Kagami Biraki

鏡開きの由来と歴史(詳しく)

いつから?なぜ?名前の意味は? 鏡開きの本当の話を、確かな資料でたどります。

1鏡開きの由来:なぜ鏡餅は「鏡」なのか

鏡餅に、鏡はどこにもありません。それなのに、なぜ「鏡」なのでしょう。

答えは形です。丸くて平たい鏡餅は、昔の祭りで使われた丸い銅鏡(どうきょう)に似ています。鏡は神さまにかかわる大切な道具でした。三種の神器の一つ「八咫鏡(やたのかがみ)」を表しているという説もあります。この説では、上にのせる橙(だいだい)が八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、串柿が草薙剣(くさなぎのつるぎ)にあたるとされます。

鏡餅そのものは、平安時代にはもうありました。『源氏物語』には、お正月に固いものを食べて長生きを願う「歯固め」の場面に、鏡餅が出てきます。

今のように飾るようになったのは、家に床の間ができた室町時代以降です。武家では、鎧(よろい)や兜(かぶと)などの具足(ぐそく)の前に餅を供えました。これを「具足餅」と呼びます。

お正月には、年神さま(としがみさま)が家に来ると考えられてきました。鏡餅は、その神さまにささげるお供えです。お正月が終わったら下げて、みんなで食べる。これが鏡開きです。

鏡開き(Kagami Biraki)のイラスト

2鏡開きの歴史:1月20日が11日になった理由

江戸時代の武家では、鏡開きはもともと1月20日でした。

この日、具足に供えた餅を下げて雑煮にし、「刃柄(はつか)を祝う」と言いました。刃柄は刀の刃とつかのこと。「二十日(はつか)」と同じ音にかけた、武士らしいしゃれと言われます。女性たちは鏡台に供えた餅を開いて、「初顔」を祝ったとされます。

ところが慶安4年4月20日(1651年)、三代将軍の徳川家光が亡くなりました。毎月20日は家光の月命日になります。そこで20日を避けるようになり、お正月の飾りを片づける松の内(まつのうち、1月7日まで)が明けたあとの11日に移った、と言われています。

ただし、日付は全国で同じではありません。関東を中心に11日が多い一方、松の内を1月15日までとする地域では、16日以降、特に1月20日の「二十日正月」に鏡開きをするのがふつうです。京都やその近くでは1月4日に行う所もありますが、理由ははっきりしていません。

武家の習わしだった鏡開きは、やがて町の人々にも広がりました。さらに明治時代、1884年(明治17年)には柔道の講道館で鏡開式が始まりました。今でも多くの武道の道場では、鏡開きが年はじめの大事な行事です。

🕰️ 鏡開きの年表

  1. 平安時代『源氏物語』に、正月の「歯固め」とともに鏡餅が出てくる。
  2. 室町時代以降床の間に鏡餅を飾るようになる。武家では具足の前に「具足餅」を供える。
  3. 江戸時代はじめ武家では1月20日に具足餅を開き、「刃柄(はつか)」を祝う。
  4. 1651年三代将軍・徳川家光が4月20日に死去。20日を避け、鏡開きが11日になったとされる。
  5. 1884年柔道の講道館で鏡開式が始まる。
  6. 1930年代戦争中の代用品として、陶器の鏡餅が広まる。

3鏡開きのやり方:「切る」でも「割る」でもなく「開く」

鏡開きでは、包丁を使いません。

武家にとって、刃物で餅を切ることは切腹を連想させ、とても縁起の悪いことでした。そこで木づちでたたいたり、手で割ったりします。さらに「割る」という言葉も縁起がよくないので、「開く」と言いかえました。こうした言いかえを「忌み言葉(いみことば)」と言います。「開く」には、運が末広がりに開けていくという、めでたい意味も込められています。

固くなった餅は、小さく割ってから食べます。定番はお汁粉や雑煮。焼き餅にしたり、細かく割って揚げ、かき餅やあられにしたりする家もあります。

酒樽の鏡開きも同じ言葉です。結婚式やお祝いの席で、こもを巻いた酒樽のふたを木づちで割って開けます。酒屋では、樽の丸い上ぶたを「鏡」と呼んでいたからです。本来は「鏡抜き」と呼ぶのが正しい、という説もあります。けれど京都の酒造会社・月桂冠は、お祝いの場では縁起をかついで「鏡開き」と言うのがよい、としています。

英語で説明するなら、kagami mochi は a round rice cake for New Year、鏡開きは breaking and eating the New Year rice cake と言えば伝わります。

🎁 シンボルと小物

🍡鏡餅kagami mochi

大小2つの丸い餅を重ねたお正月のお供え。形が昔の銅鏡に似ている。

🍊橙(だいだい)daidai orange

鏡餅の上にのせる柑橘。手に入りにくい地域ではミカンやユズを使う。

🔨木づちwooden mallet

刃物を使わずに餅や酒樽のふたを割るための道具。

🍶酒樽(こも樽)sake barrel

祝いの席でふたを割って開ける。樽の丸いふたも「鏡」と呼ばれた。

🥋道場dojo

柔道や剣道の道場では、鏡開きが年はじめの稽古の行事になっている。

4よくある誤解とホント:鏡開きは全国1月11日?

誤解1:鏡開きは全国どこでも1月11日。 ホントは地域で違います。関東などは11日が多いですが、松の内が15日までの地域では16日以降(普通は20日)で、京都などには1月4日の所もあります。もとをたどれば20日でした。

誤解2:「鏡」を割る行事。 割るのは鏡ではなく、鏡の形をしたお餅です。名前の「鏡」は、昔の丸い銅鏡に形が似ていることから来ています。

誤解3:鏡餅はいつ飾ってもよい。 一般には12月28日がよいとされます。29日は「九(く)」が苦しみを思わせ、31日は「一夜飾り」と言って、心がこもっていないとされるからです。ただし浄土真宗ではこうした考え方をしないなど、決まりは一つではありません。

誤解4:鏡餅はずっと白いお餅だった。 江戸時代の百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』(1712年)には、昔は黍(きび)や粟(あわ)で作ったと書かれています。また1930年代には、戦争中の代わりの品として、陶器でできた鏡餅も広まりました。

💡Fun Facts鏡開きの豆知識 6連発

No.1

武家は1月20日の鏡開きを「刃柄(はつか)を祝う」と言いました。「二十日」と刀の「刃柄」をかけたしゃれです。

Samurai once held kagami biraki on January 20. They made a word joke with the word for the 20th day.

No.2

1月20日から11日に移ったのは、徳川家光が1651年の4月20日に亡くなったためという説があります。

One story says the day moved to January 11 because a shogun died on the 20th day of a month in 1651.

No.3

京都やその近くには、1月4日に鏡開きをする所があります。理由ははっきりしていません。

In and around Kyoto, some people do it on January 4. Nobody knows exactly why.

No.4

柔道の講道館では、1884年に鏡開式が始まりました。今も武道の道場の大切な新年行事です。

The Kodokan judo school started its kagami biraki in 1884. Many dojos still hold it in January.

No.5

秋田県の一部では、鏡餅を夏まで飾っておく所もあったそうです。

In parts of Akita, some families kept their kagami mochi until summer.

No.6

1930年代には、戦争中の代用品として陶器の鏡餅が広まりました。

In the 1930s, during a war, some people used kagami mochi made of pottery, not rice.

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