生徒の誤りの分析と指導への生かし方 ― 赤ペンの前に「診断」をする4つの物差し
同じ「He go to school.」でも、うっかりなのか、ルールがまだなのか、日本語の影響なのかで、打つ手は変わります。誤りを集めて、分けて、優先順位をつけて、指導につなげる。先生のための「誤りの健康診断」の手順です。
エビデンスの強さ:誤りを分類する枠組み(グローバル/ローカル、母語由来/英語内部の要因)は古典的な研究で確立し、日本人学習者のコーパス研究もある。一方、「分析してから指導する」流れそのものの効果を比べた実験は少なく、添削の効果も対象の文法によって変わる。

- 誤りの分析は、赤ペンで直す前の健康診断です。「集める→分ける→原因を考える→優先順位をつける→指導する→もう一度測る」で、クラス全体の傾向をつかみます。
- 分ける物差しは4つ。ミスか誤りか、伝わりをこわすか(グローバル/ローカル)、日本語の影響か英語の中の混乱か、そして誰にとって重い誤りか。
- 先生は「ルール違反」、聞き手は「伝わるか」で誤りを見がち。語順・つなぎ言葉の誤りを先に、冠詞や -s は長い目で育てる、という配分が研究と合います。
誤りの分析ってなに? ― 赤ペンの前の「健康診断」
ひとことで言うと、誤りの分析とは、生徒の英語のまちがいを集めて「どんな種類か・なぜ起きたか・どれから直すか」を見分け、指導の順番を決める作業です。
40人分の英作文を前に、すべての誤りに赤を入れる。多くの先生が経験する、しんどい時間です。でも、全部直したのに、次の作文でも同じ誤りが出てくる。それは、直す前に「何が起きているのか」を診ていないからかもしれません。
誤りの分析(error analysis)は、生徒の誤りを集めて、種類と原因を見分け、指導の優先順位を決める作業です。誤用分析の出発点になった論文は、学習者の誤りは、体系的に分析すれば学習者がゴールに向かってどこまで進み、何がまだ残っているかを先生に教えてくれる、と述べました 1。つまり実際には、誤りを「なくすべき失敗」としてだけ見るのではなく、次に何を教えればよいかを教えてくれる手がかりとして読むことです。
お医者さんは、「せきが出ています」と言われて、すぐにせき止めを出したりはしません。風邪なのか、アレルギーなのか、ぜんそくなのかで、薬がまったく違うからです。生徒の誤りも同じです。He go to school. という同じ「症状」でも、うっかりなのか、-s のルールがまだ頭にないのか、主語が長くて動詞までの距離で迷ったのかで、効く手当ては変わります。赤ペンは薬。誤りの分析は診察です。大事なのは、薬を出す前に診察する順番です。
似たものとのちがい
| 添削(赤ペン) | 誤りの分析 | |
|---|---|---|
| 何をする? | 一人ひとりの誤りに正しい形を示す | クラスの誤りを集めて、種類と原因を見分ける |
| 見る範囲 | 1人の作文 | クラス全体の傾向 |
| 結果 | その生徒がその誤りを知る | 何を・どの順で教えるかが決まる |
- ミス(mistake):疲れやうっかりの言い損ね。本人が気づけば直せる。
- 誤り(error):ルールそのものがまだ違う。その時点の知識を反映した体系的なもので、こちらが学習の手がかりになる 1。
やり方を3ステップで
- 集める:学期のはじめに、同じ型の課題(例:「週末にしたこと」5文以上)を出し、10人分ほどを抜き出す。
- 分けて、しぼる:ミスか誤りか・伝わりをこわすか・日本語の影響か、で分け、クラスで取り上げる誤りを上位2つにしぼる。
- 手当てして、もう一度測る:2週間、毎回の授業のはじめに短い練習で扱う。そのあと同じ型の課題を出し、「正しく使えた割合」を前と比べる。
誤りがなぜ出てくるのか、学習者の頭の中の「自分なりの英語のルール(中間言語)」という理論の側から見た話は 中間言語・誤用分析・化石化 で扱っています。このページは、その考え方を使って、先生が明日からクラスの誤りをどう診断し、指導の計画にまとめるかに焦点を当てます。
誤りを分ける4つの物差し
| 物差し | 2つに分けると | 教室での問い |
|---|---|---|
| ① ミスか誤りか | うっかりの言い損ね(mistake)/ルールそのものがまだ違う(error) | 下線だけ引いたら、自分で直せる? |
| ② 伝わりへの影響 | 文全体の組み立てをこわす(グローバル)/一部分だけ(ローカル) | この誤りで、読み手は意味を取りちがえる? |
| ③ 原因 | 日本語の影響(母語由来)/英語の中のルールの混乱(言語内・発達上) | 日本語の発想で説明できる? ほかの国の学習者も同じ誤りをする? |
| ④ 重さ | 誰が、どんな基準で「重い」と感じるか | 先生が気になる誤りと、聞き手が困る誤りは同じ? |
① ミスか誤りか
疲れやうっかりで出る言い損ねは、母語でも起こり、本人が気づけば直せます。一方、学習者のその時点の知識を反映した体系的な誤りこそが、学習の手がかりになる、という区別が誤用分析の出発点です 1。ただし、両者の見分けは簡単ではありません 1。教室では、下線だけを引いて返し、自分で直せるかどうかを見るのが手軽な手がかりの1つです。一度の反応だけで決めず、同じ形がほかの作文でもくり返し出るかもあわせて確かめます。
② グローバルな誤りとローカルな誤り
世界各地の英語学習者が書いたり話したりした、複数の誤りを含む文を、英語の母語話者(教師ではない人たち)に見せ、誤りを1つずつ直していって「どれを直すと一番わかりやすくなるか」を判断してもらった研究があります。その結果、誤解を生むのは文全体の組み立てをこわす誤り(語順、つなぎ言葉の欠落や誤り など)で、名詞・動詞の語形変化、冠詞、助動詞といった文の一部分だけの誤りは、ふつう伝わりをあまりさまたげませんでした。研究者は前者をグローバルな誤り、後者をローカルな誤りと名づけました 2。
たとえば、論文で取り上げられた English language use much people. という文では、the を補っても much を many に直してもわかりやすさはほとんど変わらず、語順を直すことがいちばん効きました。また、「このバスに乗らない、遅刻する」のような文では、if を1語入れることが、ほかの4つの修正を合わせたより意味をはっきりさせました 2。
日本の教室にあてはめると、先生が真っ先に赤を入れたくなる三単現の -s や冠詞はローカルな誤り、一方で、意見文で because と so が入れかわっている、文と文のつなぎがない、といったつなぎ言葉や語順の誤りはグローバルな誤りです。
③ 日本語の影響か、英語の中の混乱か
すべての誤りが日本語のせいではありません。さまざまな母語の学習者のデータを比べた研究は、母語との比較では予測できない、英語の中のルールの一般化や混乱から生まれる誤り(言語内・発達上の誤り)が多くあることを示し、誤りの分析は教材と、その背景にある学習の前提の見直しにつなげるべきだと論じました 3。
一方で、日本語の影響が強く出る領域もはっきりしています。
- 日本人の英語の発話を集めたコーパスの誤りの記録から文法形態素の習得順序を調べた研究では、冠詞や複数形の -s のように日本語に対応するものがない形態素の習得が遅れる傾向がありました 4。
- 約1万件の作文を使った大規模な研究でも、文法形態素の正確さと習得順序には母語による違いがあり、とくに言語に固有の概念を表す形態素ほど母語の影響を受けやすいことが示されています 5。
- 日本の大学生80人に冠詞を選んだ理由を聞いた研究では、聞き手がそれを知っているか、特定のものを指すか、数えられるか、といった点についての自分なりの「理論」が習熟度ごとに違い、それが誤りの原因になっていました 6。
④ 誰にとって「重い」誤りか
同じ32の誤りの重さを、ギリシャ人の英語教師、英語の母語話者の教師、母語話者の一般の人(各10人)に判定してもらった研究では、ギリシャ人の英語教師がいちばん厳しく、判断の基準は「破られたルールがどれだけ基本的か」でした。母語話者の一般の人は、ほぼわかりやすさだけで判断していました 7。
先生は「中1で習ったルールなのに!」と感じる誤りを重く見がちです。でも、英語を使う相手が困るのは、伝わらない誤りです。研究者は、コミュニケーションの力を育てることが目的なら、生徒の英語は伝わるかどうかを基準に評価されるべきだと述べています 7。
研究ではどうなってる?
- 学習者の誤りは、学習者がその時点で使っている言語の体系の証拠であり、先生にとっては学習の進み具合と残りの課題を、研究者には学習の方法を、学習者本人には自分の仮説を試す手段を与える 1。
- 誤りを母語話者がどう理解するかを調べると、文全体の組み立てをこわすグローバルな誤りは誤解を生み、一部分だけのローカルな誤りはふつう伝わりをさまたげなかった 2。
- 誤りの重さの判断は、判定する人によって違う。非母語話者の教師は最も厳しく、ルールの基本性を基準にし、母語話者の一般の人はわかりやすさを基準にした 7。
- 誤りの数だけを数えると、困難が見えなくなることがある。日本語・中国語の話者は英語の関係節が難しいので使うのを避けており、誤りの数には表れなかった 8。
- 冠詞や複数形の -s のように日本語に対応のない形態素は、日本人学習者では習得が遅れる傾向がある 4。
- 疑問文の発達段階を調べた研究では、母語の型が誤りのパターンに表れており、安定してしまった中間言語の型をこえるには、母語との対照をふくむ明示的な指導が必要かもしれない、と示唆された 9。
- 学習者は、先生が思っている以上に誤りを直してほしいと思っている傾向がある 10。
分析から指導へ:何を、どの順で直すか
分析が終わったら、すべての誤りを同じ重さで扱うのはやめましょう。次の4つの観点で、クラスで取り上げる誤りに優先順位をつけます。
| 観点 | 優先度が高いのは | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 伝わりへの影響 | 語順・つなぎ言葉など、意味を取りちがえさせる誤り | グローバルな誤りは誤解を生む 2 |
| 頻度 | クラスの多くの生徒がくり返している誤り | 1人だけの誤りは個別の添削で十分 |
| 学習段階 | 既習で、少しの手がかりで直せそうな誤り | 未習の構造の誤りは、まず正しい形にふれる機会を |
| 単元の目標 | 今の単元でねらっている表現の誤り | 評価規準と結びつけやすい |
冠詞や -s の誤りを「見逃す」ことに抵抗がある先生もいるでしょう。でも、次のような研究があります。日本の大学生に、不定冠詞と仮定法の2つについて添削(正しい形を書く直接的な添削と、クラス全体へのルールの説明)をした実験では、添削は仮定法の正確さを伸ばしたのに、不定冠詞では効果が見られませんでした。書き直しの機会を加えると添削の効果は高まり、正しい形を示す添削+書き直しが最も効果的でした。研究者は、学習者は文章全体の意味により大きく関わる構造の方に注意を向けやすいと解釈しています 11。一方で、冠詞だけにしぼった添削をした研究では、どちらの添削のグループも冠詞の正確さが伸び、時間をおいたテストではルールの説明つきの添削の方がよい結果でした 12。2つの研究は比べ方がちがうので単純には並べられませんが、冠詞は「直せない」と決めつけず、対象をしぼって、期間を決めて取り組む価値があります(添削のしかたの全体像は 英作文の添削・フィードバック、口頭での直し方は 口頭の誤り訂正 へ)。
明日の授業でこうする
- 同じ型の課題で集める:学期のはじめと終わりに、同じ型の課題(例:「週末にしたこと」5文以上、1分スピーチの書き起こし)を出します。課題の型をそろえると、変化が比べられます。
- 全員分は見ない、抜き出す:40人分から10人分を選ぶ(成績の上・中・下から)か、全員分の最初の5文だけを見ます。目的は個人の採点ではなく、クラスの傾向をつかむことです。
- 4つの物差しで分ける:下の「誤りの集計シート」に、誤りの例と、グローバル/ローカル、日本語の影響かどうかを記録します。
- 「使った回数」も数える:関係節、接続詞、過去形など、気になる形について「使おうとした回数」と「正しく使えた回数」を数えます。避けている形は誤りに表れないからです 8。
- 優先順位を決めて、2週間の手当てをする:上位2つにしぼり、①全体へのミニ説明(日本語との対照もふくめて 9)、②クラスの誤りで作った間違い探し、③書き直し 11、の3つを、2週間、毎回の授業のはじめの短い時間にくり返します。
- もう一度測る:同じ型の課題で、しぼった2つの誤りの「正しく使えた割合」を比べます。上がっていれば手当ては成功、変わらなければ手当てを変えます。
誤りの集計シート(例)
| 誤りの例(匿名) | 何人 | 種類 | グローバル/ローカル | 原因の見立て | 優先度 |
|---|---|---|---|---|---|
| I very like soccer. | 12人 | 副詞の選択・用法(very は動詞 like を直接修飾できない) | ローカル寄り | 日本語「とても」に very を一対一で対応させた可能性 | 中 |
| I studied hard, but I passed the test. | 8人 | つなぎ言葉の誤り(but と so) | グローバル | 「〜けど」「〜ので」の使い分けが未整理 | 高 |
| My sister play tennis. | 15人 | 三単現の -s 抜け | ローカル | 日本語に対応なし・主語の後で忘れる | 中(長期) |
| The accident was happened. | 6人 | 自動詞の受け身 | ローカル | 「起こる=受け身」の自分なりのルール | 低(個別) |
| I want to go to abroad. | 7人 | 前置詞の過剰使用 | ローカル | go to +場所の一般化 | 低(個別) |
(表の例は、教室でよく見る誤りから執筆者が作ったもので、特定の研究の集計ではありません。)
「原因の見立て」はあくまで仮説です。確かめるには、生徒に「なぜそう書いたの?」と聞くのがいちばんです。冠詞の研究でも、生徒自身の説明から、誤りの裏にある「自分なりの理論」が見えてきました 6。
中学2年:「週末の出来事」の作文を学期はじめに集計したところ、過去形の誤り(goed、did went)と、because だけで文を始める誤り(Because I was tired.)が多かった。because の文は文と文のつながりに関わる誤りで、前後によっては理由と結果の関係が読み取りにくくなるので優先度を高くし、「理由の文は前の文とつなぐ」を、2週間、毎回の授業のはじめに短く練習する(例:I stayed home because I was tired.)。過去形は不規則動詞のチャンツで長期的に。2週間後に同じテーマで書かせ、because の文が単独で出る割合を比べる。
高校1〜2年(論理・表現):意見文で、On the other hand と However の使い方が混乱している、主張と理由の段落がつながらない、という誤りが半数以上に見られた。冠詞の誤りはもっと多いが、まずは論理のつなぎ(グローバル)を優先。冠詞は、別の時期に「a / the だけ」にしぼって、説明つきの添削を3回続ける 12。
小学校:誤りは集めても、直すことはほとんどしない段階です。I like dog. と言ったら、Oh, you like dogs! と自然に言い直して受け止めます。どんな誤りが多いかは、中学校との連携のための大切な情報として記録しておきます。
AIの誤り検出ツールを使うときの注意
英作文の誤りを自動で見つけるツールは、集計の下調べにとても便利です。ただし、ツールが見つけられるのは「書かれた誤り」だけで、避けて書かなかった形は見えません 8。また、どの誤りが伝わりをこわすのか、今の単元で優先すべきか、という判断はツールにはできません。誤りの洗い出しはツールに任せ、どれを授業で取り上げるかは先生が選ぶ、という役割分担にしましょう。
- 全部の誤りに赤を入れる:時間がかかるうえに、生徒はどれが大事なのかわかりません。不定冠詞のように、添削しても効果が見られなかった項目もあります 11。
- 誤りの数が減った=伸びた、と考える:難しい形を避けると誤りは減ります 8。使った回数と、正しく使えた割合をセットで見ましょう。
- 何でも「日本語のせい」にする:英語の中のルールの一般化から生まれる誤りも多くあります 3。「ほかの国の学習者もするかな?」と考えると見分けやすくなります。
- 先生の「気になる」だけで優先順位を決める:先生はルール違反に厳しく、聞き手はわかりやすさで判断します 7。伝わりへの影響を必ず物差しに入れましょう。
- 分析して終わる:分析の目的は指導を変えることです。手当てをして、同じ型の課題でもう一度測るところまでが1セットです。
❓ よくある質問
Q. 誤用分析とは何ですか?
生徒の誤りを集めて種類と原因を見分け、指導の優先順位を決める作業です。出発点になった論文は、誤りを体系的に分析すれば、学習者がゴールに向かってどこまで進み、何がまだ残っているかを先生に教えてくれる、と述べました 1。
Q. グローバルな誤りとローカルな誤りの違いは何ですか?
グローバルな誤りは、語順やつなぎ言葉など文全体の組み立てをこわす誤りで、誤解を生みます。ローカルな誤りは、語形変化・冠詞・助動詞など文の一部分だけの誤りで、ふつう伝わりをあまりさまたげませんでした 2。
Q. 英作文の誤りは、どれから指導すればいいですか?
伝わりへの影響(語順・つなぎ言葉を優先)、頻度(クラスの多くがくり返す誤り)、学習段階(既習で少しの手がかりで直せる誤り)、単元の目標、の4つの観点で優先順位をつけます。上位2つにしぼって2週間手当てをし、同じ型の課題でもう一度測ります。
Q. 冠詞や三単現の -s の誤りは、直さなくていいのですか?
無視するのではなく、しぼって取り組みます。ほかの構造と混ぜた添削では不定冠詞に効果が見られなかった一方で 11、冠詞だけにしぼった添削では正確さが伸びた研究があります 12。期間を決めて集中的に扱うのが筋です。
Q. 誤りの数が減れば、英語力が伸びたと言えますか?
そうとは限りません。日本語・中国語の話者は難しい関係節を使うのを避けていたため、誤りの数には表れなかったという研究があります 8。「使おうとした回数」と「正しく使えた割合」をセットで見ましょう。
🎓 もう一歩深く(大学院レベル)
🎓院生モード誤用分析の功罪 ― 回避・比較の誤謬・定義の問題
誤用分析(EA)は1960年代末から70年代にかけて、対照分析(CA)への批判として広がりました。応用言語学者の S. P. Corder 氏は学習者の誤りを「過渡的な能力(transitional competence)」の証拠と位置づけ 1、同じく応用言語学者の J. C. Richards 氏は母語の干渉では説明できない言語内・発達上の誤りを示しました 3。
しかし、EA にはいくつかの方法論上の弱点が指摘されてきました。第一は回避です。言語学者の Jacquelyn Schachter 氏は、関係節を苦手とする日本語・中国語話者が関係節そのものを避けるため、誤りに基づく「事後的な」分析では困難が見えなくなることを示し、事前的な対照分析の予測にも価値があると論じました 8。第二は比較の誤謬(comparative fallacy)です。言語学者の Robert Bley-Vroman 氏は、「誤り」や「義務的文脈(obligatory context)」のように目標言語を基準にして定義された分析概念で学習者の言語を測ると、学習者言語そのものの体系性が見えなくなると批判しました 13。第三は定義と同定の難しさです。応用言語学者の P. Lennon 氏は誤りの作業的な定義を示したうえで、とくに話しことばのデータでは誤りの同定が難しく、上級学習者には誤りとも母語話者並みとも言えない中間領域があることを指摘し、誤りの「広がり(extent)」と「範囲(domain)」という次元を提案しました 14。
教室への含意は、誤りの集計を「何ができないか」のリストで終わらせず、正しく使えた割合、使おうとした頻度、避けている形をあわせて見ること、そして目標言語の基準だけでなく、生徒自身のルールを聞き取ることです。
🎓院生モード誤りの「重さ」は誰が決めるのか
英語教育の研究者 Marina K. Burt 氏のグローバル/ローカルの区別は、誤りを聞き手・読み手の理解という観点から評価する枠組みでした 2。英語教育の研究者 Hughes 氏と Lascaratou 氏の研究は、評価者の属性によって誤りの重さの判断が系統的に違い、非母語話者の教師は規則の基本性、母語話者の非教師はわかりやすさを基準にすることを示しました 7。この知見は、英語を国際的なコミュニケーションの手段として教える現在の文脈(世界の英語と「ネイティブ信仰」 参照)で、さらに重みを増しています。
ただし、「伝わればよい」が「ローカルな誤りは無視してよい」を意味するわけではありません。応用言語学者の N. Millar 氏は、学習者の逸脱したコロケーションが、母語話者の読みに増大し持続する処理負担をもたらすことを示しました 15。意味は通じても、読み手のコストは上がるのです(コロケーションの指導 参照)。また、第二言語習得の研究者 Natsuko Shintani 氏・Rod Ellis 氏・Wataru Suzuki 氏による2014年の実験は、文章の大域的な意味に関わる構造(仮定法)は添削で伸びた一方、不定冠詞は伸びなかったことを示し、学習者自身もグローバルな意味に関わる構造に注意を向けやすい可能性を示唆しています 11。誤りの重さは、伝達への影響、読み手の負担、学習者の注意の向けやすさ、そして評価の目的という複数の次元で考える必要があります。
🎓院生モード母語の影響・発達段階・指導のタイミング
誤りの原因を「母語由来」と「発達上」にきれいに二分することは、実際には難しい場合があります。第二言語習得研究者の Nina Spada 氏と Patsy M. Lightbown 氏は、フランス語話者の子ども150人に英語の疑問文を大量にふれさせる活動を行い、言語学者 Manfred Pienemann 氏の教授可能性仮説が予測するような「次の段階にいる学習者ほど伸びる」結果は得られなかった一方、主語が代名詞か名詞かで倒置を受け入れるかどうかが変わるという、母語(フランス語)と一致するパターンを見いだしました。著者らは、発達の順序と母語の影響が相互に作用すること、そして安定した中間言語の型をこえるには母語との対照をふくむ明示的な指導が必要かもしれないことを示唆しています 9。
日本人学習者については、学習者コーパスを用いた研究から、冠詞や複数形の -s など日本語に対応する標識のない形態素の習得が遅れる傾向が報告され 4、大規模な学習者コーパスの分析でも、形態素の正確さと習得順序への母語の影響、とくに言語固有の概念を表す形態素への影響が示されています 5。第二言語習得の研究者 Yuko Goto Butler 氏は、日本人大学生が冠詞の選択の背後にもつメタ言語的な「理論」が習熟度によって異なることを示しました 6。これらは、冠詞・-s の誤りは怠慢ではなく、長い発達の過程の一部であることを示しています。指導の側では、第二言語習得の研究者 Younghee Sheen 氏の研究のように対象をしぼったフィードバックが一定の効果を示す一方 12、不定冠詞では添削の効果が見られなかった研究もあり 11、「いつ・どの誤りに・どの密度で」介入するかの設計が、今後の研究でも教室でも中心的な問いです。
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📑 出典(15件)
本文の上付き数字に対応。✔ は DOI / ISBN / 公式ページを書誌データベースと機械照合した印です。
- Corder, S. P. (1967). The significance of learner's errors. IRAL - International Review of Applied Linguistics in Language Teaching, 5(1-4), 161-170. doi:10.1515/iral.1967.5.1-4.161 ✔ DOI照合済誤り(error)と間違い(mistake)を区別し、学習者の誤りは「仮説を試している証拠」だと論じた誤用分析の出発点の論文
- Burt, M. K. (1975). Error analysis in the adult EFL classroom. TESOL Quarterly, 9(1), 53-63. doi:10.2307/3586012 ✔ DOI照合済文全体の組み立てをこわす「グローバルな誤り」は誤解を生み、一部分だけの「ローカルな誤り」はふつう伝わる、と示した論文
- Richards, J. C. (1971). A non-contrastive approach to error analysis. ELT Journal, 25(3), 204-219. doi:10.1093/elt/XXV.3.204 ✔ DOI照合済母語の干渉では説明できない「言語内の誤り・発達上の誤り」を、さまざまな母語の学習者のデータから示した論文
- Izumi, E., Uchimoto, K., & Isahara, H. (2005). Investigation into Japanese learners' acquisition order of major grammatical morphemes using error-tagged learner corpus. 自然言語処理, 12(4), 211-225. doi:10.5715/jnlp.12.4_211 ✔ DOI照合済日本人の英語発話コーパスの誤りタグから、冠詞や複数形の -s など日本語にない形態素の習得が遅れることを示した研究
- Murakami, A., & Alexopoulou, T. (2016). L1 influence on the acquisition order of English grammatical morphemes: A learner corpus study. Studies in Second Language Acquisition, 38(3), 365-401. doi:10.1017/S0272263115000352 ✔ DOI照合済約1万件の学習者作文から、文法形態素の習得順序に母語の影響がはっきりあることを示した研究
- Butler, Y. G. (2002). Second language learners' theories on the use of English articles. Studies in Second Language Acquisition, 24(3), 451-480. doi:10.1017/S0272263102003042 ✔ DOI照合済日本の大学生80人に冠詞を選んだ理由を聞き、習熟度ごとに冠詞についての「自分なりの理論」がちがうことを示した研究
- Hughes, A., & Lascaratou, C. (1982). Competing criteria for error gravity. ELT Journal, 36(3), 175-182. doi:10.1093/elt/36.3.175 ✔ DOI照合済同じ32の誤りでも、ギリシャ人の英語教師・母語話者教師・母語話者の一般人で「重さ」の判断がちがったと示した研究
- Schachter, J. (1974). An error in error analysis. Language Learning, 24(2), 205-214. doi:10.1111/j.1467-1770.1974.tb00502.x ✔ DOI照合済日本語・中国語話者は関係節を「避ける」ため誤りが少なく見えると示した、回避の古典的研究
- Spada, N., & Lightbown, P. M. (1999). Instruction, first language influence, and developmental readiness in second language acquisition. The Modern Language Journal, 83(1), 1-22. doi:10.1111/0026-7902.00002 ✔ DOI照合済カナダのフランス語話者の子ども150人。疑問文の発達段階と指導の関係を調べ、教授可能性仮説の予測どおりにならなかった研究
- Lyster, R., Saito, K., & Sato, M. (2013). Oral corrective feedback in second language classrooms. Language Teaching, 46(1), 1-40. doi:10.1017/S0261444812000365 ✔ DOI照合済口頭の誤り訂正研究の総説。学習者は先生が思うより訂正を望んでいる傾向がある
- Shintani, N., Ellis, R., & Suzuki, W. (2014). Effects of written feedback and revision on learners' accuracy in using two English grammatical structures. Language Learning, 64(1), 103-131. doi:10.1111/lang.12029 ✔ DOI照合済日本の大学生。仮定法では添削が効き、書き直しの機会を加えると効果が高まった。不定冠詞では伸びなかった
- Sheen, Y. (2007). The effect of focused written corrective feedback and language aptitude on ESL learners' acquisition of articles. TESOL Quarterly, 41(2), 255-283. doi:10.1002/j.1545-7249.2007.tb00059.x ✔ DOI照合済冠詞だけにしぼった添削(とくに説明つき)が正確さを伸ばしたと示した研究(91人)
- Bley-Vroman, R. (1983). The comparative fallacy in interlanguage studies: The case of systematicity. Language Learning, 33(1), 1-17. doi:10.1111/j.1467-1770.1983.tb00983.x ✔ DOI照合済学習者の言語を目標言語の基準(誤り・義務的文脈)だけで測ると、その体系が見えなくなると論じた「比較の誤謬」の論文
- Lennon, P. (1991). Error: Some problems of definition, identification, and distinction. Applied Linguistics, 12(2), 180-196. doi:10.1093/applin/12.2.180 ✔ DOI照合済誤りの定義・見つけ方の難しさを論じ、誤りの「広がり(extent)」と「範囲(domain)」という見方を示した論文
- Millar, N. (2011). The processing of malformed formulaic language. Applied Linguistics, 32(2), 129-148. doi:10.1093/applin/amq035 ✔ DOI照合済学習者の不自然なコロケーションは、母語話者の読みに余分な処理の負担をかけ続けると示した研究
最終更新 2026-10-18 ・ 原田英語 まちがいのご指摘はこちら










