St. Lucia's Day

聖ルチア祭の由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? 聖ルチア祭の本当の話を、確かな資料でたどります。

1聖ルチア祭の由来:シチリアの聖女が、なぜ北欧の主役に?

ルチア(Lucia)は、地中海に浮かぶイタリアのシチリア島、シラクサの町に生まれたキリスト教徒の女性です。ローマ皇帝ディオクレティアヌスがキリスト教徒をきびしく迫害した時代、西暦304年ごろに殉教(信仰のために命を落とすこと)したと伝えられています。名前の意味は「光」。

言い伝えでは、ルチアは地下の墓地(カタコンベ)にかくれているキリスト教徒に食べ物を運んでいました。両手で荷物を持てるよう、ろうそくを立てた輪を頭にのせていた、というのです。スウェーデンのルシアがろうそくの冠をかぶるのは、この話につながっています。

でも、南イタリアの聖女が、なぜ雪の北欧でこれほど大事にされるのでしょう。かぎは暦です。昔使われていたユリウス暦では、12月13日ごろが冬至、つまり1年でいちばん夜が長い日にあたりました。スウェーデンがいまのグレゴリオ暦に切りかえたのは1753年。冬至は12月21〜22日ごろに移りましたが、ルシアの日は12月13日のまま残りました。いちばん暗い日に「光」という名の聖女を祝う。北の国の人にとって、これほどぴったりの祭りはなかったのです。

聖ルチア祭(St. Lucia's Day)のイラスト

2聖ルチア祭の歴史:1927年、新聞社の「ルシア選び」から全国へ

1530年代の宗教改革で、北欧ではカトリックの聖人の祭りがいったん途絶えます。それでもスウェーデン西部では、17〜18世紀ごろにドイツから伝わったとみられるルシアの習慣が広まり、1920年代になってもヴェルムランド地方などに残っていました。ルシアの前夜「ルッシの夜」は、もとは悪い霊から身を守るために夜通し起きている夜で、のちに若者が飲んで騒ぐ夜に変わり、1990年ごろまで続いたといいます。

大きな転機は1927年。ストックホルムの新聞『ストックホルムス・ダグブラド』が、町を代表するルシアを選ぶコンテストを開いたのです。これが大当たりし、ルシア祭はスウェーデン中に広まりました。1937年には、ノーベル賞を受けたハンガリーの科学者セント=ジェルジ・アルベルトが、ストックホルムのルシアの戴冠式に参加しています。1973年からは雑誌社の主催で全国のルシア選びが始まり、のちにテレビ局が受けつぎました。

この習慣はとなりの国にも広がりました。デンマークでは第二次世界大戦中の1944年に首都コペンハーゲンで初めて行われ、フィンランドでは1949年から毎年ルシアが選ばれています。ノルウェーでも戦後に広まりました。

🕰️ 聖ルチア祭の年表

  1. 304年ごろシチリア島シラクサのルチアが殉教したと伝えられる。
  2. 1530年代宗教改革で、北欧のカトリックの祭りがいったん途絶える。
  3. 1753年スウェーデンがグレゴリオ暦へ。冬至はずれたが、ルシアの日は12月13日のまま。
  4. 1927年ストックホルムの新聞社がルシア選びのコンテストを開き、全国に広まる。
  5. 1944年デンマークで初めてルシアの行列が行われる。
  6. 1973年スウェーデン全国のルシア選びが始まる。

3スウェーデンのルシア祭の過ごし方:歌と光の行列

家庭では昔から、長女がルシア役になります。白い長い服に赤い帯をしめ、コケモモ(リンゴンベリー)の葉で飾ったろうそくの冠をかぶって、まだ眠っている家族を歌で起こし、コーヒーとパンを運びます。

学校や職場、ショッピングモール、老人ホームには「ルシアの行列」がやってきます。先頭はルシア。そのうしろに、ろうそくを持った白い服の少女たち、「スター・ボーイ(星の少年)」と呼ばれる男の子たち、ジンジャーブレッドマンや小人のトムテにふんした子どもたちが続きます。暗い部屋に、ろうそくの光と歌声がゆっくり入ってくる光景は、スウェーデンの冬の名物です。

食べ物の主役は「ルッセカット(lussekatt)」。サフランで黄色くしたパンで、形はS字。両はしのうずまきにレーズンをのせ、ネコの目に見立てます。名前の意味は「ルシアのネコ」。ほかに、薄いジンジャークッキーのペッパルカーカや、温めたスパイス入りのワイン「グロッグ」も楽しみます。

🎁 シンボルと小物

🕯️ろうそくの冠crown of candles

ルチアが両手で食べ物を運ぶため、頭にろうそくをのせたという言い伝えから。

👗白い服と赤い帯white gown and red sash

ルシアと行列の少女たちの衣装。

⭐スター・ボーイ(星の少年)star boys

行列に加わる男の子たち。

🐈ルッセカットlussekatt

「ルシアのネコ」という名のS字のサフランパン。レーズンがネコの目。

4日本とのつながり:「サンタ・ルチア」の歌と川端康成

ルシアの行列が歌う定番の曲のメロディーは、実はイタリア・ナポリの歌「サンタ・ルチア」です。日本でも知られるこの歌は、1849年にナポリで出版されました。もとの歌詞は、ナポリの海辺の地区「サンタ・ルチア」で、船頭が「涼しい夜、わたしの舟に乗りませんか」と誘う歌。北欧ではこのメロディーに、暗い冬に光を迎える新しい歌詞がつけられました。

もうひとつのつながりはノーベル賞です。授賞式は毎年12月10日にストックホルムで開かれるので、ルシアの日にはまだ受賞者が町にいます。そのため受賞者がルシアの戴冠を受け持つことがあり、1968年にノーベル文学賞を受けた川端康成も、その役を務めたと言われています。

日本で1年でいちばん夜が長いのは冬至(12月22日ごろ)。ゆず湯に入り、かぼちゃを食べて冬を乗り切ります。北欧ではその少し前に、ろうそくの光で闇を追いはらう。寒くて暗い季節に「光」や「力」を求める気持ちは、遠い国どうしでもよく似ています。

5よくある誤解とホントのところ

誤解1:ルシアは北欧の聖人
ホント:ルチアはイタリア・シチリア島シラクサの人です。北欧に来たことはありません。いちばん暗い季節に「光」という名前がぴったりだったので、北の国で特に大切にされるようになりました。ふるさとのシラクサでも、12月13日には聖ルチアの銀の像が町をねり歩きます。

誤解2:12月13日は今も冬至
ホント:冬至だったのは昔のユリウス暦のころの話です。いまのグレゴリオ暦では、冬至は12月21〜22日ごろ。スウェーデンは1753年に暦を切りかえましたが、ルシアの日は動かさずに残しました。

誤解3:古くから続く国じゅうの行事
ホント:今のような全国規模の行事になったのは、1927年の新聞社のコンテストがきっかけです。それより前は、西部の一部の地方に残る習慣でした。

💡Fun Facts聖ルチア祭の豆知識 6連発

No.1

ルシアのパン「ルッセカット」の意味は「ルシアのネコ」。S字の両はしのレーズンがネコの目です。

The name lussekatt means Lucia's cat. The raisins are the cat's eyes.

No.2

サフランは重さで比べると世界でいちばん高いスパイス。お店のルッセカットには、色をおぎなう着色料を使うものも多いです。

Saffron is the most expensive spice in the world by weight.

No.3

スウェーデンがグレゴリオ暦に切りかえたのは1753年。それまで12月13日ごろが1年でいちばん長い夜でした。

Before 1753, December 13 was almost the longest night of the year in Sweden.

No.4

ルシアの歌のメロディーは、ナポリの船頭の歌「サンタ・ルチア」です。

The Lucia song uses the tune of an old song from Naples.

No.5

カリブ海の国セントルシアの名前も聖ルチアから。12月13日はこの国のナショナル・デーです。

The country of Saint Lucia has its National Day on December 13.

No.6

1937年、ノーベル賞学者セント=ジェルジ・アルベルトがストックホルムのルシアの戴冠式に参加しました。

In 1937, a Nobel Prize winner joined the Lucia event in Stockholm.

▶️Videos & Links聖ルチア祭の動画とリンク集

A Super Quick History of Saint LuciaMr History

Light in the darkness | Swedish Lucia TraditionJonna Jinton

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