植物です。日本の菖蒲は、花をめでるアヤメ科の「花菖蒲(はなしょうぶ)」とは別の、ショウブ科の草。強い香りで悪いものをはらうと考えられたのは、中国と同じです。日本では「菖蒲(しょうぶ)」が「尚武(武を重んじる)」と同じ音であることから、鎌倉時代ごろから男の子の成長を願う日になっていきました。清少納言も『枕草子』に「節は、五月にしく月はなし」と書き、菖蒲やよもぎの香りをほめています。
こいのぼりにも竜が隠れています。中国には、黄河の「竜門」という急な滝をのぼりきった鯉は竜になる、という伝説があります。「登竜門」という言葉の由来です。竜の舟をこぐ中国、竜をめざす鯉をあげる日本。どちらも竜の祭りなのです。
日本にはドラゴンボートそのものも残っています。長崎の「ペーロン」は、江戸時代から続く中国(福建)風の舟の競漕で、名前は「白龍」などの中国語の発音から来たと言われます。沖縄の「ハーリー(爬竜(はりゅう))」は、旧暦5月4日に海の安全と豊漁を祈って行われてきました。
大きなちがいは日付です。中国や台湾は今も旧暦の5月5日。日本は明治時代に新暦を使い始めてから、新暦の5月5日に祝うようになりました。1948年にはこどもの日として国民の祝日になっています。
7端午節のよくある誤解とホント
誤解1:端午節は屈原をしのぶために始まった。
屈原の伝説はいちばん有名な由来ですが、端午節の習慣の多くは、それより古い「毒の月をはらう」行事だと考えられています。屈原と端午節を結びつけた話は、6世紀より前の記録には見つかっていないと言われます。蘇州の伍子胥、紹興の曹娥のように、地域によって主人公もちがいます。
誤解2:中国の端午節も、男の子のための日。
中国の端午節は、家族みんなの健康と無事を願う日です。男の子の成長を祝う日になったのは、「菖蒲=尚武」の語呂合わせが広まった日本の特徴です。
誤解3:端午節は毎年5月5日。
中国や台湾では旧暦の5月5日なので、新暦では毎年変わります。2025年は5月31日、2026年は6月19日、2027年は6月9日、2028年は5月28日です。新暦の5月5日に祝うのは日本です。
誤解4:ドラゴンボートは中国だけのもの。
今では世界の80以上の国と地域でこがれるスポーツです。日本でも長崎のペーロンや沖縄のハーリーがあり、カナダのバンクーバーやトロントでも大きな大会が開かれています。
誤解5:菖蒲湯の菖蒲は、紫の花が咲くアヤメの仲間。
菖蒲湯に使うのは、香りの強い葉を持つショウブという草です。きれいな花を咲かせる花菖蒲(アヤメ科)とは、まったく別の植物です。
💡Fun Facts端午節(ドラゴンボート祭り)の豆知識 10連発
中国の火星探査機「天問1号」(2020年打ち上げ)の名前は、屈原の詩『天問』から取られた。
China's Mars mission, Tianwen-1, got its name from a poem by Qu Yuan.
標準的なドラゴンボートには22人が乗る。こぎ手20人、太鼓1人、かじ取り1人。
A standard dragon boat has 22 people: 20 paddlers, one drummer, and one person who steers.
「端午」の「午」はもともと十二支の午(うま)。「午」と「五」の発音が同じなので、5月5日になった。
The name Duanwu first meant the first horse day of the month. Later it became the fifth day.
昔の端午節には、ヒ素をふくむ鉱物をまぜた「雄黄酒」を飲んだり、子どもの顔に塗ったりした。
Long ago, people drank a special wine with a yellow mineral in it. Today we know it is not safe.
伍子胥(紀元前484年没)をしのぶ地域では、端午節の由来は屈原より200年あまり古い人物の物語になる。
In Suzhou, the festival remembers a man who died more than 200 years before Qu Yuan.
台湾では、端午節の正午に卵を立てる遊びがある。立てば1年間幸運だと言われる。
In Taiwan, people try to stand an egg on its end at noon.
日本の柏餅は中国にはない日本生まれのお菓子。一方、ちまきは中国から伝わった。
Kashiwa-mochi was born in Japan. Zongzi came from China.
長崎のペーロンという名前は、「白龍」などの中国語の発音から来たと言われる。
The name of Nagasaki's boat race, Peron, comes from Chinese words for a dragon.
端午節は2009年、中国の祭りとして初めてユネスコの無形文化遺産に登録された。
In 2009, the Dragon Boat Festival became the first Chinese festival on a UNESCO heritage list.
こいのぼりの鯉は、滝をのぼりきると竜になるという中国の伝説から。日本の5月5日にも竜がいる。
Carp streamers come from a Chinese story. A carp that swims up a waterfall becomes a dragon.
▶️Videos & Links端午節(ドラゴンボート祭り)の動画とリンク集
Dragon Boat Races Celebrate China's Ancient Past | National GeographicNational Geographic
▶ YouTubeで「Dragon Boat Festival for kids」をもっと見る
Dragon Boat Festival - Wikipedia英語版ウィキペディア。日付の一覧、由来の諸説、各地の習慣が詳しい。
端午 - Wikipedia日本語版ウィキペディア。中国・日本・韓国・沖縄・ベトナムの端午をくらべている。
Dragon Boat festival (UNESCO Intangible Cultural Heritage)2009年に登録されたユネスコ無形文化遺産の公式ページ。
Qu Yuan - Wikipedia詩人・屈原の生涯と作品、天問計画の名前の由来も。
Dragon boat - Wikipediaドラゴンボートの乗員・大きさ・目入れの儀式・スポーツとしての歴史。
爬竜(ハーリー)- Wikipedia沖縄のハーリーの由来と開催日。
国民の祝日について(内閣府)こどもの日(5月5日)の法律上の意味。