
Oktoberfest
オクトーバーフェストの由来と歴史(詳しく)
いつから?なぜ?名前の意味は? オクトーバーフェストの本当の話を、確かな資料でたどります。
1オクトーバーフェストの由来:1810年、王子の結婚式の競馬
1810年10月12日、ミュンヘンで盛大な結婚式がありました。花婿はバイエルン王国の皇太子ルートヴィヒ。のちに国王ルートヴィヒ1世になる人です。花嫁は、ザクセン=ヒルトブルクハウゼン家のテレーゼ王女でした。
お祝いのしめくくりに、5日後の10月17日、町の城壁の外に広がる野原で競馬が開かれました。見物に集まった人は約5万人。野原は人でぎっしりになりました。競馬を取りしきったのは、国民軍の少佐ダッラルミ。アイデアを出したのは御者のフランツ・バウムガルトナーだとよく言われますが、これにははっきりしない点もあります。
人々はこのお祭りがすっかり気に入りました。そこで翌1811年も同じ時期に競馬が開かれ、農業の品評会も加わります。会場の野原は、花嫁の名前をとってテレージエンヴィーゼ(テレーゼの野原)と名づけられました。今もお祭りの会場はここで、広さは約42ヘクタール。東京ドーム約9個分です。
もう1つおもしろい話があります。皇太子ルートヴィヒは古代ギリシャが大好きでした。日本語版の百科事典などでは、古代オリンピックのような祭りを意識していたとも紹介されています。実際、1832年にミュンヘンを訪れたギリシャの使節団は、この祭りをのちのギリシャの競技会のお手本にしたと言われます。ちょうどこの年、ルートヴィヒの息子オットーがギリシャの国王に選ばれていました。
つまりオクトーバーフェストは、もともと「王子の結婚おめでとう会」。今でもミュンヘンの人たちは、200年以上前の結婚式の続きを毎年祝っているわけです。

2オクトーバーフェストの歴史:10月の祭りが9月に引っ越すまで
始まって数年で、お祭りはどんどんにぎやかになりました。1818年には最初の回転木馬(メリーゴーラウンド)が登場します。1819年からはミュンヘン市が運営を引き受け、毎年開くことが決まりました。
大きな変化は1872年です。開始日が9月に引っ越しました。理由は天気。ミュンヘンの10月は寒いことが多く、9月の終わりのほうが暖かくて過ごしやすいからです。こうして「10月祭」は、日程の大半が9月のお祭りになりました。今の決まりでは、9月15日より後の最初の土曜日に始まり、10月の第1日曜日に終わります。第1日曜日が10月1日か2日に当たる年は、10月3日の「ドイツ統一の日」まで延長されます。2027年は9月18日〜10月3日、2028年は9月16日〜10月3日になる計算です。
技術の進歩もお祭りを変えました。1880年代には電灯がともり、夜のお祭りが明るくなります。1885年、会場の屋外に16個のアーク灯を取りつけたのは、物理学者アルベルト・アインシュタインの父とおじが営む電気会社でした。1906年には巨大なすべり台のような乗り物「トボガン」、1910年には回転する円盤から振り落とされないよう踏んばる「悪魔の輪(トイフェルスラート)」が登場します。どちらも今も現役です。
一方で、中止になった年もたくさんあります。1813年はナポレオン戦争、1854年と1873年はコレラの流行、そして2度の世界大戦。1923〜24年はひどいインフレで開けませんでした。ナチス時代にはお祭りが宣伝に使われ、ユダヤ人が働くことを禁じられた暗い歴史もあります。1980年には会場で爆弾テロが起き、13人が亡くなりました。
最近では、2020年と2021年が新型コロナで中止。再開後は記録が次々に塗りかえられ、2026年には約740万人が訪れて過去最多になりました。1810年の5万人から、およそ150倍です。
🕰️ オクトーバーフェストの年表
- 1810年10月12日皇太子ルートヴィヒとテレーゼ王女の結婚式。17日に競馬が開かれ、約5万人が見物。
- 1811年会場がテレージエンヴィーゼと名づけられ、農業の品評会も加わる。
- 1818年最初の回転木馬が登場。
- 1819年ミュンヘン市が運営を引き受け、毎年開くことに。
- 1835年ルートヴィヒ1世とテレーゼの銀婚式を祝い、初めての民族衣装の行列。
- 1869年演芸小屋「シヒトル」が登場。今も続く。
- 1872年暖かい時期を選び、9月に始まるようになる。
- 1885年会場の屋外に初めて電灯(アーク灯16個)がともる。取りつけたのはアインシュタイン家の電気会社。
- 1887年お祭りの店主たちの入場行進が始まる。
- 1950年市長が「O'zapft is!」と叫んで開幕を告げる習わしが始まる。
- 2010年200周年。昔の姿を再現した「オイデ・ヴィーズン」が登場し、翌年から定番に。
- 2020〜2021年新型コロナで2年続けて中止。
- 2026年約740万人が訪れ、過去最多を記録。
3「Oktoberfest」と「Wiesn」の意味:地元の人は“野原”と呼ぶ
Oktoberfest はドイツ語で、Oktober(10月)+ Fest(お祭り)。そのまま訳すと「10月祭」です。英語でも Oktoberfest とドイツ語のつづりのまま使い、October の c ではなく k で書きます。
ところが、ミュンヘンの人はこのお祭りをあまり Oktoberfest とは呼びません。地元の呼び名は Wiesn(ヴィーズン)。バイエルン地方の方言で「野原」を意味する Wiese から来ていて、会場のテレージエンヴィーゼを指しています。「今週末、ヴィーズン行く?」という具合です。公式サイトにも、Wiesn という言葉があちこちに出てきます。
お祭りの言葉には、ほかにもバイエルン方言がたくさんあります。
O'zapft is!(オツァプフト・イス) 「(たるの)栓が開いたぞ!」という意味。初日の正午、ミュンヘン市長がこう叫んで、お祭りの開幕を告げます。1950年に当時のヴィンマー市長が始めた習わしで、合図に12発の祝砲が鳴らされます。
Servus(セルヴス) バイエルンやオーストリアのあいさつで、「こんにちは」にも「じゃあね」にも使える便利な言葉。
Dirndl(ディアンドル) 女性の民族衣装。もとは「若い女性、娘」という意味の言葉が小さくなった形で、のちに服そのものの名前になりました。
Lederhosen(レーダーホーゼン) 男性の革の半ズボン。Leder は革、Hosen はズボンです。
ちなみに、オクトーバーフェストのことを日本語で「ビール祭り」と紹介することがありますが、地元の人にとっては「ヴィーズン」、つまり「野原のお祭り」。名前1つにも、200年前の野原の競馬の記憶が残っているのです。
4現地での過ごし方:民族衣装と8,000人のパレード
期間中のミュンヘンは、町じゅうが民族衣装であふれます。女性はふんわりしたスカートにエプロンをつけたディアンドル、男性は革の半ズボンレーダーホーゼンに、チェックのシャツと帽子。子どもたちも小さなディアンドルやレーダーホーゼンを着て、家族そろって出かけます。
実はこの衣装、戦後はいったん人気が落ちていました。それが1972年のミュンヘン・オリンピックで案内係がディアンドルを着たことなどをきっかけに見直され、1990年代の終わりからは若い人たちの間で「ディアンドル・ブーム」が起きます。今では多くの若者にとって、ヴィーズン用の衣装はクローゼットの定番です。
最初の週末は、パレードが見どころです。土曜日の朝は「お祭りの店主たちの入場行進」。1887年に1人の店主が楽隊と店の人たちを引き連れて会場に乗りこんだのが始まりで、花で飾った馬車やブラスバンドが通りを進みます。行列の先頭に立つのは、ミュンヘンの紋章のキャラクター「ミュンヒナー・キンドル」です。
日曜日はさらに大きな民族衣装と射撃隊のパレード。ドイツ各地や近くの国から集まった約8,000人が、それぞれの地方の衣装を着て、約7kmの道のりを練り歩きます。始まりは1835年、ルートヴィヒ1世とテレーゼの銀婚式(結婚25周年)を祝った行列でした。結婚式から始まったお祭りで、銀婚式のパレードが続いているのです。
会場に入ると、どこからでも聞こえてくるのがブラスバンドの音楽です。テントの中では楽団が昼から夜まで演奏し、みんなで肩を組んで歌います。1984年のヒット曲『フュルステンフェルト』は、ヴィーズンで大合唱される曲の元祖と言われています。
会場の一角には、2010年の200周年をきっかけに生まれた「オイデ・ヴィーズン(昔のヴィーズン)」があります。入場料は4ユーロ(14歳までは無料)。昔ながらの乗り物や伝統の踊り、ブラスバンドが楽しめる、少し落ち着いたエリアです。
🎁 シンボルと小物
ブラウス・胴着・スカート・エプロンを組み合わせた女性の民族衣装。1990年代末から若者の間で再び人気に。
男性の革の半ズボン。サスペンダーをつけ、チェックのシャツと合わせることが多い。
アイシングでメッセージを書いたハート形のクッキー。お祭りのおみやげの定番。
パレードでもテントの中でも演奏する、お祭りの音楽の主役。
会場のシンボル。上からはミュンヘンの町とアルプスの方角が見わたせる。
店主たちの入場行進やパレードを飾る。お祭りの始まりが競馬だったことを思い出させる。
バイエルンの旗の模様。テントの飾りやおみやげにもよく使われる。
🍽️ この日の食べ物
結び目の形をした大きなパン。表面に粗い塩がついている。
皮がパリパリの丸焼きのチキン。半羽ずつ注文するのがふつう。
魚を棒にさして炭火でじっくり焼いた料理。日本の塩焼きに少し似ている。
砂糖をからめてローストしたアーモンド。甘いにおいが会場に広がる。
はちみつとスパイスを使ったドイツの焼き菓子。ハート形にしてメッセージを書く。
5移動遊園地と食べ物:ハートのお菓子と100年前の乗り物
オクトーバーフェストは、巨大な移動遊園地でもあります。会場には130以上の乗り物や見せ物、屋台の業者が集まります。そのおよそ9割は、19世紀にまでさかのぼる歴史をもつ業者です。お祭りが終わると、乗り物はすべて分解されて運び出され、野原にもどります。
乗り物には「世界一」がいくつもあります。5回転のジェットコースター「オリンピア・ルーピング」は、運べるジェットコースターとして世界最大。ほかにも世界一高い移動式フリーフォール、世界一高い移動式の空中ブランコなどが並びます。
その一方で、何十年も変わらない名物もあります。1910年に登場した「悪魔の輪」は、回る円盤の上にみんなで座り、最後まで振り落とされなかった人が勝ち、というシンプルな遊び。1869年から続く演芸小屋「シヒトル」も名物です。オイデ・ヴィーズンでは、1919年に作られた空中ブランコや、1939年製のジェットコースターに今も乗ることができます。
食べ物の屋台も楽しみの1つです。大きなプレッツェル(ブレーツェン)、皮がパリパリのローストチキン、棒にさして炭火で焼く魚「シュテッケルフィッシュ」、砂糖でからめたアーモンド。そして、お祭りの記念に欠かせないのがレープクーヘンの大きなハートです。スパイスのきいた固いクッキーに、砂糖のアイシングで「大好き」などのメッセージが書かれていて、首から下げて歩く人もいます。
子ども連れにやさしい工夫もあります。期間中の火曜日のうち2日は「ファミリーデー」で、夜7時まで乗り物や屋台が割引になります。2026年は、このファミリーデーに約42万人が訪れました。一方で、6歳未満の子どもは、親といっしょでも夜8時以降は大きなテントに入れないなど、子どもを守るルールも決められています。
6日本のオクトーバーフェスト:大阪から始まり、札幌とミュンヘンは姉妹都市
日本でも「オクトーバーフェスト」という名前のイベントが、春から秋まで各地で開かれています。記録に残る早い例は1977年9月。大阪・梅田の店で開かれた催しで、実行委員長は1936年のベルリン・オリンピックの水泳の金メダリスト、葉室鐵夫(はむろてつお)さんでした。
大きな転機は2002年。横浜赤レンガ倉庫前の広場で、本格的な屋外イベントとして開かれたのです。その後、東京の日比谷公園や芝公園、札幌、名古屋、大阪、福岡など全国に広がりました。ドイツから楽団がやってきて、ソーセージやプレッツェルの屋台が並ぶ会場も多くあります。ただし、日本のイベントの多くはイベント会社が主催するもので、本場とは日程も規模も違います。9月や10月以外に開かれることもめずらしくありません。
ミュンヘンと日本の、もっと深いつながりもあります。札幌とミュンヘンは1972年からの姉妹都市です。この年、札幌では冬のオリンピック、ミュンヘンでは夏のオリンピックが開かれました。1976年には、ミュンヘンから札幌の大通公園に、バイエルンの伝統的な飾り柱「マイバウム」が贈られています。1991年には札幌市内に「ミュンヘン大橋」が完成し、2002年からは毎年12月、大通公園で「ミュンヘン・クリスマス市」が開かれています。
また、ディアンドルなどの民族衣装は、日本でもドイツ料理店やオクトーバーフェストの会場で、スタッフが着ているのを見かけることがあります。ドイツでは「自分が着て楽しむお祭りの服」が、日本では「お店の人の服」として目に入りやすいのも、おもしろい違いです。
日本の秋祭りも、もともとは収穫を祝い、地域の人が集まる行事です。始まりは王子の結婚式と神社のお祭りでまったく違いますが、「秋に町じゅうが集まって、屋台と音楽を楽しむ」という点では、オクトーバーフェストと日本の秋祭りはよく似ています。
7オクトーバーフェストのよくある誤解とホントのところ
誤解1:10月のお祭り
ホント:日程のほとんどは9月です。1872年に、寒い10月を避けて9月に始めるようになりました。終わりは10月の第1日曜日(年によって10月3日)です。
誤解2:大人がお酒を飲むだけのお祭り
ホント:会場の大部分は移動遊園地と屋台です。パレードや民族衣装、ブラスバンド、ファミリーデーもあり、子ども連れの家族も大勢来ます。2026年のファミリーデーには約42万人が集まりました。
誤解3:ディアンドルのリボンの結び目の位置には、昔からの決まりがある
ホント:「左に結べば独身、右なら結婚している」という話は有名ですが、これはここ数十年で広まった新しい習わしだとされています。昔からの決まりだという記録は見つかっていません。
誤解4:ドイツ全体の祝日
ホント:オクトーバーフェストはミュンヘンの市が開くお祭りで、祝日ではありません。期間中の10月3日が祝日なのは、「ドイツ統一の日」だからです。
誤解5:1810年から毎年欠かさず開かれている
ホント:戦争、コレラ、インフレ、新型コロナなどで何度も中止されています。2026年は191回目、2027年は192回目です。
誤解6:若いころのアインシュタインが会場の電球を取りつけた
ホント:家族の電気会社が1885年に会場の明かりを取りつけたのは本当です。でも、少年アインシュタイン本人がテントで電球を取りつけたという話は、ドイツ語版の百科事典で「調べても証拠が見つからない」とされています。
誤解7:日本のオクトーバーフェストは本場の支店
ホント:日本のイベントの多くは、日本のイベント会社が開くものです。名前は同じでも、本場ミュンヘンとは別の催しです。
💡Fun Factsオクトーバーフェストの豆知識 10連発
名前は「10月祭」なのに、1872年から9月に始まるようになった。寒い10月を避けるためだ。
Oktoberfest starts in September. People wanted warmer weather.
1810年の最初のお祭りは競馬で、約5万人が見物に集まった。
The first Oktoberfest was a horse race in 1810. About 50,000 people watched it.
2026年の落とし物は約4,000点。アコーディオン、入れ歯、松葉杖、屋台にあった高さ1.8mの人形まで届けられた。
In 2026, people lost about 4,000 things. One was an accordion.
回る円盤から振り落とされないよう踏んばる「悪魔の輪」は、1910年から続く名物の乗り物。
A spinning ride called the Devil's Wheel has been at the festival since 1910.
1835年、ルートヴィヒ1世とテレーゼの銀婚式を祝う行列が、今の民族衣装パレードの始まりになった。
In 1835, the king and queen had their 25th wedding anniversary. People held a costume parade.
1885年、会場の屋外に初めて電灯がともった。取りつけたのは、物理学者アインシュタインの父とおじの電気会社だった。
In 1885, the first electric lights at the festival came from the company of Albert Einstein's father and uncle.
札幌とミュンヘンは1972年からの姉妹都市。どちらもその年にオリンピックを開いた。
Sapporo and Munich became sister cities in 1972. Both cities had the Olympics that year.
ディアンドルのリボンの位置で独身か既婚かがわかる、という話は、ここ数十年で広まった新しい習わしだ。
The story about the apron bow on a dirndl is a new tradition, not an old one.
会場のテレージエンヴィーゼの広さは約42ヘクタールで、東京ドーム約9個分。
The festival field is about 42 hectares. That is very big.
2010年の200周年をきっかけに、昔の乗り物を集めた「オイデ・ヴィーズン」が生まれた。1919年製の空中ブランコにも乗れる。
The Oide Wiesn shows the old festival. You can ride a swing ride from 1919.
▶️Videos & Linksオクトーバーフェストの動画とリンク集
My First Oktoberfest – What You Need to Know Before you GoDW Travel
The Dark History of OktoberfestDW History and Culture
Oktoberfest: Answering Your Burning Questions | Epic Record SettersDW Euromaxx
▶ YouTubeで「Oktoberfest history for kids」をもっと見る
Oktoberfest - Wikipedia英語版ウィキペディア。1810年の始まりから伝統行事まで詳しい。
オクトーバーフェスト - Wikipedia日本語版ウィキペディア。日本での開催の歴史がわかる。
Oktoberfest - Wikipedia(ドイツ語)ドイツ語版ウィキペディア。乗り物の歴史や各年の数字がいちばん詳しい。
Oktoberfest.de(公式サイト)ミュンヘン市の公式サイト。日程、乗り物、家族向け情報。
Preliminary final report 20262026年の来場者数や落とし物の一覧がのった公式の報告。
The Oide Wiesn昔の姿を再現したエリアの案内。1919年製の乗り物など。
Information for Wiesn visitors with children子ども連れのためのルール(6歳未満は夜8時以降テント不可など)。