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脳と心理ホント

麻酔がかかると、ヒトもマウスも魚も線虫も、脳の各部分がバラバラに動くようになった。6種の脳を比べた研究

麻酔がかかると、ヒトもマウスも魚も線虫も、脳の各部分がバラバラに動くようになった。6種の脳を比べた研究

読む前に予想してみよう!

全身麻酔は「とても深い眠り」と同じ仕組みで効いている

研究カード(どんな研究?)
対象
ヒト・サル2種(マカク・マーモセット)・マウス・魚(ゼブラフィッシュ)・線虫
規模
6種(種ごとの人数・匹数は要旨に記載なし)
研究の種類
起きているときと麻酔中の脳の活動データを6種で比べた研究+サルの脳の奥を電気で刺激した実験・遺伝子の働きとの照合・コンピューターのモデル
確かさ
★★★☆☆
3秒でわかる

ヒト・サル2種・マウス・魚・線虫の6種で麻酔中の脳を比べると、どれも活動の余韻が短くなり、領域どうしの同期が弱まった。ただ反応がない=意識ゼロとは限らない。

ひとことで言うと麻酔中の脳では、どの部分も短く・バラバラに動いていた!

もくじ
  1. ヒトから線虫まで、麻酔中の脳を一気に比べた
  2. 共通点:脳の活動がすぐ消え、場所どうしがそろわなくなる
  3. 脳の奥を電気で刺激すると、麻酔中のサルが反応を取り戻した
  4. どんでん返し①:麻酔は「すごく深い眠り」ではない
  5. どんでん返し②:「反応がない=意識ゼロ」とは限らない
  6. まとめ

「ゆっくり数を数えてくださいね」。3つ目くらいで記憶が途切れ、気づくと手術は終わっている。全身麻酔を受けたことがある人なら、あの不思議な感覚を覚えているかもしれません。

でも、麻酔がなぜ意識を消すのかは、実は今もはっきりとは分かっていません。ボストンのマサチューセッツ総合病院でエーテル麻酔の公開手術が成功したのは1846年10月16日。2026年10月16日で、ちょうど180年になります。

この謎に迫る研究が、2026年9月末に『Nature Neuroscience』に載りました。ヒトから線虫まで、6種の動物の脳を並べて比べた研究です。見えてきたのは、種を越えて共通する「麻酔中の脳の特徴」です。

01ヒトから線虫まで、麻酔中の脳を一気に比べた

線虫(C. elegans)は、実験によく使われる体長1ミリほどの生き物です。神経細胞は300個ほどしかありません。ヒトの脳とは比べものにならないほど小さな神経系です。それでも麻酔をかけると動かなくなる。麻酔の効き方は、動物の世界で不思議なほど共通しているのです。研究チームは、その裏に共通の仕組みがあるのではないかと考えました。

02共通点:脳の活動がすぐ消え、場所どうしがそろわなくなる

6種すべてで見つかった変化は、大きく2つでした。

1つめは、神経活動の「余韻」が短くなること。専門的には「固有の時間スケールが短くなる」といいます。ふだんの脳では、ある瞬間の活動が少しのあいだ尾を引いて、次の瞬間に影響を残します。麻酔中はその名残がすぐ消えてしまうのです。

2つめは、脳の領域どうしの同期が弱まること。離れた場所の活動が、足並みをそろえにくくなります。

研究チームはこの2つをまとめて、こう結論づけました。麻酔は、脳の各部分の活動を時間の面でも、場所の面でも孤立させる。各部分が短く動いてはすぐ静まり、ほかの部分とも動きを合わせなくなる、ということです。

麻酔中の脳では、各領域の活動が短く途切れ、ほかの領域とそろわなくなる(イメージ)
麻酔中の脳では、各領域の活動が短く途切れ、ほかの領域とそろわなくなる(イメージ)

03脳の奥を電気で刺激すると、麻酔中のサルが反応を取り戻した

チームは、サルの実験データも分析しました。麻酔中のマカクの脳の奥にある視床の「中心正中核」という場所を、電気で刺激した実験です。実験そのものは、共著者のグループが2022年に発表したものです。この刺激で、サルは再び外からの働きかけに反応するようになりました。そのとき、麻酔中の脳のパターンも元に戻っていたのです。

2022年の元の研究では、比べるために視床の別の場所も刺激していました。そこを刺激しても、サルは目覚めませんでした。今回の分析でも、その場所の刺激ではパターンは戻りませんでした。「どこでもいいから刺激すれば起きる」わけではない、ということです。

麻酔による変化の大きさは、脳の場所によって違います。その違いは、神経を興奮させる仕組みや、抑える仕組みに関わる遺伝子が、どの場所でよく働いているかと連動していました。ヒト・サル2種・マウスの4種に共通して見られた関係です。

コンピューターで脳をまねたモデルも使いました。麻酔薬は、神経どうしのつなぎ目(シナプス)で信号が続く時間を変えます。モデルでは、その小さな変化が、脳全体の"バラバラ化"につながりうることが示されました。

04どんでん返し①:麻酔は「すごく深い眠り」ではない

「麻酔=深く眠らせること」と思っている人は多いはず。でも、そう単純ではありません。

2020年の動物実験では、脳の「眠りの中枢」とされる場所で、神経細胞を人工的に働かせました。そのうえで、吸入麻酔薬イソフルランのかかり方を調べたのです。すると、眠りと目覚めのパターンは変わりました。ところが、麻酔がかかるまでの時間も、覚めるまでの時間も変わらなかったのです。眠りのスイッチと麻酔のスイッチは、少なくとも同じ1か所ではなさそうです。

05どんでん返し②:「反応がない=意識ゼロ」とは限らない

もっと大きな落とし穴もあります。今回の研究で確かめられたのは、サルが外からの刺激に反応するかどうかです。線虫や魚に「今何か感じてる?」とは聞けません。

ヒトで調べると、話はさらにややこしくなります。2018年の研究では、健康な人47人に、麻酔や鎮静に使う薬(デクスメデトミジンかプロポフォール)を少しずつ増やして使いました。やがて、呼びかけても反応しない状態になります。薬を入れている途中で起こしたり、薬が切れて目覚めた後に聞いたりして、その間の体験を話してもらいました。すると、93回の聞き取りのうち84%で、反応しなかった間の体験が語られました。その大半は夢のような体験でした。

2015年の研究では、麻酔薬の種類で違いが出ました。プロポフォールやキセノンで麻酔された人は、目覚めた後に「何も体験しなかった」と答えました。ところがケタミンでは、長く鮮やかな夢を見ていたのです。

今回のデータには、ケタミンで麻酔したサルも含まれています。ヒトでは夢を見ることが多い薬です。そのサルでも、同じパターンが出ていました。だとすると、今回の共通パターンは「意識が消えた」目印とは言い切れません。「外の世界に反応しなくなった」目印と考えたほうがよさそうです。反応しなくなることと、体験そのものが消えることが同じかどうかは、まだ分かっていません。

06まとめ

ヒトも、サルも、マウスも、魚も、線虫も。麻酔がかかると、脳の活動は短く途切れ、互いにそろわなくなる。180年前から使われてきた麻酔の裏で、進化を越えた共通の仕組みが働いていることが見えてきました。

ただし、それで「意識が消える理由」が解けたわけではありません。反応しない人の頭の中で、夢が続いていることもある。麻酔は、意識とは何かという大きな問いに迫る道具として、これからも使われていきそうです。

この研究を英語で読もう原田英語の English CornerDoctors have used general anesthesia for about 180 years, and they know how to give it safely. 音声 4択クイズ9問A2・B1・B2タップして開く

原田英語の English Corner

この研究を英語で読もう

Doctors have used general anesthesia for about 180 years, and they know how to give it safely. What they do not know is exactly why these drugs make people lose awareness. An international team gathered recordings of brain activity from six species, from humans and monkeys to mice, zebrafish and a tiny worm. They calculated more than 6,000 features of the signals and compared the awake state with the anesthetized state.

Every species showed the same change. Activity in each area faded more quickly, and different areas fell out of step with each other. The team also analyzed earlier experiments in anesthetized monkeys. When scientists electrically stimulated a deep brain region called the thalamus, this pattern reversed and the animals began to respond again.

124 words ・ CEFR B1

和訳を見る

医師たちは約180年にわたって全身麻酔を使っており、安全に行う方法も知っている。わからないのは、これらの薬がなぜ人の意識を失わせるのか、という点だ。国際チームは、ヒトやサルからマウス、ゼブラフィッシュ、小さな線虫まで、6種の脳活動の記録を集めた。信号の特徴を6,000種類以上計算し、起きているときと麻酔中を比べた。

すべての種で同じ変化が見られた。各領域の活動がより早く消え、異なる領域どうしの足並みがそろわなくなったのだ。研究チームは、麻酔中のサルで以前に行われた実験のデータも分析した。科学者たちが視床と呼ばれる脳の奥の領域を電気で刺激すると、このパターンが元に戻り、サルは再び反応し始めた。

4択リーディングクイズ

Q1. What is the main point of the passage?

Q2. What happened when scientists stimulated the thalamus in anesthetized monkeys?

Q3. What can we infer from the passage?

重要単語

  • anesthesiaB2
    名詞麻酔She had the operation under general anesthesia. ギリシャ語 an-(ない)+ aisthesis(感覚)で「感覚がない」。general anesthesia=全身麻酔、local anesthesia=局所麻酔。英国つづりは anaesthesia
  • consciousnessB2
    名詞意識He lost consciousness for a moment after hitting his head. lose / regain consciousness(意識を失う/取り戻す)はセットで覚える。入試の脳科学・哲学テーマで頻出
  • synchronyC1
    名詞同期、足並みがそろうことThe two clocks ticked in perfect synchrony. syn-(いっしょに)+ chronos(時間)。synchronize(同期させる)も同じ語源
  • thalamusC1
    名詞視床(脳の奥にある中継地点)Most sensory signals pass through the thalamus on their way to the cortex. ギリシャ語で「奥の部屋」。複数形は thalami。cortex(大脳皮質)とあわせて覚える
  • unresponsiveB2
    形容詞反応がないThe patient was unresponsive when the nurse called his name. un- + responsive(反応する)。be unresponsive to ~ で「~に反応しない」
  • isolatedB1
    形容詞孤立したThe village was isolated by heavy snow. isle(島)や insulate(隔離する・断熱する)と同じ語源(ラテン語 insula=島)。feel isolated(孤独を感じる)もよく使う
  • conservedC1
    形容詞(進化の中で)保存された、種をこえて共通のThis gene is conserved from fish to humans. 生物学では「進化を通じて変わらず残っている」の意味。conserve energy(エネルギーを節約する)とは使い方が違う

動画でもっと知る

4コマでわかる

麻酔がかかると、ヒトもマウスも魚も線虫も、脳の各部分がバラバラに動くようになった。6種の脳を比べた研究の4コマ漫画
麻酔がなぜ意識を消すのかは、180年近く謎のまま。ヒト・サル2種・マウス・魚・線虫の6種の脳を比べたら、どれも活動の余韻が短くなり、領域どうしがそろわなくなっていた。でも「反応がない=意識ゼロ」とは限らないらしい。

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出典・参考文献(5件)タップで表示
  1. Luppi et al. (2026) Comprehensive profiling of brain dynamics during anesthesia across phylogeny, Nature Neurosciencedoi.org
  2. Tasserie et al. (2022) Deep brain stimulation of the thalamus restores signatures of consciousness in a nonhuman primate model, Science Advancesdoi.org
  3. Vanini et al. (2020) Activation of Preoptic GABAergic or Glutamatergic Neurons Modulates Sleep-Wake Architecture, but Not Anesthetic State Transitions, Current Biologydoi.org
  4. Radek et al. (2018) Dreaming and awareness during dexmedetomidine- and propofol-induced unresponsiveness, British Journal of Anaesthesiadoi.org
  5. Sarasso et al. (2015) Consciousness and Complexity during Unresponsiveness Induced by Propofol, Xenon, and Ketamine, Current Biologydoi.org